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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)
45 ほんと、見ていてあきない
しおりを挟む俺の説明に、やっと自分の行動がどれだけ危険だったか思い至ったのだろう。茉莉は顔をボッと上気させた。そのまま、うるうると瞳を潤ませている。
なかなかに愉快な反応でもう少し見ていたい気もするが、泣かれるのは困る。俺が緩んでいた抱擁を静かに解けば茉莉は、ずりずりずりと体を後ろにずり下げ、身体を縮めてぺこりと頭を下げた。
「す、すみませぇん……ありがとうございます」
「ケガがないなら、かまわない。コーヒーなら冷蔵庫に入っているから、それでいい」
「冷……蔵庫?」
ヨロリと立ち上がり、茉莉は、部屋の隅に設置されている大型冷蔵庫の扉をパカリと開けて目を丸めた。その中には、缶コーヒーがずらりと並んでいる。
無糖に微糖に、まったりカフェオレ。
缶コーヒーの見本市のような冷蔵庫内の様子に、茉莉は点目になって聞いてきた。
「もしかして、社長って、缶コーヒーマニアなんですか?」
「そんなワケあるか」
身長の関係上、俺は茉莉の上から冷蔵庫を覗きこんで、ボソリと言う。
「確かに俺も飲むが、ほとんどは来客用だ」
「ですよねぇ。あ、でも、お砂糖が入ってるのは飲みすぎると、身体によくないですよ。家も父が甘党でついつい飲みすぎるので、缶コーヒー禁止令をだしてるんです」
おどけたような茉莉の言葉に、ほのぼのとした親子の日ごろのやり取りの様子が目に浮かんで、思わず頬の筋肉がゆるむ。
「俺は、ブラックしか飲まないから、別に問題ない」
「そうなんですか?」
茉莉は、うーんとうなりながら、渋面を作っている。どうやら、茉莉も親父さんと一緒で甘党のようだ。
「でも缶コーヒーのブラックって、苦さ倍増なかんじ、しませんか?」
「苦いのが美味いんじゃないのか?」
「私は、苦いのは苦手で……」
そう言って茉莉は、「てへへ」といたずらっ子みたいに笑ってみせる。
ん? 今のはもしかして、苦いに苦手をかけたダジャレなのか?
ダジャレの内容より俺を笑わせようとダジャレを飛ばす茉莉の行動が面白くて、思わずクスリと笑いがもれる。そんな俺の反応を見た茉莉は、ぱぁっと表情を輝かせた。
――ほんと、見ていてあきないな。
「はい、どうぞ」
心ばかりのお礼にと、冷蔵庫から茉莉が好みそうな『まったりカフェ・オレ』を取り出してさしだす。自分用には、ブラックコーヒーを取り出し、俺は、冷蔵庫の扉を閉めて社長室に足をむけた。
茉莉は集めた戦利品、ならぬコーヒーカップ類を急いで元の場所に戻し、慌てて俺の後をついてくる。俺がデスクの椅子に腰かけて缶コーヒーのプルトップを開ければ、追いついてきた茉莉も自分のカフェオレのプルトップを開けて乾杯するように缶をかかげた。
「いただきます!」
その声に答えるように缶を掲げれば、茉莉は嬉しそうにニコニコとカフェオレを一口口に含んだ。
たったそれだけの、何気ないことなのに。
――楽しく感じるのはなぜだろう?
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