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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)
47 既視感の正体②
しおりを挟むあわれみのような同情をされて喜ぶ人間はいないはずだ。
この男の言ってることは、相手に対する優しさでもなんでもない。優越感に浸りたいだけの自己満足だ。
そもそも相手の女と二人で徒党を組んで、一人の女の子に対峙するその根性が気にくわない。
「……指輪は、宅配でお送りします」
揺れる声音に、女の子の悲しみや苦しみが如実に表れている。
ガタリと席を立って足早に店の外に向かっていく彼女の小さな背中を、なんとも言えない気持ちで見送っていると、薫にグイッと腕を引かれた。
「祐一郎、ぼーっとしてないで、彼女の後追うわよ」
隣の席の二人に聞こえないよう耳元に落とされた薫の囁きに、少なからず驚いた俺は間抜けな声をあげた。
「……え?」
「大事なお客様を、あんな状態でほっとけないでしょ!」
ああ、磯部薫は、こういう女だった。
ホテルロイヤルの常駐医師としての使命感に燃えた元妻にひっぱられるように席を立った俺は、女の子の後を追った。女の子は、エレベーターには乗らずに一目散に同じフロアにある女子トイレに駆けこんだ。
「悪いけど、祐一郎はここで待っててくれる? 大丈夫だと思うけど万が一のときには呼ぶからよろしく」
「ああ、わかった」
そして、女子トイレの前で待機すること十五分。
「ちょっと、しっかりして! 祐一郎、祐一郎、ちょっときて!」
薫の叫び声にトイレの中に駆けつけてみれば、顔面蒼白で意識をなくしているあの女の子が薫に抱きかかえられていた。
「たぶん貧血だと思うけど、医務室に運んでくれる?」
片手で起用に脈を取り瞳孔を確認していた薫は、小さくため息をついて言う。救急車を呼ぶまでもないということに、ホッと安堵した俺は、薫に支えられている女の子を抱え上げた。いわゆる「お姫様抱っこ」というやつだ。
華奢な体躯は、とても軽くて心もとない。
そのまま歩き出せば、ふわりと微かな花の甘い香りが鼻腔をくすぐる。控えめすぎるその香りは、なぜかいつまでも鼻の奥に残った――。
今日給湯室で茉莉を抱き寄せたときに感じた既視感の正体は、たぶんこの経験だ。
あの時の女の子は髪をポニーテールにしていた。
女性は、髪型でだいぶ印象が変わる。
それに、状況が状況だっただけに、あまりジロジロと顔を見ないようにしていたから、いまいち記憶が不鮮明であの女の子が茉莉だとは断言できない。
――確か、「万が一のときは、免許証があるから身元は分かる」と言っていたから、薫に聞けばあの女の子が茉莉かどうか確認はとれるが。
確認を取って、どうしようというんだ?
茉莉が婚約者に振られた過去がある。その事実を確かめて、どうする?
自問自答するが、気になるものは気になるのだ。
気になるから、確かめる。それだけのこと。
腕時計を確認すれば、午前二時二十分。
さすがに、電話はかけられないか。
少し考えて、薫が仕事に使っているパソコン用メールに、用件を書いて送ることにした。
『二週間前に医務室に運んだ女の子の住所と名前が知りたい』と文字を打ち込んでから、さすがにこれでは単なるナンパ目的の危ない奴にしか見えないと感じて、文面を変える。
『俺のところで雇うことになった新人が、二週間前に医務室に運んだ女の子のようだ。名前は、篠原茉莉。〇〇市に在住の二十歳だ。同一人物かどうかだけ、後でメールを投げておいてくれ。よろしく頼む。不動』
これでよし、と送信ボタンを押す。
明日の朝八時には出勤してすぐにメールチェックをするはずだから、遅くとも九時には返信があるだろう。
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