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第4章 ファーストキスは助手席で
61 シンデレラ・ナイト②
しおりを挟む「おはようございまーす」
いつも通りに事務所に顔を出せば、中ではスマイリー主任と社長が何やら立ち話しをしていた。
社長はチラリと冷たい一瞥を、スマイリー主任は満面の笑顔と元気な挨拶を投げてくれる。
「あ、おはよう、茉莉ちゃん。今日から正社員だね」
「はい」
「いろいろと覚えることがたくさんあって大変だと思うけど、頑張ってね」
――ああ、そうか。
私が、ルームメイクのローテーションから外れる話しをしていたのか。
「はい。今まで色々教えてくださって、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げれば、スマイリー主任はカラカラと陽気な笑い声を上げた。
「こちらこそ。茉莉ちゃんの頑張る姿に、たくさん元気をもらったよ。たぶん、他のみんなもそうだと思うよ」
温かい言葉に、胸の奥がほっこりと温まる。
なんていい人なんだろう、スマイリー主任は。それに比べて、不動明王の方は。
「――ね? 社長」
スマイリー主任に話しを振られた社長は、私を見下ろし、ボソリと一言。
「なんだ、その地味な服は?」
なんだと言われても。
「……普通のスーツですけど?」
昨日、あなたが、スーツで来いと言ったんですが?
お忘れですか?
そんな気持ちを込めて見上げていたら、不動明王様は、大きなため息を吐き出された。
「まあ、いい。それならそれで、予定を変えるまでだ」
「……は?」
私の服が地味だから予定を変えるって? それ、どんな論理。というか、そんなことで変えてしまっていい予定なの?
「少し早いが、今から出かけるから後は頼むぞ、守。終業までには戻るつもりだが、はっきりとした時間はわからない」
――えっ、もう、行くの!?
心の準備ができていない私は、慌ててしまう。
「はいはい、了解です。こちらのことは気にせず、ごゆっくりどうぞ。茉莉ちゃんも、経費で美味しい食事ができてラッキー♪ くらいに気楽に楽しんでおいでね」
バイバイ、と手を振るスマイリー主任に見送られて。
「ほら、行くぞ」
「あ、はいっ!」
さっさと先に行ってしまった社長の後を、小走りに追いかける。
従業員通路を抜けて駐車場に出て、一番奥まった場所にあるガレージの前で社長は足を止めた。傾いた夕暮れの日差しを浴びてオレンジ色に染まった自動シャツターが、ガラガラと重い音を響かせて上がっていく。
中にあったのは、シルバーメタリックの高級国産車。私の軽自動車が、おもちゃのように見えるくらいの存在感と威圧感。
――さ、さすが、腐っても社長。
やっぱりここって、繁盛してるのね。
なんて、変なことに感心していたら、
「ほら、鍵」
ぽん、と、社長が鍵を投げてよこした。
不意打ちの攻撃に泡を食った私は、猫じゃらしに飛び付く猫みたいに、ほとんど脊髄反射で鍵をナイスキャッチ。
手のひらの中に走る金属の冷たい感触。中に納まった、銀の鍵を見つめてしばし呆然と固まる。
「……え?」
――なにこれ?
「だから、車の鍵だよ」
「それは分かってますけど……」
――まさか。まさか……よね?
「あの、この車の運転って……」
恐る恐るお伺いを立てれば、何を言い出すのかというような硬質の眼差しが向けられた。
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