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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第二十五話 剣士の称号
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大きなガラスが派手に割れるような音がしたと思った。
見えない壁を引き裂く一撃を逆袈裟に放ったダーンは、剣先を右上に払いあげた姿勢で停止している。
その彼に、夕日の暗い赤が差し込んでいた。
「見事だよダーン……合格だ」
その声がした方向に、振り払った剣を戻しつつ視線を向ければ、右の脇腹を右手で押さえたカリアスの姿があった。
「カリアス、その怪我は?」
長剣を鞘に収めつつダーンが赤髪の剣士に駆け寄るが、カリアスはそれを左手で制し、その場に座り込んであぐらをかいた。
「《闘神剣》の剣技は実体のないものすら斬ることも出来るからな……心配無用だ、この程度ならすぐに治る」
そう言ってくるカリアスの右手が白銀に輝き始めている。
「治癒法術……いや、《治癒》のサイキックか」
カリアスから受けた瞑想の修練で得た知識から、ダーンが推測するとカリアスは口元を綻ばせて首肯した。
「自己の肉体に限っては、法術よりもこちらの方が早い上に効果も大きいからな。他人の場合はこうもいかんが……」
カリアスの言葉に今度はダーンが頷く。
《治癒》系統のサイキックは、その根源たる精が生命の活力に関係するもの――たとえば《水》が必要となるが、それ以上に意志の具現化である以上、対象の肉体が正常だった状態をよく知っていなければならない。
そうでなければ治癒のイメージが上手く出来ないからだ……ただし、例外は存在するのだが。
「レモネードを用意してくれた副官殿なら、貴方の傷もあっという間に完治させるのでは?」
ダーンの言葉に、カリアスの顔が若干赤くなったように見えたのは、夕日のせいではない。
「ぬかせッ! とまあ、今更お前に取り繕っても意味はないか……。逆に、私こそ伺いたいものだな……お前を奮い立たせた者について」
ニヤニヤと天使長らしくない意地悪な笑みを浮かべるカリアス、その彼の言葉に、ダーンはバツの悪い苦笑いを浮かべるしかなかった。
その蒼髪の剣士を見て、カリアスは軽い溜め息を漏らし、
「まあよいか……。お前の場合色々複雑な事情のようだからな。ただ、覚えておくことだ」
言葉を切って、カリアスは立ち上がる。
「その剣を単なる凶器としたくなければ、その剣に明確な意義を持つことだ。……男なんざ単純な生き物だ、人間に限らずな。だが――」
カリアスはダーンから視線を外し、東の空を見上げた――――
その方向、はるか先にはアーク王国がある。
「私を敗北させた男はな……一人の女を自らの妻としたいが為だけに、たった一人で神界に戦いを挑み、十七の階層すべてを突破して主神の元にたどり着いた。フフフッ……今でも思い出せば笑える話だが、ヤツはそれを当たり前のことだと言い切ったよ。………………ここだけの話だが、今の私も同感だ」
カリアスの言っていることは、ダーンにとって理解が出来るつもりだったが、イマイチ実感が湧かない話だった。
ただ、おそらく茶髪の義兄ならば、ここで互いに肩を抱き合って意気投合していたことだろう。
そんなふうに考えているダーンに、カリアスは近づき、
「無駄話になってしまったかも知れんな……ともあれ、お前は晴れて《闘神剣》の継承者となった。まだまだ未熟ではあるが、《闘神剣》は自らが完成させる剣でもある。これからはお前自身の戦いの中で昇華していくのだ」
「了解……御指南、ありがとうございました」
姿勢を正し感謝の言葉を継げるダーンに、カリアスは再びニヤリと笑う。
「現金なことだな……それから、私から一つ贈るモノがある。モノと言っても形あるモノではないが……剣士としての称号だ」
「剣士の称号?」
「ああ。私のセカンドネーム『エリン』だ。この名はな、《闘神剣》の継承と共に受け継がれるモノだ。《闘神剣》の剣士ダーン、今この時より、ダーン・エリンを名乗れ」
「ダーン・エリン……、名前まで変わるとは思わなかったな」
こそばゆそうな顔をするダーンに、カリアスは意地の悪い視線を向け、
「フルネームで、ダーン・エリン・フォン・アルドナーグ……長ったらしい名前になったな」
「え……そっちからダメだしですか……」
「別に……長いと言っただけだぞ」
しれっと言って、カリアスは再びその場に座りあぐらをかいた。
そして、真面目な顔に戻って、ダーンを見据える。
「さて、お話はこれくらいにしよう。どうやら、この近くでお前の仲間達が戦闘中のようだ。力になってやれ、ダーン・エリン」
そう告げると、カリアスに対しダーンは怪訝な顔をし、
「確かに戦闘の気配がある……しかし、貴方はどうするおつもりですか? だいぶ疲弊しているようですが……」
ダーンの言葉通り、《灼界》を長時間維持していたカリアスには明らかに深い疲労の色がうかがえた。
「いらん心配をするな。確かに疲れはしたが、当初の予定よりだいぶ短い期間で終わったからな……予想していたよりも消耗はしておらんよ。それに、じきに迎えが来る」
カリアスの言う迎えは誰が来るのか、ダーンは簡単に予測ができてしまった。
だからつい、口の端を緩めて天使長を見やると、アイスブルーの瞳が鋭い視線を送り返して、
「……言っとくが、瞑想の修練などで私の思考や記憶を知っているお前をアーディに会わせるわけにはいかん。これ以上ここに居座るならば……斬る!」
緋色の長剣を今にも抜刀しそうな雰囲気で、目の前のダーンに言い放つカリアスに、ダーンは苦笑するしかなかった。
見えない壁を引き裂く一撃を逆袈裟に放ったダーンは、剣先を右上に払いあげた姿勢で停止している。
その彼に、夕日の暗い赤が差し込んでいた。
「見事だよダーン……合格だ」
その声がした方向に、振り払った剣を戻しつつ視線を向ければ、右の脇腹を右手で押さえたカリアスの姿があった。
「カリアス、その怪我は?」
長剣を鞘に収めつつダーンが赤髪の剣士に駆け寄るが、カリアスはそれを左手で制し、その場に座り込んであぐらをかいた。
「《闘神剣》の剣技は実体のないものすら斬ることも出来るからな……心配無用だ、この程度ならすぐに治る」
そう言ってくるカリアスの右手が白銀に輝き始めている。
「治癒法術……いや、《治癒》のサイキックか」
カリアスから受けた瞑想の修練で得た知識から、ダーンが推測するとカリアスは口元を綻ばせて首肯した。
「自己の肉体に限っては、法術よりもこちらの方が早い上に効果も大きいからな。他人の場合はこうもいかんが……」
カリアスの言葉に今度はダーンが頷く。
《治癒》系統のサイキックは、その根源たる精が生命の活力に関係するもの――たとえば《水》が必要となるが、それ以上に意志の具現化である以上、対象の肉体が正常だった状態をよく知っていなければならない。
そうでなければ治癒のイメージが上手く出来ないからだ……ただし、例外は存在するのだが。
「レモネードを用意してくれた副官殿なら、貴方の傷もあっという間に完治させるのでは?」
ダーンの言葉に、カリアスの顔が若干赤くなったように見えたのは、夕日のせいではない。
「ぬかせッ! とまあ、今更お前に取り繕っても意味はないか……。逆に、私こそ伺いたいものだな……お前を奮い立たせた者について」
ニヤニヤと天使長らしくない意地悪な笑みを浮かべるカリアス、その彼の言葉に、ダーンはバツの悪い苦笑いを浮かべるしかなかった。
その蒼髪の剣士を見て、カリアスは軽い溜め息を漏らし、
「まあよいか……。お前の場合色々複雑な事情のようだからな。ただ、覚えておくことだ」
言葉を切って、カリアスは立ち上がる。
「その剣を単なる凶器としたくなければ、その剣に明確な意義を持つことだ。……男なんざ単純な生き物だ、人間に限らずな。だが――」
カリアスはダーンから視線を外し、東の空を見上げた――――
その方向、はるか先にはアーク王国がある。
「私を敗北させた男はな……一人の女を自らの妻としたいが為だけに、たった一人で神界に戦いを挑み、十七の階層すべてを突破して主神の元にたどり着いた。フフフッ……今でも思い出せば笑える話だが、ヤツはそれを当たり前のことだと言い切ったよ。………………ここだけの話だが、今の私も同感だ」
カリアスの言っていることは、ダーンにとって理解が出来るつもりだったが、イマイチ実感が湧かない話だった。
ただ、おそらく茶髪の義兄ならば、ここで互いに肩を抱き合って意気投合していたことだろう。
そんなふうに考えているダーンに、カリアスは近づき、
「無駄話になってしまったかも知れんな……ともあれ、お前は晴れて《闘神剣》の継承者となった。まだまだ未熟ではあるが、《闘神剣》は自らが完成させる剣でもある。これからはお前自身の戦いの中で昇華していくのだ」
「了解……御指南、ありがとうございました」
姿勢を正し感謝の言葉を継げるダーンに、カリアスは再びニヤリと笑う。
「現金なことだな……それから、私から一つ贈るモノがある。モノと言っても形あるモノではないが……剣士としての称号だ」
「剣士の称号?」
「ああ。私のセカンドネーム『エリン』だ。この名はな、《闘神剣》の継承と共に受け継がれるモノだ。《闘神剣》の剣士ダーン、今この時より、ダーン・エリンを名乗れ」
「ダーン・エリン……、名前まで変わるとは思わなかったな」
こそばゆそうな顔をするダーンに、カリアスは意地の悪い視線を向け、
「フルネームで、ダーン・エリン・フォン・アルドナーグ……長ったらしい名前になったな」
「え……そっちからダメだしですか……」
「別に……長いと言っただけだぞ」
しれっと言って、カリアスは再びその場に座りあぐらをかいた。
そして、真面目な顔に戻って、ダーンを見据える。
「さて、お話はこれくらいにしよう。どうやら、この近くでお前の仲間達が戦闘中のようだ。力になってやれ、ダーン・エリン」
そう告げると、カリアスに対しダーンは怪訝な顔をし、
「確かに戦闘の気配がある……しかし、貴方はどうするおつもりですか? だいぶ疲弊しているようですが……」
ダーンの言葉通り、《灼界》を長時間維持していたカリアスには明らかに深い疲労の色がうかがえた。
「いらん心配をするな。確かに疲れはしたが、当初の予定よりだいぶ短い期間で終わったからな……予想していたよりも消耗はしておらんよ。それに、じきに迎えが来る」
カリアスの言う迎えは誰が来るのか、ダーンは簡単に予測ができてしまった。
だからつい、口の端を緩めて天使長を見やると、アイスブルーの瞳が鋭い視線を送り返して、
「……言っとくが、瞑想の修練などで私の思考や記憶を知っているお前をアーディに会わせるわけにはいかん。これ以上ここに居座るならば……斬る!」
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