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冒険者育成学園は、この世界「トワイライト」にある十二の国に必ず一校は存在する機関だ。
町を囲う外壁を一歩外に出れば、そこは魔物が蔓延る絶望の地。戦う力のない者――戦闘力が著しく低い者や幼い子供、高齢者など――にとっては、死に直結するところであり、やむにやまれず町を出る際には、必ず冒険者を雇って護衛としなければならなかった。
魔物が蔓延るには理由がある。地下迷宮や塔、或いは城のような形を模して各地に出現しているダンジョンの、最奥にある闇水晶によって次々と生み出されていくからである。
その多くはダンジョンの中で過ごし、共食いによって成長していくが、人の味を覚えたものや他の魔物から逃げる為に外に出るものによって、埋め尽くされていくのだった。
ある程度数が減るのは、そこでまた共食いが行われるのと、魔物の肉が人々にとって大切な栄養源となることで、狩られていく為である。
どちらも一方的に蹂躙される側ではなく、人々と魔物はお互いに喰うものと喰われるものという形で成り立っていた。
冒険者と呼ばれるのは主にダンジョンを巡る者たちを示す。
外で魔物の肉を調達する者たちは狩人と呼ばれるが、それでも冒険者と同じだけの実力が必要とされる。
故に、この世界の子供たちは十歳から十二歳までの間に冒険者育成学園への入学が義務付けられ、それから五年間鍛えられた上での卒業試験を受け、合格した者のみが冒険者、或いは狩人として認められるのである。
不合格の者は留年して翌年に再試験が行われるが、これにも不合格の場合、狩人の荷物持ちや町の警備隊といった役職に就く。
その役職について差別意識はないが、当人たちが己の力不足を嘆き、卑屈になる者は少なくない。また、性質の悪い狩人の荷物持ちになった場合、最悪魔物から逃げる際の囮として使われるといったことがあった為、両者間の溝は深まるばかりだった。
育成者たちは元冒険者である。
冒険者にはランクがⅠ~Ⅶまで存在すると言われているが、Ⅶに到達した者の話は耳にしたことすらない。
少なくともこの町の冒険者だけを見れば、最高ランクはⅤであった。
そして、このアーヴィンは冒険者を引退して育成者になるには22歳と若すぎる青年である。隣国から移住して来たことやとてつもない美形であることから、何か女性問題を起こして逃げてきたのだろうとか、中には美しい男性を誘惑する魔物がいる為、その魔物にばかり遭遇するようになって冒険者を辞めたのだといった噂があるが、生徒たちからの信頼はどの育成者より高いものだった。
ランクⅤという強さからではない。
ダンジョンに潜ることが日課である生徒たちだが、町の外れにある学園近くに出現してしまっているこのダンジョンは、日が変わる度に構造が変化し、地図を作成することもかなわない。その為に迷子になって出られなくなった生徒や、途中で倒れた生徒を迎えに行くのが、アーヴィンの仕事の一つなのである。
不安と絶望の中で、必ずアーヴィンが助けに来てくれるという実績が、高い信頼となって生徒たちの心を鷲掴みにしていた。
学園が建てられた場所近くに出現するダンジョンは、何故か構造が変化する以外にも、外のダンジョンとは異なるものだった。
先ず、闇水晶が存在しない。
魔物の性質などは外のものと変わらないが、強いものはより下層に、弱いものが上層にいることは変わらず、ダンジョンから出ようとする様子はなかった。
そして、外のダンジョンには鍵の掛かった宝箱があり、鍵を手に入れるか魔力を注ぐことによって破壊するかで、中に入った貴重な武器や防具の素材を獲ることが出来るのだが――道具を使っての解錠は不可能とされている――こちらのダンジョンには宝箱がなく、魔物の肉を獲られない代わりに魔物を倒すとアイテムが手に入るのだった。
アイテムは主に治癒術発動令などの符である。傷口に押し当てることで魔力を消費することなく治癒術が発動されるのだ。その効果は「小・中・大・極」と差があり、深層に近くなるにつれて効果の高いものが手に入る。
発動令は他に解毒、混乱と眩暈や誘惑と恐怖に対する状態回復、石化や暗闇と痺れの解除といった回復系。一度~二度攻撃を回避出来るものや魔物に状態異常を与える付与系。火水風土光闇の魔法を行使する攻撃系があるが、ダンジョンの外に持ち出すことは出来ず、欲するものが手に入る訳ではなかった。
生徒たちのランクはⅠ~Ⅱである。
毎日、生徒たちが潜る前に育成者たちによってダンジョンの下見が行われ(しかし地図を作成するだけの時間はない)、階層数や範囲、魔物の種類などによって、学年ごとに潜る層を定める。
時折、最奥まで行ってもランクⅠが余裕で戻って来れる程のものでしかなかったり、地下一階層からランクⅡでも手子摺りそうな魔物が現れたりすることもあるが、何故か学園側としては都合の良い時期にしか起こらない。
まるでダンジョンもまた生徒を育成しようとしているかのようであると感じるのは、気の所為ではないだろう。
「アーヴィン先生、地下六階層で五年生が二人、仲間とはぐれたまま戻って来ません。至急捜索をお願いします」
そろそろ昼食の時間だな。と一年生に符の扱い方について説明をしていたアーヴィンが、チラリと時計に目を向けた時、ガラリと教室のドアが開かれ、剣技担当のイヴリンからの報告を受けた。
「名前は?」
「シンディとリアです。リアの方は足を負傷しており、回復符は切らしてしまっていた上、魔力も切れているだろうとのことです」
「了解しました」
アーヴィンは癖のない銀髪を揺らし、イヴリンを真っ直ぐに見つめて答えると、生徒たちに断りを入れて、残念がられながらも「行ってらっしゃい、頑張って」と送り出される。
イヴリンはただあれだけのやり取りであったにも関わらず、何にときめいたのか顔を赤く染めて切なげな溜め息を漏らしていた。
町を囲う外壁を一歩外に出れば、そこは魔物が蔓延る絶望の地。戦う力のない者――戦闘力が著しく低い者や幼い子供、高齢者など――にとっては、死に直結するところであり、やむにやまれず町を出る際には、必ず冒険者を雇って護衛としなければならなかった。
魔物が蔓延るには理由がある。地下迷宮や塔、或いは城のような形を模して各地に出現しているダンジョンの、最奥にある闇水晶によって次々と生み出されていくからである。
その多くはダンジョンの中で過ごし、共食いによって成長していくが、人の味を覚えたものや他の魔物から逃げる為に外に出るものによって、埋め尽くされていくのだった。
ある程度数が減るのは、そこでまた共食いが行われるのと、魔物の肉が人々にとって大切な栄養源となることで、狩られていく為である。
どちらも一方的に蹂躙される側ではなく、人々と魔物はお互いに喰うものと喰われるものという形で成り立っていた。
冒険者と呼ばれるのは主にダンジョンを巡る者たちを示す。
外で魔物の肉を調達する者たちは狩人と呼ばれるが、それでも冒険者と同じだけの実力が必要とされる。
故に、この世界の子供たちは十歳から十二歳までの間に冒険者育成学園への入学が義務付けられ、それから五年間鍛えられた上での卒業試験を受け、合格した者のみが冒険者、或いは狩人として認められるのである。
不合格の者は留年して翌年に再試験が行われるが、これにも不合格の場合、狩人の荷物持ちや町の警備隊といった役職に就く。
その役職について差別意識はないが、当人たちが己の力不足を嘆き、卑屈になる者は少なくない。また、性質の悪い狩人の荷物持ちになった場合、最悪魔物から逃げる際の囮として使われるといったことがあった為、両者間の溝は深まるばかりだった。
育成者たちは元冒険者である。
冒険者にはランクがⅠ~Ⅶまで存在すると言われているが、Ⅶに到達した者の話は耳にしたことすらない。
少なくともこの町の冒険者だけを見れば、最高ランクはⅤであった。
そして、このアーヴィンは冒険者を引退して育成者になるには22歳と若すぎる青年である。隣国から移住して来たことやとてつもない美形であることから、何か女性問題を起こして逃げてきたのだろうとか、中には美しい男性を誘惑する魔物がいる為、その魔物にばかり遭遇するようになって冒険者を辞めたのだといった噂があるが、生徒たちからの信頼はどの育成者より高いものだった。
ランクⅤという強さからではない。
ダンジョンに潜ることが日課である生徒たちだが、町の外れにある学園近くに出現してしまっているこのダンジョンは、日が変わる度に構造が変化し、地図を作成することもかなわない。その為に迷子になって出られなくなった生徒や、途中で倒れた生徒を迎えに行くのが、アーヴィンの仕事の一つなのである。
不安と絶望の中で、必ずアーヴィンが助けに来てくれるという実績が、高い信頼となって生徒たちの心を鷲掴みにしていた。
学園が建てられた場所近くに出現するダンジョンは、何故か構造が変化する以外にも、外のダンジョンとは異なるものだった。
先ず、闇水晶が存在しない。
魔物の性質などは外のものと変わらないが、強いものはより下層に、弱いものが上層にいることは変わらず、ダンジョンから出ようとする様子はなかった。
そして、外のダンジョンには鍵の掛かった宝箱があり、鍵を手に入れるか魔力を注ぐことによって破壊するかで、中に入った貴重な武器や防具の素材を獲ることが出来るのだが――道具を使っての解錠は不可能とされている――こちらのダンジョンには宝箱がなく、魔物の肉を獲られない代わりに魔物を倒すとアイテムが手に入るのだった。
アイテムは主に治癒術発動令などの符である。傷口に押し当てることで魔力を消費することなく治癒術が発動されるのだ。その効果は「小・中・大・極」と差があり、深層に近くなるにつれて効果の高いものが手に入る。
発動令は他に解毒、混乱と眩暈や誘惑と恐怖に対する状態回復、石化や暗闇と痺れの解除といった回復系。一度~二度攻撃を回避出来るものや魔物に状態異常を与える付与系。火水風土光闇の魔法を行使する攻撃系があるが、ダンジョンの外に持ち出すことは出来ず、欲するものが手に入る訳ではなかった。
生徒たちのランクはⅠ~Ⅱである。
毎日、生徒たちが潜る前に育成者たちによってダンジョンの下見が行われ(しかし地図を作成するだけの時間はない)、階層数や範囲、魔物の種類などによって、学年ごとに潜る層を定める。
時折、最奥まで行ってもランクⅠが余裕で戻って来れる程のものでしかなかったり、地下一階層からランクⅡでも手子摺りそうな魔物が現れたりすることもあるが、何故か学園側としては都合の良い時期にしか起こらない。
まるでダンジョンもまた生徒を育成しようとしているかのようであると感じるのは、気の所為ではないだろう。
「アーヴィン先生、地下六階層で五年生が二人、仲間とはぐれたまま戻って来ません。至急捜索をお願いします」
そろそろ昼食の時間だな。と一年生に符の扱い方について説明をしていたアーヴィンが、チラリと時計に目を向けた時、ガラリと教室のドアが開かれ、剣技担当のイヴリンからの報告を受けた。
「名前は?」
「シンディとリアです。リアの方は足を負傷しており、回復符は切らしてしまっていた上、魔力も切れているだろうとのことです」
「了解しました」
アーヴィンは癖のない銀髪を揺らし、イヴリンを真っ直ぐに見つめて答えると、生徒たちに断りを入れて、残念がられながらも「行ってらっしゃい、頑張って」と送り出される。
イヴリンはただあれだけのやり取りであったにも関わらず、何にときめいたのか顔を赤く染めて切なげな溜め息を漏らしていた。
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