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しおりを挟む準備をするのにあまり時間はかけない。
アーヴィンは上着を脱ぎながらロッカーを開けると、武器である長剣を手にしただけでさっさとダンジョンに向かった。
防具といえばシャツの上にあらかじめ身に着けているベストのようなものだけである。
ナイフやハサミといったものさえ、突き立てられれば簡単に刃を通してしまいそうな見た目ではあるが、セイレーンから譲り受けた特殊な生地で作られたものだった。
その経緯については取り立てて変わったところはなく、海辺で遭遇したセイレーンがアーヴィンに好意を持ったからであったが、それだけで贈られたにしては防御力が高く耐久値も高い。
受け取った時には素直に嬉しかっただけで済んでいたが、今となっては何故ここまで素晴らしいものをくれたのだろうかという疑問と、いつの日か渡すものを間違えたからと取り返しに来るのではないかという懸念を抱えている。
ダンジョン入り口は普通の洞窟のようで、入るとすぐに地下に降りる階段がある。
頑丈な扉がある訳ではなく、魔物が通り抜け出来ないような結界がある訳でもないのに、降りる途中で階段付近を徘徊していたゴブリンと目が合った。
「ギャッギャッ」
獲物を見付けたとばかりにゴブリンが棍棒を振り上げて待ち構える。
しかし、階段を上がって来ようとはしない。
以前に似たようなことがあった際に、試しとしてくるりと踵を返してみたことがあったが、やはり追って来ることはなかった。
「さて」
コツンと靴音を鳴らし、地下一階層に入り込む。
アーヴィンの背後でぐしゃりと頭を潰されたゴブリンが倒れて緑色の符を落として消えた。
彼が武器である長剣を鞘から抜き放ったようには見えない。
しかし、ゴブリンの攻撃を避け、柄頭で額を打ち砕いた様子は、冒険者ランクⅣの者の目には確りと見えていただろう。
ランクⅢならば或いは残像が。
そしてそれ以下になるとゴブリンの頭が勝手に潰れたものと思ったに違いない。
アーヴィンは一度確認の為に入っていたことから、記憶を頼りに最短距離を進んでいく。
ダンジョン内に魔物が溢れることはないが、誰かが階層内の全ての魔物を倒したとしても、数が補われるようにいつの間にかに増えていることも、このダンジョンの不思議の一つだ。
攻撃を躱すだけで済む魔物はそのままに。立ち塞がるものとしつこいものだけを倒しながら、地下六階層にいるシンディとリアをさがす。
今日の最奥は七層。離脱ポイントは四層と七層にしかなく、他は戻って地上を目指すかポイントまで進むしかない。
このポイントも外にあるダンジョンには殆ど存在しない。階層の範囲が広大で最下層が二十を越える程のものには、五階層ごとに存在し、また魔物が帰還符を落とすことがある為、それを使用して戻ることが可能となる。
ダンジョンで手に入れた符は外に持ち出すことは出来ないが、この帰還符と一部のダンジョン攻略を果たした者だけが手に入れられる、蘇生符なるもののみ、持ち出しが可能で、目が眩む程の高値で取引されているらしい。
ダンジョンの一般的なものの平均は十層。そして現在確認されている大規模なダンジョンの深さは百層。
アーヴィンはこの大規模なダンジョンを攻略したのではないかと噂されているが、本人は否定も肯定もしていない。
執拗に問い詰めるのはマナー違反とされている為、真実は本人と、共に戦ったであろう仲間だけが知る。
「あいつら、どの辺だ?」
地下六階層に着いたのは、報告を受けてから一時間と経過していない頃だった。
最短で来たとはいえ、そこそこ距離はあるというのに走ってもいないのだから、驚異の早さだ。
アーヴィンが急いでいるのにも関わらず、一定の速度で歩いていたのには理由がある。
魔物たちは走る足音を聞くと、そちらへ集まる習性があった。逃げても深追いして来ないという、学園専用のダンジョンの掟は守るが、習性までは変えられないということだろう。
それ故、アーヴィンならば集まって来たところで逃げるのは容易いが、集まられると邪魔である為につい倒してしまうのである。
つい、うっかり、気が付いたら。
相手が例え雑魚だろうと、行く手を遮るならば時間は惜しまない。そして一度スイッチが入ると、当初の目的も忘れて視界に入った全ての魔物を倒さなければおさまらなくなるのだ。
そういう厄介な性格を、当人ながら嫌という程に知っていたから、ダンジョン内で自分から魔物を呼び寄せるような真似はしないように心掛けている。
ダンジョン攻略途中で仲間とはぐれた場合、先ずは仲間が見付けてくれるのを待つ。
ここで大事なのは、大声で仲間を呼ばない。大声で泣かない。啜り泣きもなるべく抑える。やたらと動き回らない。時間潰しにおやつを食べないことである。
そして探す方は、通った道を引き返すだけで、通らなかった道については魔力や回復符などに余裕がある場合以外、踏み入らないことになっている。はぐれた仲間をさがしているうちに、離脱出来ない状態になってしまうことを避ける為だ。
時折、はぐれた仲間を置き去りにしたとして責め立てる者がいるが、これは大きな間違いだ。共に生き残る為の選択でもある為、責め立てるならば報告を怠った挙げ句、自力でどうにか出来る筈だと決めつけて放置することだろう。
「――!」
微かに泣き声が聞こえた。
押し殺していたものが、しゃくりあげた際に思いがけず出てしまったといった感じだ。
近くにはズルズルと金棒を引摺り歩くオークの姿がある。
アーヴィンは素早くその背後に回ると長剣で首をはねた。金棒を引摺る音が煩かったからだ。
耳を澄まして気配を探る。
泣き声はもう聞こえてこないが、アーヴィンの聴覚の記憶か勘が彼女たちの居場所を知らせ、アーヴィンは躊躇うことなくそちらへと進んだ。
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