異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

文字の大きさ
1 / 49
第壱話

しおりを挟む
「もーっ、あたしって本当に不幸っ、男運なさすぎ! 何であたしばっかりこんな目に遭わなきゃならないのーっ?」

 ふらふらした足取りで、腕をぶんぶん振り回しながら夜空に向かって吠える優理花。私はさっき彼女が投げてしまったバッグを拾い、慌ててその後を追っているところだった。

「ちょっとアオコ、聞いてる?」

 ぐりん、と振り返った優理花が、その勢いでよろけてその場にへたり込む。私より一足先に二十歳になってお酒を飲むようになったけれど、弱い体質なのかまだ慣れないからか、あっという間に酔ってしまう。それをこうして介抱するのが、私の役目になっていた。
 ちなみに私の名前は青子せいこというのだけど、小学五年生からの友人である優理花は、アオコと読むのが普通だからという理由で、ちゃんと呼んでくれたことがない。だから他の人たちも私が青子ではなくアオコという名前だと勘違いしていることが多いくらいだった。

「あれ? あたしの!」

 ようやく追い付いたところで、優理花が私の手元を見、また自分が何も持っていないことに気付くと、奪い取るようにバッグを掴み、慌てて中身を確認し始める。

「ああ、良かった! なくなってたらどうしようかと思ったー」

 財布やらスマホやらを地面に置いて、ホッとしたように取り出したのは元彼となった人から貰ったマスコット付きのキーホルダーだ。金額的には千円に満たないものだけれど、優理花はそういった思い出の品を部屋に飾っておくタイプの子で、四段ある大きめの棚に、今まで付き合って来た男性から貰った数々の品が、物の大小を問わず順番に並べられているのを見る度、そしてそれが増える度に複雑な気分になる。
 彼女は男性運が悪いというより、何より外見を優先させて好きになるものだから、相手がモテることを承知の上で半ば強引に付き合い始めては、男性の周囲にいる女性に嫉妬して相手を責めたり追い詰めたりということをして、別れてしまうのだ。中学生の頃からそんなだったから、優理花の元彼の人数を把握していない。付き合う期間は長くて半年、最短は二日だから無理もないだろう。
 そんな彼女のことを男好きだの尻軽だのと蔑む声もあるけれど、彼女はただ必死に恋愛をしようとしているだけのようなのだ。その理由については彼女の家庭の事情が起因しているのだけれど、これについて公言するつもりはない。

「アオコ、アオコアオコアオコ!」

 バンバンと手のひらで地面を叩く優理花に、辺りに誰もいないのを確認してから、仕方なくその前に正座する。

「あたし、やっと目覚めた」
「?」
「男は顔じゃない!」
「――――」

 酔いがさめたようなキリッとした表情で、何を言うかと思えば、今更な言葉。

「だからアオコも、顔ばっかりな男なんか相手にしないで、優しい男を探すんだぞっ」
「……うん」
「よしっ、帰るぞぉー!」

 私が頷くのを見て頷き返した優理花。よろよろと立ち上がって叫ぶと、先程よりも確りした足取りで歩き始める。

 頷きはしたものの、私には恋愛なんて遠いもののような気がしていた。誰かを好きになったことはあるし、私を好きだと言ってくれた人もいる。けれど付き合うことをしないでいるのは、優理花の話を聞いているうちに、私には無理だと思うようになっていったからだった。
 優理花の性格も少し必死過ぎて問題があったかもしれないけれど、中には二股三股が当たり前な人とか、暴力的な人とかがいて、泣かされている優理花に自分の未来を重ね、絶対にこんな思いをするのは嫌だと、拒絶している部分もあるから。特に外見が優れている人には惹かれてはいけないと、戒めてもいる。


 優理花を送った後、タクシーに近所のコンビニまで乗せて貰って、明日の朝食にするつもりの物なんかを買って外に出ると、もう日付が変わってしまっていた。
 明日は休みだから気にすることはないけど、連続して観ていたドラマが数分前に終わってしまったのだと思うと、少しばかり残念な気にもなる。
 コンビニからアパートまでは、階段のある長い坂を上がらなければならない。
 その先の道は狭く、滅多に車が通ることはない。行き止まりが多いから下手に迷い込むと暫く立ち往生することになるので、道の先々にちゃんと大きな看板で注意書きされているからだ。たまに看板を無視してうろうろしている車は、怪しいとして通報されてしまうことがあるから、ドライバーさんは要注意、なのだ。

「…………?」

 階段の上の方で、石段に腰かけている小さな姿が見えた。こちらが気付いたのに少し遅れる形でハッと私を見下ろしたその子は――幼い子供の姿をしている――慌てて逃げ出そうとして段差に足を取られ、べしゃりと転んでしまう。

「あっ。大丈夫? ごめんね、びっくりさせて」

 急いで駆け上がり、額を打ったのか、そこをおさえてるだけで起き上がろうとしないその子を、そっと抱き起こす。

「っ!」

 子供は身構える様子で私を睨み、私は私で、その子の姿を間近で見て、頭を混乱させた。
 その可愛らしい顔立ちに、男の子か女の子か判断出来なかったからというのではない。
 成長過程に何か問題があるのか、そういう病気なのか。顔立ちははっきりしているのに、身長が少し大きな赤ちゃんくらいしかなく。犬のような耳と尻尾が生えていた。
 耳と尻尾については、やけにリアルな飾りだと思ったのだけど、私を警戒して動く様子は本物のようで。思わず触ってしまうと身体をビクリとさせて私の腕の中から逃げようとする。

「ああ、触るの嫌だったね。ごめんね? 嫌なことしないから逃げないで」

 懸命に身を捩って逃げようとするが、私の方も頑張って捕まえたままにしていた。手を放したらまた転ぶと思ったからだ。

 ぐうぅぅぅ~

「うん?」

 お腹の鳴る音がしたかと思ったら、子供が力を失ったように動かなくなる。
 あまり力のない私でも捕まえたままでいられたのは、この子が空腹によって弱っていたからだったのだろう。

「ご飯食べに来る? 元気になってからお家に帰ろう?」
「…………帰れるのか?」
「え?」

 初めて喋ってくれたと思ったら、ちょっと怒ったような声音で、猜疑心に満ちた眼差しを向けられる。

「俺がいたのは、この世界じゃない。この世界の何処にも俺が帰るべき場所はない。それでも帰れるというのか?」
「えっ……と……」

 幼い子供の言葉とは思えないその台詞に、私は戸惑い、少しどころではなく途方に暮れた思いになりながらも、取り敢えずその子を連れ帰ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜

長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。 コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。 ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。 実際の所、そこは異世界だった。 勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。 奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。 特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。 実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。 主人公 高校2年     高遠 奏    呼び名 カナデっち。奏。 クラスメイトのギャル   水木 紗耶香  呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。  主人公の幼馴染      片桐 浩太   呼び名 コウタ コータ君 (なろうでも別名義で公開) タイトル微妙に変更しました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...