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第壱話
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本当なら、迷子は警察に任せるべきだと思う。
けど、一歳とか二歳とか、とにかく赤ちゃんくらいしか身長がなくて、飾りじゃない犬のような耳と尻尾が生えていて――勿論、顔の横に人の耳はない――幼子のものとは思えない確りした口調の幼児なんて、迂闊に警察に引き渡すべきではないとも思う。
この先どうするかを決めるには、先ずこの子の話を聞くのがいいだろう。そんな風に流れに身を任せてしまうのは、私の悪い癖でもあるけれど、現状では本当に相談出来そうな人がいない為、結果的にこの子のしたいようにさせてあげれば解決するんじゃないかと、楽観的というより強い希望を持っていたりする。
空腹に負けておとなしく連れ帰られた子供は、男の子であるらしい。名前は「朱皇」となかなかに立派なものだ。
そんな風に名前の文字についての感想を口にすると、朱皇くんは何故かむくれてしまった。つんとそっぽを向かれてしまっているのに、ぷくぷくのほっぺが可愛いなんて思ってしまう。
お前は、と訊かれて青い子と書いて青子だと名乗ると「名に青を冠するなど生意気な」なんて言って更にむくれてしまった。
けれど、作った雑炊を差し出すと、肉がない、なんて文句を言いながら、一人前以上あったそれを綺麗に平らげてくれた後は、機嫌が良くなったようだった。
緋色の卓袱台を前に、小さな身体ながら姿勢よく正座していることに驚いたが、私のように片方に足を寄せて崩した座り方をする方が、朱皇くんにとっては驚きだったらしい。
一体、どれだけ厳しく躾られているのやら。
レンゲに掬った雑炊をふうふう冷ましながら食べる所作も、なんだか綺麗だったし。食べ終えてからティッシュで口元を拭うのも、凄く上品な感じだった。
「朱皇くんは、何歳?」
お茶を煎れて――ジュースがいいかと訊ねたら「温かいお茶を」と頼まれたのだ――差し出すと、湯呑みじゃなくてマグカップだったからか妙な表情をされてしまった。
「これではすぐに冷めてしまうのではないか?」
「ごめんね、湯呑みはないの」
「……水と変わらぬものと考えているのか。この世界では」
ぶつぶつと、そんなことを言いながら一口飲み、眉を寄せて渋面を作る。口に合わなかったようで、けれど妥協したような溜め息をつかれた。
「美味しくなかった? 濃かったかな、薄かったかな」
「薄い。茶もまともに煎れられんとは。そんなだから嫁の貰い手がないのではないか?」
「よ、よ、嫁っ? 私、まだ19歳だよ? 学生だし。結婚なんて先の先の先だよ!」
「19にもなれば、十分婚期だろうが。まあ、俺も他人にとやかく言える立場ではないが。……なにをしている?」
「えっと、薄いって言うから」
「そのような物を入れたら飲めんぞ」
「ティーバッグだよ? あまり濃くしたら眠れなくなっちゃうと思って、ちょっとしか入れてなかったから」
ティーバッグを知らないらしく、ぽかんとしている表情が可愛い。
適度に色が濃くなったところで引き上げると、お皿に置いたティーバッグとカップの中のお茶とを見比べるように視線を往復させ、再び渋面となりながら恐る恐る口にする。
「!」
今度は口に合ったようで、ごくごくと飲んだ朱皇くんは、納得したように頷いた。
「成程。斯様に調節が可能とあれば、茶もまともに煎れられぬのも仕方ない」
…………ちょっとムッとしちゃう言い方だなぁ。
「朱皇くん、子供らしくないね、って言われない?」
大人げないとは思いながらも、ついそうこぼしてしまうと。
「当たり前だ。俺は子供ではない。今はこのような姿になってしまったが、22歳になるのだからな」
なんて言われてしまって、反応に困る。
「二歳の間違いじゃなくて?」
「ほう。こちらの世界では、それ程の幼子がこのように言葉が堪能であるのだな。優秀で何よりだ」
「うっ。ち、違うけど、だって」
「見た目に惑わされるな」
「うー…………」
何か、立場が違う気がする。私の方がお姉ちゃんな筈なのに。
でも、確かに朱皇くんの言う通りなのだから、返す言葉がない。身長は赤ちゃんみたいだけど、顔立ちは小学生くらいには見えるものだし。
惑わされてるつもりはないけど、惑わされているのだとしたら、それを回避する為にも、この際だから色々訊いてみればいいんじゃないかと思う。
「朱皇くんは何処から来たの?」
「こことは異なる世界からだ」
……ファンタジーだ。まあ、見た目からしてそうだったけど。
あれ? ってことは私、ファンタジー世界の住人とお話し中? 今、この部屋でファンタジー世界展開中ってこと?
「その耳と尻尾は本物? 触ってもいい?」
言いながら、手は既に朱皇くんの頭に届く位置に。
「お前の身体を俺が触っても構わないなら、いいぞ」
言われてピクリと指先が跳ねたのは、朱皇くんの表情がこちらを挑発するような小生意気なものだったからと、その言葉に一瞬ドキリとしてしまったからだった。
でも大丈夫。相手は自称22歳の子供。さっきだって抱っこして連れて来たくらいだし、大人が言うなら問題あるけど、子供だから全然おかしなことじゃない筈だ。
そんなことを気にするより、誘うようにたんたんとカーペットを叩いている尻尾に触りたい気持ちの方が上回って。了解の返事の代わりに耳へと伸ばしていた手を尻尾へ移動させる。
「はわわ、ふさふさ。ごわごわしてないね。もふもふだ」
「随分と甘い声を出す」
「――へ?」
髪と同じ真っ黒で艶やかな尻尾。羽根のような飾り毛のものではないけれど、ハスキー犬みたいに剛毛そうな見た目に反する触り心地に、はしゃいでしまった自覚はあるけど、甘い声を出したという意識はなかった。
キョトンとする私の頬を朱皇くんの手のひらが覆い、するりと撫でられる。
たったそれだけなのに、どうしてなのか、ドキドキして顔が熱くなった。
「――この姿ではつまらん」
「?」
そのままジッと見つめて来るから、どうしたのだろうかと様子を窺っていたら、朱皇くんは手を下ろして拗ねたように唇を尖らせる。
何がつまらなかったのか分からないけど、私に対するお触りはもういいのだろうと考え、朱皇くんが怒らないのをいいことに、それから暫くの間、尻尾をもふもふさせて貰ったのだった。
けど、一歳とか二歳とか、とにかく赤ちゃんくらいしか身長がなくて、飾りじゃない犬のような耳と尻尾が生えていて――勿論、顔の横に人の耳はない――幼子のものとは思えない確りした口調の幼児なんて、迂闊に警察に引き渡すべきではないとも思う。
この先どうするかを決めるには、先ずこの子の話を聞くのがいいだろう。そんな風に流れに身を任せてしまうのは、私の悪い癖でもあるけれど、現状では本当に相談出来そうな人がいない為、結果的にこの子のしたいようにさせてあげれば解決するんじゃないかと、楽観的というより強い希望を持っていたりする。
空腹に負けておとなしく連れ帰られた子供は、男の子であるらしい。名前は「朱皇」となかなかに立派なものだ。
そんな風に名前の文字についての感想を口にすると、朱皇くんは何故かむくれてしまった。つんとそっぽを向かれてしまっているのに、ぷくぷくのほっぺが可愛いなんて思ってしまう。
お前は、と訊かれて青い子と書いて青子だと名乗ると「名に青を冠するなど生意気な」なんて言って更にむくれてしまった。
けれど、作った雑炊を差し出すと、肉がない、なんて文句を言いながら、一人前以上あったそれを綺麗に平らげてくれた後は、機嫌が良くなったようだった。
緋色の卓袱台を前に、小さな身体ながら姿勢よく正座していることに驚いたが、私のように片方に足を寄せて崩した座り方をする方が、朱皇くんにとっては驚きだったらしい。
一体、どれだけ厳しく躾られているのやら。
レンゲに掬った雑炊をふうふう冷ましながら食べる所作も、なんだか綺麗だったし。食べ終えてからティッシュで口元を拭うのも、凄く上品な感じだった。
「朱皇くんは、何歳?」
お茶を煎れて――ジュースがいいかと訊ねたら「温かいお茶を」と頼まれたのだ――差し出すと、湯呑みじゃなくてマグカップだったからか妙な表情をされてしまった。
「これではすぐに冷めてしまうのではないか?」
「ごめんね、湯呑みはないの」
「……水と変わらぬものと考えているのか。この世界では」
ぶつぶつと、そんなことを言いながら一口飲み、眉を寄せて渋面を作る。口に合わなかったようで、けれど妥協したような溜め息をつかれた。
「美味しくなかった? 濃かったかな、薄かったかな」
「薄い。茶もまともに煎れられんとは。そんなだから嫁の貰い手がないのではないか?」
「よ、よ、嫁っ? 私、まだ19歳だよ? 学生だし。結婚なんて先の先の先だよ!」
「19にもなれば、十分婚期だろうが。まあ、俺も他人にとやかく言える立場ではないが。……なにをしている?」
「えっと、薄いって言うから」
「そのような物を入れたら飲めんぞ」
「ティーバッグだよ? あまり濃くしたら眠れなくなっちゃうと思って、ちょっとしか入れてなかったから」
ティーバッグを知らないらしく、ぽかんとしている表情が可愛い。
適度に色が濃くなったところで引き上げると、お皿に置いたティーバッグとカップの中のお茶とを見比べるように視線を往復させ、再び渋面となりながら恐る恐る口にする。
「!」
今度は口に合ったようで、ごくごくと飲んだ朱皇くんは、納得したように頷いた。
「成程。斯様に調節が可能とあれば、茶もまともに煎れられぬのも仕方ない」
…………ちょっとムッとしちゃう言い方だなぁ。
「朱皇くん、子供らしくないね、って言われない?」
大人げないとは思いながらも、ついそうこぼしてしまうと。
「当たり前だ。俺は子供ではない。今はこのような姿になってしまったが、22歳になるのだからな」
なんて言われてしまって、反応に困る。
「二歳の間違いじゃなくて?」
「ほう。こちらの世界では、それ程の幼子がこのように言葉が堪能であるのだな。優秀で何よりだ」
「うっ。ち、違うけど、だって」
「見た目に惑わされるな」
「うー…………」
何か、立場が違う気がする。私の方がお姉ちゃんな筈なのに。
でも、確かに朱皇くんの言う通りなのだから、返す言葉がない。身長は赤ちゃんみたいだけど、顔立ちは小学生くらいには見えるものだし。
惑わされてるつもりはないけど、惑わされているのだとしたら、それを回避する為にも、この際だから色々訊いてみればいいんじゃないかと思う。
「朱皇くんは何処から来たの?」
「こことは異なる世界からだ」
……ファンタジーだ。まあ、見た目からしてそうだったけど。
あれ? ってことは私、ファンタジー世界の住人とお話し中? 今、この部屋でファンタジー世界展開中ってこと?
「その耳と尻尾は本物? 触ってもいい?」
言いながら、手は既に朱皇くんの頭に届く位置に。
「お前の身体を俺が触っても構わないなら、いいぞ」
言われてピクリと指先が跳ねたのは、朱皇くんの表情がこちらを挑発するような小生意気なものだったからと、その言葉に一瞬ドキリとしてしまったからだった。
でも大丈夫。相手は自称22歳の子供。さっきだって抱っこして連れて来たくらいだし、大人が言うなら問題あるけど、子供だから全然おかしなことじゃない筈だ。
そんなことを気にするより、誘うようにたんたんとカーペットを叩いている尻尾に触りたい気持ちの方が上回って。了解の返事の代わりに耳へと伸ばしていた手を尻尾へ移動させる。
「はわわ、ふさふさ。ごわごわしてないね。もふもふだ」
「随分と甘い声を出す」
「――へ?」
髪と同じ真っ黒で艶やかな尻尾。羽根のような飾り毛のものではないけれど、ハスキー犬みたいに剛毛そうな見た目に反する触り心地に、はしゃいでしまった自覚はあるけど、甘い声を出したという意識はなかった。
キョトンとする私の頬を朱皇くんの手のひらが覆い、するりと撫でられる。
たったそれだけなのに、どうしてなのか、ドキドキして顔が熱くなった。
「――この姿ではつまらん」
「?」
そのままジッと見つめて来るから、どうしたのだろうかと様子を窺っていたら、朱皇くんは手を下ろして拗ねたように唇を尖らせる。
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