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第壱話
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……夢じゃなかった。
そう感動的な衝撃を受けながら見下ろす先には、うさぎのぬいぐるみを枕に、腹這いになってすやすや眠っている幼子の姿――獣耳と尻尾付き。
漆黒の髪も、どちらかと言えば耳や尻尾と同じ質感で、身に着けているものは絹のように滑らかな感触の、黒地に赤い線が一部だけに差し込まれた、ロング丈の華奢そうなドレス(男の子が着てるからドレスと言うのはおかしいかも)に赤い帯をしたようなもので、お尻の方までスリットが入っているから尻尾の動きを邪魔していない。下に足首が絞られた形のズボンを穿いているみたいだったから、お尻が見えてしまう心配もなさそうだ。
そんなほぼ真っ黒な中で、肌の色は白い。どちらかと言うと日本人に近い感じかな。
私は構わなかったのだけど、朱皇くんが激しく嫌がった為、出窓の前の小物類を片付けて、クッションを二つ並べ(結構ギュウギュウだ)枕の代わりに少し平べったいうさぎのぬいぐるみを、肌掛けの代わりに未使用のバスタオルを利用しただけのものを使って貰うことになった。ちなみに場所を指定したのは朱皇くんだ。なので、決して私が酷い扱いをした訳ではない。
こうして観察出来ているのは、朱皇くんが余程疲れていたからか。だいぶ遅くまで色々訊ねてしまったから。
朱皇くんは別の世界から来たとか言ってるけど、言葉が通じるのはおかしいと指摘すると、呆れたような目を向けられ「おかしいのはお前だ」なんて言われてしまった。
どういう仕組みか分からないけど、朱皇くんは私以外の人の言葉はまるで理解出来ないものだったらしい。朱皇くんがいた世界では、訛りがあっても国ごとに言語が違うといったことがないそうで。だから言葉を解せないと知った時に、自分が異世界に来てしまったことを理解したという。
だから、私の言葉が理解出来た時、或いは同じ世界の存在なのではないかと思ったらしい。階段に額をぶつけて動かなくなっていた時、まさに彼は混乱していたところだったのだ。
「でも私、人間だよ? 耳、違うでしょ? 尻尾もないし」
と、耳に掛かった髪を掻き上げながら言うと、少数ながらそういった姿の存在は確認されている。といった答えが返された。まるで未確認生物のような扱いだ。
しかし、それは仕方ないことだった。朱皇くんがいた国には黒狼族と白狼族、そして僅かに妖狐族しかおらず。私のような姿の人族のいる小国とはかなり離れているらしく、また、人族は他の種族と関わりを持たないよう閉鎖的な環境で生活しているらしいからだ。
ちなみに、白と黒の狼族と妖狐族、人族の他に、高い山で暮らす翼を持った天羽族、地下深くで暮らす地龍族がいるのだとか。
龍という響きに驚いた私だったが、巨大な姿で地中を這い回っていたりするものではなく、身長は私より低いものだし、二足歩行するトカゲのようなものだと言うので少し安心した。お目にかかりたくはないけれど。
この天地二種族も、滅多に自分たちの国から出ることはない為、あまり交流はないらしい。だったら少し安心だなんて思ってしまったけれど、私には関わりないことなのだから心配するのも杞憂な話なのだった。
――と、その辺りまでで話は区切られた。
時刻は二時を回り、お互いに眠くなったからだ。
そして、今は明けて九時。カーテンを開けたいけれど、眠っている朱皇くんを起こそうか、こちら側のカーテンは諦めて起きるまで待とうかと考えながら、寝顔を観賞する私。
だって、可愛い。
時折、外から聞こえる音に反応してか、ピクリと跳ねる耳も、幼子らしい丸みを帯びた頬も、つんと上を向いた唇がもごもご動くのも、ずっと眺めていたい感じ。
子を持つ親って、こんな感じだろうか。――まだそんな予定はないけど。
不意に、ぐるるるっ、と朱皇くんが唸り声をあげた。穏やかだった寝顔が一転し、苦しいようなものに変わっている。
嫌な夢でも見ているのかな。そう思って、それなら起こした方がいいのじゃないかと、体を揺り起こそうとすると。
「触るな!」
「キャッ」
鋭い声と共に手を弾かれた。
素早い身のこなしで飛び降りた朱皇くんは、私をキッと睨み上げた後に、我に返った様子でこてんと首を傾げる。
「おはよう、朱皇くん。大丈夫? 私のこと分かる?」
膝に手をついて、目線を合わせる為にしゃがむ私を、ジッと凝視すること数秒。
「青子だろう? そのとぼけた顔を見忘れてはいないぞ」
「とぼけた顔って何?」
「お前のように、緊張感の欠片もなく、ぽややんと頭に花でも咲かせているような顔のことだ」
「…………」
「がうっ、何をするっ!」
ハッ。どうしたんだろう。気が付いたら朱皇くんの頬っぺたをぎゅむぎゅむと掴んでいた。
「今ね、私じゃない何かが舞い降りたよ」
「嘘をつくな。一丁前に怒りを覚えただけだろうが!」
「むう?」
「いだだだだっ、おとなしい顔して、実は乱暴者かっ」
「違うの。お告げがあったんだよ。口の悪い子のお口を直す為に必要なことだからって」
「口と耳は関係ないだろう! 思いきり引っ張りやがって」
何だかとても失礼なことを言われたような気がしたことで、本当に手が勝手に動いてそうしてしまっていたから、ファンタジーな存在である朱皇くんに倣って、シャーマン(神子がいいかなあ)ごっこしてみたら、不評だったようだ。ぺたりと座り込んで、耳を懸命に撫でている。ちょっぴり涙目だ。可哀想なことをしてしまったけど、そんな朱皇くんも可愛い。
「ごめんね?」
さすがにやり過ぎたよね。と頭を撫でると、朱皇くんはプイッとそっぽを向き。
「腹が減ったぞ。早く朝餉を用意しろ」
それで許してくれるということなのかもしれないけど、もうちょっと言い方をやわらかくして欲しい。
「全く、我儘王子様ですねー」
それは「偉そう」という意味の、嫌味ではなくて好意的な揶揄を含んだ言葉だったのだけど。
「お前、何故それを知っている?」
「……うん?」
猜疑心たっぷりな表情と声音で言われて、今度は私が首を傾げる番となった。
そう感動的な衝撃を受けながら見下ろす先には、うさぎのぬいぐるみを枕に、腹這いになってすやすや眠っている幼子の姿――獣耳と尻尾付き。
漆黒の髪も、どちらかと言えば耳や尻尾と同じ質感で、身に着けているものは絹のように滑らかな感触の、黒地に赤い線が一部だけに差し込まれた、ロング丈の華奢そうなドレス(男の子が着てるからドレスと言うのはおかしいかも)に赤い帯をしたようなもので、お尻の方までスリットが入っているから尻尾の動きを邪魔していない。下に足首が絞られた形のズボンを穿いているみたいだったから、お尻が見えてしまう心配もなさそうだ。
そんなほぼ真っ黒な中で、肌の色は白い。どちらかと言うと日本人に近い感じかな。
私は構わなかったのだけど、朱皇くんが激しく嫌がった為、出窓の前の小物類を片付けて、クッションを二つ並べ(結構ギュウギュウだ)枕の代わりに少し平べったいうさぎのぬいぐるみを、肌掛けの代わりに未使用のバスタオルを利用しただけのものを使って貰うことになった。ちなみに場所を指定したのは朱皇くんだ。なので、決して私が酷い扱いをした訳ではない。
こうして観察出来ているのは、朱皇くんが余程疲れていたからか。だいぶ遅くまで色々訊ねてしまったから。
朱皇くんは別の世界から来たとか言ってるけど、言葉が通じるのはおかしいと指摘すると、呆れたような目を向けられ「おかしいのはお前だ」なんて言われてしまった。
どういう仕組みか分からないけど、朱皇くんは私以外の人の言葉はまるで理解出来ないものだったらしい。朱皇くんがいた世界では、訛りがあっても国ごとに言語が違うといったことがないそうで。だから言葉を解せないと知った時に、自分が異世界に来てしまったことを理解したという。
だから、私の言葉が理解出来た時、或いは同じ世界の存在なのではないかと思ったらしい。階段に額をぶつけて動かなくなっていた時、まさに彼は混乱していたところだったのだ。
「でも私、人間だよ? 耳、違うでしょ? 尻尾もないし」
と、耳に掛かった髪を掻き上げながら言うと、少数ながらそういった姿の存在は確認されている。といった答えが返された。まるで未確認生物のような扱いだ。
しかし、それは仕方ないことだった。朱皇くんがいた国には黒狼族と白狼族、そして僅かに妖狐族しかおらず。私のような姿の人族のいる小国とはかなり離れているらしく、また、人族は他の種族と関わりを持たないよう閉鎖的な環境で生活しているらしいからだ。
ちなみに、白と黒の狼族と妖狐族、人族の他に、高い山で暮らす翼を持った天羽族、地下深くで暮らす地龍族がいるのだとか。
龍という響きに驚いた私だったが、巨大な姿で地中を這い回っていたりするものではなく、身長は私より低いものだし、二足歩行するトカゲのようなものだと言うので少し安心した。お目にかかりたくはないけれど。
この天地二種族も、滅多に自分たちの国から出ることはない為、あまり交流はないらしい。だったら少し安心だなんて思ってしまったけれど、私には関わりないことなのだから心配するのも杞憂な話なのだった。
――と、その辺りまでで話は区切られた。
時刻は二時を回り、お互いに眠くなったからだ。
そして、今は明けて九時。カーテンを開けたいけれど、眠っている朱皇くんを起こそうか、こちら側のカーテンは諦めて起きるまで待とうかと考えながら、寝顔を観賞する私。
だって、可愛い。
時折、外から聞こえる音に反応してか、ピクリと跳ねる耳も、幼子らしい丸みを帯びた頬も、つんと上を向いた唇がもごもご動くのも、ずっと眺めていたい感じ。
子を持つ親って、こんな感じだろうか。――まだそんな予定はないけど。
不意に、ぐるるるっ、と朱皇くんが唸り声をあげた。穏やかだった寝顔が一転し、苦しいようなものに変わっている。
嫌な夢でも見ているのかな。そう思って、それなら起こした方がいいのじゃないかと、体を揺り起こそうとすると。
「触るな!」
「キャッ」
鋭い声と共に手を弾かれた。
素早い身のこなしで飛び降りた朱皇くんは、私をキッと睨み上げた後に、我に返った様子でこてんと首を傾げる。
「おはよう、朱皇くん。大丈夫? 私のこと分かる?」
膝に手をついて、目線を合わせる為にしゃがむ私を、ジッと凝視すること数秒。
「青子だろう? そのとぼけた顔を見忘れてはいないぞ」
「とぼけた顔って何?」
「お前のように、緊張感の欠片もなく、ぽややんと頭に花でも咲かせているような顔のことだ」
「…………」
「がうっ、何をするっ!」
ハッ。どうしたんだろう。気が付いたら朱皇くんの頬っぺたをぎゅむぎゅむと掴んでいた。
「今ね、私じゃない何かが舞い降りたよ」
「嘘をつくな。一丁前に怒りを覚えただけだろうが!」
「むう?」
「いだだだだっ、おとなしい顔して、実は乱暴者かっ」
「違うの。お告げがあったんだよ。口の悪い子のお口を直す為に必要なことだからって」
「口と耳は関係ないだろう! 思いきり引っ張りやがって」
何だかとても失礼なことを言われたような気がしたことで、本当に手が勝手に動いてそうしてしまっていたから、ファンタジーな存在である朱皇くんに倣って、シャーマン(神子がいいかなあ)ごっこしてみたら、不評だったようだ。ぺたりと座り込んで、耳を懸命に撫でている。ちょっぴり涙目だ。可哀想なことをしてしまったけど、そんな朱皇くんも可愛い。
「ごめんね?」
さすがにやり過ぎたよね。と頭を撫でると、朱皇くんはプイッとそっぽを向き。
「腹が減ったぞ。早く朝餉を用意しろ」
それで許してくれるということなのかもしれないけど、もうちょっと言い方をやわらかくして欲しい。
「全く、我儘王子様ですねー」
それは「偉そう」という意味の、嫌味ではなくて好意的な揶揄を含んだ言葉だったのだけど。
「お前、何故それを知っている?」
「……うん?」
猜疑心たっぷりな表情と声音で言われて、今度は私が首を傾げる番となった。
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