3 / 49
第壱話
3
しおりを挟む
……夢じゃなかった。
そう感動的な衝撃を受けながら見下ろす先には、うさぎのぬいぐるみを枕に、腹這いになってすやすや眠っている幼子の姿――獣耳と尻尾付き。
漆黒の髪も、どちらかと言えば耳や尻尾と同じ質感で、身に着けているものは絹のように滑らかな感触の、黒地に赤い線が一部だけに差し込まれた、ロング丈の華奢そうなドレス(男の子が着てるからドレスと言うのはおかしいかも)に赤い帯をしたようなもので、お尻の方までスリットが入っているから尻尾の動きを邪魔していない。下に足首が絞られた形のズボンを穿いているみたいだったから、お尻が見えてしまう心配もなさそうだ。
そんなほぼ真っ黒な中で、肌の色は白い。どちらかと言うと日本人に近い感じかな。
私は構わなかったのだけど、朱皇くんが激しく嫌がった為、出窓の前の小物類を片付けて、クッションを二つ並べ(結構ギュウギュウだ)枕の代わりに少し平べったいうさぎのぬいぐるみを、肌掛けの代わりに未使用のバスタオルを利用しただけのものを使って貰うことになった。ちなみに場所を指定したのは朱皇くんだ。なので、決して私が酷い扱いをした訳ではない。
こうして観察出来ているのは、朱皇くんが余程疲れていたからか。だいぶ遅くまで色々訊ねてしまったから。
朱皇くんは別の世界から来たとか言ってるけど、言葉が通じるのはおかしいと指摘すると、呆れたような目を向けられ「おかしいのはお前だ」なんて言われてしまった。
どういう仕組みか分からないけど、朱皇くんは私以外の人の言葉はまるで理解出来ないものだったらしい。朱皇くんがいた世界では、訛りがあっても国ごとに言語が違うといったことがないそうで。だから言葉を解せないと知った時に、自分が異世界に来てしまったことを理解したという。
だから、私の言葉が理解出来た時、或いは同じ世界の存在なのではないかと思ったらしい。階段に額をぶつけて動かなくなっていた時、まさに彼は混乱していたところだったのだ。
「でも私、人間だよ? 耳、違うでしょ? 尻尾もないし」
と、耳に掛かった髪を掻き上げながら言うと、少数ながらそういった姿の存在は確認されている。といった答えが返された。まるで未確認生物のような扱いだ。
しかし、それは仕方ないことだった。朱皇くんがいた国には黒狼族と白狼族、そして僅かに妖狐族しかおらず。私のような姿の人族のいる小国とはかなり離れているらしく、また、人族は他の種族と関わりを持たないよう閉鎖的な環境で生活しているらしいからだ。
ちなみに、白と黒の狼族と妖狐族、人族の他に、高い山で暮らす翼を持った天羽族、地下深くで暮らす地龍族がいるのだとか。
龍という響きに驚いた私だったが、巨大な姿で地中を這い回っていたりするものではなく、身長は私より低いものだし、二足歩行するトカゲのようなものだと言うので少し安心した。お目にかかりたくはないけれど。
この天地二種族も、滅多に自分たちの国から出ることはない為、あまり交流はないらしい。だったら少し安心だなんて思ってしまったけれど、私には関わりないことなのだから心配するのも杞憂な話なのだった。
――と、その辺りまでで話は区切られた。
時刻は二時を回り、お互いに眠くなったからだ。
そして、今は明けて九時。カーテンを開けたいけれど、眠っている朱皇くんを起こそうか、こちら側のカーテンは諦めて起きるまで待とうかと考えながら、寝顔を観賞する私。
だって、可愛い。
時折、外から聞こえる音に反応してか、ピクリと跳ねる耳も、幼子らしい丸みを帯びた頬も、つんと上を向いた唇がもごもご動くのも、ずっと眺めていたい感じ。
子を持つ親って、こんな感じだろうか。――まだそんな予定はないけど。
不意に、ぐるるるっ、と朱皇くんが唸り声をあげた。穏やかだった寝顔が一転し、苦しいようなものに変わっている。
嫌な夢でも見ているのかな。そう思って、それなら起こした方がいいのじゃないかと、体を揺り起こそうとすると。
「触るな!」
「キャッ」
鋭い声と共に手を弾かれた。
素早い身のこなしで飛び降りた朱皇くんは、私をキッと睨み上げた後に、我に返った様子でこてんと首を傾げる。
「おはよう、朱皇くん。大丈夫? 私のこと分かる?」
膝に手をついて、目線を合わせる為にしゃがむ私を、ジッと凝視すること数秒。
「青子だろう? そのとぼけた顔を見忘れてはいないぞ」
「とぼけた顔って何?」
「お前のように、緊張感の欠片もなく、ぽややんと頭に花でも咲かせているような顔のことだ」
「…………」
「がうっ、何をするっ!」
ハッ。どうしたんだろう。気が付いたら朱皇くんの頬っぺたをぎゅむぎゅむと掴んでいた。
「今ね、私じゃない何かが舞い降りたよ」
「嘘をつくな。一丁前に怒りを覚えただけだろうが!」
「むう?」
「いだだだだっ、おとなしい顔して、実は乱暴者かっ」
「違うの。お告げがあったんだよ。口の悪い子のお口を直す為に必要なことだからって」
「口と耳は関係ないだろう! 思いきり引っ張りやがって」
何だかとても失礼なことを言われたような気がしたことで、本当に手が勝手に動いてそうしてしまっていたから、ファンタジーな存在である朱皇くんに倣って、シャーマン(神子がいいかなあ)ごっこしてみたら、不評だったようだ。ぺたりと座り込んで、耳を懸命に撫でている。ちょっぴり涙目だ。可哀想なことをしてしまったけど、そんな朱皇くんも可愛い。
「ごめんね?」
さすがにやり過ぎたよね。と頭を撫でると、朱皇くんはプイッとそっぽを向き。
「腹が減ったぞ。早く朝餉を用意しろ」
それで許してくれるということなのかもしれないけど、もうちょっと言い方をやわらかくして欲しい。
「全く、我儘王子様ですねー」
それは「偉そう」という意味の、嫌味ではなくて好意的な揶揄を含んだ言葉だったのだけど。
「お前、何故それを知っている?」
「……うん?」
猜疑心たっぷりな表情と声音で言われて、今度は私が首を傾げる番となった。
そう感動的な衝撃を受けながら見下ろす先には、うさぎのぬいぐるみを枕に、腹這いになってすやすや眠っている幼子の姿――獣耳と尻尾付き。
漆黒の髪も、どちらかと言えば耳や尻尾と同じ質感で、身に着けているものは絹のように滑らかな感触の、黒地に赤い線が一部だけに差し込まれた、ロング丈の華奢そうなドレス(男の子が着てるからドレスと言うのはおかしいかも)に赤い帯をしたようなもので、お尻の方までスリットが入っているから尻尾の動きを邪魔していない。下に足首が絞られた形のズボンを穿いているみたいだったから、お尻が見えてしまう心配もなさそうだ。
そんなほぼ真っ黒な中で、肌の色は白い。どちらかと言うと日本人に近い感じかな。
私は構わなかったのだけど、朱皇くんが激しく嫌がった為、出窓の前の小物類を片付けて、クッションを二つ並べ(結構ギュウギュウだ)枕の代わりに少し平べったいうさぎのぬいぐるみを、肌掛けの代わりに未使用のバスタオルを利用しただけのものを使って貰うことになった。ちなみに場所を指定したのは朱皇くんだ。なので、決して私が酷い扱いをした訳ではない。
こうして観察出来ているのは、朱皇くんが余程疲れていたからか。だいぶ遅くまで色々訊ねてしまったから。
朱皇くんは別の世界から来たとか言ってるけど、言葉が通じるのはおかしいと指摘すると、呆れたような目を向けられ「おかしいのはお前だ」なんて言われてしまった。
どういう仕組みか分からないけど、朱皇くんは私以外の人の言葉はまるで理解出来ないものだったらしい。朱皇くんがいた世界では、訛りがあっても国ごとに言語が違うといったことがないそうで。だから言葉を解せないと知った時に、自分が異世界に来てしまったことを理解したという。
だから、私の言葉が理解出来た時、或いは同じ世界の存在なのではないかと思ったらしい。階段に額をぶつけて動かなくなっていた時、まさに彼は混乱していたところだったのだ。
「でも私、人間だよ? 耳、違うでしょ? 尻尾もないし」
と、耳に掛かった髪を掻き上げながら言うと、少数ながらそういった姿の存在は確認されている。といった答えが返された。まるで未確認生物のような扱いだ。
しかし、それは仕方ないことだった。朱皇くんがいた国には黒狼族と白狼族、そして僅かに妖狐族しかおらず。私のような姿の人族のいる小国とはかなり離れているらしく、また、人族は他の種族と関わりを持たないよう閉鎖的な環境で生活しているらしいからだ。
ちなみに、白と黒の狼族と妖狐族、人族の他に、高い山で暮らす翼を持った天羽族、地下深くで暮らす地龍族がいるのだとか。
龍という響きに驚いた私だったが、巨大な姿で地中を這い回っていたりするものではなく、身長は私より低いものだし、二足歩行するトカゲのようなものだと言うので少し安心した。お目にかかりたくはないけれど。
この天地二種族も、滅多に自分たちの国から出ることはない為、あまり交流はないらしい。だったら少し安心だなんて思ってしまったけれど、私には関わりないことなのだから心配するのも杞憂な話なのだった。
――と、その辺りまでで話は区切られた。
時刻は二時を回り、お互いに眠くなったからだ。
そして、今は明けて九時。カーテンを開けたいけれど、眠っている朱皇くんを起こそうか、こちら側のカーテンは諦めて起きるまで待とうかと考えながら、寝顔を観賞する私。
だって、可愛い。
時折、外から聞こえる音に反応してか、ピクリと跳ねる耳も、幼子らしい丸みを帯びた頬も、つんと上を向いた唇がもごもご動くのも、ずっと眺めていたい感じ。
子を持つ親って、こんな感じだろうか。――まだそんな予定はないけど。
不意に、ぐるるるっ、と朱皇くんが唸り声をあげた。穏やかだった寝顔が一転し、苦しいようなものに変わっている。
嫌な夢でも見ているのかな。そう思って、それなら起こした方がいいのじゃないかと、体を揺り起こそうとすると。
「触るな!」
「キャッ」
鋭い声と共に手を弾かれた。
素早い身のこなしで飛び降りた朱皇くんは、私をキッと睨み上げた後に、我に返った様子でこてんと首を傾げる。
「おはよう、朱皇くん。大丈夫? 私のこと分かる?」
膝に手をついて、目線を合わせる為にしゃがむ私を、ジッと凝視すること数秒。
「青子だろう? そのとぼけた顔を見忘れてはいないぞ」
「とぼけた顔って何?」
「お前のように、緊張感の欠片もなく、ぽややんと頭に花でも咲かせているような顔のことだ」
「…………」
「がうっ、何をするっ!」
ハッ。どうしたんだろう。気が付いたら朱皇くんの頬っぺたをぎゅむぎゅむと掴んでいた。
「今ね、私じゃない何かが舞い降りたよ」
「嘘をつくな。一丁前に怒りを覚えただけだろうが!」
「むう?」
「いだだだだっ、おとなしい顔して、実は乱暴者かっ」
「違うの。お告げがあったんだよ。口の悪い子のお口を直す為に必要なことだからって」
「口と耳は関係ないだろう! 思いきり引っ張りやがって」
何だかとても失礼なことを言われたような気がしたことで、本当に手が勝手に動いてそうしてしまっていたから、ファンタジーな存在である朱皇くんに倣って、シャーマン(神子がいいかなあ)ごっこしてみたら、不評だったようだ。ぺたりと座り込んで、耳を懸命に撫でている。ちょっぴり涙目だ。可哀想なことをしてしまったけど、そんな朱皇くんも可愛い。
「ごめんね?」
さすがにやり過ぎたよね。と頭を撫でると、朱皇くんはプイッとそっぽを向き。
「腹が減ったぞ。早く朝餉を用意しろ」
それで許してくれるということなのかもしれないけど、もうちょっと言い方をやわらかくして欲しい。
「全く、我儘王子様ですねー」
それは「偉そう」という意味の、嫌味ではなくて好意的な揶揄を含んだ言葉だったのだけど。
「お前、何故それを知っている?」
「……うん?」
猜疑心たっぷりな表情と声音で言われて、今度は私が首を傾げる番となった。
0
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
男女比バグった世界で美女チート無双〜それでも私は冒険がしたい!〜
具なっしー
恋愛
日本で暮らしていた23歳喪女だった女の子が交通事故で死んで、神様にチートを貰い、獣人の世界に転生させられた!!気づいたらそこは森の中で体は15歳くらいの女の子だった!ステータスを開いてみるとなんと白鳥兎獣人という幻の種族で、白いふわふわのウサ耳と、神秘的な白鳥の羽が生えていた。そしてなんとなんと、そこは男女比が10:1の偏った世界で、一妻多夫が普通の世界!そんな世界で、せっかく転生したんだし、旅をする!と決意した主人公は絶世の美女で…だんだん彼女を囲う男達が増えていく話。
主人公は見た目に反してめちゃくちゃ強いand地球の知識があるのでチートしまくります。
みたいなはなし
※表紙はAIです
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル
14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった
とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり
奥さんも少女もいなくなっていた
若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました
いや~自炊をしていてよかったです
【村スキル】で始まる異世界ファンタジー 目指せスローライフ!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は村田 歩(ムラタアユム)
目を覚ますとそこは石畳の町だった
異世界の中世ヨーロッパの街並み
僕はすぐにステータスを確認できるか声を上げた
案の定この世界はステータスのある世界
村スキルというもの以外は平凡なステータス
終わったと思ったら村スキルがスタートする
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる