異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

文字の大きさ
10 / 49
第弐話

しおりを挟む
「これはまた、面倒な」

 蒼慈さんがボソリと呟くのに被さる形で、廊下を駆けて来る足音が響き、ドア付近で「ふぎゃっ!?」といった悲鳴が聞こえた頃に、そちらを振り向く。

「わわわわ。な、なんでこんなところに、いら、いらっいらっしゃられるのであらせられますのでしょうか!」

 桶を抱えた少年の口調がおかしい。
 ドアの内側に黒一色のチャイナドレスみたいなものを着た黒狼族の人がいる。先程の声はその人のものだったのだろうけど、どうして少年はその人を警戒したような蟹歩きで室内に入り、抱えていた桶を私の足元に置くなり蒼慈さんの背後に隠れたりするのだろう。とても怖い上司なのだろうか。

「この女性が?」
「ああ、いえ。どうやら間違いであったようです。ただ、奇妙な術を使ったようであったので、説明を請うていただけなのですよ」

 訊ねながら、声の様子からして青年らしき人が近づいて来る。
 ドアはほぼ真後ろにあり、手を蒼慈さんに握られたままでいたから、振り向いたところで顔まではよく見えない。しかし、そうして傍に来てくれたことで、その容貌がハッキリと見てとれるようになる。

「……」

 可愛かった。声は明らかに男性のものとして聞こえていたにもかかわらず、同年代の女の子かと思ってしまう程に。けれど、だからと言ってその声に違和感が生じるといったことがなかったのは、とても澄んだ声だったからだろう。

「そうでしたか。あなたが処罰房へ連れ込んだ者があると聞いて、早とちりをしてしまいました。――その痛々しい怪我は?」
「…………」
「こちらの方が何をなさったのかは分かりませんが、随分と乱暴なことをなさいますね」
「仕事ですので」
「そちらの水は?」
「先ずは冷やさなければと」
「薬の手配は?」
「こ、ここにあるで、ありますで、ありますっ!」

 蒼慈さんの後ろから、ポンッとテーブルの上に湿布が放られる。
 テーブルの上には蒼慈さんが並べたペンチなどがあり、テーブルの下には先程使われていた銛や、私が転倒した際に落としたと思われる五寸釘が転がっている、それらを見渡し、黒狼族の人が深い溜息をつく。

「早急に手当てを」
「……はっ」

 黒狼族の青年の言葉に、蒼慈さんが慇懃な姿勢で礼をし、拷問用に並べられたものを少年に片付けさせる傍らで、私の中指の手当てを始めた。
 もしかしたら、蒼慈さんにとっても上司的な位置にいる人なのだろうか。そんな風に思いながら、青年の様子を窺うと、正面から目が合ってしまう。

「あなたは、人族なのですか?」
「ええと……はい」

 やはり珍しいからか、ハッと驚いたような表情をした青年は、私が頷いたのを見てから、観察するように見下ろし。

「朱皇様を、ご存知なのでは?」
「!?」

 不意打ちで、全てを看破されたかのような質問に、ピシリと身体が硬直した。
 何故、そう思ったのだろう。もしかしたら、今度は朱皇くんを異世界に飛ばした罪に問われようとしているの?
 肯定するか否定するか迷う中、青年の手がそっと私の肩に触れた。

「あなたの名を、見せていただきますね」
「え?」

 一瞬、聞き間違えたのかと思った。名前を訊ねられるなら兎も角、書き記した覚えもなく、記された何かを持っている訳でもなかったからだ。
 ――と、肩に触れられた手が、何かを握ったようだった。スッと離れていく手を見つめる。青年の胸元で開かれた手のひら。するとその上にぼんやりとした光の揺らめきが上がり。

「……えっ?」

 墨で書かれたような線が光の揺らめきの中に走ったかと思うと、文字を象り始め。
 美原青子と読める姿となる。

「何と読むのですか?」
「――――」
「ああ、警戒していらっしゃるのですね。ご安心下さい。僕はあなたに何らかの罪を着せようとしているのではないのです。確認したいだけなのですよ」

 表情と同様にその声音も穏やかで柔らかい。
 しかし、確認とはどういう意味だろう。この人には色々と見通す力があって、欠けたものを補足する為の確認ということだろうか。
 それとも……朱皇くんが……?

「みはら、せいこ、です」
「セイコ……。ではやはり」

 考えても仕方ないことだ。そう思うまでもなく答えた私に、青年が満足そうに愛らしい笑みを深める。

「青、だと?」

 その傍らで、私の指の手当てを終わらせた蒼慈さんが、青年の手のひらの上から消えていく名前を目にして、動揺したようだった。

「ち、違うんです。青の字を使ってますが、これは狼族の皇族の方々が持つような意味は全くなくて、あの、えっと……あ、そうだ。私は男の人じゃないので、色を冠する名をつけても関係ない……とか、朱皇くんが……」

 ――――!

 はっ、と手で口を覆う。
 朱皇くんが、なんて言ったらいけなかった。こちらでは皇子様なのだから。なんて気付いても、今更もう遅い。

「君は、朱皇殿下と繋がりが?」
「この方が、朱皇様を救って下さった恩人なのですよ。蒼慈殿」

 愕然がくぜんとした様子になった蒼慈さんの問いに、青年がそう答え、蒼慈さんばかりでなく、私も目を剥く。蒼慈さんの背後から少年の「ええっ!?」といった声が聞こえたから、少年の方の反応も同様のようだ。

「わ、私、救ったりなんて……」
「いいえ。あなたがいらっしゃらなければ、朱皇様がお戻りなさることはなかったでしょう。何しろ、異世界に飛ばされたという異常なる事態でしたから、今は体調を崩されているとはいえ、ご無事でいられたのも、全てはセイコ様のお陰なのですよ」
「え、朱皇く……朱皇様、具合悪いんですか? それより、やっぱり戻って来ていたんですね。良かった……あ、でも良くない? あの、体調を崩してるって、酷いんですか?」
「――――」

 罪人扱いから放免されたと思えば、今度は恩人扱いだなんていうあまりな格差に気を取られている場合ではない。あの小さな朱皇くんが苦しんでいるのかと思うと、胸が痛くて堪らなくなった。
 そんな私に、一瞬きょとんとした青年だったけど、すぐにまた微笑んで。

「大事を取っておりますが、酷いものではありません。お会いになられますか?」
「会えるんですか?」
「ええ、勿論」

 言われて、思わず立ち上がった私に、青年はそっと手を差しのべる。

「申し遅れました。僕の名は丹思たんし。朱皇様とは幼少の頃より仲良くさせていただいている者です」
「は、はあ……」

 そう名乗った青年の手のひらで、今度は青年の名が揺らめき、消える。とても不思議な力だと思った。

「先程はご無礼致しました。時折、ご自分の名を忘れてしまわれる方や、何故か偽りを口にされてしまうご病気の方がいらっしゃるものですから。僕の特技なのです。あまり使い道はありませんけれど、口に出来ない真実を文字にすることが可能、だと認識していただいて構いません」
「ついでに補足させて貰うなら、丹思様は第四皇子という立場でもあります。朱皇殿下とは母君が違いますがね」
「ええっ?」

 それって、側室とか愛人とかいうものだろうか。でも、だとしても皇子様が目の前にいるなんて。どうりで少年の様子がおかしい訳だ。

「さあ、参りましょう」
「は、はい」

 差しのべられたままその手を取らなかった私の手を取り、丹思様が外へと促す。
 複雑な表情をしている蒼慈さんに手当てのお礼を言うと、耳を垂らせて頭を振られた。

 ――朱皇くんに会えるんだ。
 そう思ったら、ドキドキしてきて。叶うことなら、体調が戻るまで傍にいさせて貰おうと思った。
 この時私は、あの小さな朱皇くんの姿を思い描いていたのだけれど、それが間違いだったことを知るのは、これより少し後のことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜

長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。 コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。 ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。 実際の所、そこは異世界だった。 勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。 奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。 特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。 実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。 主人公 高校2年     高遠 奏    呼び名 カナデっち。奏。 クラスメイトのギャル   水木 紗耶香  呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。  主人公の幼馴染      片桐 浩太   呼び名 コウタ コータ君 (なろうでも別名義で公開) タイトル微妙に変更しました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...