異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

文字の大きさ
23 / 49
第伍話

しおりを挟む
 あれからすぐに、私は蒼慈さんと玖涅くんを連れて、私が使わせて貰っている部屋に戻った。
 一応、私の警護につくという建前があるからか、窓の位置や壁の具合などを確認していたのだけど、今は何故か蒼慈さんに髪をかして貰っている。
 玖涅くんは長時間の緊張から解放されたことで、上司の前だというのも構わず、ソファでうつ伏せになって寛いでいた。
 どうして蒼慈さんがこんなことをしてくれているのかというと、単に私が後ろで結んでいた紐が解けてしまったからだ。
 ゴムではなく本当に紐しかなくて、自分でやるにはまだ慣れないものだから、きつく結び過ぎて解けなくなってしまうこともあったりする。今回のはちゃんと結べていなかったのだろう。
 結び直すのを横着して、このままでいいかと考えた私だったが、蒼慈さんが「結って差し上げましょう」とにこやかに言うものだから、つい甘えてしまったのだ。
 
「これで、君も『尾なし』ではなくなりましたね」
 
 ドレッサーの鏡に映る私の髪型はポニーテールだった。確かに尻尾の出来上がりだ。だからといって「尾なし」と認められることはないのだろうけど。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。……やはり、こうして見ても君の耳は不思議な形をしていますね」
 
 そう言いながらじっと見られるのは恥ずかしい。
 思わず耳を塞いで隠してしまいたくなったけれど、手を上げかけたところで捕まえられてしまったから、出来なくなってしまう。

「……成程」
 
 ちょっと近過ぎるのではないかと思われるくらいに間近に迫る麗しい顔に、耳まで熱くなったところで、感心したような声が漏らされた。
 
「肌の色と等しい故に、恥じらわれたりすることでこちらまで赤く染まるのですね。耳で全く感情が読めないという訳ではないようだ」
 
 ぼそぼそと呟きながら尚も見つめ続ける蒼慈さん。身を引いたら背中に手を回されて固定されてしまう。
 ただ観察されているだけなのに意識してしまうのは、どうにかならないだろうか。
 
「……」
 
 と、耳を見ていた蒼慈さんの瞳と目が合った。ドキリと鼓動が跳ね、更に顔中が熱くて堪らなくなった頃、その視線が玖涅くんの方に向けられ、ようやく身を離される。
 
「いつまでそうしているつもりです? 玖涅」
 
 厳しい声を向けられ、リラックスモードで尻尾をパタンパタンと揺らしていた玖涅くんが、素早く起き上がって背筋を伸ばす。ただ、立ち上がったり顔を強張らせたりするようなことはなく、表情は至ってリラックスした感じだ。
 
「ここにいる間くらい、いいじゃないっすか。さっきまであんな怖い思いしてたんすから、勘弁して欲しいっす」
「皇族を前にしていたからといって、緊張し過ぎだと思いますが」
「それもあったっすけど、何なんです? あの呪いとか呪詛で暗殺とか、怖い話。なんかドロドロしてそーなの、苦手なんすよねー」
 
 そう言って、耳をパタリと垂らせる。あの怯えた様子は緊張だけでなく呪詛というものに対する恐怖だったのだ。役目がなければ文字通り尻尾を巻いて逃げたかったことだろう。

「俺はただの内官理の下っ端中の下っ端なんすから、そういうのに巻き込まないで欲しいっす!」
 
 断固拒否。といった感じで言い放った玖涅くんは、しかし蒼慈さんからの呆れたような眼差しに勢いを弱め、不貞腐れた表情になる。

「ならばまた、街中のゴミ拾いや回収係に戻しましょうか。ゴミ拾いならばともかく、回収係は若い君には酷だと同情したのですが、君には迷惑なことだったのでしょう。モノによってはそちらの方が玖涅の苦手とする仕事だと思うのですがね。そうですか、そうですか」
 
 わざとらしい独り言だった。それはかなり玖涅くんには効果的だったのか、顔を青くして立ち上がると。
 
「そーじさんそーじさんそーじさんっ!」
 
 タックルでもするかのように蒼慈さんの名前を呼びながら、その華奢な腰に抱き付いた。
 
「見苦しい真似は止しなさい」
「いだだだだだだっ」
 
 かなりの衝撃があったように思われたのは錯覚だったのか、よろけることなく受け止めた蒼慈さんの手が、玖涅くんの耳を引っ張る。
 
「回収は嫌っす! 半端ないんすよ、夢にまで出て来て眠れなくなるんすからっ」
「夢に出てくるというならば、眠れているじゃありませんか」
「そーいうことじゃねーんすよぅ!」
 
 回収というのは何だろうかと思いながら見ていると、玖涅くんの耳をぎゅむぎゅむしながら蒼慈さんが教えてくれたのだけど。
 
「死体の回収、ですよ。治安は悪い方ではないと思いたいのですが、殺害される事件は頻繁に起きますし、病気などでひっそりと亡くなられる方なんかを放置してはおけませんから。すぐに見つけて差し上げられれば良いのですが、幾日か経過したものですと状態があまりよくないものがありましてね。まだそれも許容範囲ではありますが、水中に浸かられていたりした上でそうなりますと、わたしでも目を背けたくなるまでに気味の悪い異様な姿に変わり果て、余さず拾い上げることが困難になってしまうのですよ」
 
 夏場は特にいけませんね。と続ける蒼慈さん。玖涅くんは涙目となり、私もそれが何であってどういった有り様であるのかが、何となく分かってしまい、聞かなければ良かったと後悔する。
 
「俺はそーじさんと一緒がいいんすよ。医局の使い走りも嫌だし、書庫に籠りっ放しの仕事もしたくないし、そーじさんと一緒にいるだけでモテモテになれるんすから、一生離れないっす!」
「迷惑な上に不純過ぎます」
 
 ゴチン、と頭を叩かれ、その痛さに悶絶するようにフラフラと離れて行く玖涅くん。そのまま床に座り込んでしまう。
 
「医局も書庫も、君がサボり放題だからと断られていますから、お声が掛かることはありませんよ。こちらが頭を下げない限りは」
「そーじさんが頭を下げる必要なんかないっすよ!」
「君の為に下げる頭はありません」
 
 抱えていた頭を上げて言う玖涅くんに、蒼慈さんが目を眇て拳を握って見せた。すると玖涅くんは私の背後に回り込んで、私を盾とする。
 
「ふふっ」
 
 何だかおかしくなってしまって、つい笑みを溢してしまった。
 今なら、本気で痛がる様子の玖涅くんと、容赦ないような蒼慈さんのやり取りを見て、微笑ましげな様子だった街の人たちのことにも納得出来る。
 仲がいい兄弟か師弟のじゃれ合いのようだと。
 
「おや。このようなことで、君の笑顔が見られるとは思いませんでした。素敵な収穫ですね」
「え、あ、ごめんなさい」
「そこで謝って頂きたくはないのですが。こちらにとっては嬉しいことなのですから。やはり女性には笑顔でいて欲しいものです」
「泣かせるのが趣味な癖に」
「人聞きの悪い。とても心外でなりません。青子さんは誤解なさっておいでではありませんよね?」

 訊ねられて、ちょっと自信がないけれど頷いておいた。涙で真偽を察する鼻を持っているだけなのだから、趣味というのとは違うだろうと考えて。
 
「大変結構です。それでは、そろそろ本題に入らせて頂きます」
 
 にこりと笑った蒼慈さんの言葉に、そういえば彼らがここに来たのは、遊びに来てくれた訳ではなかったのだったと思い出した。
 玖涅くんに室内を確認させるというのを建前として、何やらお話があるそうなのだ。
 二人にはソファに座って貰うとして、私はドレッサーの椅子に座り直した。
 改まった様子になる蒼慈さんは、ぴくぴくと両方の耳を動かしていた。何かを確認するような仕草に首を傾げる。何か気になる物音でも聞こえたのだろうかと。
 
「ああ、失礼しました。つい先程まで、こちらを窺っていた気配があったものですから」
「……はあ」
 
 だから私の髪を結い直してくれたり、玖涅くんとじゃれたりしていたのだろうか。多分、章杏さん辺りが心配して来てくれただけなんだろうけど……聞かれると不味いような内容のことを話されるのだろうか。
 
「聞かれて不味いものでもないのですが、あの場で発言しなかったことですので、隠れて聞かれるのは好ましくありませんから、出来れば遠慮願いたかったのです」
 
 こちらが警戒したのに気付いてか、安心させるようにそう前置きをして。
 
「丹思様が千茜殿下をお疑いになる、新たな要因が手に入っているのですが、それについて朱皇殿下の前では口にしたくなかったので。それを証拠とするには、仕組まれた可能性がある為に、不十分であるからです」
 
 言いながら懐中から折り畳まれた袱紗ふくさを取り出し、ゆっくりと広げて見せる。「見覚えがありますよね?」と差し出されたそれは、神殿での一件で止血の際に腕に巻かれた布だった。証拠品だからか私の血がそのまま残っている上に少しシワシワになっているけれど、紅藤色の布に「亘」という字のような並びで、上下に向きを変えた剣が、真ん中には鋭い爪跡を刻んだ盾が描かれた紋章のようなものが、四隅に配されていることを、手当てを受けた時に見て知っていた。
 
「ここにある刺繍の紋様を、他で目にしたことはありませんか?」
 
 どうだろう。多分、見覚えはないと思うのだけど。
 
「これは千茜殿下の親衛隊が持つ紋章です」
「!」
 
 頭を振るには至らなかったけれど、首を傾げて固まったところで、そんなことを言われ、信じられない思いで蒼慈さんを見る。
 
「機会がありましたら制服の袖口をご覧になって下さい。カフスボタンにこの紋章が刻印されておりますので」
「……」
 
 ならば、これを持っていた人は親衛隊の人だったのだろうか。一体、何人いるのだろう。取り押さえた時、仲間であったことなんて微塵も感じさせない様子に思えたけれど。
 でも、あの時は自分のことでいっぱいいっぱいだったから、色々見落としがあったり気付かなかったこともあるだろう。
 それとも敢えてこれを使って、親衛隊の人を――いては千茜様を貶める為の罠であるとも考えられる。
 だから、証拠品としては不十分だけれど、元々疑いを持っていた丹思様にとっては、疑いを確信に近付けてしまうものとなってしまったのだろう。蒼慈さんがこの布のことを口に出すこともなかったばかりか、最初の方では事件の概要も知らない様子でいたのは、千茜様に尊敬の念を抱いている朱皇皇子を悲しませない為だったのか。決定的な証拠とはいかないまでも、疑わずにはおれない物的証拠を突き付けられれば、心は揺れる。
 皇子は本当に、皆からとても大事にされている。けれど、だからこそ余計に皇子自身は自分が蚊帳の外であるようなのが辛く、悔しい思いをしているのだろう。

「でも」
 
 と、私はあの時のことを思い返して気付いたことを告げる。
 
「千茜様は、私の腕に巻かれた布をご覧になっています。結び目に紋章が来るようなデザインですから、気付かれなかった筈はありません」
 
 私はそれに気付く余裕などなかったけれど、布に触れた千茜様なら気付いた筈だ。神殿を後にしようとしたのはそれからすぐではなかったか。だとすると、自分が疑われるのを承知で残したことになる。やはり千茜様を陥れようとする何者かの仕業ではないのかと……思いたい。

「成程。参考にさせて頂きましょう」
 
 布を袱紗で包み、懐中におさめる。
 そうしながら頷いた蒼慈さんは、もう一つのことを話し始めた。
 丹思様に――妖狐族の人たちに依頼した調査の件。
 朋澪ほうれいという名の白狼族の女性に、私は一度会ったことがあると言うのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜

長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。 コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。 ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。 実際の所、そこは異世界だった。 勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。 奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。 特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。 実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。 主人公 高校2年     高遠 奏    呼び名 カナデっち。奏。 クラスメイトのギャル   水木 紗耶香  呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。  主人公の幼馴染      片桐 浩太   呼び名 コウタ コータ君 (なろうでも別名義で公開) タイトル微妙に変更しました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...