異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

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第伍話

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 あれからすぐに、私は蒼慈さんと玖涅くんを連れて、私が使わせて貰っている部屋に戻った。
 一応、私の警護につくという建前があるからか、窓の位置や壁の具合などを確認していたのだけど、今は何故か蒼慈さんに髪をかして貰っている。
 玖涅くんは長時間の緊張から解放されたことで、上司の前だというのも構わず、ソファでうつ伏せになって寛いでいた。
 どうして蒼慈さんがこんなことをしてくれているのかというと、単に私が後ろで結んでいた紐が解けてしまったからだ。
 ゴムではなく本当に紐しかなくて、自分でやるにはまだ慣れないものだから、きつく結び過ぎて解けなくなってしまうこともあったりする。今回のはちゃんと結べていなかったのだろう。
 結び直すのを横着して、このままでいいかと考えた私だったが、蒼慈さんが「結って差し上げましょう」とにこやかに言うものだから、つい甘えてしまったのだ。
 
「これで、君も『尾なし』ではなくなりましたね」
 
 ドレッサーの鏡に映る私の髪型はポニーテールだった。確かに尻尾の出来上がりだ。だからといって「尾なし」と認められることはないのだろうけど。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。……やはり、こうして見ても君の耳は不思議な形をしていますね」
 
 そう言いながらじっと見られるのは恥ずかしい。
 思わず耳を塞いで隠してしまいたくなったけれど、手を上げかけたところで捕まえられてしまったから、出来なくなってしまう。

「……成程」
 
 ちょっと近過ぎるのではないかと思われるくらいに間近に迫る麗しい顔に、耳まで熱くなったところで、感心したような声が漏らされた。
 
「肌の色と等しい故に、恥じらわれたりすることでこちらまで赤く染まるのですね。耳で全く感情が読めないという訳ではないようだ」
 
 ぼそぼそと呟きながら尚も見つめ続ける蒼慈さん。身を引いたら背中に手を回されて固定されてしまう。
 ただ観察されているだけなのに意識してしまうのは、どうにかならないだろうか。
 
「……」
 
 と、耳を見ていた蒼慈さんの瞳と目が合った。ドキリと鼓動が跳ね、更に顔中が熱くて堪らなくなった頃、その視線が玖涅くんの方に向けられ、ようやく身を離される。
 
「いつまでそうしているつもりです? 玖涅」
 
 厳しい声を向けられ、リラックスモードで尻尾をパタンパタンと揺らしていた玖涅くんが、素早く起き上がって背筋を伸ばす。ただ、立ち上がったり顔を強張らせたりするようなことはなく、表情は至ってリラックスした感じだ。
 
「ここにいる間くらい、いいじゃないっすか。さっきまであんな怖い思いしてたんすから、勘弁して欲しいっす」
「皇族を前にしていたからといって、緊張し過ぎだと思いますが」
「それもあったっすけど、何なんです? あの呪いとか呪詛で暗殺とか、怖い話。なんかドロドロしてそーなの、苦手なんすよねー」
 
 そう言って、耳をパタリと垂らせる。あの怯えた様子は緊張だけでなく呪詛というものに対する恐怖だったのだ。役目がなければ文字通り尻尾を巻いて逃げたかったことだろう。

「俺はただの内官理の下っ端中の下っ端なんすから、そういうのに巻き込まないで欲しいっす!」
 
 断固拒否。といった感じで言い放った玖涅くんは、しかし蒼慈さんからの呆れたような眼差しに勢いを弱め、不貞腐れた表情になる。

「ならばまた、街中のゴミ拾いや回収係に戻しましょうか。ゴミ拾いならばともかく、回収係は若い君には酷だと同情したのですが、君には迷惑なことだったのでしょう。モノによってはそちらの方が玖涅の苦手とする仕事だと思うのですがね。そうですか、そうですか」
 
 わざとらしい独り言だった。それはかなり玖涅くんには効果的だったのか、顔を青くして立ち上がると。
 
「そーじさんそーじさんそーじさんっ!」
 
 タックルでもするかのように蒼慈さんの名前を呼びながら、その華奢な腰に抱き付いた。
 
「見苦しい真似は止しなさい」
「いだだだだだだっ」
 
 かなりの衝撃があったように思われたのは錯覚だったのか、よろけることなく受け止めた蒼慈さんの手が、玖涅くんの耳を引っ張る。
 
「回収は嫌っす! 半端ないんすよ、夢にまで出て来て眠れなくなるんすからっ」
「夢に出てくるというならば、眠れているじゃありませんか」
「そーいうことじゃねーんすよぅ!」
 
 回収というのは何だろうかと思いながら見ていると、玖涅くんの耳をぎゅむぎゅむしながら蒼慈さんが教えてくれたのだけど。
 
「死体の回収、ですよ。治安は悪い方ではないと思いたいのですが、殺害される事件は頻繁に起きますし、病気などでひっそりと亡くなられる方なんかを放置してはおけませんから。すぐに見つけて差し上げられれば良いのですが、幾日か経過したものですと状態があまりよくないものがありましてね。まだそれも許容範囲ではありますが、水中に浸かられていたりした上でそうなりますと、わたしでも目を背けたくなるまでに気味の悪い異様な姿に変わり果て、余さず拾い上げることが困難になってしまうのですよ」
 
 夏場は特にいけませんね。と続ける蒼慈さん。玖涅くんは涙目となり、私もそれが何であってどういった有り様であるのかが、何となく分かってしまい、聞かなければ良かったと後悔する。
 
「俺はそーじさんと一緒がいいんすよ。医局の使い走りも嫌だし、書庫に籠りっ放しの仕事もしたくないし、そーじさんと一緒にいるだけでモテモテになれるんすから、一生離れないっす!」
「迷惑な上に不純過ぎます」
 
 ゴチン、と頭を叩かれ、その痛さに悶絶するようにフラフラと離れて行く玖涅くん。そのまま床に座り込んでしまう。
 
「医局も書庫も、君がサボり放題だからと断られていますから、お声が掛かることはありませんよ。こちらが頭を下げない限りは」
「そーじさんが頭を下げる必要なんかないっすよ!」
「君の為に下げる頭はありません」
 
 抱えていた頭を上げて言う玖涅くんに、蒼慈さんが目を眇て拳を握って見せた。すると玖涅くんは私の背後に回り込んで、私を盾とする。
 
「ふふっ」
 
 何だかおかしくなってしまって、つい笑みを溢してしまった。
 今なら、本気で痛がる様子の玖涅くんと、容赦ないような蒼慈さんのやり取りを見て、微笑ましげな様子だった街の人たちのことにも納得出来る。
 仲がいい兄弟か師弟のじゃれ合いのようだと。
 
「おや。このようなことで、君の笑顔が見られるとは思いませんでした。素敵な収穫ですね」
「え、あ、ごめんなさい」
「そこで謝って頂きたくはないのですが。こちらにとっては嬉しいことなのですから。やはり女性には笑顔でいて欲しいものです」
「泣かせるのが趣味な癖に」
「人聞きの悪い。とても心外でなりません。青子さんは誤解なさっておいでではありませんよね?」

 訊ねられて、ちょっと自信がないけれど頷いておいた。涙で真偽を察する鼻を持っているだけなのだから、趣味というのとは違うだろうと考えて。
 
「大変結構です。それでは、そろそろ本題に入らせて頂きます」
 
 にこりと笑った蒼慈さんの言葉に、そういえば彼らがここに来たのは、遊びに来てくれた訳ではなかったのだったと思い出した。
 玖涅くんに室内を確認させるというのを建前として、何やらお話があるそうなのだ。
 二人にはソファに座って貰うとして、私はドレッサーの椅子に座り直した。
 改まった様子になる蒼慈さんは、ぴくぴくと両方の耳を動かしていた。何かを確認するような仕草に首を傾げる。何か気になる物音でも聞こえたのだろうかと。
 
「ああ、失礼しました。つい先程まで、こちらを窺っていた気配があったものですから」
「……はあ」
 
 だから私の髪を結い直してくれたり、玖涅くんとじゃれたりしていたのだろうか。多分、章杏さん辺りが心配して来てくれただけなんだろうけど……聞かれると不味いような内容のことを話されるのだろうか。
 
「聞かれて不味いものでもないのですが、あの場で発言しなかったことですので、隠れて聞かれるのは好ましくありませんから、出来れば遠慮願いたかったのです」
 
 こちらが警戒したのに気付いてか、安心させるようにそう前置きをして。
 
「丹思様が千茜殿下をお疑いになる、新たな要因が手に入っているのですが、それについて朱皇殿下の前では口にしたくなかったので。それを証拠とするには、仕組まれた可能性がある為に、不十分であるからです」
 
 言いながら懐中から折り畳まれた袱紗ふくさを取り出し、ゆっくりと広げて見せる。「見覚えがありますよね?」と差し出されたそれは、神殿での一件で止血の際に腕に巻かれた布だった。証拠品だからか私の血がそのまま残っている上に少しシワシワになっているけれど、紅藤色の布に「亘」という字のような並びで、上下に向きを変えた剣が、真ん中には鋭い爪跡を刻んだ盾が描かれた紋章のようなものが、四隅に配されていることを、手当てを受けた時に見て知っていた。
 
「ここにある刺繍の紋様を、他で目にしたことはありませんか?」
 
 どうだろう。多分、見覚えはないと思うのだけど。
 
「これは千茜殿下の親衛隊が持つ紋章です」
「!」
 
 頭を振るには至らなかったけれど、首を傾げて固まったところで、そんなことを言われ、信じられない思いで蒼慈さんを見る。
 
「機会がありましたら制服の袖口をご覧になって下さい。カフスボタンにこの紋章が刻印されておりますので」
「……」
 
 ならば、これを持っていた人は親衛隊の人だったのだろうか。一体、何人いるのだろう。取り押さえた時、仲間であったことなんて微塵も感じさせない様子に思えたけれど。
 でも、あの時は自分のことでいっぱいいっぱいだったから、色々見落としがあったり気付かなかったこともあるだろう。
 それとも敢えてこれを使って、親衛隊の人を――いては千茜様を貶める為の罠であるとも考えられる。
 だから、証拠品としては不十分だけれど、元々疑いを持っていた丹思様にとっては、疑いを確信に近付けてしまうものとなってしまったのだろう。蒼慈さんがこの布のことを口に出すこともなかったばかりか、最初の方では事件の概要も知らない様子でいたのは、千茜様に尊敬の念を抱いている朱皇皇子を悲しませない為だったのか。決定的な証拠とはいかないまでも、疑わずにはおれない物的証拠を突き付けられれば、心は揺れる。
 皇子は本当に、皆からとても大事にされている。けれど、だからこそ余計に皇子自身は自分が蚊帳の外であるようなのが辛く、悔しい思いをしているのだろう。

「でも」
 
 と、私はあの時のことを思い返して気付いたことを告げる。
 
「千茜様は、私の腕に巻かれた布をご覧になっています。結び目に紋章が来るようなデザインですから、気付かれなかった筈はありません」
 
 私はそれに気付く余裕などなかったけれど、布に触れた千茜様なら気付いた筈だ。神殿を後にしようとしたのはそれからすぐではなかったか。だとすると、自分が疑われるのを承知で残したことになる。やはり千茜様を陥れようとする何者かの仕業ではないのかと……思いたい。

「成程。参考にさせて頂きましょう」
 
 布を袱紗で包み、懐中におさめる。
 そうしながら頷いた蒼慈さんは、もう一つのことを話し始めた。
 丹思様に――妖狐族の人たちに依頼した調査の件。
 朋澪ほうれいという名の白狼族の女性に、私は一度会ったことがあると言うのだ。
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