異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

文字の大きさ
24 / 49
第伍話

しおりを挟む
「千茜殿下とお会いになられ、退室された際にすれ違った白狼族の女性がおりましたでしょう。覚えておいでですか?」
「ああ! はい」
 
 何処でだったろうかと考えるまでもなく、答えがもたらされて頷く。
 あの時、私には関係のないことだからと言われたけれど、ここへ来てそうもいかなくなったようだ。
 
「千茜殿下の側室候補という立場を利用して、あのように殿下のご予定も気になさらずに立ち寄られることが多いそうなのです。周囲の方々――特に、こちらも青子さんと面識のある乃漢だいかん殿が諌めてはおりますが、殿下ご自身が許しておられるようですので、一向に控える様子がないのだとか。『お気に入り』であるならば、早々に側室に迎えてしまえば宜しいと思うのですが、なかなかお決めになられないのです。時期が時期なだけに、遠慮なさられているだけかもしれませんがね」
「側室の前に正室を決めるのが先なんじゃねぇんすか?」

 玖涅くんが言う。私は既にいるものだと思っていたから、そうではなかったことに驚いた。
 
「その朋澪さんという方を正室にはお迎えしないのですか?」
 
 蒼慈さんが答える前に、質問を続けてしまう。『お気に入り』だというなら、側室じゃなくてもいいのではないかと思ったからだ。
 
「それは、彼女が白狼族だから、ですよ」
 
 先に私の質問に答えてくれた蒼慈さんは、そこで少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。
 
「殿下が皇帝の座を諦めるのであれば、彼女が正室になることに問題はありませんが、皇帝になられるならば同族の、つまり黒狼族の女性を正室としなければなりません。ご自分の跡を継がれる皇子が混じり物ではならないのです」
「――――」
 
 混じり物。その言葉に胸が痛む。皇室だからこそ血統を重んじるのかもしれないけれど、何だかモヤモヤする。
 何故だろう。私にはそれこそ全く関係ないことなのに、自分が否定されたみたいな気になっているから不思議だ。
 いずれ、この世界の誰かと結婚することになったとして。産まれて来るのは「混じり物」の子供。例え人族の人と巡り会えたとしても、異なる世界の私では異端なものとなってしまう気がしてしまうから。

「じゃあ、朋澪ってのを側室候補のままにしてるのは、朱皇殿下が皇帝になったら正室にしようって考えているからっすかね? 自分が皇帝になれるかどうか、自信がないから保留にしてるってくらいの『お気に入り』なら、いっそ皇帝になってから『混じり物』を後継者から外すっていうのを廃止しちまえばいいと思うんすがねぇ」
「そんな簡単なことではないでしょう。我ら白狼族との戦が終わり、元々どちらとも交流のあった妖狐族を含めた国となって随分と年月を重ねておりますが、またいつ分裂するとも限りませんしね」
「そういう堅苦しいこと言ってるから、駄目なんじゃないっすか? 混ざっちまえば逆に争うこともなくなるんじゃ?」
 
 話を聞いて、玖涅くんはまだ若いのに、国の行く末を懸念しているみたいだ。と、今までのイメージを一新させる。
 
「そういう君はどうなのです?」
 
 チロリと、傍から見ても色気のある流し目を玖涅くんに向ける蒼慈さん。
 
「黒狼族の女性からのお誘いを断っているようでしたが」
「ぅえっ? 何で知ってるんすか? まぁ、そーいうこともあったけど、俺、どうもそそられないんすよね。やっぱり、白い耳と尻尾じゃなきゃ!」
 
 ぱたぱたと大きく尻尾を振りながら、ぴくぴくと耳を動かしてきっぱりと言い放った玖涅くんに、蒼慈さんが呆れを通り越して疲れたような長い溜め息をついた。
 
「話が逸れてしまい申し訳ありません。元に戻させて頂きますと、その朋澪がやはり混じり物……妖狐族の血を引いているようなのです。丹思様のように共に暮らすなどして仕えさせている訳ではないのですが、少し怪しい動きがあるようでして」
 
 聞いておきながら溜め息で終わらされてしまったことに、玖涅くんは頬を膨らませたが、特に何を言うでもなく退屈になったように欠伸を漏らす。
 
「怪しい、というのは……?」
「彼女が何者かに命じられて、千茜殿下の元へ通っているのではないかと」
「――」
 
 眉間にシワが寄るのが自分でも分かった。
 自分の意思で、千茜様への想いがあって側室となるべく逢瀬を重ねようとしているのなら、約束もなしに強引に会いに行ってしまうというのは考えものだとしても、それだけ本気なのだと感心しなくもない。
 向こうの世界で友人だった優理花のことを思い出して、懐かしく親しみを持ってしまえるくらいだ。
 けれど、それが例えば親が決めたことだとしたら。強要されてやっていることなら可哀想だと同情する。
 だけど、蒼慈さんが丹思様に願い出たことを念頭に入れると、とても嫌なものになる。千茜様に取り入って何を企んでいるのか、といったものだ。
 
「彼女ならば、親衛隊の物でなく、千茜殿下の私物を手に入れられる可能性もあります。朱皇殿下の件、紅世殿下の件、そして青子さんの件。どれもバラバラで繋がってはいないのかもしれませんが、現皇帝が呪詛を受けていたという丹思様のお話を受けた今、全てが単独なものとは思えません。青子さんの件で親衛隊に疑いを、延いては千茜殿下に疑いの目を向けさせようとしたならば、次に起こるであろう何かに、確たる証として残される物があるのではと予想されます。こちらとしては何が起きようと未然に防ぐつもりでおりますがね」
 
 そういった疑いを元に、妖狐族の人たちは朋澪さんだけでなく、いずれは同族の動向を探らなければならなくなるのだろう。それは何だか遣りきれないような気分だ。
 
「……と、君には色々と情報をもたらして来ましたが」
 
 そこで、蒼慈さんが身を屈め、膝の上に肘をついて、拝むように合わせた両手の指先を口元に持っていった状態で、私を見据えながら訊ねる。
 
「君ならば、どなたを信じますか?」
「――えっ?」
 
 思わず聞き返したのは、聞こえた言葉が間違ったものではなかったかといった不安と、問われたことの意図が不明だったからだ。
 誰を信じるか。それはまるで、信用出来ない相手か、信じてはいけない人がいるかのようで。
 
「わたしはなるべく公平に、或いは好意的に皆さんを見ているつもりです。しかしながら、疑いを持つべきか否かと迷うところもあります。ですから、青子さんのご意見をお聞きしてみたいと思いまして」
「そ……」
 
 そんなこと聞かれても。
 誰を信じるとか信じないとか、そういうことは出来れば考えたくない。疑えばきっとキリがなくて、悲しくなるだけじゃないだろうか。
 
「では、悪意を込めた客観的なものを述べますと、朱皇殿下は薬を盛られていたと言いますが、それは真実なのでしょうか」
「!?」
「丹思様におきましても、やはり君を囮として連れ出したのはおかしい。異界の扉のことや母君が呪詛によって亡くなられたことなども、或いは全ての犯行の切っ掛けが潜んでいるのではないかと思われませんか?」
「……」
「千茜殿下も、実は朋澪を橋渡しとして妖狐族と繋がりを持ち、自身に疑いが掛かるように仕向けながら、これは濡れ衣を着せる為のものだと感じさせるように巧妙に仕組み、裏で糸を引いているのかもしれません」
「――」
「かく言うわたしも、縛罪府将軍という肩書きから事件に関わらされておりますが、お陰で疑いの目を向けられることはありません。ですが、朱皇殿下を皇帝にする為に、策を労することくらいはするかもしれませんね」
 
 まさか蒼慈さん自身までを選択肢に入れて来るとは思わなかった。
 自分を疑って下さい、とも、信じて下さいとも取れる言葉は、こちらを混乱させたいからなのだろうか。
 ――試されているみたいだ。
 悲しくなって、僅かに手が震えた。
 
「あの……質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「蒼慈さんも丹思様も、どうして朱皇皇子を皇帝にしたいんですか? 皇子は千茜様をと望んでいるのに」
 
 丹思様については、幼い頃からずっと仲が良かったみたいだから、贔屓目に見ているということもあるかもしれない。でも、蒼慈さんは? それ程親しい感じには見えなかったけれど、実際はどうなのだろう。

「朱皇殿下は語学が堪能でいらっしゃるのですよ。殿下の能力かもしれません。通常は天羽族や地龍族の者と会談をしたりする際に、必ず通訳が必要になります。全く理解出来ないものではないのですが、通じない言葉を話されることが度々ありますので。しかし、朱皇殿下にはその必要がない。通訳の者が解釈を間違えたりわざと違うことを口にしたりすることも皆無ではありませんから、朱皇殿下の能力は国交において重要なものとなります。皇帝自らが通訳を通さずに話すことも、相手に好感を持たせることに役立ちましょう」
 
 そういえば、こちらに来てから天羽族と地龍族の言葉が独特で通訳が必要だと聞いた気がする。向こうの世界で皇子はただ訛りがあるくらいで国ごとに言語が違うといったことはない、という風に話してくれていたから、話が違うなと何となく思っていたことだったのだけど。
 ……ああ、だからやっぱり言葉が通じるか通じないかというのが重要だったんだ。その話をした時、千茜様が妙に納得していたようだったのは、朱皇皇子が理解出来ない言語を操る存在がいるのは異世界以外考えられない、ということだったのだろう。
 
「それに、朱皇殿下は、あの威圧的な赤い目をお持ちではありませんので」
 
 そう付け加えた蒼慈さんの眼差しは、剣呑とすら感じる程に冷ややかなものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜

長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。 コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。 ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。 実際の所、そこは異世界だった。 勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。 奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。 特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。 実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。 主人公 高校2年     高遠 奏    呼び名 カナデっち。奏。 クラスメイトのギャル   水木 紗耶香  呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。  主人公の幼馴染      片桐 浩太   呼び名 コウタ コータ君 (なろうでも別名義で公開) タイトル微妙に変更しました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...