異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

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第捌話

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 どうして朱皇皇子がここに?
 理由は忘れてしまったけれど、千茜様に会いに行くにも前もって断りを入れなければいけないんじゃなかったかな。壁を乗り越えて入ったってことは、忍び込んだってことだから、親衛隊の人たちに見付かったら大変なことになってしまう。
 だから先に見つけ出そうと思った。その先のことなんて考えていないけれど、会ってから決めればいい。

「きゃっ」

 足元への注意を怠っていた為に、段差に気付かずつまずいて転んでしまった。
 バタンと膝と手の平を盛大に打ち付けて、擦りむいた熱さと痛さに涙目になりながら立ち上がる。
 咄嗟に辺りを見回したのは、誰かに見られていたら恥ずかしいから、見られていないことの確認だったんだけど。

「……あれ?」

 大きく開け放たれた窓の近くに千茜様の姿を見付けた。ということは、あそこがさっきまでいた応接室になるのだろう。
 千茜様はこちらに背を向けていて、誰かと話しているようだった。

「違う」

 話しているのではなく、襲われているのだ。
 剣を手に、一直線に千茜様へと突っ込んだ外套姿の何者かが、避けられても勢いを殺せずに窓から顔を出す形になる。

「……そ……」

 自分が見ているものが信じられなかった。
 緩慢な動きで千茜様が逃げたであろう方向を向く横顔。
 他人の空似というものか、もしかしたら妖狐族の誰かが化けているのか。
 そうだ。そうに違いない。だって、いつも穏やかで優しくて、あんな能面みたいな表情で冷たい眼差しを向けたりするような人じゃないし、第一、丹思様は朱皇皇子と同じで紅玉みたいな目を持ってはいない。
 助けなきゃ。親衛隊の人に知らせる時間はなさそうだと判断し、また考えもなしに窓の方へと駆け出す。

「千茜様!」

 せめて一瞬でも相手の気を逸らせられるようにと、声を上げようとしたのだけれど、その直前に背後から伸びた手によって口を塞がれてしまった。

「む、うっ」
「青子はおとなしくしていろ。俺が行くから」
「!」

 仰ぎ見たのは、会いたかった皇子の顔で。
 目が合うと柔らかく微笑んでくれる。けれどすぐに私を放すと。

「止めろ、丹思!」

 軽々と跳躍して、窓から室内に入って行ってしまった。
 朱皇皇子がその名を呼んだということは、やっぱりあれは丹思様なのだろうか。
 迷ったけれど、さすがに私は窓から乗り込むことは出来ないから、屋敷内に戻って再び応接室を目指す。
 途中、理杜りずくんと会うことはなく、親衛隊の人を見掛けても、廊下を走っている私を見ても声を掛けられることはなかった。
 章杏さんが現れた夢と一緒で、私のことが見えていないのじゃないかと思ったけれど、ぶつかりそうになった人が道を譲ってくれたりしたから、透明人間的な存在になってはいないようだ。
 じゃあ何故? と不思議に思いながらも、途中で違うドアを開けてしまったりしながら、どうにか目当ての部屋に戻って来れた。
 バタンと無作法にドアを開け放つと、ほぼ正面に朱皇皇子と丹思様の姿が。そして信じられないことに、丹思様の剣が朱皇皇子に斬り掛かろうとしている。否、斬り掛かって鞘で受け止められたところか。

「……青子、さん……?」

 目を覚ましたばかりのような、まだ夢心地であるようなぼんやりとした様子で、丹思様が私の名を紡ぐ。

「これ、は……! 僕は、一体何を……朱皇様に、剣を……?」

 自分が握っているものを目にして、また、朱皇皇子が鞘を下ろしていたこともあり、その切っ先が皇子の胸の辺りを向いていたことで、丹思様は怯えながら後退し、剣が絨緞じゅうたんの上に落ちた。

「丹思」
「っ」
「お前は、自分がここに何をしに来たか、理解しているか?」
「ここ……は……?」

 辺りを見渡し、千茜様を見付けると、訳が分からないといった表情になる。
 冬になるまではインテリアでしかなくなっている、暖炉に凭れてこちらを眺めていた千茜様は、相手を威圧するような鋭い目付きで丹思様を見据えると。

「余興は終わりかね? 貴様の記憶にはどれだけのことが残っている? 無理矢理にでも搾り出したまえ。大事な宝玉を捨て駒とした愚劣な者のことすらも、忘れ去っている程に無能ではあるまい」
「……」

 気圧されたように、丹思様が尻餅をついた。力の抜けた様子の丹思様を朱皇皇子が膝をついて支える。
 何が起こっているのかまるで分からなくてハラハラしていると、千茜様に肩を叩かれた。

「青子。紅茶を四人分運ぶよう頼んで来てはくれまいか? 理杜の方が声を掛け易いならば、今頃は書庫にいるだろうから、先ずはそちらに。書庫は――」

 と、わざわざ廊下にまで出て説明していただき、一礼してまた駆け出す。
 急がなくてもいいし、私の朝食がまだだから摂って来ても構わない。と仰有られたけれど、そうもいかないだろう。
 もしかしたら私がいない方がいいから、時間を取る為に頼まれたのかもしれないと考えられるけれど、四人分ということで、それは私がいてもいいということじゃないかと捉えてみる。
 しかしそこで蒼慈さんのことが頭を過った。
 蒼慈さんもこの屋敷内に侵入した皇子のことを捜している筈だ。
 ちょっとだけ顔を合わせたくない気もするけれど、放っておくことも出来ない。
 でも、何処にいるだろう?
 足を止めて、先に書庫に向かうべきか、蒼慈さんを見付けてから(きっと玖涅くんも一緒だろう)にすべきか、と考えながらキョロキョロしていると。

「青子~」
「ふきゃっ?」

 玖涅くんの声が聞こえたのとだいたい同じタイミングで、二人の姿を見付けたと思ったら、玖涅くんが突進して来た勢いのまま飛び付いてくる。

「殿下、見付かった? 青子がいた方が見付けた時、殿下怖くないよな? 先に見付けられて良かった~」

 そもそも玖涅くんがどうして千茜様のお屋敷近くに、朱皇皇子と一緒にいたのか分からないけれど、皇族に対しては可哀想なくらいに緊張してしまう人だから、いくら蒼慈さんがいるとはいえ、皇子を発見した時に声を掛けることも難しいと思ったのだろう。蒼慈さんに任せてしまえばいいだけのことだと思うけれど、安心要素は多いに越したことはない、というところで。
 ここまで喜んでくれるものとも思えないけれど、千茜様苦手な方のお屋敷内ということもあるだろう。丹思様の時とは違って、許可なくうろついているようなものだから。

「青子さん。朱皇殿下は、丹思様を追って侵入されたようなのです。屋敷の者たちにはまだ知られていないようなのですが、それにしては少し妙なところがありまして」

 蒼慈さんが玖涅くんの尻尾を引っ張って私から引き離して言う。
 つい目がいってしまった唇は、元の状態に戻っているようだ。

「わたしたちがあちこちうろついているというのに、全く注意を払わないのです。もしかすると千茜殿下はあらかじめ知っていたのかもしれません」
「酷いっすよ。抜けたらどうしてくれるんすか!」

 尻尾の付け根辺りを擦りながらぷんすかする玖涅くんに構う様子もない蒼慈さんに、私は二人が既に応接室にいることと、丹思様の様子がおかしかったことを伝えた。

「分かりました。では、すぐにそちらへ向かいましょう」
「あ、私はもう一つ用事がありますので、先に行っていて下さい」

 言って、今度こそ書庫へと駆け出す。
 玖涅くんが「外で待ってる!」と駄々をこねているようなのは、皇族三人が揃った部屋に入りたくないからだろう。
 少し心配に思いながらもどうにか書庫に着くと「失礼します」とそっと扉を押し開ける。
 中は私の知っている図書館のものより多い本棚の数だった。室内が円筒のようになっているからか、狭いように感じられたけれど、中に入ってみると意外に広い。

「理杜くん、いますか……?」

 大きな声を出してはいけない。という刷り込みから、抑え気味に呼び掛けながら奥へと進む。

「青子様、今そちらへ参ります」
「?」

 応えてくれた声が聞き覚えのある女性のものだったので、あれ? と思いながら待っていると、理杜くんを伴って現れたのは、あまり読めない表情ながらも親しみを持った眼差しを向けてくれる、栞梠かんりょさんだった。
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