異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

文字の大きさ
40 / 49
第捌話

しおりを挟む

「僕に何かご用ですか?」

 理杜りずくんが尻尾を振りながら私に訊ねる。

「あ、千茜様が紅茶の用意を、と。応接室にいるから、お願い出来ますか? えっと、四人分です」
「かしこまりました」

 ちょっとだけがっかりしたような様子を見せた理杜くんだったけれど、すぐに可愛らしい笑顔でお辞儀をして、栞梠かんりょさんと目を合わせてから書庫を出て行った。
 千茜様が仰有った「四人分」というのは、やっぱり私が含まれていた訳ではなかったのだと思う。
 きっと途中で蒼慈さんに会うことも、栞梠さんがここにいることも知っていらしたのだろう。
 なら、栞梠さんは……? 栞梠さんは知っているのだろうか。ここに丹思様がいて、朱皇皇子を――ううん、千茜様を襲ったということを。

「青子様には、本当に申し訳ないことを致しました。色々なことに巻き込んでしまったことを、僭越せんえつながら関係者全員に代わってお詫び申し上げます」
「そ、そんな! 頭を上げて下さい。……もし、お詫びして下さるなら、栞梠さんが知っていることを教えて貰えませんか? 千茜様は何もかも承知で動いている気がします。それは栞梠さんが教えているからではありませんか?」

 深々と頭を下げる栞梠さんの肩を掴み、そっと上体を起こさせながら訊ねる。
 それは下手をすると栞梠さんが事件に関わっているからだと、疑ってかかっているようなものだったけれど、言葉を選んではいられなかった。

「あちらへ。座ってお話しましょう」

 栞梠さんに促され、先程まで二人がそこにいたのだろう、テーブルに書物が重ねてある席に着いた。

「青子様はわたくしを疑っておられるかもしれません」
「っ」
「ですが、それは誤解であり、正しいことだとも言えます」
「……?」

 意図が分からない。私を混乱させたい訳ではないと思うのだけれど、自信はなかった。

「先ず、わたくしが千茜様と繋がりを持ちましたのは、我らが主、丹思様に異変があったからなのです」
「……」

 異変。そう聞いて、紅玉のように見えた瞳を思い出す。そのことを伝えると、栞梠さんはコクリと頷いた。

潭赫たんかく様を含め、歴代の黒狼族の皇帝の瞳は皆、紅いものであったとされております。皇族の、より次代の皇帝となる可能性の高いお子には、必ず『赤』を取り入れた名の付け方をされるのも、黒狼族にとってその色が大切なものだからです。ですから、いかに黒狼族といえど、その他の者の名に『赤』を取り入れたものは許されません」
「あ……」

 私は自分の名を名乗った際の、その字を知られた時のみんなの様子を思い出した。

「青子様にとっては、ご迷惑なことでしょう。偶然とはいえ白狼族の色とされる『青』を冠される名をお持ちなのですから」

 生真面目そうな表情のまま、けれど声音には少し揶揄うような色が含まれていて、私は曖昧に笑った。

「勿論、丹思様も例外ではありません。妖狐族の血を継ぎながらも、このお名前にはきちんと『赤』が含まれております」

 丹赤にあかの「あか」だ。丹の字一つで「赤」を指している。私はコクンと頷いた。

「それでも皇帝は朱皇様をお望みになられました。ここから全てが始まったのです。――表向きには」
「表向き?」
「はい。先ず、この表向きに始まったことをお話しましょう」

 きっとその方が私にも理解しやすいと判断されたのだろう。
 確かにその通りだった。皇帝が退位を皇子たちに表明し、各皇子に従い、また擁立しようとする者たちも知ることとなり、後継者争いが勃発する流れになっていた。
 皇帝自身が指名しても、九大老が否定寄りとなり、他の皇子たちの支援者も黙っていなかったからだ。
 その皇帝の言葉の為に、朱皇皇子は私がいた異世界へ投じられてしまう。
 この件では、丹思様が事前に知り得たことで、こちらへ還って来れる「標」を付与することが出来、無事に――とも言い切れないものの――戻って来ることが出来たのだ。

「この間に、第二皇子である紅世様が、何者かによって暗殺されるという事件が起こりました」

 淡々と栞梠さんは語る。
 しかし、次の言葉は私の頭の中を真っ白にさせた程に、衝撃的だった。

「犯人は、千茜様です」
「――」
「皇族殺しは極刑を免れません。ですが、千茜様もまた皇族。朱皇様を推す声がなければ、継承者に最も近いとされていたお方です。悪くとも幽閉くらいでありましょう。ですが……」

 私の反応を待つかのように、言葉を切った栞梠さんは、私が軽く首を傾げると再び口を開く。
 こちらが混乱していたことを察して、落ち着くまでの時間をくれたのだろう。

「千茜様が紅世様をお斬りになったのは、朱皇様を異世界へ追放したのが、紅世様だとお知りになったからです」
「……っ……」

 それを聞いて、胸を抉られるような痛みが広がり、涙がこぼれ落ちる。
 異界への扉を出現させるのに必要なのは、相手を憎み恨むこと。この世界には必要がないのだと、殺めるよりも残酷な方法として用いる呪い――それを、兄皇子にされるなんて。
 でも、どうして? どうしてその方法が選ばれたのだろう。そんなにまで憎めるものだろうか。

「後悔をされていたようですよ」

 私の思いを汲んでくれてか、栞梠さんが声音を柔らかくさせて言う。
 それは、誰から聞いたことなのだろうか。

「本当に扉が現れるとは思わなかったのだと。自分がそこまで朱皇様を憎んでいたとは思えなかったのだと。千茜様にそう懺悔されたそうです」
「――じゃあ、その時に……?」
「これは、真実であるか否かは丹思様のお力をお借りしなければ明らかにはなりませんが、紅世様がお望みになられたそうなのです。ご自分の命を絶って欲しいと」

 栞梠さんが前置きをしたのは、或いはその懺悔を聞いて、千茜様が怒りのままに斬り捨てた可能性もあると見ているからだろう。
 そうして、真相を知って葬った上で、何も知らない振りをしていたのは何故?

「……あれ?」

 なんだかますますおかしい。

「本当に扉が現れるとは思わなかったのだと言うなら、試してみようとした切っ掛けは何だったんでしょうか」

 どうしてだろう。例えば「あんな奴、死んじゃえばいいんだ」って思ったら本当に死んでしまった。といったものではなく、誰かに言われたから「死ねばいい」と呪いをかけた。といったように感じられる。

「それこそが、表向きではない始まりなのです」
「本当の始まり、ですか?」
「はい。そして、丹思様の異変に関わることでもあります」
「丹思様の?」
「皇帝の……いえ、潭赫の本当の狙いは丹思様を皇帝の座に据えることだったのです。それも、自分の思いのままに操る傀儡くぐつとして」
「――そんな!」

 本格的に訳が分からなくなってきた。
 だったらどうして朱皇皇子を皇帝に推すような発言をしたの?
 どうして退位を表明なんかしたの?

 ――表に出て来ない者こそ、お疑い下さい。

 章杏さんが遺してくれた言葉。
 全てが皇帝の仕組んだことならば、丹思様を傀儡として、一体何をしようとしているのだろう。
 考えれば考える程、まだ会ったこともない皇帝のことが、恐ろしく思えて。
 私は自分を抱き締めるように両の二の腕を掴んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜

長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。 コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。 ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。 実際の所、そこは異世界だった。 勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。 奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。 特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。 実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。 主人公 高校2年     高遠 奏    呼び名 カナデっち。奏。 クラスメイトのギャル   水木 紗耶香  呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。  主人公の幼馴染      片桐 浩太   呼び名 コウタ コータ君 (なろうでも別名義で公開) タイトル微妙に変更しました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...