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第捌話
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しおりを挟む「だったら、皇帝の姿になれば、皇帝の思惑も知ることが出来るんじゃないんですか?」
「残念ながら、異性に変化することだけは出来ないのです」
言われて、何て馬鹿な質問をしてしまったのだろうかと恥ずかしくなる。
理由が分からないのは仕方ないとしても、私が思い付くよりも先に、出来ることであったなら試さなかった訳がないのに。
「異性の姿を真似ることくらいならば、問題はないのですが」
と、栞梠さんがくるりと回れば、朱皇皇子に似た可愛らしい少年に変化する。
「……あ」
成程、と思った。
体つきが女の子のものだ。肩は薄く首もほっそりとしていて、喉仏も見られない。
「このように、中途半端な姿になってしまいます。ただ男装しているようにしか見えないのです。ですから、真似た相手の声にはならず、思惑など読み取れる筈もありません」
そこでちょっと項垂れた後に、またくるりと回って、元の姿に戻ってしまう。
皇子に似た美少女をもう少し見ていたかったのだけれど、呑気なことを考えるのは不謹慎だと自分を戒める。
誘惑が多い所為なのか、私の意志が脆弱なのか、ついつい緊張感を失ってしまっている気がする。
そう思って、不意に気付いた。
栞梠さんがこうして色々話してくれているものだから、すっかり全て終わったことのように思っていたのだと。
「皇帝は、朋澪さんまで利用して、何をさせようとしていたのですか?」
気持ちを切り替える為に、背筋を伸ばして話を戻してみる。
「彼女が丹思様と同じく妖狐族の血を引いていることは、ご存知でありましたでしょうか?」
「はい。確か蒼慈さんから聞いたんだと思います」
「そうでしたか。あの方もやはり青子様には甘くていらっしゃるようですね」
甘い、と言うのだろうか? ただ必要だったから教えてくれただけだと思うのだけれど。…………多分。
「丹思様の母君程ではありませんが、彼女の母君は三尾でありましたので、妖狐族を従えるだけの力はありました。それを利用されたのです」
「……」
「彼女は千茜様と結ばれることを望んでおりました。あのお声に酔わされているだけではなく、本当に愛していらっしゃるようでした」
胸が痛くなった。同時に、自分が予想しただけのものに気分が悪くなって来てしまう。
「皇帝は、千茜様を餌として、彼女と彼女に従う妖狐族を手に入れたことになります」
「……っ……」
やっぱり、と思った。
純粋な想いを利用するなんて酷すぎる。
それが皇帝のすること? 本当に朱皇皇子たちのお父さんなの……?
「義憤に駆られていらっしゃるところ、大変申し訳ありませんが、この程度のことは非道のうちに入りません。彼女が皇帝に騙されて凌辱されたのであれば、同性として哀れに思うところであります。しかし、そのような事実はなく、彼女は千茜様の側室になると目されるまでになっておりますので、取引として成立しているのです。そのお陰もあり、わたくしが彼女の姿となって千茜様に近付くことが容易くなったのですが」
「……」
「権力のある者が弱い立場の異性、或いは同性に屈辱を与えるのは、歴史の中で珍しいことではありません。わたくしの先程の発言は、決してそういったことに理解を示している訳ではありませんので、誤解なきようお願い致します」
私がいた世界にそういったことはなかった。とは言えない。けれど、自分が知っている人で例を出されるのは、たとえばの話でもして欲しくなかったというのが本音だ。
けれどそんな話をさせてしまう程に、私の態度が、多分栞梠さんの気に障る類いのものだったのだ。
「ごめんなさい、私――」
「謝っていただくことではありません。ご理解いただけたなら良いのです」
「――はい……」
「青子様は別の世界からいらしたのですから、わたくしたちと感じることが異なっても仕方のないことなのです。……責めたり突き放しているつもりはございません。どのように広げてしまった溝を埋めればよいのか、分からないのです」
気に障った……つまり、怒っていた訳ではなかったらしい。
私は情けない表情になってしまっただろうけれど、どうにか笑顔を作った。
――と、書庫の扉が開く音がする。
近付いて来る足音の方に顔を向けると、理杜くんが姿を見せた。
「青子様、栞梠さん、殿下がお待ちです」
「わたくしも、ですか?」
「はい」
栞梠さんが迷うような素振りを見せているのは、やはりここに丹思様が来ていることを承知しているからだろう。
「今から皆様でご一緒に、潭赫様に会いに行かれるようですよ」
「……えっ?」
それがどういう事態に繋がるのか、理杜くんは知らされていないのだろうか。何だか楽しいことが起きそうで羨ましいといった雰囲気だ。
「ご安心を。彼は全て知っておりますから」
「!?」
知っててその言い方? とビックリしながら見ると、理杜くんは恥ずかしそうな可愛らしい笑顔を浮かべた。
「だって、千茜殿下を中心に大捕物が行われるんですよね? 僕も行きたいです。相手は皇帝ですよ? 皇帝の罪を殿下たちが糾弾するんですよ? 見たいです!」
気が付いたら、ぽかんと口を開けてしまっていた。
理杜くんが無邪気すぎる。きっと彼の中で千茜様はヒーローだったりするのだろう。
「お遊びではないのですよ? あなたはここで待っていなさい」
「はーい」
「青子様、行きましょう」
「はい」
栞梠さんに促されて、私は理杜くんに軽く手を振ってから書庫を後にする。
途端に緊張してきてしまって、結末を見届けたい気持ちもあったけれど、何か怖いことが起きてしまうような気がして、押し寄せる不安を払う方法を懸命に考え続けた。
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