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美扇国――鵜丸 2――
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しおりを挟む森の木々の根は、板根と呼ばれる、板状に地上に突き出たものが多い。移動するが故に、地中深くまで根を張る必要がないからだ。
それは、休息を取る為には便利な椅子となるが、乗り越えるには面倒な障害物である。
伐採の際にも、この根で苦労させられることが懸念されていたが、この板状になった根の高さと同じ程の位置から伐ると、みるみるうちに根が形状を変えて芽吹いたばかりの若木の苗へと姿を変えるのだった。それが馬車が通れるまで道の確保が可能となる理由であり、これを踏みつけたり折ったりするのは問題ないが、故意に引き抜くとその苗木が魔物に変わるとも、魔物を呼び出すとも言われている。森の仕組みについては不明瞭なものが多くある為、事実ではない情報も流言していた。
アメリアたち一行は、クラウスの指示により、今は道なき道を進んでいる。
十束という街に向かうには、街道であった場所を通るのが早い。しかし、湖の畔にある街を目指すより、広大な草原に点在する天幕ドームで馬車を借りる方が安価ながらも丈夫であるようで、どうやらそちらを目指しているらしい。
草原を突っ切るには通常の馬車でも三日は必要とされると聞く。
馬を休憩させる時間、人も休めるようにと休憩所として利用されているものなのだが、あまり休憩していられない客人を乗せた乗合い馬車や、馬が怪我をしたり病気になった場合などに、交代出来る馬の用意もしてあった。
そして、脱輪などを起こして壊れてしまった馬車の代わりとして、貸し出し用の馬車も待機させるようになったのは、十年程前からで、街で貸し出される装飾を凝らせた立派なものとは違い、丈夫さが取り柄といった感じで見た目が良くないというだけで、安価で借りることが出来るのだった。
赤兎大草原と呼ばれるそこは、なだらかな勾配を持つが見晴らしが良く、年間を通して様々な群生した花が咲きほこる。
その光景を見る為だけに、舗装された道から逸れて、この草原に立ち入るものは多く、一時期は花を蹂躙する可能性があるとして、馬車を走らせることを禁止していたこともあった。
しかし、十束の街だけで草原を管理することは難しく、一部の花を魔物が好んでいるようで、その花を目当てに出現していることが分かると、魔物の牽制の為の見張りとして、天幕ドームが建てられたという。
それが現在、休憩所として利用させているのは、花以外に被害を負っていないという事実に、見張りだけの兵士を置いておくことに対して国税の無駄遣いを唱えられ、他に案もなく、草原を観光名所として収入を得れば、税金を注ぎ込む必要もなくなると踏んでのことだった。
仮に、魔物が凶暴化するなどして観光客が襲われたとしても、それを引き合いとして、見張りとしての天幕ドームの建設が無駄ではなかったことの言い訳とするつもりである。
宿泊も可能であるそのドームにて、夜を明かした客人や兵士の話では、現在は人狼のものらしき遠吠えが聴こえることがあるらしいが、実害となるものはまだないという。
「あのー……」
恐る恐るというように、アメリアがクラウスに声をかける。
「疲れてしまいましたか? それとも身体の向きを変えたいのですか?」
「そろそろ自分で――」
「少し急ぎますので、耐えて下さい」
「で、でも」
「また転ばれて、怪我をされては困りますから」
「……すみません……」
ロミーがひょいひょいと板根を越えるのを見て、自分もなんてことなく出来るものだと思ってしまったのが間違いだった。
魔族の身体能力を甘く見ていたのではなく、アメリア自身の身体能力を過信していたのだ。
否、ただ単純に真似をしてみたくなっただけなのかもしれない。
どちらにせよ、アメリアはロミーに続いて板根に上がり、ピョンと下りる。それを三度繰り返したところで、ローブの裾を踏みつけ、足を取られた。
幸いクラウスに支えられて転ばずに済んだのだが、それからクラウスに抱えられたままになってしまっている。
時折、こちらの気配に慌てて逃げて行く鳥や獣の方へ、ふらふらとロミーが行きそうになるのを引き戻すことに忙しいフィリーネは、クラウスがアメリアを離さないことが気に入らなかった。
狭いところでは邪魔になる翼は六枚共に畳まれたままであるのに、クラウスの足は地に着くことがない。
フィリーネの場合、糸を利用して飛んでいるように見せることが出来るが、天遣族の場合には浮遊術というもので浮かんだまま移動することが可能なのだ。
アメリアを抱いてさえいなければ、板根に爪先をぶつけて転んでしまえばいい、と思うのも、そうなるべく糸を操るのも、躊躇なくするところなのに、と苦々しく思うフィリーネだが、そもそもアメリアを抱えているからこその考えである。もどかしさが生じて歯噛みする。
「クラウスさん、私はこれからどうすればいいんですか?」
フィリーネの思いなど知る由もないアメリアは、クラウスの滑らかな顎のラインを眺めながら口を開いた。
天遣族の元で能力を磨くにしても、こうしてクラウスがいるのならば、彼の元で研鑽に励めばいいように思う。
しかし彼は広場でアメリアを必要としている、というようなことを言っていた。他の神子と行動を共にしなくなった今、後から合流することは考えられなかったし、昨日フィリーネと話していた様子からすると「道=当初の目的を変更する」といったところから、愛鞠国に向かうかどうかも分からなくなった。
それに、魔族と契約した以上、正式な神子として受け入れられるかどうかも、不安しかない。
「馬車をお借りしたら、香琴国へ参ります。そこで、貴女に試していただきたいことがあるのです」
「香琴国……?」
「はい。赤兎大草原の北西にあります、弓張り大橋を渡った先にある国です」
「…………」
草原の北西と言っても、草原の先にすぐに橋がある訳ではない。街の中心からだいぶ距離はあるものの、十束の漁り場として民家もある小さな港に、隣国まで船を利用することなく渡れる長距離の橋があるのだ。
海を渡る。それは、長いこと家に引きこもりっ放しで、鵜丸に来てからも殆ど寄宿舎と学校との行き来しかしていなかったアメリアにとっては、気の遠くなるような冒険だった。
こうして森を進むことも、それなりに新鮮であったが、思いがけないことが立て続けに起きた所為で、あまり実感がなかったが――木々に囲まれた閉塞感があるからということも理由の一つだろう――海を渡るとなると、想像だけでくらくらする。
「お付き合いいただけますか?」
選択肢などを用意しない状態で尋ねるのは卑怯なことだが、アメリアには関係なかった。
「はい、勿論です」
キラキラと、期待に目を輝かせるアメリアに、クラウスは微かに息を詰まらせ、少し迷うように瞳を揺らした。
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