黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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美扇国――鵜丸 2――

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 背中が、焼けるように痛かった。
 ビリッと裂ける音が全身に響く。
 灼熱の刃で裂かれ、奪われていく体の一部。
 その痛みに耐えきれず、警鐘のように鼓動を打ち鳴らしている心臓が、絶命寸前の悲鳴をあげる。

 まただ。
 激痛の最中さなか、死の安らぎを求め嘆く自身を見下ろしながら、アメリアは思う。
 先程まで感じていた絶望を伴う無情の仕打ちを、もう一人の自分に押し付けて、はらはらと涙の粒をこぼしながら、それでも目を逸らすことなく「彼女」を見つめて。

 いつ頃からかは分からない。それくらい前から、けれど忘れた頃に、忘れたことを咎めるように見る夢だった。
 自分が成長するに従って、見下ろすもう一人の自分も成長していく。
 しかし、背中に穴をあけて苦しむ姿も、そうなるまでの痛みも、その先の生まれたことへの後悔も、運命を憎む思いも、変わらない。
 他の生き方を羨むものではなく、誰かの幸せを妬むものでもない。ただただ自分が生まれてしまったこと、生まれるように仕組まれた運命、それが憎い。

 あれは、私なの?
 そんな筈はないと思いながらも、誰へともなく尋ねずにはいられなかった。
 じゃあ、どうして私は生きているの?
 私は、何を奪われたの?
 私に関係ないことなら、どうしてこんな夢を見るの――?



 目元から頬にかけてに感じた温もりに目を覚ます。

「おはようございます、アメリアさん。悲しい夢でもご覧になりましたか?」
「…………」

 クラウスの声が近いのは、彼の腕に抱かれて眠っていたからだと分かる。
 逃れたかった夢から解放されたことへの安堵も束の間、青年の顔がゆっくり離れていくのと、先程感じた温もりの因果関係(というのは大袈裟であろうが)に気付き、息を詰まらせ顔を赤く染めた。
 夢の中でそうであったように、アメリアの頬に涙の伝った跡がある。
 視界が然程歪んでいないのは、それを拭うものがあったからだ。
 アメリア自身は、目を擦ったりなどはしていない。
 目前で、クラウスがチロリと僅かに舌を覗かせて、自分の唇を舐める。
 その唇で、涙を拭い取られたのだ。

「まだ、完全に覚めてはいらっしゃらないようですね」

 クラウスの所業に気付いた途端、その顔を直視出来なくなって目蓋を伏せて俯いたのを、表面通りに受け取った訳ではないのだろうに、やや熱を帯びた眼差しでアメリアを見つめながら、声音だけは紳士的に穏やかさを保って言うと、何の前触れもなく、ふわりと川のある方へ飛び立つ。
 侵略する森といえど、さすがに川までもを呑み込もうとはせず、流れは美扇国を横断する形で延びている。そこには数多の種類の魚や水中生物がおり、清らかな水であるが故に水棲の魔物が潜むことはない。

「アメリア、きたー」
「おはようございます、アメリア様」

 川の中に入り込んで魚を獲っていたロミーが、逃れようと必死に跳ねる魚を手に、こちらを振り返って、彼女なりの満面の笑顔を作る。ぱかりと大きく口を開けたその様子は、さながら餌を求めるひな鳥のようだった。
 一方フィリーネは水袋を抱えており、ドレスの裾が濡れないように片側に絞った先を腰の位置まで上げていた為、見映えを気にしてか、それを隠すように身体の向きを斜めにして頭を下げる。

「おはよう、フィリーネ、ロミー」

 挨拶を返して、熱くなっていた頬を手でおさえ、そっと下ろして貰ったところで、クラウスに挨拶を返していなかったことを思い出す。

「お、おはようございます、クラウスさん」
「はい。ようやくお目覚めになられたようですね。改めまして、おはようございます、アメリアさん」
「は……はぅ……」

 返すのが遅くなってしまった理由について、尋ねることをしなくてもクラウスにはお見通しなのだろう。くすりと笑みを含んだ声に、アメリアはやはりクラウスの顔を見ないようにしながら、急いで川の冷たい水で顔を洗った。

 昨夜は、川の水底にフィリーネが糸で紡いだ網を張って魚を獲ったので、大漁であった。その中から大きなものだけを数匹選んで、残りは放してしまったことで、フィリーネは納得のいかない様子だったが、アメリアが「すごいすごい」と頻りに褒めたことで、機嫌を損ねることはなかった。
 そのことがあって、今朝はロミーが張り切って大漁を狙ったのだが、尻尾で仕留めた魚は全て毒が回ってしまって、食べられるものではなかった。それをフィリーネに見咎められて叱られた為、素手で獲ることにしたのだが、魚も必死である。捕まえられて逃げようとした際に、ロミーの手によって握り潰されてしまうのだった。
 そうして大漁ならぬ大量の無惨な魚の死骸を増やしたロミーは、アメリアには見せられないというフィリーネの言葉に、何処かへ投棄して戻り、どうにか無事に二匹を確保したところで、クラウスがアメリアを連れて来たのであった。
 ロミーの懸命な満面の笑顔の中には、アメリアが喜ばないだろうことを片付け終えていたことの安堵も含まれていた。

「無駄な殺生をしましたね?」

 しかし、クラウスは誤魔化せない。
 死の片鱗を漂わせた空気はまだ留まっており、感覚の優れた天遣族が、それに気付かぬ筈はなかった。
 それでもアメリアに聞こえないように、ロミーにだけ囁いたのは、彼女がわざわざ隠した理由を察してのことだろう。

「クラウスさま、おこる? ロミーに、いたいことする?」
「しませんよ。ただ……アメリアの前ではいい子にしなさい。お前も嫌われたくはないでしょう?」

 ひそめた声のくらさに、ロミーは背筋を震わせ、大きく頷く。
 密かに二人の様子を窺っていたフィリーネは、しかし何事もなかったようにアメリアの元へ行き、猫のように身を擦り寄せるのだった。
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