黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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美扇国――鵜丸 2――

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「…………」

 アメリアは眠れなかった。
 この森がどういったものなのかはドルテから聞き知っていたし、学校でも(人柱の件以外は)聞き及んでいた。
 樹木の移動は微々たるものであるし、現在は拡大が確認されていないとあって、目が覚めたらみんなとはぐれている、などということはないだろう。第一、アメリアはフィリーネに抱き締められて、その豊満な胸に息苦しいくらいに顔を押し付けられている。蜘蛛の糸によるハンモックは頑丈だが寝心地は悪くない。多少動きがあったところで、離れてしまう危険はなさそうだ。
 魔物についても、今はロミーが火の番と見張りをしているから、その戦闘力の高さを思えば不安にはならない。
 クラウスは樹木の枝に腰掛けていて、こちらに背を向けている為、翼と足しか見えない。ロミーに見張りを頼んでいるくらいだから眠っていると思われるが、もしもそうなのだとしたら、枝に止まって眠る鳥のようだとアメリアは思う。

「いけませんわ、うふふ」
「?」

 不意にフィリーネの足が自分の膝を割って絡んできた。その上で楽しげに声を漏らされ、起きているのだろうかと様子を窺う。
 しかし、暫くしても寝息が耳に届くだけとなって、アメリアは柔らかな温もりから身を離し、絡まれた足を退かしてハンモックから飛び降りる。

「こうたい、ないよ?」

 高さはそれほどでもなかったが、足場が悪かったことから着地に失敗し、よろけながら焚き火の傍に来たアメリアに、ロミーが首を傾げながら言う。

「何だか、眠れなくて」
「よる、まっくらなもり、そとでねるのこわい?」
「うーん……それもあるかもしれないけれど、色々なこと考えてたら、目が冴えちゃったみたいで」
「かんがえるの、いっぱいあると、あたまのなかたいへん。わからないの、いらないってするよ」
「でも、分からないままにしておくの、不安じゃない?」
「ロミー、むずかしいことわからない。わからないがいっぱい。でもこまらない」
「…………そう」

 焚き火を挟んでロミーの対面に腰を下ろしたアメリアは、膝を抱え、すっかり弱くなった炎に、手近にあった木の枝を加えた。
 火の番をしていたロミーだが、消えないように時折木をくべなければならないことを失念していたか、ただ火を見てるだけでいいと思っていたのだろう。再び力を取り戻した炎を見て、「そうすればいいのか」とでも言うようにコクコクと頷く。そして。

「ロミー、ふあん? いるの、こまる?」
「えっ?」
「アメリア、ロミーのこといっぱいわかる? ロミーはどうしてロミーがロミーなのかわからない。でも、こまる、しないよ? ロミー、まぞくだから、ひとはロミーがきらい。ロミー、まぞくだから、ひとたべることした。たべものっておそわったから。アメリア、ロミー、きらい?」

 きっとアメリアに、分からないことがあるのは当たり前のことだと、ロミーも自分自身のことが分からないけれど不安になったり困ったりはしていないと、慰める気持ちで言ったのだろう。
 それがいつの間にか、魔族である自分は嫌われているのではないかという確認になってしまったのは、魔族であるが故の本能に抗えず、空腹を満たすものとして人族を与えられ、以来食べ物として認識してしまっていることを話してしまったことで、今更ながらアメリアを怯えさせてしまったのではと、あまり物事を深く考えられない筈なのに、思い付いてしまったからだった。

「嫌い、じゃないよ」

 アメリアの答えに、ロミーの表情が僅かに輝く。

「私、魔族のことよく知らないけれど、ロミーは最初から私を助けてくれたし……仕草とか、可愛いし……」

 仕草の他に、たどたどしく喋る口調や声のことを挙げようとしたが、相手が人であったなら無神経で配慮のない言葉だとされることもある。ロミーの見た目より幼い感じの全てに好感を持っていても、口にしていいものかどうか迷った末にそれだけしか言えなくて、ロミーへのちゃんとした答えになっていないようで、もどかしくなる。

「――えへへ」

 しかしロミーはそれだけで十分だったのだろう、ぱかりと口を開けたかと思うと、暫く間をあけてから声だけで照れたように笑う。
 あまり表情が大きく変わることのなかった彼女だったから、表情筋が上手く働かず呆けたようなものになっていた。

「ロミー、かわいい。かわいいは、だいすき。ロミーもアメリアかわいい。だいすき」
「!」

 彼女の表情がよく読めず、気を遣って笑ったのかと思いかけたアメリアは、けれど弾んだような声でそう言ったかと思うと、焚き火を飛び越えてアメリアに抱きつく。

「はわわっ!」

 相手は小柄だが、勢いが強過ぎて受け止めきれず、後方へ倒れてしまう。

「ちょっと、何をなさっておりますのっ!?」

 するとフィリーネがすかさず二人を引き剥がそうと間に割って入った。アメリアの慌てた声で目を覚ましたのではなく、アメリアが自分から離れた時点で起きていたが、絡めた足から脱け出されたことは感覚で分かっていた為、少し寂しい気持ちで様子を窺っていたのだった。

「ごめんなさい、起こしちゃったね」

 自分が大きな声をあげた所為だと勘違いしたアメリアが謝ると、フィリーネは噛みついて来ようと近づけてきたロミーの顔を押し遣りながら頭を振る。

「いいえ、そのようなこと、お気になさらなくて結構ですわ。それよりも」

 と一度言葉を切った後、フィリーネは瞳を潤ませながらアメリアの両手を取り、胸に掻き抱く。

「わたくしはアメリア様にとんでもないことを口にしてしまっておりましたことを、ここで謝罪致しますわ」
「……?」
「確かにわたくしは、始めにアメリア様をわたくしのお人形にしてしまおうとしました。ですが、決して酷いことをしようとしていた訳ではありませんの。わたくしの愛情でたっぷりと可愛がって差し上げるつもりでしたのよ?」
「かわいがるしなくても、アメリアかわいい」
「そういう意味ではありませんわ!」

 何か謝られるようなことがあっただろうかと目をぱちくりさせたアメリアは、続けられたフィリーネの言葉で納得した。そして、彼女が突然そんなことを言い始めたのかも。
 ロミーは最初からアメリアを助けてくれた。そのことを聞いていて、自分はそうではなかったからと、焦ったのだろう。そのことを蒸し返して従魔の契約を解除したりなどはしないのに。と、フィリーネの狙いから逸れたことを考えて微笑む。

「もう気にしてないよ」
「ああん、そうではありませんわっ」

 なんて鈍感なのでしょう、と嘆くフィリーネ。何でもいいからアメリアに褒めて貰いたかった。癪なことだがロミーに嫉妬しているのだ。
 フィリーネがアメリアの上にのし掛かる。顔に掛かった髪を掻き上げ、魅惑的な笑みを浮かべて見せた。
 と、そこへ。

「楽しそうなのは結構ですが、お陰で魔物が寄って参りましたので、お願いしますね」

 言って、クラウスがアメリアの身体を抱き上げる。

「あなたは何もなさいませんの?」
「呼び寄せたのはわたしではありませんので。主の安眠の為にも、働いて下さい」

 にっこりと、押しの強さを窺わせる笑顔を向けられ、フィリーネは諦めたように、ロミーは一つ頷いて、こちらを囲むように迫っていた魔物の群れへと身を投じていく。

「お嬢さんのお仕事は、しっかりとお休みになることですよ」

 同じ笑顔だが、それでも声音は甘く柔らかく。
 彼の菫色の瞳を見つめたアメリアは、深い水底に引き込まれるように、すぅっと眠りに落ちていった。
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