黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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美扇国――鵜丸 2――

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 アメリアたちは広場を離れ、「侵略する森」と呼ばれる地へと移動していた。
 この森は、昔は鵜丸から遠く離れた場所にあったのだが、どういう訳か年々広がりつつあり、町を二つばかり呑み込んでいる。
 樹木の伐採では根ごと掘り起こさない限り何ともないが、焼き払おうとすると拡大する速度が数倍になるという。その際、常ならば静かな森が、ゴゴゴゴゴと唸りを上げながら地鳴りを起こすらしい。
 複数の、火を纏う魔物が討伐隊に追われてこの森の中で暴れまわった際には、樹木自らが地中から根を突き上げ、枝を伸ばしてこれらを仕留めて大人しくさせたといった話も、美扇国内で知らぬ者はいない。
 故に、滅多なことでは近付くことはしないのだが、この辺りはここ数年で呑み込まれた街道であった為、商業用馬車などが通ることもある。その際には、数日前から伐採作業が行われるのだが、一月もしない内に轍の跡すら残らなくなるという。
 森を根城とした魔物はいるが、人が猟に入ることもない為、獣が多く棲みついており、餌に困ることがないからか、比較的温厚とされ、伐採作業中も馬車が通る際にも、襲われたという話は聞かない。
 そして数十年後には鵜丸が消えるとされているが、日々森の外側の樹木の伐採が行われている効果あってか、この数年の拡大は計測されていないと聞かされていた。実際には伐採だけでなく、半年に一人ずつ、神子が人柱となっている訳だが、昨今、この美扇国では神子が減少傾向にあり、養成期間の神子とされる前の段階で能力の高い者が捧げられており、人目につかないようひっそりと儀式が執り行われている為、一部の者にしか知られていなかった。
 無論、アメリアたちの仲間にも犠牲者はいるのだが、能力の暴走による事故死や病死ということになっている。

「…………」

 アメリアがこの森に入るのは初めてのことだった。頻りに辺りを見渡し、何かを感じ取ろうとするように目を閉じる。
 人柱となった神子の力の気配を感じているのだ。
 フィリーネも、わざわざ探ろうとしなくても、結界や魔族の沈静化を求めて差し出される贄より、明らかに数の多い異常さを感じ、眉間にシワを刻んだが、そわそわし始めたアメリアに配慮してか何も言わなかった。
 ロミーは木の一本一本を身構えながら眺めて歩き、随分と奥まで行って時折攻撃してみせたりした後に、害のないものと判断したのか、てくてくと覚束無い足取りで戻って来る。
 その際に無意識に避けて回り込んだ場所があったのだが、警戒していた時も解けた後も、気にすることはなかった。
 まだ真新しい人柱が埋められているなどというものは、ロミーにとって「何となく通ったら駄目なところ」という認識でしかなかったのだ。

「この森を抜けた先が十束とつかになります。そちらへ行ってから馬車を借り受けることに致しましょう」

 十束というのは、鵜丸より領土は広いが、その殆どが草原や湖で占められている街の名だ。
 可能ならば街の中心に出るまでの足が欲しいところだが、街道は既に悪路となっており、馬車を走らせることは出来ない。また、新任神子を愛鞠国に送る為に貸し出し用のものは出払っている。
 アメリアだけでも他の神子たちと共に、本来の予定通りに旅立てば良いと思われるのだが、八脚の襲撃によってロミーやクラウスが姿を現さずにいられなくなってしまったことで、予定を変更せざるを得なくなった。

「折角ですから、一緒に行動したいと思うのは当然のことではありませんか」

 そう告げたクラウスの笑顔が、フィリーネには嘘臭いものとしてしか映らなかったが、自分が予定を壊してしまったらしいことを責められるのは遠慮したかったらか、何も言い返さずに胡乱な目を向けるだけに留めた。
 ならば、わざわざこのような――真実を知ったらアメリアの精神が乱されるような地に来なくてもよさそうなものを。とも思うが、ここへ来る前にクラウスが学長を探してアメリアだけ別行動をとらせる旨を説明していたくらいだから、神子を乗せた馬車と鉢合せしなくて済む道を選んだということなのだろう。

「結局はアメリア様を愛鞠国の天遣族の元へお預けになるのでしたら、こちらからでは遠回りになるのではなくて?」
「はぅ……」

 クラウスへと疑問を投げ掛けたフィリーネは、アメリアが奇妙な声をあげて顔を赤くするのを見て、唇で弧を描く。
 アメリアの従魔として契約したのであるから、彼女はフィリーネの主だ。故に、主に敬称の「様」を付けるのは当然だとして口にすると、抵抗のあるらしいアメリアが決まってこのようになるのだ。
 不快に思っているならばやめても良かったが、恥ずかしがっているような、烏滸おこがましいとへりくだっているような様子であるだけなので、アメリアの反応が可愛くて堪らないと感じているフィリーネは、敢えて強調してみせたりして、楽しんでいた。
 クラウスも同様なのか、あわあわするアメリアを観察するだけで、フィリーネを窘める気にもならないようだった。

「当初の予定から道が逸れてしまった以上、その予定から先の道に戻るのは無意味であると考えます」
「あら、何故ですの?」
「わたしには測れなかった速度で物事が進んでいるのかもしれません。ですから、寄り道をしている時間がないという運命の采配であるなら、それに従って道を変更しなければなりませんからね」
「運命」
「おや。何か滑稽なことを口にしましたか?」

 フィリーネが呆れたような吐息を交えて、クラウスの言葉を繰り返すと、クラウスは心外だといった表情でフィリーネに冷めた目を落とす。

「いいえ。あなた方は運命に従順で、振り回されることも受け入れられてしまうのかしらと、そう思っただけですわ。抗おうとは思いませんの?」
「抗ったところで、怒濤のように押し寄せるものに敵いはしませんよ。抗って勝ち得たと思った道こそが運命かもしれません。無駄な努力だとは申しませんが、抗った先のことを考えられないようならば、身を委ねることをお奨め致します」

 会話は、アメリアを挟んで行われていた。
 木の根が盛り上がって道としたものを遮らせているので、足元に気をつけながら歩かなければならないアメリアの歩調に合わせられている。仮にアメリアが躓けば、その後ろを、やはり覚束無い足取りで歩いているロミーが巻き添えを食らうことになる。
 森に入る前に、クラウスがアメリアを抱き上げて運ぶことを提案したが、激しい動揺の所為もあって力いっぱい拒絶されてしまった。
 クラウスならば飛んでしまえばすぐに抜け出せる森は、不本意ながら野宿を余儀なくされる程に時間のかかるものとなったが、アメリアの中で状況が呑み込まれるまでに必要だと考えて、甘んじて受け入れることにしたのだった。
 アメリアが乗る筈だった馬車に積まれていた彼女の荷物は、この中で一番小柄なロミーが背負っている。中には食料品もあり、少なくともアメリアが飢えることはないだろう。
 そして問題は森を根城とする魔物なのだが――。

「ギャギャッ!」

 食料品があることを見当付けてか、ロミーの背から荷物を奪おうと猿の顔に虎の体躯を持った複数の「猿虎えんこ」が襲い掛かる。
 しかし、その半分はロミーの鎖状の尾に。もう半分はフィリーネの糸に阻まれ、身を裂かれて散っていく。

 よって問題は解決し、残された気掛かりは、アメリアが野宿に怯えてしまうのではないか、という、少々過保護的な要素だけだった。
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