13 / 52
美扇国――十束 1――
2
しおりを挟む「何ですの?」
フィリーネはあからさまに不快感を表情で示しながら、突然の闖入者に声を投げる。
「ありゃ、失敗しちった?」
「格好よく決まんなかったか?」
クラウスは目を眇め、ロミーは一応臨戦態勢のままクラウスを窺い、アメリアは相手の姿に興味を持ってフィリーネの後ろから顔を出す。
青年というには幼く、少年というには大人びた二人だった。
片方は純白の柔らかそうな髪に緋色の瞳、そしてもう片方は黒く硬質そうな髪に金色の瞳をしている以外は、瓜二つの容貌だ。
しかしアメリアが興味を示したのは、恐らくは双子であろう似通った顔立ちにではなく、彼らの人とは違う位置にあるピンと立った耳と、腰の辺りでパタパタと揺れている尻尾であった。
「人狼、ですか」
低く呟いたクラウスの声に、双子の耳がピクリと反応し。
「獣人だよ」
「大神族だぞ。魔物じゃないぞ」
「俺たちの方が格好いいだろ」
「オレたちの方が可愛いだろ」
何故か得意気に胸を張って言い返す。
黒い髪の方は「オレ」という発音がおかしかった。
「紛らわしい種族ですねえ」
「ちっとも紛らわしくないさ。人狼は日中だけしか人の姿になれなくて、夜になるとでっかい狼の体に戻って人を襲うんだぞ」
「オレたち大神族は、天遣族より前から神族に仕えて可愛がられていたんだからな。耳と尻尾と手足がちょっと違う以外は、人族とそっくりだろ」
「確かに『大神』とするくらいに溺愛されていた種族ですが、それは忠実なる下僕としてでしょう。しかし、大神族は既に絶えていた筈では?」
「絶えてないぞ。俺らがいるだろ」
「絶えてたら、オレらいないだろ」
「確かにそうなのですが……」
珍しくクラウスは混乱しているようだった。
確かに気配は魔物のような禍々しさを孕んではいない。人の姿をしている時の人狼は、耳や尻尾を隠して正体を知られないようにしているものであるし、比較的体格が良く、彼らのように整った顔立ちをしている者はいない。
だが、全ての人狼が真実そうであるかどうか、断言出来るものではなかった。
かつて神族に最も愛されたという種族の大神族も、聖戦の折りに魔族によって屠られたというのが、クラウスだけでなく、聖戦の後に生まれた者たちに与えられた知識である。
それが、例えば人知れず隠れ住んでいたところを見つけたとか、闇市で見せ物のように扱われていたのを保護したとか、そういった数奇な巡り合わせのようなものではなく、向こうからひょっこりと現れたのだ。これでは素直に信じろと言うのが無理な話だ。
「じゃあ夜! 夜になったら、俺たちが大神族だって証明になる筈だぞ」
「夜になっても、オレたちが今のまんまの姿だったら、オレたちの勝ちだぞ」
「勝ち負けの話をした覚えはありませんが。それに、わたしたちは急いでおりますので、あなた方に構っている時間はないのですよ」
「冷たい」
「さてはオレたちの可愛さに嫉妬してるな?」
「格好良さだろ?」
「可愛さだよ!」
クラウスの言葉にやや食い気味に非難の声をあげた双子に、青年は疲れたように額をおさえ、溜め息をつく。
「どちらにしても、わたくしたちには関係ありませんわ」
フィリーネもまた、呆れたように溜め息をこぼすと、冷めた目を双子に向ける。
「何をしにいらっしゃったのかは存じ上げませんが、何処か他をあたって下さいません? 折角の楽しい時間を台無しにされて、気分が悪くて仕方ありませんの」
「…………」
双子は悲しそうにお互いの顔を見合わせた。
耳も尻尾も、しょんぼりと垂れている。
「クラウスさん」
アメリアがクラウスの袖を引く。
双子が可哀想に思えたのだろう。
「困りましたね」
「アメリア様、このような者たちに情は必要ありませんわ。わたくしが追い払って差し上げます」
ロミーをけしかけるなり何なりして、すぐにでも追い払うかと思われたクラウスが、どうにも煮え切らない態度でいることを不思議に思いながらも、フィリーネが前に出る。
双子はニッと笑うと、準備運動をするように、その場でピョンピョン飛び跳ね始めた。
「やったやった、早く遊ぼう」
「お姉さんは強いかな? お兄さんも一緒に遊ぼうよ。天遣族ってスゴいんでしょ?」
「それとも、そっちのボーッとした子が遊んでくれる?」
「神子の子は見てていいよ。大事にしなきゃいけない子だからね」
双子はフィリーネとロミーが魔族であることに気付いているのだろう。無邪気そうにはしゃぎながらも、目は僅かな動きも見逃すまいと、鋭い光を放っている。
「フィリーネ、駄目だよ」
慌ててアメリアがフィリーネの腕に縋りつく。
しかし、フィリーネの動きを止められても、ロミーは止まらなかった。
「あははっ」
「ハハッ、速い速い」
鎖状の尻尾が双子の間を突き抜け、続いてロミーが回転蹴りで割って入ったかと思うと、左右に跳んで避けた双子が手を叩く。
「アメリア様、あれは害獣ですわ。少し懲らしめなければなりません」
「でも」
「構わないのではありませんか?」
クレセントソードを顕現させて斬りかかるも、双子は曲芸でもするかのように、ロミーの頭に手をついて跳んだり、素早く背後に回り込んで尻尾を引っ張ってみたりと、揶揄っているようだ。
「彼らは遊んでいるつもりのようですから、暫く相手をすれば気が済むのではないでしょうか」
クラウスの言葉に、アメリアの手から力が抜ける。
「躾が必要ですわね」
フィリーネはそう言うと、ロミーの攻撃をひらひらとかわし続ける双子を一睨みし。
シュルッ……、
不可視の糸がふわりと上空を舞う。
進み出て来たフィリーネに笑顔を向ける双子は、投網のように迫る糸に気付かない。
「ロミー、こちらへ」
「ん」
いくら斬りつけても掠りもしないことに、地団駄を踏んでいたロミーは、フィリーネの声に素直に従って引き下がる。
「交代?」
「二人でもいいのに」
余裕を見せる双子は、フィリーネが魔族であることに気付いていても、どんな能力を持った者であるかまでは考えもしなかった。
「?」
何かの気配を感じたのか、片割れが上空を仰ぐ。
しかしもう遅い。
「うげっ」
「うわわっ」
はらりと掛かった糸は、絹糸のように柔らかであったが、それが身体を覆った瞬間に強度を高め、ギリギリと全身を締め付ける。
身動きの取れなくなった双子がドサリと倒れ込むと、フィリーネは胸元に掛かっていた髪を払い、勝ち誇ったように笑う。
「随分と呆気ない最後ですこと」
カジカジと糸に歯を立てる双子。しかしそう簡単には咬み切れない。
「うわーん。だからオレ、蜘蛛きらーい」
「俺もー」
「あら、奇遇ですわね。わたくしもあなた方を好きになんて、なれそうにありませんわ」
えぐえぐと泣き出した双子に向けるフィリーネの眼差しは、底冷えのする程に冷たい。
「フィリーネ、もうおしまいでしょ? 放してあげて?」
「とどめさすの、いまのうち」
「駄目だよ、ロミー」
アメリアに止められ、ロミーは口をもごもごさせながらクラウスを見る。
「解いてあげて下さい、フィリーネ。一応、貴重な生き残りなのでしょうから」
「では、わたくしたちは先に進むことに致しましょう。十分に離れてから、解放して差し上げますわ」
フィリーネの言葉に、クラウスがアメリアの手を引く。
「さあ、参りましょう、アメリア様。――こちらで宜しいのかしら?」
アメリアの反対側の手を取って、フィリーネが先導するように歩き出す。クラウスに確認したのは、草原が広大過ぎて、向かうべき港の方角が分からなかったからだ。
「放置するなよーっ」
「早く解いてよ~っ」
叫ぶ大神族の双子に近付いたロミーは、思いきり尻尾を踏みつけてからアメリアたちの後を追う。
ギャンギャン喚く声が聞こえなくなった頃、フィリーネは言われた通りに糸を解く。その際に嫌がらせとして、双子の顔面にバツ印の跡が残るように糸を操作したことは、アメリアには内緒だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる