黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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美扇国――十束 1――

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「何ですの?」

 フィリーネはあからさまに不快感を表情で示しながら、突然の闖入者に声を投げる。

「ありゃ、失敗しちった?」
「格好よく決まんなかったか?」

 クラウスは目を眇め、ロミーは一応臨戦態勢のままクラウスを窺い、アメリアは相手の姿に興味を持ってフィリーネの後ろから顔を出す。
 青年というには幼く、少年というには大人びた二人だった。
 片方は純白の柔らかそうな髪に緋色の瞳、そしてもう片方は黒く硬質そうな髪に金色の瞳をしている以外は、瓜二つの容貌だ。
 しかしアメリアが興味を示したのは、恐らくは双子であろう似通った顔立ちにではなく、彼らの人とは違う位置にあるピンと立った耳と、腰の辺りでパタパタと揺れている尻尾であった。

「人狼、ですか」

 低く呟いたクラウスの声に、双子の耳がピクリと反応し。

「獣人だよ」
大神おおかみ族だぞ。魔物じゃないぞ」
「俺たちの方が格好いいだろ」
「オレたちの方が可愛いだろ」

 何故か得意気に胸を張って言い返す。
 黒い髪の方は「オレ」という発音がおかしかった。

「紛らわしい種族ですねえ」
「ちっとも紛らわしくないさ。人狼は日中だけしか人の姿になれなくて、夜になるとでっかい狼の体に戻って人を襲うんだぞ」
「オレたち大神族は、天遣族より前から神族に仕えて可愛がられていたんだからな。耳と尻尾と手足がちょっと違う以外は、人族とそっくりだろ」
「確かに『大神』とするくらいに溺愛されていた種族ですが、それは忠実なる下僕としてでしょう。しかし、大神族は既に絶えていた筈では?」
「絶えてないぞ。俺らがいるだろ」
「絶えてたら、オレらいないだろ」
「確かにそうなのですが……」

 珍しくクラウスは混乱しているようだった。
 確かに気配は魔物のような禍々しさを孕んではいない。人の姿をしている時の人狼は、耳や尻尾を隠して正体を知られないようにしているものであるし、比較的体格が良く、彼らのように整った顔立ちをしている者はいない。
 だが、全ての人狼が真実そうであるかどうか、断言出来るものではなかった。
 かつて神族に最も愛されたという種族の大神族も、聖戦の折りに魔族によって屠られたというのが、クラウスだけでなく、聖戦の後に生まれた者たちに与えられた知識である。
 それが、例えば人知れず隠れ住んでいたところを見つけたとか、闇市で見せ物のように扱われていたのを保護したとか、そういった数奇な巡り合わせのようなものではなく、向こうからひょっこりと現れたのだ。これでは素直に信じろと言うのが無理な話だ。

「じゃあ夜! 夜になったら、俺たちが大神族だって証明になる筈だぞ」
「夜になっても、オレたちが今のまんまの姿だったら、オレたちの勝ちだぞ」
「勝ち負けの話をした覚えはありませんが。それに、わたしたちは急いでおりますので、あなた方に構っている時間はないのですよ」
「冷たい」
「さてはオレたちの可愛さに嫉妬してるな?」
「格好良さだろ?」
「可愛さだよ!」

 クラウスの言葉にやや食い気味に非難の声をあげた双子に、青年は疲れたように額をおさえ、溜め息をつく。

「どちらにしても、わたくしたちには関係ありませんわ」

 フィリーネもまた、呆れたように溜め息をこぼすと、冷めた目を双子に向ける。

「何をしにいらっしゃったのかは存じ上げませんが、何処か他をあたって下さいません? 折角の楽しい時間を台無しにされて、気分が悪くて仕方ありませんの」
「…………」

 双子は悲しそうにお互いの顔を見合わせた。
 耳も尻尾も、しょんぼりと垂れている。

「クラウスさん」

 アメリアがクラウスの袖を引く。
 双子が可哀想に思えたのだろう。

「困りましたね」
「アメリア様、このような者たちに情は必要ありませんわ。わたくしが追い払って差し上げます」

 ロミーをけしかけるなり何なりして、すぐにでも追い払うかと思われたクラウスが、どうにも煮え切らない態度でいることを不思議に思いながらも、フィリーネが前に出る。
 双子はニッと笑うと、準備運動をするように、その場でピョンピョン飛び跳ね始めた。

「やったやった、早く遊ぼう」
「お姉さんは強いかな? お兄さんも一緒に遊ぼうよ。天遣族ってスゴいんでしょ?」
「それとも、そっちのボーッとした子が遊んでくれる?」
「神子の子は見てていいよ。大事にしなきゃいけない子だからね」

 双子はフィリーネとロミーが魔族であることに気付いているのだろう。無邪気そうにはしゃぎながらも、目は僅かな動きも見逃すまいと、鋭い光を放っている。

「フィリーネ、駄目だよ」

 慌ててアメリアがフィリーネの腕に縋りつく。
 しかし、フィリーネの動きを止められても、ロミーは止まらなかった。

「あははっ」
「ハハッ、速い速い」

 鎖状の尻尾が双子の間を突き抜け、続いてロミーが回転蹴りで割って入ったかと思うと、左右に跳んで避けた双子が手を叩く。

「アメリア様、あれは害獣ですわ。少し懲らしめなければなりません」
「でも」
「構わないのではありませんか?」

 クレセントソードを顕現させて斬りかかるも、双子は曲芸でもするかのように、ロミーの頭に手をついて跳んだり、素早く背後に回り込んで尻尾を引っ張ってみたりと、揶揄っているようだ。

「彼らは遊んでいるつもりのようですから、暫く相手をすれば気が済むのではないでしょうか」

 クラウスの言葉に、アメリアの手から力が抜ける。

「躾が必要ですわね」

 フィリーネはそう言うと、ロミーの攻撃をひらひらとかわし続ける双子を一睨みし。

 シュルッ……、

 不可視の糸がふわりと上空を舞う。
 進み出て来たフィリーネに笑顔を向ける双子は、投網のように迫る糸に気付かない。

「ロミー、こちらへ」
「ん」

 いくら斬りつけても掠りもしないことに、地団駄を踏んでいたロミーは、フィリーネの声に素直に従って引き下がる。

「交代?」
「二人でもいいのに」

 余裕を見せる双子は、フィリーネが魔族であることに気付いていても、どんな能力を持った者であるかまでは考えもしなかった。

「?」

 何かの気配を感じたのか、片割れが上空を仰ぐ。
 しかしもう遅い。

「うげっ」
「うわわっ」

 はらりと掛かった糸は、絹糸のように柔らかであったが、それが身体を覆った瞬間に強度を高め、ギリギリと全身を締め付ける。
 身動きの取れなくなった双子がドサリと倒れ込むと、フィリーネは胸元に掛かっていた髪を払い、勝ち誇ったように笑う。

「随分と呆気ない最後ですこと」

 カジカジと糸に歯を立てる双子。しかしそう簡単には咬み切れない。

「うわーん。だからオレ、蜘蛛きらーい」
「俺もー」
「あら、奇遇ですわね。わたくしもあなた方を好きになんて、なれそうにありませんわ」

 えぐえぐと泣き出した双子に向けるフィリーネの眼差しは、底冷えのする程に冷たい。

「フィリーネ、もうおしまいでしょ? 放してあげて?」
「とどめさすの、いまのうち」
「駄目だよ、ロミー」

 アメリアに止められ、ロミーは口をもごもごさせながらクラウスを見る。

「解いてあげて下さい、フィリーネ。一応、貴重な生き残りなのでしょうから」
「では、わたくしたちは先に進むことに致しましょう。十分に離れてから、解放して差し上げますわ」

 フィリーネの言葉に、クラウスがアメリアの手を引く。

「さあ、参りましょう、アメリア様。――こちらで宜しいのかしら?」

 アメリアの反対側の手を取って、フィリーネが先導するように歩き出す。クラウスに確認したのは、草原が広大過ぎて、向かうべき港の方角が分からなかったからだ。

「放置するなよーっ」
「早く解いてよ~っ」

 叫ぶ大神族の双子に近付いたロミーは、思いきり尻尾を踏みつけてからアメリアたちの後を追う。
 ギャンギャン喚く声が聞こえなくなった頃、フィリーネは言われた通りに糸を解く。その際に嫌がらせとして、双子の顔面にバツ印の跡が残るように糸を操作したことは、アメリアには内緒だ。
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