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美扇国――十束 1――
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しおりを挟む一番近くにあった天幕ドームは、人狼によって馬が襲われ、七頭いたうちの二頭が内臓を引摺り出されて死亡し、一頭は逃げようとした為か繋がれていた縄で首を絞められて死亡、一頭分の食い散らかされた形跡の他、二頭は行方不明、一頭は逃げおおせていたのが発見されたが激しく怯えている上に足に怪我を負っていたこともあって、馬車を借りるどころではなかった。
その夜、ここに在中していた兵士は、四人ともドームから出払っていた。二人は別の天幕ドームに行っており、二人は人狼の遠吠えがいつもより近くから聞こえて来たことに警戒し、ドームから少し離れた距離まで見廻りをしていたというのだ。
別のドームに行っていたのも、このところ頻繁に耳にする人狼の遠吠えから、それを聞いた観光客が話を広めたのだろう、客足が止まってしまったことへの打開策として、街へ人狼討伐の軍派遣の要請を打診すべきか否か相談していたという。
まだ相談に留まっていたのは、これまでにも人狼の気配はあったが、人が襲われたという事件は港の方ばかりであり、天幕ドーム周辺では起きていなかったからであった。
港にはそれなりに軍備が整えられ、一部に過ぎないが討伐に成功してもいると聞く。故に、港の方へ打診すればいいのではないか。否、それでは被害の出ている港の警備が手薄になってしまうから不味いのではないか。といったことで躊躇している為、話し合いの上でも何の進展もなかった。
そんな中での、第六ドームとされているこの天幕ドームの惨状に、兵士たちは血の気を失っていた。
下手をすれば、自分たちがこのような姿に変わり果てていたかもしれないのである。
特に周辺を見廻っていた二人は、鉢合せとならなかったことを感謝し、現れた天遣族のクラウスを、神族からの加護として感謝の祈りを捧げ面食らわせた。
ロミーは兵士に気付かれないよう、気配を殺して近くに身を潜めている。
クラウスとアメリアだけで馬車を借りに行くのは、兵士に疑問を抱かされそうであった為、見た目だけだと貴族の娘として申し分ないフィリーネを「魔物に襲撃されて逃げているうちに、家族と離れ離れとなってしまったところを保護した」という設定を付けられたが、ロミーをその使用人とするには、服が粗末で小汚ない上に、靴を長いこと履いていないことが一目で分かる程に酷い様子であったことから(当人は痛みを感じていないらしい)虐待を疑われても困る為、一人、別行動となったのだ。
「お願いします、クラウス様、神子様。どうか人狼を討って下さい。奴らの所為で客が来なくなってしまったというのに、馬を殺られるなんて大損害です。これ以上被害も損害も出す訳にはいかないんです」
今は春朔月。観光客が来ないと言ってもそう焦る頃ではなかった。春央月から増え始め、秋迎月までが盛況となるからだ。
だが、それでも例年より少ないことが、人狼被害を危惧してのものとなれば、焦りが生じる。今のうちに手を打たなければ、例えこの後から人狼が姿を見せなくなったとしても、討伐がなされたという事実がなければ、客は警戒を解かず、この地を避けるだろう。
そんな中で天遣族の六翼と神子が現れたのだから、救いを乞わない筈がなかった。
「分かりました。皆さんは何があってもドームから出ないでいて下さい。今晩だけで終えられるかどうかは、相手がどう出るかによりますが、必ずご安心出来る結果となるまで、力を尽くしましょう」
「あの……わたくしは、どうすれば……?」
「こちらではお部屋を借りることが可能です。ドアに鍵を掛けて閉じ籠っていれば安心ですよ。兵士の方々が控えてらっしゃいますから」
「そう……ですわね。兵士の皆様がご一緒ですもの。きっと安心出来ますわ」
クラウスとフィリーネの会話は、即興の芝居であった。
人狼は間違いなく今晩もここへ訪れるだろう。
まだ生きている馬がいることは分かっているし、再度の襲撃に備えて、兵士が不在とはならないと考えるからだ。
人狼にとって、兵士が自分たちを討つ為にドームに残ることは、歓迎すべきことだった。狙いは馬などではなく人である兵士の方であった。人並みに頭の働く人狼は、自分たちが一ヶ所を襲うことで、そこに兵力を集めて待ち構えるだろうと踏んだ。危険もあるが、それはより多くの好物を集められる手段なのだ。
か弱い令嬢を演じるフィリーネに、兵士は「必ずお守り致します」と奮起する。
ただここを離れるなと言ったところで、兵士としての矜持がクラウスと共に討伐に向かうことを望ませるだろう。しかし、守らなければならない存在を置くことで、彼らを留め置くことが出来る。結界で閉じ込めておくのは、人狼に気取られる可能性がある為、細工をするなら最低限のもののみとしておきたかったのだろう。
芝居が上手くいったようであることを察すると、フィリーネは目を輝かせてアメリアを見た。
褒めて下さいませ。と訴えてくるのを感じ、アメリアは微笑む。
「わたくし、休ませていただいても宜しいでしょうか」
「は、はい。お食事は、部屋で召し上がられますか?」
「結構ですわ。食欲はありませんの……ああっ……」
ふらりとフィリーネがよろけ、アメリアにしなだれかかる。
しかしアメリア一人ではフィリーネを支えきれず、一緒によろけたところで兵士の一人が手を貸してくれ、二人は客室へと案内されて、そこでようやく気を抜くことが出来た。
「アメリア様、わたくし、とても頑張りましたわ」
「うん。フィリーネ、違う人みたいだった」
「儚げな美少女を演じてみましたのよ? 少し、アメリア様を参考にさせていただきましたの」
「私? 私は全然、あんな風じゃないよ」
「勿論、わたくしではアメリア様の可憐さも気品も全く表現出来なかったことは確かですわ」
「フィリーネの中で、私はどれだけ美化されちゃってるの?」
「自覚がないのは罪ですわね」
「……はは……」
魔族の美的感覚は人とは違うのかな。そう思いながら、アメリアは力なく笑う。
「アメリア様、こちらへ」
「へっ?」
不意に両手を掴まれ、寝台に倒れ込んだフィリーネの上に乗ってしまう。
背中にあたる布団の硬さに文句を言ったフィリーネは、すぐに機嫌を直してアメリアに向けて顎を僅かに上げ、唇を微かにすぼめて目を閉じる。
「……フィリーネ?」
「ご褒美に口づけを所望致しますわ」
「――――口づ、け?」
アメリアはその言葉の意味を探すように目を瞬かせた。
一つしか思い浮かばなかったが、それは同性ではしないような気がする。では、他に何かあっただろうか、と。
「うん、もう」
動かないアメリアに、焦れた様子で起き上がり、自らしてみせようとしたフィリーネの髪を、何処から入ったのか、ロミーが強く引っ張って制止させた。
「アメリアにチューしようとすると、クラウスさま、おこるよ」
「関係ありませんわ。今のうちにしてしまえば、分かりっこありませんもの」
「じゃあ、ロミーもする」
「わたくしはアメリア様の従魔ですのよ? 六翼の従魔であるあなたに権限はありませんわ」
「だったらロミー、フィリーネのしたことクラウスさまにほうこくー」
「ちょっと!」
「フィリーネもロミーも待って。騒いだら台無しになっちゃうよ」
揉み合いになりそうな気配にアメリアは慌てて二人の間に入り込むと。
「!」
「!?」
二人の頬に軽く唇を触れさせて、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながら「これで許して下さい」とお願いするのだった。
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