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美扇国――十束 1――
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しおりを挟む――――夜。
月は、その半分を雲に隠されていたが、煌々と辺りを照らす輝きは強く、赤兎大草原の光景は日中と印象を変えて神秘的に映った。
アメリアは状況を忘れて心を奪われたように立ち尽くす。
部屋に籠っている筈のフィリーネが微笑ましげに見守り、ロミーは草陰から飛び出す虫を追うので忙しい。
「あ……」
偵察に出ていたクラウスが戻って来る。
月光を背負って降りて来る姿に、アメリアは膝をついて祈りを捧げたいような気持ちになった。
「人狼はおりまして?」
「ええ。間もなく姿が見えると思いますが、何かを警戒しているように感じられました」
「わたくしたちに気付いたのでしょう。それでも向かって来るというのは、本来でしたら愚かと申しますところですけれど、今回は褒めて差し上げますわ」
「いえ、警戒しているのはこちらではなく、森の方なのです」
「森が動き始めた感じはしませんけれど……」
と、フィリーネが「侵略する森」の方角に目を凝らした時だった。
ウォォォ……ォォ……ン……
人狼の遠吠えが聞こえた。
しかし、それに重なるように、別の遠吠えも耳に届く。
ワオォォォォーン……
その声に、ロミーとフィリーネが何とも言えない表情になった。
「この気配は……」
クラウスも何かに気付いたようだが、アメリアには分からない。
「人狼たちの足が止まりました。応戦しているようです。行ってみますか?」
尋ねられ、何が起きているかを知りたいアメリアが頷く。
「アメリア様がお望みでしたら、向かうしかありませんわね」
「気が進まないなら、フィリーネは部屋に戻っても――」
「ああ、気になって仕方ありませんわ! ロミー、行きますわよっ」
「わおーん」
行きたくなさそうな彼女の様子に、アメリアは気を遣ったつもりであったが、向かった先で待つものを避けるよりも、アメリアに置いていかれる方を避けたいと、行動を決める天秤が傾き、フィリーネは自棄になったようにロミーを促す。
気のない返事をしながらも、ロミーはフィリーネの先を駆け、ローブの裾を捲り上げながら続いたアメリアは、クラウスの腕に抱かれて滑空した。
草を蹴散らす音は軽く、重く。
飛び掛かり合い、転がり合い、相手の喉元に咬みつこうとする獣の影が複数に、武器もなく肉弾戦で挑む人影が二つ。
その二つの人影に、見覚えがあった。
「うりゃあっ」
獣の耳と尻尾を持った黒髪の方が、人狼の腹部を蹴り上げる。
「ハッ!」
傍らで純白の髪の方が、人狼の鼻っ面を拳で打つ。
キャインッ、と情けない声をあげて青黒い体毛の、他の仲間より一際大きな人狼が倒れると、まだ動ける者たちは迷う様子を見せたが、すぐにその場から離れようとする。
「あら、逃がしませんわよ?」
「がうがうー」
フィリーネが糸の網を張り巡らせる。突進すれば突き抜けられるものと、甘く見た者は糸を体躯にくっつかせ、もがくうちに絡まって身動きが取れなくなる。
一方で、人狼の真似をしているらしいロミーは、獣のように四つ足となって追い回した後、尻尾の先を一刺しして絶命させていく。
「うわー、蜘蛛がいるー」
「オレたちの獲物、横取りなんて酷くない?」
「いじめっ子の蜘蛛だからなー」
「オレたち可哀想」
大神族の双子が手を取り合って不遇を嘆く。
「ち、違うんです」
クラウスの腕からわたわたと離れたアメリアが、双子の前に飛び出すと、一瞬身を仰け反らせた双子は、取り合った手をそのままに、アメリアの頭上から繋いだ手の輪を下ろした。
「なになに?」
「何が違うの?」
挟まれた上に逃げられない状態にされ、アメリアは戸惑いながらも天幕ドームでの件を話す。
フィリーネが騒いでいるのが聞こえたが、ロミーが小さな身体を張って羽交い締めにしている辺り、クラウスが止めているのだろう。
「そっかー。天遣族と神子がいれば、そりゃあ頼みたくなるねー」
「なるかもねー」
うんうんと頷く双子の、どちらを見上げても人懐っこい笑顔でいる為、つられてアメリアも微笑む。
「でもさー」
ここで不意に双子の雰囲気が変わった。
アメリアを背後に庇うようにして、クラウスたちへ向き合う。
「何で天遣族が魔族連れてんの?」
「六翼で魔族連れなんて、ちょっとおかしいよねー」
「この子はまだ水色でしょ? 他の水色の子たちと、今頃は愛鞠国に向かってる途中だよね?」
「何に使おうとしてるのか知らないけど、神子は大事にするものだからね、俺たちが守ってあげるよ」
水色とは、ローブの袖にある二重線のことである。階級を示すそれは、アメリアがまだ養成学校を卒業したばかりであることを彼らに教えていた。
「えっ? あの、何か勘違いしてませんか?」
「利用する為なら、魔族は何でもするからね」
「キミ、契約させられてるでしょ。だからって安心したらいけないよ」
双子の言葉に、アメリアは混乱する。
フィリーネがまた何か叫んだが、羽交い締めをやめておぶさった状態になったロミーが、その口を塞ぐ。
不安を抱きながら見つめたクラウスの唇が笑みを浮かべた。
「随分と鼻が利くようですね」
「あったり前だろ」
「大神族だからな」
「しかし、頭の方はあまり役に立ってはいなさそうで、残念ですね」
「はあっ?」
「バカにすんなよ!」
揶揄うように言い放つクラウスに、ギャンギャンと双子が応じる。
「馬鹿にしているのではなく――」
クラウスがゆっくりと手を動かすと、双子の足元の草が束になって長く伸び、鞭となって双子の顔を打った。
「イテッ」
「痛いなぁっ!」
それぞれ打たれた箇所に手をあてながら、クラウスを睨む。
がしかし、先程いた場所にクラウスの姿はなかった。
気が付けば、背後にいる筈のアメリアもいない。
「わたしがこの方を利用するなんて有り得ません。必要としているだけです。アメリア様こそが、わたしの運命を握る方なのですから」
その姿は上空にあり、アメリアをしっかりと抱えていた。
雲は流れて月を覆うものはなく、逆光の中で見るクラウスの翼は、月の光の影響からか、一翼だけが黒く染まって見えた。
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