黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――叢雲 1――

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 クラウスたちと別行動となったアメリアたちは、宿近くのパン屋を訪れた後、叢雲むらくもの街の散策をしていた。
 パン屋に寄ったのはバスケットを返却する為であり、焼きたてではなくとも十分に美味しかったが、今度は焼きたてを食べてみたいと思った。
 先ずは名も分からない女性探しに奔走するかと思われたが、一軒目を覗いてすぐに見付かったことで、無事に返却が可能となり、美味しい焼きたてパンにもありつくことが出来たのだ。
 ラザファムとムスタファは、耳が隠れる程の大きめの帽子を目深に被っていたが、声や音に反応してピクリと耳が動く度に帽子が跳ね、尻尾を隠す為の丈の長いコートを羽織ってはいたが、焼けるパンの匂いを嗅いだ辺りから、わさわさと尻尾が揺れてしまうのには困りものだった。
 アメリアは神子の証である白いローブ姿ではなく、薄桃色のチュニック姿だ。
 膝丈までのそれは、十六という年齢を考えれば、やや子供っぽい印象を与えるものだが、実年齢より幼く見られる彼女であったから、違和感はまるでない。そして、アメリアを育ててくれたドルテが最後に買い与えてくれたものであり、彼女の一番のお気に入りでもあった。

「メリーちゃん、大丈夫? 人いっぱいだけど、具合い悪くなったりしてない?」

 両側を双子に挟まれる形で暫く色々な店が並ぶ通りを歩いていると、不意にムスタファがアメリアの顔を覗き込むようにして尋ねる。

「あ、うん。大丈夫。ありがとう」

 頷き、ほにゃっと笑うアメリア。つられてムスタファも笑い、途端にコートがバサバサと裾を翻し始めて、慌てて周囲を見回す。

「うーん。六翼のお兄さんには悪いけど、バレるのも時間の問題だよなー」

 ガシッとムスタファの足を蹴りつけ、ラザファムがやや乱暴に狭い裏路地へムスタファを促した。
 アメリアが後ろを警戒しながら双子の後を追う。
 裏路地の先は、更に狭く、曲がりくねった坂を挟んで集合住宅が連なる場所だった。今のところ人気はなさそうだが、並んで歩くのは難しそうであった。引っ越しなどはどの様に行われるのか、他人事ながら心配になる。

「いっそのこと巻いとくか?」

 誰も見ていなさそうなのをいいことに、ラザファムが尻尾を掴んで腰に巻いてみる。長さはそれほどではない為、正面までギリギリ届かないといった中途半端さな上に、存在感だけはしっかりある。だが、片側だけにある腰の辺りの膨らみが、何処と無く武器を隠し持っているように見えなくもない。

「何でおさえるのさ?」
「……蜘蛛のお姉さんにやって貰えば良かったかな」
「げ。ヤだよ、そんなのー」

 二人が言い合うのを眺めていたアメリアの手が、前方の坂を駆け下りてくる姿を見つけ、わたわたと動く。

「あの、誰か――」

 と声を掛ける間もなかった。
 下りて来たのはまだ十歳にも満たないような子供で、双子もすぐに気付いて壁に張り付くようにして避けようとするが間に合わず。

「うわっ!」
いてっ」

 ドンッと体当たりを受けて、子供と一緒に地面に倒れてしまう。

「あっ、おいっ!?」

 倒れたのは、或いは子供を弾いて転ばせてしまわない為だったのか、庇う形で抱き止めていた子供は、跳ねるように起き上がると無言のまま、しかしアメリアをチラリと気にして避けるのを待ってから、再び駆け出す。

「そいつぁ獣人だぞ! 捕まえてくれっ」

 呆気に取られて見送ったところで、子供を追いかけて来た数人の男女が、こちらへ向かってそう叫ぶ。
 獣人という言葉に反応した双子は、自分たちのことかと身を強張らせたが、すぐ後に勘違いに気付き、アメリアの手を引いて子供の後を追い始める。
 無論、捕まえて引き渡す為ではない。保護する為だ。

「獣人って、もしかして大神族かなー。こんな早く会えるとかスゴくない?」
まみ族じゃないか? ちっこかったし」
「ちっこいのは子供だからだろ」
「あれ子供だったか? 顔の周り、ひげがむくむくしてたぞ?」
「ひげじゃないんじゃないかー? オレには毛皮羽織ってたように見えたけどなー。メリーちゃんはどう思う?」
「っ、ふぇ?」

 双子は、アメリアの手を引いている為に、身体を横に向けた器用な走り方をしていた。それでいて息を切らせることもなく普通に話していたのだが、引かれるままに足を動かしているだけのアメリアは、そうもいかない。
 もつれそうになる足を必死な思いで立て直し、転ばないよう意識するばかりだった彼女は、不意に話を振られても返答に困ってしまう。

「だから、さっきのちっこいのが、おっさんか子供かって話」
「あれ。大神族か猯族かで良くない?」
「違うな。むくむくだったのはひげかそうじゃないかにしよう」
「まあ、何でもいいや。どっちだと思う?」
「???」

 アメリアの足がフラフラな状態にあることに気付いた双子が、同時に急停止したことで、つんのめりそうになりながら座り込み、呼吸を整える。
 そんな彼女に合わせてしゃがんだラザファムとムスタファに、結局何を答えればいいのか分からない選択を迫られ、アメリアは訳が分からないと表情で訴えた。

「あんたらも逃げて来たの?」
「!?」

 不意に、頭上から幼い声が降って来て、三人がそちらを見上げる。

「うん? 誰だ?」
「くんくん。さっきのちっこいのと同じ匂いがするぞ」

 やや古い集合住宅の、ヒビ割れた窓を半分開け、身を壁に張り付けて隠れるようにしながらも見下ろしてくる影は、声の主と思えない程に大人っぽい姿をしていた。

「そっちの女は違うけど、兄さんたちは獣人でしょ? 奥の梯子はしごから上がって来なよ。捕まったら面倒なことになるからさ」
「面倒?」
「よく分からないけど行こう。こっちに向かってくる足音が近い」
「よし。じゃあ、メリーちゃんはオレが運んであげるよ。急ぐからね」
「へっ? わわっ」

 担ぎ上げられ、小さく悲鳴をあげたアメリアを肩に、ムスタファが壁面に対して斜めにかけられた梯子を見つけ、上って行く。ラザファムがその後に続くと、年齢不詳の若者は、音も立てずに梯子を隣の建物の方へ傾けた。

「ここは空き部屋だけど、さっきの奴らに見付かると不味いから、移動するよ。ついてきて」

 やはり声は幼いまま。けれど双子と近い年齢のような姿の彼は、早口でそれだけを言うと先行して部屋を飛び出し、通路を素早く駆けて行く。

「ごめんねメリーちゃん。もう少し我慢してて」

 言われて頷く間もなく、担がれたままの視界で、飛び出して来た部屋のドアがみるみるうちに小さく、そして見えなくなっていくのを、アメリアはただ舌を噛まないように気を付けながら眺めていた。
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