黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――祢々切 3――

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 獣人が掘った穴は、ムスタファにとって窮屈なものではなかったが、フィリーネには少々難儀なものとなったようだった。
 スカートの膨らみは絞れても、胸の膨らみはどうにも出来なかったからである。
 艶かしい声を漏らしながら、魔族にとって屈辱的であろう姿勢で進むフィリーネに、ムスタファはなんとも言えない表情で先を急ぎ、穴から出て一息ついた頃になって、彼女をすっかり置いて来てしまったらしいことに気付く。
 しかし道は一本だ。迷った訳ではないのだから問題はないだろうと、辺りの様子を窺いながら待っていることにする。
 そこそこに距離はあった為、街の外に出ていてもおかしくはないとも考えてはいた。
 水の激しく流れる音も耳にしていた為、河川が近いのだということも予想はついた。
 しかし、まさかその先が滝を裏側から眺められる場所だとは思わなかった。
 滝と言えども水量は少なく、高さはムスタファが決死の覚悟であれば飛び込める程度ではあったが。

「これ飛び込んだら何処に行くんだろ?」

 尻尾をぶんぶんと振りながら、そのようなことを考えていると。

「うわっ、何!?」

 不意に足首を何かで縛り付けられ、驚いたムスタファは横倒しになった。 
 その際に滝に身を投じずに済んだのは、自分の足首に巻き付けられたもののお陰であるのだが、そもそもこれさえなければ何事もなかった筈だという複雑な心境と、それがフィリーネの糸であることを知っての恐怖が条件反射的にわき上がって、ムスタファは涙目になった。
 強く足が引っ張られ、穴の中に引摺り戻されそうになる。
 ズッズッと近付いて来る音に怯えるが、ややあってからフィリーネの姿が見え、相変わらず窮屈そうである様子に気付くと、ようやくその意図を知ってホッとするのだった。

「ああ、やっと息苦しさから解放されましたわ」
「あー、そりゃ良かったねー」

 これなら一人で来た方が良かったなぁ、などと思いながら、ムスタファは胸の具合を確かめているらしいフィリーネを待つ。目線は逸らしているものの、耳はしっかり彼女の方に、頭を軽く傾げた状態で向けている。音でその動きを捉えているのだ。

「いつまで座り込んでおりますの? さぁ、鼻を利かせて獣人の後を追って下さいな」
「……」

 まるでこちらが待たせたように言われ、咎める視線をフィリーネに刺すが効果はない。
 仕方なく自分の足首を指差すと、そこで少しばかり済まなそうな表情にはなったが。

「あらあら、そうでしたわね。わたくしの糸を自力で解くことが出来ないということを、すっかり失念しておりましたわ」

 ころころと意地悪く笑いながら、するりとムスタファの足首から糸を解く。それから滝を眺めて嘆息を漏らした。

「これでは獣人の匂いは追えませんわね。自ら命を絶とうとして落ちていなければ良いのですけど」
「……」
「それとも、この程度であれば飛び込んでも問題ない種族でしょうか。そうであるなら、無理に追わずとも宜しいかもしれませんわね」
「こっちに道あるけど、行く?」
「ええ。……出来れば愛らしい花卯族の子が望ましいですわね。猯族も愛らしいですが、花卯族を愛でるアメリア様を眺めて癒されたいですわ」

 獣人を案じるフィリーネに、ムスタファは少しばかり苦手意識が薄らぐのを感じていた。
 魔族でありながら天遣族と共に行動する彼女に、未だ懸念を抱いた状態にいたムスタファだが、そろそろ砂粒一握りくらいは信じられるだろうかと考える。
 見た目より幼い反応ばかりを繰り返す彼だが、それなりに相手を観察するだけの能力はあった。
 ただ、フィリーネが彼らにとって「いじめっ子」であったし、魔族であるということから警戒を怠っていなかったというだけで。
 故に、ここに来て足首に蜘蛛の糸を掛けられた時には、とうとう本性を表したか、などと思っていたのであった。

 ――と。

 フィリーネの鋭い視線がムスタファを貫く。
 こちらへと突き出された手のひら。
 キラリと煌めくものがその手中から放たれる。
 真っ直ぐにムスタファの胸中を狙って。

「っっ」

 咄嗟に身を転がすようにして避けたムスタファは、しかしフィリーネへと反撃をする訳ではなく、彼女の傍らに並んで「それ」へと身構える。

「街の外れともなれば、魔物の一体や二体、お相手することになるかと思いましたけれど、あなた方とはお会いしたくありませんでしたわ」
「あのね。オレ、蜘蛛嫌いなの」
「存じておりますわ。残念でしたわね」

 泣き言を口にするムスタファを揶揄するフィリーネの口調は硬い。
 現れたのは、二人。
 そう。それは人の姿をしていた。
 否、だが全てがそうなのではない。二人は共に四本の腕と四本の足を持っていた。そればかりでなく、腕と足の二本ずつは刀の形状をしており、また別の二本ずつは鞘の役目となっているのだった。
 一人は闇色の髪に赤目の男。もう一人は純白の髪に銀目の女。
 互いの刀を自身の鞘に納め、常に対となって行動する蜘蛛の魔族。
 四刀柄しとうづかと呼ばれる彼らは、同じ蜘蛛の魔族である八脚や八眼さえもが関わりを避けたがる程の存在であった。

「な、なんだよ。何か言ったらどうなんだ!」

 わざわざ滝の落ちる絶壁を登ってきたというのに、キロリキロリと目を動かしてこちらを観察するだけの二人に、ムスタファが痺れを切らせたように吠える。

「無理ですわ。彼らには言葉は通じませんの」
「えっ、本当に?」
「ええ。彼らには彼らだけの言語……通じる何かがあるようですが、こちらの言葉は理解しておりませんし、彼ら以外に訳せる方はおりませんわ」

 視線は外さず、相手の動きを見逃すまいとしながらも、フィリーネは言葉を続けた。

「ただ、彼らは少なくとも、あの天遣族に従ってわたくしたちの前に現れたのではない、ということだけは確かですわね。いかに天遣族といえど、四刀柄を操ることなど不可能ですから」

 遭遇すれば人も魔物も関係なく、高確率で戦闘となる。
 逃れられる可能性は低く、また無傷では済まない。
 この狭い足場での勝率はゼロに近いと考えられた。

 ムスタファはグッと拳を握り締める。
 フィリーネならば逃げられるのではないかと思った。
 フィリーネ一人ならば、或いは。

「あんたは逃げろ」
「!」

 低く唸るように言い捨て、ムスタファが先手必勝とばかりに四刀柄へと飛び掛かる。

 にたり、

 二人の口角が牙を見せて大きく上がるのが見えた。

 突き出される二本の刀の切っ先。
 真っ直ぐにムスタファの両眼を狙って。

 しかし飛び掛かった状態のムスタファは、距離の近さもあり、避けることが叶わない。

 その切っ先は、吸い込まれるようにムスタファの目を貫き、頭蓋までもを突き抜けるかと思われた。

 が。

「!!」

 突如、ムスタファの顎がガクンと天を仰ぐ。
 赤目と銀目が揃って横に流れた。

「うわっ」

 後方に引かれて尻餅をついた目前を、鎖に繋がれた鎌のようなものが通過し、思わず悲鳴をあげる。

「わんわん、あれとたたかうの、むり」

 たどたどしい口調をした幼い声が、頭上から降りてきた。
 ボロボロのワンピースに裸足の小柄な少女。

「ロミー」

 フィリーネが驚いたようにその名を呼べば、ロミーは唇をむにゅむにゅとさせて得意気な笑みを作ってみせる。

「いけません。完全に落とすことは叶いませんでした。早くここから離れましょう」
「えっ、誰っ? ってか、うわぁぁっ!?」

 ロミーより遅れて上空から降り立った女性がいた。
 二翼の天遣族であることは分かったが、見覚えがない。
 女性は慌てたように、自分よりも上背のあるムスタファを抱き上げると、その場を離れるべく舞い上がる。

「お伺いしたいことは後に致しますわ」

 ロミーによって滝壺に落とされる筈であった四刀柄が、再び崖を刀の手足を使って登ってくるのを確認し、フィリーネはロミーの手を取って、ムスタファを抱えた女性の後を追った。
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