黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――祢々切 3――

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 ヘクトール=ルーツが二翼を連れて飛び去ると、アメリアは坑道の中から飛び出すようにして、ムスタファへと駆け寄る。

「そんなに心配してくれたの? なら抱き合っちゃう?」

 茶化すように言って両腕を広げてみせたムスタファに、アメリアは頭を振った。

「何もされてなかったなら、いいの」

 どうやら「探りの手」から自由になったというのに、二翼の元から逃げずにいたことで、何かされていたからではないかと心配していたようだ。

「大丈夫、酷いことはされてないぞ。多分、翼が二枚の奴らは、大将を敵に回したくなかったんだろうな。だけど俺を捕らえていなきゃ、大将の兄ちゃんから怒られちゃうから、適当に合わせてやってたんだ。演技、上手だった?」

 傍から見て、ムスタファのは演技とも言えぬ程のお粗末さであった。ヘクトールが気付かなかったのはクラウスを前にした動揺があった為であろう。
 フィリーネは「バレバレですわ」と喉まで出かかった言葉を呑み込むのに苦労した。アメリアが真剣そのものといった様子で頷いたからである。

「じゃあ、ぎゅってしようよー。怖い思いしたのは本当なんだよ? メリーちゃん、慰めてよー」
「何、甘えたことを言っているのですか」
「はうっ」

 にこやかにクラウスに言われ、ムスタファは顔を青褪めさせた。
 言外に「アメリア様に触れたらお仕置きですよ」と訴えていることが伝わって来てしまう。尻尾を内側に巻いたムスタファは、そっとそぉっとアメリアから離れてフィリーネを盾にする。

「これで、こちらでの問題は解決致しましたの?」

 軽くムスタファに肘鉄を打って悶えさせた後、フィリーネはクラウスに問い掛けた。
 クラウスはアメリアの髪についた葉や土(坑道の壁に張り付いていた際に付着したと思われる)を取り払ってから、ゆるく頭を振る。

「一時的に撤退させたところで、解決にはなりません。二度と同じ真似をしないという確実な証を手に入れるまで、ここではなくとも他の地で繰り返される可能性があるのですから」

 或いは、既に。という予想について、クラウスは口にしなかった。
 バスティアンはこちらの動向に気付いているのだろう。だからこそアーダルベルトやウルリーケが先々に現れ、獣人たちを実験台とした事件に遭遇することとなっている。
 偶然と、バスティアンの行方を追う上での必然といったことも考えられるが、それよりはバスティアンに一部の未来を握られていると警戒する方を、クラウスは選んだ。
 事件を起こすことで、自分の元にいずれクラウスが――延いてはアメリアが来るという計算であっても、結局はあの男の元に辿り着かねばならないのだから、こちらはただアメリアを守ることを第一として考えていれば良いのだと。

「この辺に獣人が隠れているならば、一先ずは安心させて差し上げましょう。……生きていて下されば良いのですけれど」
「うん。探そう。怯えて震えている時間が長いと、恐怖で命を落としてしまうかもしれない」

 そんなのは駄目。とアメリアがまた坑道に向かう。
 フィリーネはチラリとクラウスを見上げ、異論がなさそうだと分かると、先に歩き出した青年より早くアメリアの隣に並び、一日中灯されたままなのか、ランプが連なって照らす道を進む。
 三人を追い越す形でムスタファが前に出た。それどころかどんどん先に行ってしまう。
 何かを感じたのかと思われたがそうではなく、奥まで先に向かって確かめて来よう、ということらしい。

「私も」

 と駆け出しそうになるアメリアをフィリーネが止め、クラウスが頭を撫でる。

「ここは彼に譲ってあげて下さい。誰も見つけることが出来なくても、その情報を持ち帰っただけで、手柄となるのですから」
「先程罠に掛かったのも、お手柄と言えなくもありませんわね」
「フィリーネ……」
「あら。だってそうじゃありませんの? 獣人だけを捕らえる結界があるなんて、考えが及びませんでしたもの。ですから、ムスタファを連れていなければ、天遣族をここから追い出せる機会も、まだ得られていなかったと思われます。囮となって誘き寄せられたのですから、大手柄だったと思いますわ」
「そう思っていたのであれば、伝えて差し上げれば良かったものを」
「あら。わたくしからの賛辞は十分にさせていただいておりましてよ?」

 フィリーネはそう言うが、相手に伝わらなければ意味がないのではないかとアメリアは思う。
 思ったが、小首を傾げただけだった。そういうものなのかもしれない、とも思ったからだ。

「おーい」

 やがて遠く離れた場所でムスタファの声が響いた。
 その姿は道が湾曲していることもあって、確認出来ない。
 獣人を見付けたのかと、アメリアとクラウスは低空飛行し、フィリーネは糸を操って滑空する。
 間もなく見えてきたムスタファの姿だったが、そこには彼一人しかいない。

「何かありましたか?」

 だからクラウスはそう訊ね、ムスタファはコクリと頷いて足元を指差した。
 そこには不自然に掘られた穴がある。盛られた土はまだ柔らかく湿り気を帯びていることから、掘り出されて一日と経っていないように思われた。
 大きさは大人が入るには十分そうだが、天遣族に見付かったとしても問題はないだろう。彼らの誇る翼が邪魔となってしまうのだから。

「……」

 アメリアは明らかに残念そうな顔になった。
 ついこの間までであったなら、この先も躊躇なく向かえただろう。しかし今は体の一部となった翼がある。それを邪魔だなどとは思わないが、動きが制限されるのだと知って少なからず落ち込んだのだった。

「俺一人で行って来るよ。だから……どうしよう?」

 掘られた穴が浅ければ、ここで待っていて貰うことも出来るのだが、もしも穴が深く、或いは何処かに出てしまうようなものであったなら、長い間待たせるのは時間の無駄でしかない。

「わたくしもムスタファに同行致しますわ」
「えっ?」

 その言葉を聞いて、ムスタファがフィリーネの頭から足元までに目を走らせたのは、無理もないことだろう。
 クラウスに渡されたものではないものだが、ドレス姿なのだ。膨らんだスカートの部分が特に気になる。

「問題ありませんわ」

 ムスタファの視線に気付き、フィリーネは蜘蛛の糸で足を動かせる範囲で膨らみを縛ってみせた。

「脱いだらどうしようかと思った……」
「そのようなはしたないこと、致しませんわ」
「でもフィリーネ、本当に大丈夫?」
「ええ。わたくしは蜘蛛ですのよ? お忘れでして?」

 見るからに動き難そうであるし、何よりフィリーネは汚れることを嫌う。アメリアは心配でならなかったが、本人がやる気であることに加え、ムスタファを一人で行かせてしまうよりは安心出来る。

「ある程度、先ずは糸で確認してみましょう。お待ちいただくかどうかは、後で宜しいですわね?」

 そうしてフィリーネが確認したところ、穴はやはり何処かに抜けているようで、中には誰もいないという。
 結果、ムスタファとフィリーネは穴の先の道へ向かい、アメリアとクラウスは坑道付近を見回ることとなった。
 二組が合流するのは、アメリアとその従魔であるフィリーネならば、容易く相手を見付けられる為に問題ないとされた。翼が戻ったことで能力が高まったからこそ繋がりが深まったのだとクラウスが説明すると、フィリーネは身悶えして喜び、ムスタファを引かせる。

「うふふ。そんな不愉快そうな顔をされたら、うっかり捕食してしまうかもしれませんから、お気をつけ下さいな」
「!」

 そんな冗談を言うフィリーネにムスタファは泣きそうになりながらも、素早く穴の中へ身を投じた。
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