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美扇国――鵜丸 1――
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しおりを挟むロミーのその仕草に、八脚の女王「代理」を名乗った女性が笑みを深める。
短く不揃いな赤銅色の髪はボサボサ。長いこと着たきりなのか、袖もどうにか少女の華奢な肩に引っ掛かっている程度でしかない粗末なワンピース。靴はなく、土と血の混ざった色に染まった裸足が痛々しい。
凶器となるものは鎖状の先に鎌のついた尻尾だけ。
女性の手にも武器らしきものは何もなかったが、それでも控えている蜘蛛の数と、彼女が纏う畏れを伝播させるような雰囲気とが、ロミーを圧倒させていると予想される。
だが、ロミーは緊張した訳でもなければ怯んだ訳でもなかった。
ビュッ、
裾を捲し上げたことで邪魔な布が絡み付く抵抗を薄らがせ、ロミーの尻尾が女性の顔面へと伸びる。
眉間の辺りを狙ったであろうその攻撃は不意打ちだったが、女性の目前で勢いを殺された。
「あら。戦意を喪失してはいらっしゃいませんのね。サソリの子ではわたくしに敵いませんのに、それさえも判らないお子様でも、こうして仕掛けていらした以上、手加減は致しませんことよ。宜しくて?」
あくまでも優雅に品の良さを保ったままの女王代理。
鎌を額ギリギリにまで迫らせた状態で留めているのは、やはり不可視の糸か。何気ない仕草で肩に掛かった髪を払った瞬間、ロミーの尾が強く引っ張られた。
「っ」
ガクリと体勢を崩した後にアメリアへと向き合う形となったロミー。
髪と同じ赤銅色の瞳が、つい咄嗟に――相手が魔族であることすら失念して――自分に手を伸ばすアメリアを捉える。
尻尾の先に縛り付けられたままの糸により、女性側へ引き摺り倒される筈だったロミーは、しかしトンと地を蹴ると、女性の頭上まで飛び上がった。
その時、ブツリと糸が千切れ、それを予測していなかったであろう彼女は、さすがに驚きを隠せない表情でロミーを仰ぎ見る。
「まさか。わたくしの糸が……!」
呟きは、いつの間にかロミーの手に顕現していた二対のクレセントソードが空を斬る唸りで途切れさせられた。
女王代理の体が反り返り、ロミーの攻撃を避ける。
右手の一撃目は凌いだが、左手からの二撃目を防いだのは、身を擲って犠牲となった蜘蛛のお陰であった。
尻尾を地に突き立てたかと思うと、ギリギリまで屈折させてからの反動を利用して、彼女を守るべく飛び掛かって来た蜘蛛を斬り裂いていく。
バラバラと落ちてくる蜘蛛の脚や胴、そして頭。
傍で立ちすくんでいたアメリアは、その足元に転がった頭を目にし、よろめきながら後退した後に尻餅をついてしまう。
ただ贄にされるだけでなく、魔物と戦うことも神子の役目に含まれていた。戦って倒せる相手ならば、贄として命を捨てるより「まし」であるからだ。少ない神子を無駄遣いしない為にも、それなりの戦闘力を得なければならなかった。
だが、それもまた天遣族の元へ赴いてから磨かれる筈のもの。旅立つ前のアメリアはまだ経験がなく、こうした本物の魔物や魔族との遭遇では、他の衆人たちと同様の反応しか出来ないのは無理もない。
「まあ、可哀想。新しいローブがすっかり汚れてしまいましたわね」
「――っ」
ロミーの相手を蜘蛛に任せ、女王代理がそっとアメリアの手を引き、腰を引き寄せるようにして立ち上がらせる。
怯えきったアメリアは悲鳴の代わりに喉を鳴らし、目深に被ったフードの先に見える蜂蜜色の髪を垂らせた豊満な胸元から顔を背けた。
「あなたはどういった方ですの? 先ずはお顔を見せて下さいな」
しかし、そう言って頬の辺りを両手で挟まれ、無理矢理に向き直させられてしまう。そしてフードを剥ぎ取られてしまっては、正面から彼女を見つめる他なかった。
「…………まあ」
沈黙は一瞬。
女王代理の表情が喜色に満ちる。
白金の肩先に掛かるくらいまで伸びた柔らかな髪と、珍しい琥珀の瞳。青ざめてはいるがキメ細かな白い肌。ややかさついているのが勿体ないふっくらした唇。小動物を思わせる愛らしい顔立ちに、彼女は暫し見惚れたようだった。
「あなた、わたくしのお人形にして差し上げますわ。お名前は何と仰有いますの?」
「…………」
敵意は微塵も感じられない。殺意など隠し持ってもいないだろう好意的な態度であったが、それでも相手は魔族。ましてや「お人形」という扱いを決定付けられ、恐ろしさと相俟って言葉が出てこない。
「わたくしはフィリーネと申しますの。特別に名前で呼ぶことを許可致しますわ。あなたのことは何とお呼びすれば良いかしら。名前を仰有って下さらないなら『お人形さん』と呼んでしまいますわよ?」
「――――」
言われて、名前だけでも告げようとするが、唇を開いただけで声が出せない。
涙の浮かんだアメリアの目を見つめ、フィリーネはぺろりと自身の唇を舐めた。
「ああ、堪りませんわね。そのような目で見られてしまったら、わたくし我慢出来なくなってしまいますわ」
目元を薔薇色に染め、顔を近付けて来る。
両手で頬を挟まれたままである為に――否、そうでなくても――身動き一つ出来ずにいるアメリアに口付けをしようとしているようだ。
多数の蜘蛛による猛攻を受ける最中、ロミーがクレセントソードを投げ付けたが、フィリーネの背後で糸の網に阻まれて弾かれる。
花の蜜を思わせる芳香を放つ吐息がかかり、アメリアは息を詰めて固く目を閉じた。
――――と。
「それ以上の無体は看過出来ませんね」
穏やかながらも厳しさを備えた青年の声と共に、アメリアの身体が宙に浮かんだ。
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