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 夕方になってようやく宿を見つけ、一部屋を二人で借りることになった。宿を見つけるために奔走するのは皇族あるまじき行動だが、そうなるほどに皇族の権力というのは落ちぶれているのだと感じる。

「部屋はなんとか確保できましたね」
「すまない、私の見積もりが悪いあまり走らせることになってしまって」
「いえ、気にしないでください。久しぶりに走ったものですから童心に帰ったような気がして楽しかったですよ。それよりもこれ、どうしましょうか」
「ベッドが一つしかない問題か?なら、私が床で寝ればいいだけの話だ」
「いえ、そのようなことはしませんよ。クロスさんの体の方が重要なんですから、あなたがベッドで寝てください。私は椅子に座りながら本でも読んでいる内にきっと寝れるので大丈夫です」

 至急用意された宿の部屋というのは狭くはないがベッドが一つしかないというのが問題だった。アデリーナとクロスの性格からすると我先にベッドの使用権を取ろうとすることはなく、どうぞどうぞと譲ってしまう。それに一緒に寝るという考えは二人の頭からは排除されていた。結婚しているわけでなければ、ただの仕事仲間であり、ここでそのような提案をするのであればただ自分の痴態を晒すだけである。

 結局、アデリーナが彼に対して『何でも屋』の依頼は白紙になると言ってきたために彼がベッドに寝ることになった。それを言われれば彼も従うほかない。彼と彼女の上下関係というのはそういうものである。

 夕食を食べて、狭い風呂に入り、寝る準備をする。他人がいるせいかぎこちないその一連の行為をした後、彼女は心を落ち着かせるために母の日記をいつものように読んだ。

「今日で何か掴めただろうか」

 風呂から上がったクロスは日記を黙々と読む彼女に尋ねた。

「なんとなくは。母がこの日記に書いていた、自分の足で確かめに行くという意味は掴めたような気がします」
「そうなのか」
「ええ。この日記には良く『楽しかった』と書かれています。つまりは自分の足でその地に向かい、そこにいる人たちと楽しく過ごすあるいは楽しませるのが重要なのではないのかと。実際、私がこの国で初めて聖女の力を使った場所でも元々笑顔が枯れていた場所に笑顔が咲き、聖女の力を際限なく使えていたというのは事実です」
「そうやると、聖女の力を限りなく使えるようになると」
「ええ、そういうことです。今はまだほんの少ししか使えませんがここの土地の人が私に心を許してくれるともっと聖女の力を使うことが出来るはずです」
「しばらくはそれを重視した方がいいだろうな」
「そうですね。心を許してもらわないといけません」

 母の日記からの手がかりは、実際に行動してみてからようやく分かったような気がした。現地の人と関わりを持ち、心を許してもらうことが国の繁栄の近道であることを知り、二人はそれを目標に決めて寝ることにした。クロスはベッドで横になり、彼女はろうそくの明かりを頼りに日記を読む。今まで何度も読んできたものであるが、今になって何かを掴めそうな気がして時間を忘れて読み耽ったが結局のところ、何かに引っ掛かるだけで答えまでは導き出せなかった。

「おやすみなさい、クロスさん」

 彼がベッドに寝てから長い時間が経ち、寝息も聞こえたところで彼女は彼の頭をそっと撫でそう言うと彼女も椅子に座り、机に突っ伏すような体勢で目を閉じ、ただひたすらに自分の体が寝るのを待った。
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