優しい時間

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第2章 制服と征服

赤い薔薇(第2章 完結)

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榊もその気持ちのは分かる。

瞬が突然服を着てもいいと言われて戸惑う気持ちは榊にも身に覚えがあった。


***


躾けのはじまりは、自分が誰の何の為のものかを身体とその心に刻みつける。

その為にまず反抗や抵抗が出来ないように、一度全てのモノを剥ぎ取られ丸裸にさせられる。

裸にさせられると歯向かう物を隠す事も出来なければ、羞恥に晒され、身体に起こる変化も全てつぶさに自分の視界にも入って来る。

今まで衣服を着て過ごす事が当然になっていた自分が、犬や猫と同じだとでも言うように裸にされ、食事から排泄まで全て彼らの管理のもとにさせられる。

徹底的に従順である事を躾けられた者だけが次の段階に進められるのだった。

途中リタイアすればまた貧困の中、明日の食事さえままならないと分かって居る子供は、それでもこの生活はまだましだと理解していた。

裸で地下室に閉じ込められチューターと呼ばれる者に、お前の全てのモノは主人のモノだと仕込まれると、だんだんそういうものなのだと身体も心も順応してしまう。

それも優しくあやされながら躾けられれば、主人に愛してもらえる為に頑張ろうと思ってしまうようになるのだった。

ここを出れば主人に愛してもらえると思うと、次第にここでの生活も苦では無くなってしまう。

元々、主人には養子に迎え入れられその後の何不自由ない生活が保障されていた。

それを知らずにここに来ている子供はいないのだった。

それくらい今までの人生が酷いと思う子供ばかりがここで躾けを受け、その後養父となる主人の元に返される。

榊の場合は少なくともそうだった。

自分でそれを選び、養子になる為にここで躾けを受けた。

主人には確かに愛情をいっぱい注いでもらった。

だが、先立たれたら自分を慰めてくれる者は誰も残らなかった。

だから有栖川が差し伸べてくれた手を再び取ってしまったのだった。

その代わり、ここで躾けられる子供達がここを出ても長く大切に主人に愛される子供になる為に、自分の持てる知識と技を尽くして子供に最善の躾けを施こそうと思っていた。

才能があろうとそれを発揮できる手立てもなく、明日食べる物が無い子供だっている。

榊にとってはそれに比べたら主人の好みに躾けられるくらいの試練は、耐えて当然の事だった。
実際ここで躾けを受けていたからこそ、主人との生活は円滑に進んだ。

榊にとっては初めて会うはずなのに、向こうは榊の事を今まで全てを見ていたかのように知り尽くしてくれていて、嬉しくもあった。

だが、瞬はその自分達とは元が違うのだと榊でさえ感じてしまう。

彼には持って生まれた人に愛されるべき容姿と資質をはじめから持ち合わせていた。

瞬の羞恥心を引き出せば引き出す程、こちらも惹き込まれる。

有栖川達が瞬の父親の事を天使と崇拝していた事も良く分かる。

榊にとっては、今目の前に居る瞬こそがその天使に見えて仕方がないのだった。

あえてそれはおくびにも出さないが、榊はこの少年にはまっていた。

だから、瞬を出来るだけ傷つけず、主人の要望通り少年のままの時間を少しでも引き延ばしてやりたいとも思うのだが、今のところ気を逸らせる事くらいしか無いように思われた。

「今日は制服のサイズを見ていただきたくてサンプルをお持ちしました」

榊はワゴンの上に乗っていた箱の中から制服らしい洋服を取り出した。

それを見て瞬の目が光り輝くのを隠せないでいる。

榊は瞬の身体を気遣いながら起こすと白い裸身にそれを羽織らせた。

その制服はあの有栖川達が出た学校の初等部のものと色違いのもので、この施設では制服や室内着もあの学院のものと色違いのものを採用していたのであった。
だがそれは余り一般の者の目に触れる事がないこの施設だからこその秘密でもある。

本当の学院の制服は深い海の色なのに対して、ここの制服は基本はグレーでワンポイントで入れられるリボンなどの差し色はボルドーの様な深い赤だった。

可愛らしいグレーの半ズボンに真っ白なブラウスと襟元を飾る艶のあるボルドーカラーのシルクサテンのリボンタイは瞬の細い少年らしい身体がより可愛いく引き立つ。

もし本当の父親がしっかりと瞬の事を愛して育てていれば、瞬は本当の学院で親子二代の天使に選ばれていたかもしれない。

それを思うと切ないのだが、こうなったら最後まで責任を持って瞬を堂島に愛されるべき天使に躾けなければならないと思う。


瞬が制服を身に纏うとより一層あの頃の瞬の父親そっくりになる。

みんなから可愛がられ、天使と大切にされていたのに、大人になった途端に堕天してしまった哀れな瞬の父親にだった。

堂島はその瞬を父親にできなかった自分の歪んだ愛情を注ぎ込みたくて仕方ないのに実際は恐れ多くて手が出せないといったところらしかった。

有栖川も同じだった。

自分が躾ければいいものを、榊に押し付けた。

あの学院とは何ら関係のない最も信頼していた榊にしか頼めなかったのだろうと思う。

最初はとんだ貧乏くじを引かされた気分になってしまったが、今ではこんな可愛い瞬の色々な瞬間に立ち会える幸せを榊自身も感じるようになっていた。

瞬に責任がある訳では無いが、ある意味、瞬も瞬の父親も魔性の魅力があるのではないかと思ってしまう。

瞬の父親を生で見た事は無いが瞬を見ていればそれもなんとなく想像が出来るのだった。

瞬はリボンタイが上手く結べなかったらしく、左右の長さがだいぶちぐはぐになっていた。

「瞬、こっちを向きなさい。
リボンタイは先にこうするのです。左右で縛る方をこれくらい長めにして、輪を作って巻きつけて、間をくぐらせるのです。
そうです!
よくできました」

そう言って榊に手を取られリボンタイを結ぶ瞬の笑顔はまさに灰色の世界に咲いた一輪の赤い薔薇のようだった。




【第二部・完結】





ここまでお読みいただきありがとうございました。

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