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第3章 ゆるやかな流れの中で
天使の真実(6)
しおりを挟むあまりに瞬が必死に榊はおじさんでは無いと否定してくれるので、榊もとうとう吹き出しそうになってしまった。
それを瞬のうなじに鼻を埋めて堪えるものだから瞬にはそれが堪らなかった。
榊の吐息がそこに吹き込まれ、熱い息がかかると更に体温が上がってしまい、新陳代謝が盛んな子供は直ぐに反応してしまい、ジワリとそこに汗が吹き出し始めてしまう。
ぞわぞわとくすぐったさに身を縮こませてている瞬の汗の匂いをすっと吸い込み、榊も自分の邪な気持ちに区切りをつける。
瞬は所詮、自分がいくら大事に育てようと手を出す事は叶わない預かり物の天使だった。
堂島がこのまま迎えに来ないなら、話は別だが多分それは無い。
堂島が迎えに来ないなら、正式にコミュニティーが動くかもしれませんよと堂島にほのめかせば事態は一変するだろう。
コミュニティーが動くという事は、これ以上の躾けは子供の精神的な負担が大きく養育放棄とみなし、然るべき措置を取らせてもらうと、瞬が他の主人に譲渡させられる場合もあると言われている事になるのだった。
そこまで脅せばさすがの堂島も腹をくくるはずだった。
それは有栖川にも打診したが、その判断は瞬の担当である榊に任すと言われていた。
この施設は主人の希望に添って子供の躾けを行うが、子供の心が壊れるような躾けは行わない事が主人とこの施設との取り決めの中にある。
子供がやる気を起こさせるように躾けるのがチューターの役目ではあるが、子供の集中力には限界がある。
飴と鞭とを上手く使い分けてこそ、子供が自発的に成長しようと頑張れるのだが、瞬のように期間がズルズルと伸びてしまえば、それも誤魔化しが効かなくなっていく。
それがもう限界に来たとはっきり言ってやれば、堂島ももう逃げる事はしないと踏んでいた。
健気にも瞬はこの三年もの間、このゆっくりとのらりくらりあやしながらの躾けに必死に堂島の為と応えてくれたと思う。
時々それを誰の為にかを間違える事はあっても、お仕置きにもよく耐えて来た。
細い手足に細いうなじ、時折髪を切り揃える時はその肌を傷付けないように細心の注意をはらってやった。
ほとんど無駄毛も生えて来ない瞬だったが、時折その産毛さえ綺麗に剃り上げてやっていた。
それでも太い毛にはならないのは、成長を抑えている薬のせいと、榊が擦り込むクリームの質がいいからだった。
榊はその赤ちゃんのように滑らかな肌に掠める程度に唇を触れさせると、瞬のそこから離れる。
「ほんの冗談です」
「え?冗談なんですか?」
「瞬は本当に可愛いですね。でもそんなんじゃすぐ人に騙されますよ。もう少し疑うという事も覚えてたほうがいいですよ」
「…申し訳ありません」
まさか榊が冗談なんか言うわけがないと思うのが当然だった。
榊の言葉は主人の言葉であり、瞬が逆らったり疑ってはいけない事だと教えられて来たのに、今更疑った方がいいなんて言われても、無理な話だった。
でもそう言われてしまうと自分の冗談も分からない不甲斐なさにシュンとしてしまう。
「…まあ、それでこそ守り甲斐がある天使だとも言いますがね」
榊のその言葉にハッとして顔を上げた。
守り甲斐があるだなんて、確かに榊にはずっと守ってもらって来た。
だがこの先榊とは別れなくてはならないのに、榊にならいいかもしれないけれど、堂島に本当にここで躾けられた通りに甘えていいのだろうか?とやはりこの期に及んでもまだ迷ってしまう。
きっと本人を目の前にしたら更に困惑してしまうだろうと思うのだった。
瞬としては息子になるなら、極力父の負担にはなりたくは無かった。
むしろ父を支えられる力になりたいと思うのに、でも、このままではどうやったって父の手を煩わせる事ばかりなのだった。
「あの、僕みたいに本当に何も出来ない者が天使であっていいものなのでしょうか?」
その問いにどう答えようかと榊は考える。
ーー 瞬はまだ『天使』というものの本質を知らない。
天使ならば神の使い手であり、人を導く事はあっても、人から守られる存在である訳が無いと思っているに違いない。
だが学院の中の『天使』は常に誰かから守られるべき存在なのである。
天使とはもとより疑う心など持ち合わせてはいけない。
天使は身も心も穢れてはいけない崇高なる存在でい続けなければならなかった。
それは誰も侵してはいけない神の使い子であり彼らの心の支えとなる癒し的な存在でもある。
それが学院という閉鎖された空間の中で唯一許された慣習である『天使』と呼ばれる者の真実だった。
同じ学年の中から一人の天使が選ばれ、彼らの癒しとされ、周りから崇められ、そして守られる。
それが学院の中で生まれた『天使』という者の役目だった。
天使はあまたに平等に接しなければならず、けして誰か一人のモノにはなってはいけないと、天使に選ばれた者は目上の天使から厳しく躾けられるらしい。
それは学院にいる間は当然男女問わず恋愛などはご法度だったし、彼らに慈愛の心と癒しを与える存在であり続ける事が強く求められた。
そしてその天使がそういった誘惑に堕ちないよう十二年もの間天使の周りを守るべく守護の役目に就く者もいた。
瞬の父親の守護を司っていたのが堂島をはじめ有栖川も然り、その他数名の有志達だったのだ。
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