灯火

暦海

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過去

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 ――昔から、貧乏だった。古く傷んだ四畳半に親子三人で暮らす日々で、一日の食事は夕方頃に食べる一切れのパンのみ。パンじゃなく別の何かの時もあったが、特筆するほどの違いもない。とにかく、貧乏だった。だから、俺も10歳の頃には働きに出ていた。


 だが、それでも耐えられた。苦しいのは、俺だけじゃないないから。父さんと母さんも、同じように苦しい中どうにか耐えている。それも、こんな苦境だというのに笑顔さえ浮かべて。だから、俺も頑張れた。いつか、皆でこの苦境から抜け出そう――そう、気持ちを強く持って日々を生き抜いていた。――そう、あの日までは。




『…………ふぅ』


 しんしんと雪の降る、12歳のある暮れ方。
 茜に染まる寒空の下、配達を終え駆け足で進む。僕ら家族の住む、木造二階建てアパートに。その手には、普段より良いパンが三つ入った袋。今日はいつもより早く終わったため、帰り道のパン屋がまだ空いていたから。

 ……まあ、ほんとは買わない方が良かったのかもしれないけど。と言うのも、少ないながら稼いだお金は全て両親に渡しているから。今後のため、なるべく貯蓄をしておきたいからという両親の希望で。なので、これは無駄遣いになるのかもしれないけど……でも、たまには良いよね? みんな普段から我慢してるんだし、たまにはちょっと……ほんとにちょっとくらい、いつもより良いものを食べたってバチは当たらないはず――そんなふうに自分に言い聞かせ、軽い足取りで家路を進んでいく。そして、ドタドタと階段を上がり部屋を開き――


『………………え?』

 刹那、思考が――呼吸が止まる。そんな、唖然とする僕の視界に映ったのは、まるで見たことのない光景――大きな瓶を片手に、愉しそうに話しながら大量のパンやお肉を貪る両親の姿だったから。


『…………あの、お父さん、お母さん、これは……』


 その後、ややあってハッと我に返り尋ねてみる。……いや、落ち着け僕。これにはきっと……きっと、なにか事情があるんだよね? 例えば……そう、結婚記念日のような、なにか特別な事情が――


『――はぁ、とうとうバレちまったか』
『まあ、いつかはこうなると思ったけど。でも、よりによって今日とはねえ。一応言っとくけど、普段はもっと質素だから。そもそも、あんなちっぽけな稼ぎで毎日贅沢なんて出来るはずないんだし』


 目の前の現実を理解すべく思考を巡らす最中さなか、届いたのは信じがたい……いや、信じたくない返答。ただただ呆気に取られる僕に、二人は再び口を開き――

『だから、もっと死ぬ気で稼いでこいよクズ』
『そうよ、それがゴミみたいなあんたを育ててあげた慈悲深い親に対する孝行ってもんでしょ』

 そう、こちらをじっと見て告げる。その声には、苛立ち――更には、軽蔑の色さえ滲んでいて。そう、二人は僕の稼ぎを食い潰しながら生きていた。




 ――その後も、とにかく働いた。親のために、なんて立派な気持ちは微塵もなかったが、そうしなきゃ生きていけなかったから。

 そして、それまで通り稼いだ金は親に渡していた。渡さざるを得なかった。それでも、時折稼ぎが増えた時には親には平時の分を渡し残りはこっそり貯めておいた。僅かながらも、自分の将来のために。
 だが、所詮は狭い部屋の中――ほどなくバレては、親を騙すとは子どもの風上にもおけないクズだと酷く罵られ、そして殴られ蹴られ残りの金も余すとこなく奪われた。

 それでも、どうにか耐えた。いつか、この両親おやの下を離れ自由に行きていく――そんな思いだけが、この地獄のような日々に耐える力をくれた。

 そして、歳月を経たある日のこと。本当にありがたいことに、勤務先の元同僚が住み込みの仕事を紹介してくれた。柄にもなく、感極まって涙したのを今でも鮮明に覚えている。これで、あの二人から解放される。そんな途方もない希望に胸を震わせていた最中さなかだった――あの両親おやが、殺人の罪で逮捕されたと知ったのは。


 
 
 


 
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