番(つがい)はいりません

にいるず

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心境の変化

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  「知ってるかい? 君の婚約者、番が現れたようだよ」

 私が一人温室でお茶を飲んでいるときです。いつものようにワーレがやってきて勝手に椅子に座りました。ちらりと後ろに控えていたアンネに目配せしています。アンネは静かに温室を出ていきました。きっとワーレのお茶を持ってくるのでしょう。

 「知ってるわ。ほかの人も教えてくれたもの」

 

 そうなのです。今日この温室にいるのは、心を落ち着けるためです。彼に番ができたらしいと初めて聞いたのは、一か月ほど前でした。

 「ねえ、知ってる? あなたの婚約者、最近別の女性とよくいるそうよ」

 友人が心配して教えてくれました。でもそれは何かの見間違いだと思いこもうとしました。ただもう一人の冷静な私が、いうのです。彼だってやっぱり番がほしかったんだ。本当に愛せる番がねと。
 
 友人は、彼リチャーズが人目もはばからず浮かれたように女性と腕を組んで歩いていたと言っていました。はじめこそその友人も他人の空似だと思ったそうです。でもどう見てもリチャーズ本人だと、彼女と一緒にいた彼女の婚約者も断言するほど彼そっくりいや彼自身でした。
 
 私は、生真面目な彼がなぜ? という疑問でいっぱいでした。彼はいつ薬を飲むのをやめてしまったのでしょうか? 最後に彼と会ったのはいつだったでしょう。そういえばこの一か月、彼とは会ってはいませんでした。彼は確かうちの領地に行っているはずでした。最後に会った時、この温室でお茶を飲みながら私にそう言ったはずです。そうです。ワーレも一緒にお茶を飲んでいたので、彼も聞いていたはずです。
 
 

 「彼はもう君の元には戻らないよ。番を見つけたのなら」

 ワーレの言葉が私の心に突き刺さりました。私とリチャーズは、愛し合ってなくても穏やかな関係を築いていたはずです。何年もの間にゆっくりと。でももしこれが本当なら、番というものは何年もかかって築き上げた関係を一瞬にして壊してしまうほどすごいものなのですね。
 
 私は知らず知らず涙が出ていたのでしょう。いつも私に悪態をつくワーレが、柄にもなくハンカチを差し出してきました。私は泣いている自分が許せず、下を向いたまま受取らずにいると、急に彼の気配が目の前から消えました。どうやらいつの間にか席を立ったようです。
 
 急に背中が温かくなりました。お腹のところに彼の左腕が巻き付いています。そしてもう一方の手で、私にハンカチを握らせます。
 私は初めて彼の前で泣きました。彼はわざと私の後ろにまわって、私が泣く姿が見えないように配慮してくれたようです。しばらくそのままでいましたが、やっと涙が出なくなりました。

 彼は私が泣き止んだのを知ってか、静かに席に戻りました。きっと私の顔はすごいことになっているでしょう。そう思った時です。

 「フィリー、君の顔は今すごいことになっているよ。地味な顔がよけい不細工になっている」 

 その言葉で、私はさっきまで借りていたハンカチを思いっきりワーレめがけて投げつけました。ワーレは笑ってハンカチを拾いましたが、ぽつりと言いました。

 「彼は君には似合わない」

 それからすぐでした。リチャーズの家に呼ばれてリチャーズに言われたのは、婚約解消の言葉でした。

 
 
 婚約解消の言葉を受けて、私は再び温室に向かいました。ただ前もっていやというほど泣いたからでしょうか。リチャーズに言われたときにも、今も涙は不思議と出ていません。考えたくありませんがきっとワーレのおかげです。

 「やあ、婚約解消されたんだって」
 
 「よくご存じで。ええ、そうです。その通りです」

 ワーレがやってきて、婚約解消されたことを揶揄されても平気でした。こうなったらワーレが持ってきてくれた薬をがぶがぶ飲んで、お見合いをいっぱいしてやりましょう。私はありがたいことに婿養子を探しています。きっと誰か見つかるはずです。

 「なあ、たまには庭を歩いてみないか」

 そういってワーレは椅子から立ち上がり私の前に立ち、手を差し出してきました。まるで王子様の様に。まあ本当の王太子ですが。いつも悪態ばかりついている目の前のワーレに少しびっくりしましたが、今日は差し出された手に素直に自分の手をのせました。
 
 ワーレのエスコートは素晴らしく、二人で庭に向かいました。ちょうど今は、外の庭も私の大好きな薔薇が満開です。私とワーレのふたりは、かぐわしいバラの香りに囲まれながら歩きました。
 しばらく行くと、噴水の前に出ました。気が付けば夕方で西の空には、大きな夕焼けがオレンジ色に空を染めています。立ち上っている噴水の水もオレンジ色の光に照らされて、キラキラ輝いています。
 いつもの庭が今日はとても幻想的に見えました。
 
 ワーレが急に私の手を離しました。そして騎士がとる姿勢の様に片膝をつき、下から私を見上げます。ワーレの金色の髪がオレンジ色に染まってキラキラして見えます。
 ワーレがそっと手を差し出してきました。その手のひらには、小さなきらきら光るものがのっています。私がよく見ると、それは指輪でした。

 「フィリー、前から君の事が好きだった。お願いだ。この指輪を受け取ってほしい」

 私があっけにとられて、目の前のワーレの顔を見れば、とても真剣な顔をしています。いつも見せる顔とは違います。ワーレの顔もオレンジ色に染まっています。これは太陽の反射でしょうか。それとも...。

 気が付けば私は勝手にワーレに手を取られ、指輪をはめられていました。指輪は私にぴったりでした。気が付いた私が、慌てて指輪を引き抜こうとすると、ワーレは私の腕をつかんで抱き寄せました。私は彼に抱きしめられました。

 「駄目だよ。もうこれでフィリー、君は僕のものだ」

 私は確認せずにはいられませんでした。

 「あなたにだって番がきっといるわ。もしその番に会いたくなったらどうするの?」

 「僕は将来国王だ。番なんてものはいらない。それに君はエレメル女帝の血を引いている。君こそ僕の番じゃないか。君は誰の番にもなれるんだから。まあ僕は、君に5人もの夫を持たせる気はないけどね」

 ワーレはそういって、私を一層強く抱きしめてきました。私も彼の背中にそろそろと手を伸ばして彼を抱きしめました。後で冷静になって考えてみましたが、あの時の私はきっといつも嫌味ばかりいうワーレのまじめな告白にほだされてしまったのでしょう。

 
 結局私は、彼と結婚してトランザ国の王太子妃になりました。
 パーソンズ伯爵家は、まだ母が頑張って領地経営をしていますが、元夫の弟であるシムズが母を手伝ってくれているようです。今までも元婚約者であるリチャーズに、仕事を教えるなどいろいろ手伝ってくれていましたが、これからは母のそばで常に母を見守ってくれるようです。シムズは結婚もしていなく、今までずっと独身をとおしてきました。
 もしかしたらですが、彼こそが母の番なのかもしれません。それほど二人はお似合いでした。

 私は、ワーレとの間に三人の男の子を生みました。夫は彼一人です。そして今でもあのピンクの薬を飲み続けています。妊娠しているときや出産したばかりの時には、のみ忘れそうになったこともありましたが、そのたびにワーレが飛んできて私に薬を飲ませました。
 一方のワーレは白い薬は飲んでいるのでしょうか。でも今は気にならないほど彼に愛されているのを実感しています。時々うざく思うほどに。
 
 番の呪いだと思った私の体質ですが、今は幸せです。ワーレ、いつまでも一緒にね!
  
 おしまい
 
 ※次回からワーレ王太子視点、リチャーズ視点へと続きます。
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