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もう話すことはないだろう。
そう思っていた。
『三島さん、お知恵を貸してください……』
電話口のあいつの声は困り果てたものだった。
藤倉橙子、変わった……というか、奇妙な女。
運が悪いと自称していたが、まさにその通りでツイてない。
運が悪いやつはこの世にごまんといる。本気で運が悪いやつと比べれば、あいつの不幸なんざ可愛いもんだ。
だが、あいつの運の悪さは性質が違う。まるで周囲の不幸を代わりに背負っているような、自分の運を他者に使っているような……
「何があったんだ」
『実は、うちにテレビの取材が来ることになりまして……』
「は?」
取材?確か広告会社勤めだったよな。そんなとこになんでまた取材が。
「同僚が私のことをテレビ局に投稿したらしいんです」
投稿した本人も、晩酌しながらその番組を見ていて思いつきで「うちには幸運の女神がいて、幸運を分け与えてくれる」という内容を投稿したとのこと。まさか本当に取材が来ることになるとは思わなかったらしい。
『私の日々の不幸が電波に乗って全国に晒されるんです』
番組内では5分にも満たない小さいコーナーになるだろう。それでも、当人としては不幸以外の何物でもない。
「……本当にすごいな、あんた」
驚きを通り越してむしろ感嘆した。見事に不幸なのは藤倉橙子だけだ。周囲は会社の宣伝がテレビで、しかもタダでできると喜んでいる。
『断る方法ご存知ありませんか』
いや、だからって俺に聞くなよ。
「んなこと言われてもな……」
人に頼るなっつうわけじゃなく、頼る相手は考えた方がいいぞ。一応俺、ヤクザなんだが。
他に相談できるやついねぇのか?
うまいこと断る妙案があれば教えてやりたいのは山々だが、そこまで知恵が回るわけじゃねぇ。
見合い話の件がなんとかなったのは、見合い相手の副社長が元々女にだらしなかったからだ。
今回の話は、藤倉が拒否しない限りは会社としては当然受けるだろう。
何かしらデメリットを突き付けて断らせるか、番組として面白くないよう振る舞うか。
それは藤倉も考えていたようだ。
『何も起こらないように気を張って、撮れ高ゼロを目指すくらいしか……』
いや、あんた本物だから、絶対何か起こすだろ。
そう喉元まで出かかったが堪えた。
そもそも何も起こらないわけがない。番組としても何かしら仕掛けはしてくるはずだ。
「取材日に風邪でも引くか?」
『嘘はよくないです』
そこ気にしてる場合かよ。
まあでも、こいつはそういうやつか。
『不幸といっても死ぬほどじゃないですし、私のちょっとした不運で誰かが助かるなら、それはそれで、不幸が降りかかった意味があったってことですね』
前に飯を食いながら話していた時、そんなことを言った。
こんだけ運が無くても擦れずにこう思えるのは、こいつがただのお人好しだからだ。
だから俺はこいつの「運」を利用しようと思えなかった。いや、正確には利用しようなんて一瞬でも思っちまったことに、罪悪感を抱いたから、できなかった。
「……どうしても嫌なら、会社にちゃんと言え。プライバシーの侵害だとか言ってゴネれば無理強いはできねぇだろ」
どうせ番組の制作陣の方も、断られた場合に備えて予備のネタくらい用意してるだろ。藤倉の会社も宣伝はできねぇが、不利益を被るわけでもない。
『取材に来るアイドル……名前忘れちゃったんですけど、職場にファンの人がいて。恨まれないですかね。いや、でもそれを気にしてたら断れませんもんね……』
電話の向こうからうんうんと唸る声が聞こえてくる。
会社云々に加えてそこの心配までするとか、本当にお人好しだな、こいつ。
『とりあえず、部長に相談してみます。すみません、変な相談でお時間とらせてしまって』
「気にすんな。ちょうど暇だったからな」
俺は足元に転がっている男の頭を踏む。
事務所にカチコミしてきた男。俺を狙っていたようだったが、ただの雑魚だった。
気絶させちまったせいで、誰の差し金か聞き出そうにも意識が戻るまで待つしかなかった。だから、ちょうど暇だ。
「悪いな、役に立てなくて」
『いや、三島さんは悪くないです……』
不思議とこいつに頼られるのは悪くねぇ。むしろこの件もなんとかしてやりたくはあるが、あんまりカタギに手出しするわけにもいかねぇんだよな。
足を揺らして考えていると、男が呻いた。意外と早かったな。
「また話くらいならきいてやるよ」
『ありがとうございます』
失礼しました。そう言って電話は切られた。律儀なやつだ。
「さて……」
どうするか。
足元のこいつもそうだが、あいつのことも。
取材するなと圧力をかけること自体はできるだろうが、なにより目立ちすぎるからするべきじゃねぇ。
いや、そもそもそこまでしてやる必要あるか?てか俺はどうしてここまであいつのことを考えてやってるんだろうな。
「組長、なんだったんですか。今の電話」
部下の木下が怪訝そうに尋ねてくる。
「……なんだったんだろうな」
俺は倒れている男の顔を覗き込んだ。男は薄ら目を開けると、俺の表情を見て肩を震わせる。
「俺が知りてぇよ」
そう思っていた。
『三島さん、お知恵を貸してください……』
電話口のあいつの声は困り果てたものだった。
藤倉橙子、変わった……というか、奇妙な女。
運が悪いと自称していたが、まさにその通りでツイてない。
運が悪いやつはこの世にごまんといる。本気で運が悪いやつと比べれば、あいつの不幸なんざ可愛いもんだ。
だが、あいつの運の悪さは性質が違う。まるで周囲の不幸を代わりに背負っているような、自分の運を他者に使っているような……
「何があったんだ」
『実は、うちにテレビの取材が来ることになりまして……』
「は?」
取材?確か広告会社勤めだったよな。そんなとこになんでまた取材が。
「同僚が私のことをテレビ局に投稿したらしいんです」
投稿した本人も、晩酌しながらその番組を見ていて思いつきで「うちには幸運の女神がいて、幸運を分け与えてくれる」という内容を投稿したとのこと。まさか本当に取材が来ることになるとは思わなかったらしい。
『私の日々の不幸が電波に乗って全国に晒されるんです』
番組内では5分にも満たない小さいコーナーになるだろう。それでも、当人としては不幸以外の何物でもない。
「……本当にすごいな、あんた」
驚きを通り越してむしろ感嘆した。見事に不幸なのは藤倉橙子だけだ。周囲は会社の宣伝がテレビで、しかもタダでできると喜んでいる。
『断る方法ご存知ありませんか』
いや、だからって俺に聞くなよ。
「んなこと言われてもな……」
人に頼るなっつうわけじゃなく、頼る相手は考えた方がいいぞ。一応俺、ヤクザなんだが。
他に相談できるやついねぇのか?
うまいこと断る妙案があれば教えてやりたいのは山々だが、そこまで知恵が回るわけじゃねぇ。
見合い話の件がなんとかなったのは、見合い相手の副社長が元々女にだらしなかったからだ。
今回の話は、藤倉が拒否しない限りは会社としては当然受けるだろう。
何かしらデメリットを突き付けて断らせるか、番組として面白くないよう振る舞うか。
それは藤倉も考えていたようだ。
『何も起こらないように気を張って、撮れ高ゼロを目指すくらいしか……』
いや、あんた本物だから、絶対何か起こすだろ。
そう喉元まで出かかったが堪えた。
そもそも何も起こらないわけがない。番組としても何かしら仕掛けはしてくるはずだ。
「取材日に風邪でも引くか?」
『嘘はよくないです』
そこ気にしてる場合かよ。
まあでも、こいつはそういうやつか。
『不幸といっても死ぬほどじゃないですし、私のちょっとした不運で誰かが助かるなら、それはそれで、不幸が降りかかった意味があったってことですね』
前に飯を食いながら話していた時、そんなことを言った。
こんだけ運が無くても擦れずにこう思えるのは、こいつがただのお人好しだからだ。
だから俺はこいつの「運」を利用しようと思えなかった。いや、正確には利用しようなんて一瞬でも思っちまったことに、罪悪感を抱いたから、できなかった。
「……どうしても嫌なら、会社にちゃんと言え。プライバシーの侵害だとか言ってゴネれば無理強いはできねぇだろ」
どうせ番組の制作陣の方も、断られた場合に備えて予備のネタくらい用意してるだろ。藤倉の会社も宣伝はできねぇが、不利益を被るわけでもない。
『取材に来るアイドル……名前忘れちゃったんですけど、職場にファンの人がいて。恨まれないですかね。いや、でもそれを気にしてたら断れませんもんね……』
電話の向こうからうんうんと唸る声が聞こえてくる。
会社云々に加えてそこの心配までするとか、本当にお人好しだな、こいつ。
『とりあえず、部長に相談してみます。すみません、変な相談でお時間とらせてしまって』
「気にすんな。ちょうど暇だったからな」
俺は足元に転がっている男の頭を踏む。
事務所にカチコミしてきた男。俺を狙っていたようだったが、ただの雑魚だった。
気絶させちまったせいで、誰の差し金か聞き出そうにも意識が戻るまで待つしかなかった。だから、ちょうど暇だ。
「悪いな、役に立てなくて」
『いや、三島さんは悪くないです……』
不思議とこいつに頼られるのは悪くねぇ。むしろこの件もなんとかしてやりたくはあるが、あんまりカタギに手出しするわけにもいかねぇんだよな。
足を揺らして考えていると、男が呻いた。意外と早かったな。
「また話くらいならきいてやるよ」
『ありがとうございます』
失礼しました。そう言って電話は切られた。律儀なやつだ。
「さて……」
どうするか。
足元のこいつもそうだが、あいつのことも。
取材するなと圧力をかけること自体はできるだろうが、なにより目立ちすぎるからするべきじゃねぇ。
いや、そもそもそこまでしてやる必要あるか?てか俺はどうしてここまであいつのことを考えてやってるんだろうな。
「組長、なんだったんですか。今の電話」
部下の木下が怪訝そうに尋ねてくる。
「……なんだったんだろうな」
俺は倒れている男の顔を覗き込んだ。男は薄ら目を開けると、俺の表情を見て肩を震わせる。
「俺が知りてぇよ」
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