6 / 11
若様は黙らせたい
しおりを挟む
「若~、そろそろ機嫌直してくださいよ。というかどうして不機嫌なんですか」
「うるさい。黙って運転しろ」
「会合の後くらいから俺に対してだけ当たりが強い気がするんですけど……」
運転席に座る藤沢が情けない声を出す。
俺はそれを無視して窓の外を眺めていた。
雨粒が当たって視界もよくはない。正直外なんて見ていないようなもんだが、藤沢の問いに答えるつもりはないからこれでいい。
「俺、会合で何かヘマしましたっけ?それとも黒井の組長がよりにもよって若の頭に手を置いて撫でたからか……?」
「だから黙れって言ってるだろ」
黒井組の組長には相変わらずだなとか言われて髪をグシャグシャにされた。相変わらずってのは身長か?身長の事なのか?
思い出したらムカついてきた。思い出させるな馬鹿野郎。
「え、違うんですか?だとしたら……会合で出たうなぎ嫌いだったとか?」
うなぎ。
そのたかが三文字に自分の体がぴくりと震えたのがわかった。
再度黙れと言ったが、微妙に空いた間に何か勘付きやがったらしい藤沢はわかったように口を開く。
「誰にだって好き嫌いの一つや二つありますからね。俺も蟹とか苦手ですもん。あれわざわざ剥いて食うほど美味いですかね?」
聞いてもいないのに藤沢は勝手に苦手な食い物について話し始める。別にうなぎは好きでも嫌いでもねぇし、美味いだろ蟹は。
俺がそのたかが三文字に反応したのは……言えるわけねぇだろ。そんな事でイラついている自分にムカついてんだから。
「若は普段好き嫌いしてないですから意外ですね。まあうなぎも蟹も別に食べられなかったところで生きていけますしね」
「あのな、別に好きでも嫌いでもねぇよ。いいから黙ってろ」
好き嫌いしねぇのは食べた方が栄養になると思うからだ。そろそろ成長期が来るはずなんだよ。というか来い。
「まあまあ、うなぎ嫌いが弱みになるわけでもないんですから」
だから好きでも嫌いでもないって言ってるだろ。
言い返すのも面倒だ。
藤沢はまだ勝手に喋っている。
「そうだ、実はあのうなぎ、彩葉ちゃんと静岡まで買いに行ったやつなんですよ」
さも今思い出したかのように藤沢は言う。
ちょうど信号待ちになり、驚きましたかと言わんばかりにこっちを振り向いた。
ああ驚いたよ。見事に地雷を踏み抜いてきたその度胸にな!
さすがに気付いたのか、藤沢はあからさまにマズいという顔をした。
「え、ええ?まさか若、俺と彩葉ちゃんでうなぎ買いに行ってたこと知ってて不機嫌だったんですか?」
やめろ。口に出すな。考えないようにしたいのに意味ねぇだろ!
「あれは、瀧さんがせっかくだから彩葉ちゃんも連れてけって……イテテ、運転!運転中なんで首締めんの止めてください!」
瀧は月森の家に昔からいるもう一人の家政婦だ。ちょうど自分の娘と同じくらいの歳らしく、彩葉のことを可愛がっている。
息抜きにでもと行かせたんだろう。だとしてもよりにもよってどうして藤沢と行かせたんだよ。厨房のやつらと一緒でいいじゃねぇか。
「どうして知って……あ、彩葉ちゃんにうなぎパイ貰ったんですか?夜のお菓子だから良質な睡眠で成長にもいいかなって言って買ってましたよ。それで俺と静岡までうなぎ買付けに行ったって聞いたんですか……え、貰ってない?痛っ、頸動脈狙わないでくださいっ!」
車体が揺れる。さすがにここで事故りでもしたら他の車に迷惑か。
「ゲホッ……若は、殺し屋も向いてそうですね」
藤沢は何のフォローにもならない事を言って、気を取り直したように運転を続ける。俺はそれを無視してろくに見えもしない窓の外に目をやった。これ以上この話を続けたくねぇ。
さすがに静かになったな。もう5分くらいで到着する、というところでふとよくあるビニール傘が目に入った。
「……止めろ」
「はい」
ちょうどこの道は商店街から帰る時の道でもある。
案の定、その傘の持ち主は彩葉だった。
「あ、彩葉ちゃん。この時間はお使いの帰りか。よく気付きましたねぇ。さすが若」
「さすがってどういう意味だ。まあ雨の中歩かせるのもなんだから……」
数分だが乗せてやってもいいか。彩葉は基本的に和装だから裾も濡れるだろうし。
声をかけてやろう。そう思って車のドアを開けた時だった。
「いろはねーちゃん!」
見ず知らずの小学生くらいのガキが、傘もささずに彩葉の元に駆け寄っていった。
そしてそいつは振り向いた彩葉の袖を掴む。
「あ、カワくん。どうしたの?」
「いろはねーちゃんが見えたから!この前来なかっただろ?今度いつ来るんだ?」
「ごめんね、お客様が来て忙しかったの。今度の日曜日には行けると思う」
「えー、土曜日じゃないのかー」
そいつは妙に馴れ馴れしく彩葉にくっ付いている。俺だってあれくらいやろうと思えば……いや、あんなガキみたいな事できるか。
……って、行けるってどこにだ?あいつ、土曜か日曜にそいつのところに行ってるって事か?しかも結構な回数。
「いい。先に戻る」
「え、いいんですか?仲良さそうですけど、ただの近所の子どもでしょう」
「どうでもいい。早く出せ」
元々歩いて帰るつもりだったんだろうから、わざわざ乗せてやる必要はない。それに藤沢の言う通りその辺のガキだろう。あの間にわざわざ入り込む?そんな事できるか。
……ああ、イラつく。
あのガキも彩葉にも、自分にも。
あんなに気安く話しかけて、彩葉も当たり前に名前で呼んで。
俺といる時とはまた違う表情に、心臓のあたりがざわざわして気持ちが悪かった。
「うるさい。黙って運転しろ」
「会合の後くらいから俺に対してだけ当たりが強い気がするんですけど……」
運転席に座る藤沢が情けない声を出す。
俺はそれを無視して窓の外を眺めていた。
雨粒が当たって視界もよくはない。正直外なんて見ていないようなもんだが、藤沢の問いに答えるつもりはないからこれでいい。
「俺、会合で何かヘマしましたっけ?それとも黒井の組長がよりにもよって若の頭に手を置いて撫でたからか……?」
「だから黙れって言ってるだろ」
黒井組の組長には相変わらずだなとか言われて髪をグシャグシャにされた。相変わらずってのは身長か?身長の事なのか?
思い出したらムカついてきた。思い出させるな馬鹿野郎。
「え、違うんですか?だとしたら……会合で出たうなぎ嫌いだったとか?」
うなぎ。
そのたかが三文字に自分の体がぴくりと震えたのがわかった。
再度黙れと言ったが、微妙に空いた間に何か勘付きやがったらしい藤沢はわかったように口を開く。
「誰にだって好き嫌いの一つや二つありますからね。俺も蟹とか苦手ですもん。あれわざわざ剥いて食うほど美味いですかね?」
聞いてもいないのに藤沢は勝手に苦手な食い物について話し始める。別にうなぎは好きでも嫌いでもねぇし、美味いだろ蟹は。
俺がそのたかが三文字に反応したのは……言えるわけねぇだろ。そんな事でイラついている自分にムカついてんだから。
「若は普段好き嫌いしてないですから意外ですね。まあうなぎも蟹も別に食べられなかったところで生きていけますしね」
「あのな、別に好きでも嫌いでもねぇよ。いいから黙ってろ」
好き嫌いしねぇのは食べた方が栄養になると思うからだ。そろそろ成長期が来るはずなんだよ。というか来い。
「まあまあ、うなぎ嫌いが弱みになるわけでもないんですから」
だから好きでも嫌いでもないって言ってるだろ。
言い返すのも面倒だ。
藤沢はまだ勝手に喋っている。
「そうだ、実はあのうなぎ、彩葉ちゃんと静岡まで買いに行ったやつなんですよ」
さも今思い出したかのように藤沢は言う。
ちょうど信号待ちになり、驚きましたかと言わんばかりにこっちを振り向いた。
ああ驚いたよ。見事に地雷を踏み抜いてきたその度胸にな!
さすがに気付いたのか、藤沢はあからさまにマズいという顔をした。
「え、ええ?まさか若、俺と彩葉ちゃんでうなぎ買いに行ってたこと知ってて不機嫌だったんですか?」
やめろ。口に出すな。考えないようにしたいのに意味ねぇだろ!
「あれは、瀧さんがせっかくだから彩葉ちゃんも連れてけって……イテテ、運転!運転中なんで首締めんの止めてください!」
瀧は月森の家に昔からいるもう一人の家政婦だ。ちょうど自分の娘と同じくらいの歳らしく、彩葉のことを可愛がっている。
息抜きにでもと行かせたんだろう。だとしてもよりにもよってどうして藤沢と行かせたんだよ。厨房のやつらと一緒でいいじゃねぇか。
「どうして知って……あ、彩葉ちゃんにうなぎパイ貰ったんですか?夜のお菓子だから良質な睡眠で成長にもいいかなって言って買ってましたよ。それで俺と静岡までうなぎ買付けに行ったって聞いたんですか……え、貰ってない?痛っ、頸動脈狙わないでくださいっ!」
車体が揺れる。さすがにここで事故りでもしたら他の車に迷惑か。
「ゲホッ……若は、殺し屋も向いてそうですね」
藤沢は何のフォローにもならない事を言って、気を取り直したように運転を続ける。俺はそれを無視してろくに見えもしない窓の外に目をやった。これ以上この話を続けたくねぇ。
さすがに静かになったな。もう5分くらいで到着する、というところでふとよくあるビニール傘が目に入った。
「……止めろ」
「はい」
ちょうどこの道は商店街から帰る時の道でもある。
案の定、その傘の持ち主は彩葉だった。
「あ、彩葉ちゃん。この時間はお使いの帰りか。よく気付きましたねぇ。さすが若」
「さすがってどういう意味だ。まあ雨の中歩かせるのもなんだから……」
数分だが乗せてやってもいいか。彩葉は基本的に和装だから裾も濡れるだろうし。
声をかけてやろう。そう思って車のドアを開けた時だった。
「いろはねーちゃん!」
見ず知らずの小学生くらいのガキが、傘もささずに彩葉の元に駆け寄っていった。
そしてそいつは振り向いた彩葉の袖を掴む。
「あ、カワくん。どうしたの?」
「いろはねーちゃんが見えたから!この前来なかっただろ?今度いつ来るんだ?」
「ごめんね、お客様が来て忙しかったの。今度の日曜日には行けると思う」
「えー、土曜日じゃないのかー」
そいつは妙に馴れ馴れしく彩葉にくっ付いている。俺だってあれくらいやろうと思えば……いや、あんなガキみたいな事できるか。
……って、行けるってどこにだ?あいつ、土曜か日曜にそいつのところに行ってるって事か?しかも結構な回数。
「いい。先に戻る」
「え、いいんですか?仲良さそうですけど、ただの近所の子どもでしょう」
「どうでもいい。早く出せ」
元々歩いて帰るつもりだったんだろうから、わざわざ乗せてやる必要はない。それに藤沢の言う通りその辺のガキだろう。あの間にわざわざ入り込む?そんな事できるか。
……ああ、イラつく。
あのガキも彩葉にも、自分にも。
あんなに気安く話しかけて、彩葉も当たり前に名前で呼んで。
俺といる時とはまた違う表情に、心臓のあたりがざわざわして気持ちが悪かった。
0
あなたにおすすめの小説
ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!
タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。
姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。
しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──?
全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる