若様は難しいお年頃

古亜

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若様は進めたい

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……こんなもん、何になるんだろうな。
漢字ドリルの漢字と熟語をひたすらノートに写していく。一列分書いたら横の漢字をまた一列。手が疲れてきた。
土日の宿題だから量が多い。算数の宿題は学校で終わらせたが、体育で着替えもあってさすがに全ては無理だった。
時間ねぇわけじゃないし、明日続きやるか。理科と社会もあるんだよな。
とりあえず今やってるページが終わったら考えようと思った時だった。

「失礼します。お布団の用意をさせていただきますね」

綺麗に折り畳まれたシーツ片手に彩葉がやってきた。もうそんな時間だったか。
頷くと彩葉は微笑んで後ろで布団の用意を始めた。

「明日はお早いのですよね。もうお休みになられてはいかがですか?」
「もう終わる」

別に宿題を出さなかったところで俺の将来がどうこうなるような事はない。
せめて義務教育は受けて高校は卒業しておけ、と組長であるじい様に言われてしまっている以上、従う他ないから通っているだけだ。
だが学校側からすればヤクザの孫の教育なんざしたくないだろう。ただでさえ浮いてて出席さえ若干引かれながらされてんだから、宿題忘れて名前呼ばせるなんてできるか。
てか宿題忘れて呼ばれるって、普通に恥ずかしいだろ。

「それに明日はじい様が他所に顔出すのに付いてくだけだ。俺は何もしない」

昔馴染みに会いに行くついでに孫の俺を紹介するとかなんとか言ってたな。人脈は広いに越したことはない。

「さすが若様です!人と人とのご縁は大切ですからね」

……さすが、か。
気付けば手が止まっていた。だめだ、書いて落ち着け。なんでこの漢字ドリルの中身普通の漢字なんだよ。般若心経とか、心落ち着くやつにしろ。

「そ、そういうお前はどうなんだ」
「明日ですか?明日は藤沢さんとお買い物です」

ボキっと音がして鉛筆の芯が折れた。どうやら災の字の3つ目の「く」を力強く書きすぎたらしい。
鉛筆はまだあるから後で丸くなったやつと藤沢をまとめて削るか。

「ちなみに、どこ行くんだ?」
「静岡県です。遠いので藤沢さんの車に乗せていってもらいます」

折れた鉛筆の芯が見事にくるくると回転しながら壁にぶつかった。ノートが若干凹んでいる。軟弱な紙だな。

俺がクソつまんなさそうなじい様の顔出しに付き合ってる間に藤沢の野郎、彩葉と静岡まで買い物だと?車の運転なら俺だって……免許の取得年齢引き下げられねぇかな。
というかどうしてここで静岡が出てくるんだ?
そういえば聞いたことがある。静岡土産のうなぎのパイとかいう菓子は、売り文句が夜のお菓子とか言うらしい。
じい様が『子供にゃ早い』とか言って意味深に笑っていたのを思い出す。それが思い出すとどうも腹が立つ笑い方で、何が面白いのかはわからないが、いい感じはしなかった。

「菓子か?」
「カシ……どうなんでしょうか。メインはうなぎですからね。業者の方のところに行くのは確かですが」

うなぎ、だと?
ボロッと消しゴムが折れた。さっき力を入れすぎたからなかなか消えなくてゴシゴシ擦ってたんだが、脆いやつだな。

「明日の夜に必要ですから」
「夜!?」
「若様も召し上がりますよね?」

彩葉は小首を傾げて俺を見る。
かわい……じゃねぇ、どういうことだ?
俺も食うのか?その夜のお菓子とやらを。洋酒か何かを使ってて子供には早いからそんな名前なんじゃねぇのか?
とりあえずうなぎといえばスタミナだが、夜にスタミナ付けてどうすんだ?しかもそれを藤沢と?
……てか、明日の夜って黒井組との会合がウチであるよな。そんなとこに出すのか?夜のお菓子を?
そもそもうなぎのパイってどんなだ?

「では若様、宿題も大切ですが程々になさってくださいね。寝る子は育つんですから」

自分も明日の朝早いので、と彩葉はさっさと布団の用意を終えて部屋を出ていった。引き止める間もなく、俺は折れた消しゴム片手にしばらく固まっていた。
一旦落ち着こうと漢字ドリルに戻ったが、2文字目で3本目の鉛筆が折れてしまう。

「……寝るか」

たぶん疲れてるんだろう。
何を買いに行くにせよ、彩葉はじい様あたりに言われて買いに行くだけだ。俺が気にすることじゃねぇ。
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