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若様は呼び止めたい
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「では、夕食の用意までには戻ります」
「ゆっくり息抜きしてちょうだいね。ああそうだ、帰りに布巾を買ってきてくれるかしら。そろそろ取り替えたいの」
朝の仕事を終えた彩葉はそれから休憩を取ってどこかに出掛けようとしている。
それを見送っている古参の家政婦、瀧は彩葉に布巾代らしい小銭と小遣いを握らせていた。
「こんなに……ありがとうございます!行ってきます!」
元気よく返事をした彩葉は瀧に手を振りながら扉を開けて出ていった。
扉が閉まったのを確認した瀧は自分の仕事に戻るのか……と思いきや、くるりと振り返って俺の方を見る。
「若様、そんなところにいらっしゃらずともよいではありませんか」
廊下の角から覗いていたことに気付いていたらしい。瀧はいつもの朗らかな笑みを浮かべながら手にしていた財布をしまう。
この表情がどうにも苦手だった。全て見透かした上で、楽しんでいるように見えるからだ。
「これからお出かけですか?」
「そ、そうだ。今日は特にすることもないからな」
「お一人で?誰か……倅でもお供に付けさせましょうか?」
一人で近所も歩けなくてどうする。それにこの辺りではそこそこ有名なヤクザとはいえ、所詮片田舎を牛耳ってるだけだ。警戒するだけ無駄だろう。
……ちなみに瀧の倅というのは沢田だ。てきぱきと働く瀧とは対照的にどこか抜けている。勤勉なところはもう少し似てほしかった。
「別にいらない」
瀧はそうですかと言うと、何か思い付いたのか悪戯っぽい表情を浮かべた。なんとなく妙な予感がした。
「ああ、すっかり忘れていたわ。蚊取り線香を切らしていたんだった。ついでにあの子にお願いすればよかったわねぇ」
今から追いかければ間に合うかしらと、瀧はちらりと玄関の方に目をやる。その目は何かを期待していた。
……だから苦手なんだよ。
「出かけるついでに伝えといてやる」
瀧にはまだ仕事が残っているだろうし、どうせ出かけるのならこの方が手間が少ない。
そういう判断をした……いや、させられた。
「本当ですか?こんな歳にもなってくるとあの子みたいな若い子を追いかけるのは難しくって」
「急ぎなら早い方がいいだろ。瀧は仕事してろ」
「はい若様。ありがとうございます」
始めからこうなることがわかっていたように礼を言うと、瀧は玄関の扉を開けた。
靴を履いて外を見ると、彩葉のものらしき和服の裾がひらりと門の角に消えていったのが見えた。
「あの子なら南通りの方に向かったと思いますよ」
扉が閉まる直前に、後ろからそんな声が聞こえてきた。
瀧はあの笑みを浮かべているんだろう。思い通りに動いているようなのは気に入らないが、それよりも彩葉を見失う方が嫌だった。
「ゆっくり息抜きしてちょうだいね。ああそうだ、帰りに布巾を買ってきてくれるかしら。そろそろ取り替えたいの」
朝の仕事を終えた彩葉はそれから休憩を取ってどこかに出掛けようとしている。
それを見送っている古参の家政婦、瀧は彩葉に布巾代らしい小銭と小遣いを握らせていた。
「こんなに……ありがとうございます!行ってきます!」
元気よく返事をした彩葉は瀧に手を振りながら扉を開けて出ていった。
扉が閉まったのを確認した瀧は自分の仕事に戻るのか……と思いきや、くるりと振り返って俺の方を見る。
「若様、そんなところにいらっしゃらずともよいではありませんか」
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……ちなみに瀧の倅というのは沢田だ。てきぱきと働く瀧とは対照的にどこか抜けている。勤勉なところはもう少し似てほしかった。
「別にいらない」
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「ああ、すっかり忘れていたわ。蚊取り線香を切らしていたんだった。ついでにあの子にお願いすればよかったわねぇ」
今から追いかければ間に合うかしらと、瀧はちらりと玄関の方に目をやる。その目は何かを期待していた。
……だから苦手なんだよ。
「出かけるついでに伝えといてやる」
瀧にはまだ仕事が残っているだろうし、どうせ出かけるのならこの方が手間が少ない。
そういう判断をした……いや、させられた。
「本当ですか?こんな歳にもなってくるとあの子みたいな若い子を追いかけるのは難しくって」
「急ぎなら早い方がいいだろ。瀧は仕事してろ」
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瀧はあの笑みを浮かべているんだろう。思い通りに動いているようなのは気に入らないが、それよりも彩葉を見失う方が嫌だった。
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