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第5章 宇都宮の陰謀 編
第54話 植木家、襲撃
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翌朝、賊を取り逃がしたという報告を受けて、正純は、その表情を歪ませる。
事を成す前に露見しては、元も子もなくなるのだ。
「何かの情報を掴まれたかもしれん。福が訪れたという植木家を探らせろ」
「捕縛吏を送りますか?」
息子、正勝の問いに考えた後、正純は首を振る。
今、派手に動けば、それを理由に家光が宇都宮城に来るのを取りやめる可能性があった。
「いつもの裏の者を使え」
「承知いたしました」
裏の者とは、裏柳生の人間のことである。数年前、東慶寺付近で家光を襲った時と同様、正純は何人かの裏柳生の者を、常に囲っていたのだ。
それらの者を使って、正勝は植木家の襲撃を手配する。
そんな悪事を予想してか、その頃、植木家には甲斐姫と天秀も厄介になっていた。ついでに言うと、家光の兵法指南役となった柳生宗矩の紹介で、柳生の庄から三名ほどの剣士が派遣されている。
植木家を巻き込んでしまった以上、何か起きたときに警護するため、また、警護対象を一箇所にまとめておくという福のとりなしだった。
まぁ、この場合、甲斐姫は警護対象ではなく主戦力と数えられていたが・・・
悪い予感は常に当たるもの。
植木家で天秀たちが厄介になった夜、皆が寝静まった頃を見計らって、ならず者たちの襲撃を受けるのだった。
妙な気配を察知した甲斐姫は、こういった襲撃に備え、手筈通りに家長の藤右衛門を叩き起こすと、家人含めて安全な土蔵の中へと避難させる。
当然、その中にはお稲も含まれた。
荒々しく、屋敷内をうろつく襲撃者に甲斐姫は対峙し、その目的を確認する。
「お主らの狙いは何じゃ?」
「昨日、宇都宮城に忍びこんだ賊を差出せ。何かの情報を持ち帰ったのであろう?」
言われてみると瓢太の姿をまだ見ていなかった。わざわざ、襲ってくるということは、悪事に関わる機密が漏れたと感じたのだろう。
もしかすると、工事の絵図を手に入れたのかもしれないと甲斐姫は考えた。
それにしても、これでは正純が手配したと言っているようなものである。
少しは包み隠せばいいものを・・・
いや、これだけ、はっきり話すと言うことは、望んだものを渡したとしても生かしておく気はないということか。
甲斐姫は面白いと奮い立つ。
この甲斐姫の命、奪えるものなら奪ってみよといったところだ。
あくまで反抗しようとする甲斐姫を見て、裏柳生の者は、最後に一人だけを生かして、その者から聞き出そうと腹積もる。
しかし、ここに柳生の剣士がいたのは計算外。
宗矩が警護として派遣するだけあって、かなり腕が立った。
そこかしこで戦闘が行われており、数では、裏柳生の者たちが圧倒するも、この場を制圧するには至らない。
そこで、狙われたのは天秀だった。
甲斐姫の元で修業して七年ほど経ち、一人前になりつつあるが、命のやり取りしてきた裏柳生の者たち相手では、少々、分が悪い。
「この場は致し方ない。戒律は気にせず、その刃を抜け」
甲斐姫が短刀を包みから出さない天秀に向かって叫んだ。たださえ実力差があるのに、抜き身を持たぬとなれば、相手は存分に力を発揮するというもの。
だが、天秀は、その言葉に従わない。
戒律を破る事、即ち自身の死だと決めているのだ。
「ちっ、剛情な奴め」
甲斐姫が何とか、救援に向かおうとした時、激しく障子を破って登場した男がいた。
「がははは。道に迷って、遅れてしまったわ」
その男は現れるなり、両手に剣を持ち、裏柳生相手に立ちまわる。
何者か分からないが、とりあえず味方だということだけは分かった。
その剣技を見ていた天秀が、思わず唸る。
「二刀流?」
「いかにも俺は宮本武蔵さまの養子、宮本三木之介。千姫さまの命を受けて、助太刀に参った」
三木之介は、武蔵の推挙により千姫の夫、本多忠刻の小姓として仕えている剣士。千姫は甲斐姫に宇都宮の件を頼んだ際、万が一に備えて、この助っ人を手配していたのだ。
天秀は、遠く播磨にいる義母に感謝する。
この強力な助太刀の登場で、形勢は一気に傾いた。
夜が明ける前には決着がつく。勿論、甲斐姫たちの圧勝である。
「毎度の裏柳生じゃが、前回より質が下がったのではないか」
今回、奇襲を受けたにも関わらず、怪我人も出なかったことから、そう勝ち誇るが、三木之介がいなかったら、危なかったかもしれない。
背中に大きく九曜巴紋があしらわれている着物をまとう、この青年に天秀は改めて感謝した。
「何の課せられた役目をこなしたまで。それより、賊を討ち倒した以上、ここからは反撃を行う番では?」
「ほう。おぬしイケる口じゃのう。妾もそう思っておった。瓢太の戻り次第、福に連絡をとって、宇都宮城に乗り込む」
ここで、天秀たちが襲われたということは、もしかしたら、城で働く与五郎たちの身にも危険が迫っているのかもしれない。
甲斐姫の判断には天秀も頷くところだった。
安全を確認したため、お稲たちを土蔵から呼び戻す。
そして、宇都宮城に向かうことを告げた。
「与五郎さんをよろしくお願いいたします」
そう頼んだ瞬間、お稲が倒れそうになる。寸前で甲斐姫が支えるのだが、その体を抱いて違和感を覚えた。
お稲の耳元、小さな声で確認する。
「む。・・・もしや、ややこを孕んでおるのかえ?」
お稲は、小さく頷いた。当然、父親である藤右衛門には、まだ、内緒の話なのだろう。
「父親は、与五郎かえ?」
「はい」
念のための質問に、当然の回答だった。
とにかく今は、騒ぎ立てる場合ではないと考えた甲斐姫は、「必ず、与五郎を救うゆえ、安心せい」と、お稲を勇気づける。
お稲は、甲斐姫の手を強く握りしめて、達成を懇願した。
これで、与五郎を必ず助けなければならない。その理由が増えるのだった。
事を成す前に露見しては、元も子もなくなるのだ。
「何かの情報を掴まれたかもしれん。福が訪れたという植木家を探らせろ」
「捕縛吏を送りますか?」
息子、正勝の問いに考えた後、正純は首を振る。
今、派手に動けば、それを理由に家光が宇都宮城に来るのを取りやめる可能性があった。
「いつもの裏の者を使え」
「承知いたしました」
裏の者とは、裏柳生の人間のことである。数年前、東慶寺付近で家光を襲った時と同様、正純は何人かの裏柳生の者を、常に囲っていたのだ。
それらの者を使って、正勝は植木家の襲撃を手配する。
そんな悪事を予想してか、その頃、植木家には甲斐姫と天秀も厄介になっていた。ついでに言うと、家光の兵法指南役となった柳生宗矩の紹介で、柳生の庄から三名ほどの剣士が派遣されている。
植木家を巻き込んでしまった以上、何か起きたときに警護するため、また、警護対象を一箇所にまとめておくという福のとりなしだった。
まぁ、この場合、甲斐姫は警護対象ではなく主戦力と数えられていたが・・・
悪い予感は常に当たるもの。
植木家で天秀たちが厄介になった夜、皆が寝静まった頃を見計らって、ならず者たちの襲撃を受けるのだった。
妙な気配を察知した甲斐姫は、こういった襲撃に備え、手筈通りに家長の藤右衛門を叩き起こすと、家人含めて安全な土蔵の中へと避難させる。
当然、その中にはお稲も含まれた。
荒々しく、屋敷内をうろつく襲撃者に甲斐姫は対峙し、その目的を確認する。
「お主らの狙いは何じゃ?」
「昨日、宇都宮城に忍びこんだ賊を差出せ。何かの情報を持ち帰ったのであろう?」
言われてみると瓢太の姿をまだ見ていなかった。わざわざ、襲ってくるということは、悪事に関わる機密が漏れたと感じたのだろう。
もしかすると、工事の絵図を手に入れたのかもしれないと甲斐姫は考えた。
それにしても、これでは正純が手配したと言っているようなものである。
少しは包み隠せばいいものを・・・
いや、これだけ、はっきり話すと言うことは、望んだものを渡したとしても生かしておく気はないということか。
甲斐姫は面白いと奮い立つ。
この甲斐姫の命、奪えるものなら奪ってみよといったところだ。
あくまで反抗しようとする甲斐姫を見て、裏柳生の者は、最後に一人だけを生かして、その者から聞き出そうと腹積もる。
しかし、ここに柳生の剣士がいたのは計算外。
宗矩が警護として派遣するだけあって、かなり腕が立った。
そこかしこで戦闘が行われており、数では、裏柳生の者たちが圧倒するも、この場を制圧するには至らない。
そこで、狙われたのは天秀だった。
甲斐姫の元で修業して七年ほど経ち、一人前になりつつあるが、命のやり取りしてきた裏柳生の者たち相手では、少々、分が悪い。
「この場は致し方ない。戒律は気にせず、その刃を抜け」
甲斐姫が短刀を包みから出さない天秀に向かって叫んだ。たださえ実力差があるのに、抜き身を持たぬとなれば、相手は存分に力を発揮するというもの。
だが、天秀は、その言葉に従わない。
戒律を破る事、即ち自身の死だと決めているのだ。
「ちっ、剛情な奴め」
甲斐姫が何とか、救援に向かおうとした時、激しく障子を破って登場した男がいた。
「がははは。道に迷って、遅れてしまったわ」
その男は現れるなり、両手に剣を持ち、裏柳生相手に立ちまわる。
何者か分からないが、とりあえず味方だということだけは分かった。
その剣技を見ていた天秀が、思わず唸る。
「二刀流?」
「いかにも俺は宮本武蔵さまの養子、宮本三木之介。千姫さまの命を受けて、助太刀に参った」
三木之介は、武蔵の推挙により千姫の夫、本多忠刻の小姓として仕えている剣士。千姫は甲斐姫に宇都宮の件を頼んだ際、万が一に備えて、この助っ人を手配していたのだ。
天秀は、遠く播磨にいる義母に感謝する。
この強力な助太刀の登場で、形勢は一気に傾いた。
夜が明ける前には決着がつく。勿論、甲斐姫たちの圧勝である。
「毎度の裏柳生じゃが、前回より質が下がったのではないか」
今回、奇襲を受けたにも関わらず、怪我人も出なかったことから、そう勝ち誇るが、三木之介がいなかったら、危なかったかもしれない。
背中に大きく九曜巴紋があしらわれている着物をまとう、この青年に天秀は改めて感謝した。
「何の課せられた役目をこなしたまで。それより、賊を討ち倒した以上、ここからは反撃を行う番では?」
「ほう。おぬしイケる口じゃのう。妾もそう思っておった。瓢太の戻り次第、福に連絡をとって、宇都宮城に乗り込む」
ここで、天秀たちが襲われたということは、もしかしたら、城で働く与五郎たちの身にも危険が迫っているのかもしれない。
甲斐姫の判断には天秀も頷くところだった。
安全を確認したため、お稲たちを土蔵から呼び戻す。
そして、宇都宮城に向かうことを告げた。
「与五郎さんをよろしくお願いいたします」
そう頼んだ瞬間、お稲が倒れそうになる。寸前で甲斐姫が支えるのだが、その体を抱いて違和感を覚えた。
お稲の耳元、小さな声で確認する。
「む。・・・もしや、ややこを孕んでおるのかえ?」
お稲は、小さく頷いた。当然、父親である藤右衛門には、まだ、内緒の話なのだろう。
「父親は、与五郎かえ?」
「はい」
念のための質問に、当然の回答だった。
とにかく今は、騒ぎ立てる場合ではないと考えた甲斐姫は、「必ず、与五郎を救うゆえ、安心せい」と、お稲を勇気づける。
お稲は、甲斐姫の手を強く握りしめて、達成を懇願した。
これで、与五郎を必ず助けなければならない。その理由が増えるのだった。
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