【完結】二つに一つ。 ~豊臣家最後の姫君

おーぷにんぐ☆あうと

文字の大きさ
103 / 134
第8章 兄弟の絆 編

第102話 人の生き様

しおりを挟む
柏屋の中、診察する藤次は沈んだ表情を浮かべた。だが、綾の視線に気づくとすぐに笑顔を向ける。
医者として、顔に現れるのは褒められた話ではないが、藤次には抑えることが出来なかったのだ。

その笑顔も長い付き合いの綾には、空元気と見抜かれる。
『正直な人・・・』
綾は、自身が倒れたことも踏まえ、いよいよその日が近いのだと覚悟を決めるのだった。

「気分は、どうだい?」
「今は、大丈夫かな・・・」

それ以上、会話が続かないのは、藤次が綾にどう説明すべきか、言葉を選んでいる証拠。
自分のせいで、優しい藤次の心を苦しめるのは、忍びない。
綾は、ことさら明るく昔話を始めた。

「ねぇ、どうして、私のお父さんが、あなたを正式に養子にしなかったのか、理由を知っている?」
「それは・・・」

綾の父から、直接、聞いたわけではないが、その件は藤次も、うすうす勘付いている。

それは、将来、綾と藤次を結婚させることを想定していたためだ。
養子縁組をすれば、綾とは兄妹となり、婚姻が難しくなるのである。

だが、実際は、綾の父が望む展開とはならない。藤次の兄である松吉と綾は結ばれるのだ。

口籠る藤次を見て、綾が笑う。
「お父さんも馬鹿ねぇ。養子にしなくても、兄妹のように育てられたら、同じことだわ」

まさしく、綾の言う通りで、二人はあまりに近くにいすぎたため、恋愛感情を抱くまでには至らなかった。
藤次にとって、綾はどこまでいっても妹であり、永遠の愛を誓い合う女性ではない。

綾が藤次のことを兄と思っているのか?もしかしたら、弟と見ているのかもしれないが、いずれにせよ、お互い兄妹の域から脱するものではないのだ。

実際、兄の松吉と綾が結婚すると聞いたとき、藤次は心から祝福したのである。

「・・・もし、私たちが、違う出会い方をしていたら、どうなっていたと思う?」
「そんなこと、考えたこともないよ」

綾の質問に藤次が答えたところ、柏屋の外から、綾を呼ばわる声が聞こえた。
その非常に大きな声は、松吉に間違いない。

「綾、聞こえるか?私は、絶対に盛田屋を潰さない。必ず、元の活気あふれる商家に戻すと誓う。だから、安心して養生してくれ」

松吉の声は届いているはずだが、柏屋からは何の反応もなかった。
それでも、松吉は、十分満足する。
自分が伝えたかったことは、言い切ったからだ。

「中に入らないのですか?」

追ってきた天秀尼の問いに、松吉は頭を振る。
「綾の顔を見れば、もしかしたら決心が鈍るかもしれません」
「・・・そうですか」

天秀尼は残念がるが、松吉の顔は実に晴れやか、迷いはないようだった。
最後に、もう一度、柏屋の方に向き直すと、「藤次、綾のことを頼むぞ」
そう言い残して、去って行く。

その時、柏屋の中では、横になっている綾の目じりから、一筋の涙がこぼれていた。

「あの人も、とんでもない性悪女に捕まってしまったものね」
「いや、兄さんの見る目は正しかったよ」

兄から託された藤次だが、正直、治療すべきことは何もない。
今は落ち着いているが、綾の症状は、それほどに悪いのだ。

「・・・少し、眠っていいかしら?」
「いいよ。傍にいてあげるから」

その言葉に口元を綻ばせると、綾は静かに目を閉じる。
藤次は、綾の手を握りしめて、下唇を噛んだ。
そうしないと、大きな声を出してしまいそうな衝動にかられるのである。

綾の質問。
もし、違う出会い方をしていたら・・・

それでも、藤次は今と同じ関係を望んだだろう。
何故なら、夫であったら、綾の死に目に立ち合うことができなかったからだ。

やはり、最後まで一緒にいられる兄妹がいい。
頬を涙で濡らしながら、藤次は、そう思うのだった。


綾が亡くなり、その葬儀の喪主は松吉が務める。
離縁が成立していないということもあったが、それよりも松吉自身が、綾を天国に送り出したいと思った感情の方が大きかったようだ。

当然、家の者からは反対の声も上がるが、松吉は頭を下げて納得させたのである。
その話を聞いた天秀尼は、松吉の懐の大きさに感銘を受けた。
お焼香をあげ終わると、その喪主と挨拶を交わす。

「大変、立派なお葬式ですね」
「天下の盛田屋の女将、私の妻の葬儀です。当然ですよ」

綾のことを、自然と妻と呼ぶ松吉の姿に違和感はない。
何かを大きな壁を乗り越えた商家の主人。何故か、天秀尼は盛田屋の安泰を確信するのだ。

「兄さん、お勤めご苦労さま」
「私が綾にしてやれる最後の仕事さ」

兄弟が歩み寄ると、兄が弟に頭を下げる。
以前の暴行の件を謝罪した。思い起こせば、だいぶ昔の気がするが、一週間ほどしか経っていない。

「いや勘違いから始まったこと。上手く説明できなかった、僕も悪いよ」

当初から、藤次はそう言って、松吉を庇っていた。この弟も、人であると天秀尼は思う。
この兄弟、今回の件を経て、より一層、絆が深まったのではないかと感じた。

その間を取り持っているのが、亡くなった綾の存在である。
東慶寺内において、綾の常識破りの行動を思い出して、天秀尼は苦笑いを浮かべた。

破天荒に見えた彼女だが、こうして死した後も人に影響を与えている。それは、彼女が生前、精一杯、生き抜いた証なのだろうと思う。
天秀尼が彼女のようになるのは、逆立ちをしても到底、無理。

だが、生き様だけは、真似することが出来るはず。
自身に与えた使命、目指す道と誠心誠意、向き合い、今を真剣に生きる。天秀尼は、そう、誓うのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】

里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

処理中です...