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最終章 会津騒動 編
第132話 希望の光
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江戸城、大広間にて家光をはじめ、居並ぶ幕府の重臣たちから、厳しい視線を受ける明成。
自分が責められていることは分かるも、何が悪かったのかだけが、さっぱり分からない。
東慶寺に兵を入れた件は、罪人である主水の妻の引き渡しに応じない、あの寺が悪いのだ。
どう間違って伝わったのか分からないが、身の潔白を早く証明しなければならないと考える。
そこで明成は、東慶寺の方に非があるという主張を展開するのだった。
「堀主水は我が藩にとって大逆人。その妻の引き渡しを拒否するは不当でございます。それ故、多少、力を行使したまでです」
「なぜ妻の身が必要なのだ?」
「それは当然、連座、家族ですから縁座の考えに基づいたものでございます」
自信を持って言い放つ明成だが、幕閣たちからは呆れたような溜息が漏れる。
そもそもの根幹の部分で、明成は間違っているのだ。
「連座とは、罪人に適用される制度だと思うが?」
「勿論、主水は・・・」
そこまで言って、明成はハッと気がつく。自身で斬首にしたため、公にも罪人という扱いだと思い込んでいたが、幕府が命じたのは家臣としての落ち度による切腹だった。
主水の出奔から、死を賜るまでに期間が空きすぎた結果、明成の中で記憶がすり替わってしまったのである。
当時、死人に口なしと嘯いていたものの、自ら、暴露する愚を犯すとは失態以上の何ものでもなかった。
「・・・これは、私の勇み足でございました・・・」
「高くついた勇み足だな」
明成は冷や汗が止まらなくなる。幕府の老中以上が、全員揃っていることの重要性から、途方もない沙汰が下されるような気がしたのだ。
「余も鬼ではない。加藤家を救う方法を一つ、伝授しよう」
「何でございましょう。どのような事でもいたしまする」
藁でもつかむ思いで、家光の言葉にすがる。明成は生きた心地がしなかった。
「それは、お主は引退し領地を返上せよ。そうすれば改易ではなく国替えに留めておいてやる」
「そ、それだけは、どうかご容赦下さいませ」
平伏して再考を求める明成だが、家光の中で会津藩を加藤家に任せることは出来ないという結論だけは変わらない。
転封が気にくわないのであれば、改易処分にするまでだ。温情を見せるにも限度というものがある。
緊張と重圧に耐えられなくなった明成は、もはや無理と諦めた。その場で隠居を宣言するのだった。
「これが余から、お主への最後の言葉だ。東慶寺の寺法は、徳川家の祖、大権現さまの御声掛かり。つまり、徳川の世にあって、覆すこと侵すことはできぬ法と思い知るがいい」
「・・・心に刻みました。以降、子から末孫に至るまで、忘れることなく伝えていくことを誓います」
家光が話したのは、例え、連座が適用される状況だろうと、東慶寺に入れば夫の罪を妻まで請求することはできないという意味だ。
尼寺と侮り、軽く見積もった、己の不明を明成は恥じる。
その後、加藤家では、明成の正式な隠居が表明され、家督を子の明友に譲った。明友は、石見国吉永藩、一万石に封じられ、そこから加藤家の家名再興を誓った。
また、お葉と千代の身柄は、無事に東慶寺へと戻される。
「天秀尼さま、この度は本当にありがとうございました。・・・正直、捕まった時は、もう完全に諦めていたのですが、このような事が起きるなんて、夢のようでございます」
「これも全て、公方さまの御威光と英断のおかげ、私のした事は取るに足らない事です」
天秀尼は、そう言って謙遜するが、会津藩四十万石を相手に一歩も退かず、捕らえられた女性を救い出すなど、誰にでもできることではない。
お葉は奇跡を体感した思いだった。
「・・・あの、最後まで、抗って下さった尼僧さまは、どうなりましたか?」
「白閏尼でしたら、順調に回復しておりますよ。ご心配いただき、ありがとうございます」
その言葉を聞いて、お葉はホッとする。拉致されて以来、その件が頭の隅でずっと引っかかっていたのだ。
「これから、どうなさるおつもりですか?」
「会津の実家に戻り、夫の供養に務めたいと思います」
会津はこれから藩主も変わることだろう。新しく生活を始めるには、丁度いいかもしれない。
主水の供養と聞いて、天秀尼は木で彫られた仏像を一体用意した。
「それでは、こちらの阿弥陀如来さまを差し上げます。堀さまの供養、日々の生活のことなど、迷いが生じましたら、ぜひ御祈りを捧げて下さい」
「何から何まで、本当にありがとうございました」
天秀尼は、お礼を言うお葉と千代を山門まで見送る。山を下りる途中、二人は何度も振り返っては、お辞儀を繰り返すのだった。
その後、お葉は弟である黒川貞得の元で、生涯を過ごす。
天秀尼から授かった仏像を心の支えとして、肌身離さず持ち運び、余生を過ごしたという。
この一連の会津騒動が世間に広まると、東慶寺の名声はますます高くなった。
それと同時に、東慶寺であれば必ず救ってくれる。
世の中、理不尽に虐げられる女性にとっては、希望の光として、燦然と輝くのだった。
自分が責められていることは分かるも、何が悪かったのかだけが、さっぱり分からない。
東慶寺に兵を入れた件は、罪人である主水の妻の引き渡しに応じない、あの寺が悪いのだ。
どう間違って伝わったのか分からないが、身の潔白を早く証明しなければならないと考える。
そこで明成は、東慶寺の方に非があるという主張を展開するのだった。
「堀主水は我が藩にとって大逆人。その妻の引き渡しを拒否するは不当でございます。それ故、多少、力を行使したまでです」
「なぜ妻の身が必要なのだ?」
「それは当然、連座、家族ですから縁座の考えに基づいたものでございます」
自信を持って言い放つ明成だが、幕閣たちからは呆れたような溜息が漏れる。
そもそもの根幹の部分で、明成は間違っているのだ。
「連座とは、罪人に適用される制度だと思うが?」
「勿論、主水は・・・」
そこまで言って、明成はハッと気がつく。自身で斬首にしたため、公にも罪人という扱いだと思い込んでいたが、幕府が命じたのは家臣としての落ち度による切腹だった。
主水の出奔から、死を賜るまでに期間が空きすぎた結果、明成の中で記憶がすり替わってしまったのである。
当時、死人に口なしと嘯いていたものの、自ら、暴露する愚を犯すとは失態以上の何ものでもなかった。
「・・・これは、私の勇み足でございました・・・」
「高くついた勇み足だな」
明成は冷や汗が止まらなくなる。幕府の老中以上が、全員揃っていることの重要性から、途方もない沙汰が下されるような気がしたのだ。
「余も鬼ではない。加藤家を救う方法を一つ、伝授しよう」
「何でございましょう。どのような事でもいたしまする」
藁でもつかむ思いで、家光の言葉にすがる。明成は生きた心地がしなかった。
「それは、お主は引退し領地を返上せよ。そうすれば改易ではなく国替えに留めておいてやる」
「そ、それだけは、どうかご容赦下さいませ」
平伏して再考を求める明成だが、家光の中で会津藩を加藤家に任せることは出来ないという結論だけは変わらない。
転封が気にくわないのであれば、改易処分にするまでだ。温情を見せるにも限度というものがある。
緊張と重圧に耐えられなくなった明成は、もはや無理と諦めた。その場で隠居を宣言するのだった。
「これが余から、お主への最後の言葉だ。東慶寺の寺法は、徳川家の祖、大権現さまの御声掛かり。つまり、徳川の世にあって、覆すこと侵すことはできぬ法と思い知るがいい」
「・・・心に刻みました。以降、子から末孫に至るまで、忘れることなく伝えていくことを誓います」
家光が話したのは、例え、連座が適用される状況だろうと、東慶寺に入れば夫の罪を妻まで請求することはできないという意味だ。
尼寺と侮り、軽く見積もった、己の不明を明成は恥じる。
その後、加藤家では、明成の正式な隠居が表明され、家督を子の明友に譲った。明友は、石見国吉永藩、一万石に封じられ、そこから加藤家の家名再興を誓った。
また、お葉と千代の身柄は、無事に東慶寺へと戻される。
「天秀尼さま、この度は本当にありがとうございました。・・・正直、捕まった時は、もう完全に諦めていたのですが、このような事が起きるなんて、夢のようでございます」
「これも全て、公方さまの御威光と英断のおかげ、私のした事は取るに足らない事です」
天秀尼は、そう言って謙遜するが、会津藩四十万石を相手に一歩も退かず、捕らえられた女性を救い出すなど、誰にでもできることではない。
お葉は奇跡を体感した思いだった。
「・・・あの、最後まで、抗って下さった尼僧さまは、どうなりましたか?」
「白閏尼でしたら、順調に回復しておりますよ。ご心配いただき、ありがとうございます」
その言葉を聞いて、お葉はホッとする。拉致されて以来、その件が頭の隅でずっと引っかかっていたのだ。
「これから、どうなさるおつもりですか?」
「会津の実家に戻り、夫の供養に務めたいと思います」
会津はこれから藩主も変わることだろう。新しく生活を始めるには、丁度いいかもしれない。
主水の供養と聞いて、天秀尼は木で彫られた仏像を一体用意した。
「それでは、こちらの阿弥陀如来さまを差し上げます。堀さまの供養、日々の生活のことなど、迷いが生じましたら、ぜひ御祈りを捧げて下さい」
「何から何まで、本当にありがとうございました」
天秀尼は、お礼を言うお葉と千代を山門まで見送る。山を下りる途中、二人は何度も振り返っては、お辞儀を繰り返すのだった。
その後、お葉は弟である黒川貞得の元で、生涯を過ごす。
天秀尼から授かった仏像を心の支えとして、肌身離さず持ち運び、余生を過ごしたという。
この一連の会津騒動が世間に広まると、東慶寺の名声はますます高くなった。
それと同時に、東慶寺であれば必ず救ってくれる。
世の中、理不尽に虐げられる女性にとっては、希望の光として、燦然と輝くのだった。
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