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第六章 新興宗教団体サバト

第20話 華月町の片隅で

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「月島さんが監禁されて危険な状態だと僕にメールをくれたのは、静江さんですよね」

 小野瀬の突然の言葉に楓は驚く。しかし、静江は楓ほど驚いたようには見えない。
「『月島楓が最後の生贄。夜明けと共に魔女の家が焼かれるだろう』これは犯人からの殺害予告かと思っていました。しかし考えてみれば、わざわざ犯人が僕にそんなメールを送る必要はありません」
 静江は黙ったままだ。

「つまり、このメールは月島さんを救って欲しいという、願いのメールだったんじゃないかと思うんです。先ほど月島さんから拉致されるまでの経緯を聞きました。月島さんがこの町にいることを知っている人は限られています。その中で助けを求めることができる人は、静江さんしかいません」

 思えば、静江を除けば、老警官以外と楓は会っていない。
「もちろん、偶然見かけたということもあり得ますが、僕の会社の連絡先を知っているのは、名刺を渡した静江さんか、ホープのマスターくらいです。時間的に、ホープはまだ閉店したばかりで片付けをしていた頃でしょうから、店から離れた場所で月島さんを見かける可能性は薄いでしょう」
 静江は否定もせず、じっと小野瀬を見ながら話を聞いている。

「あの河本という警官の言葉がずっと気になっていました。彼は『信仰なんてねえよ』と言っていました。以前聞いた話であれば、サバトはワルプルガという聖人を信仰しているのだと。そこで僕は一つの推測をしました。この事件の犯人はサバトの信者ではない、と」
「サバトの信者じゃない? どういうことですか」
 楓は思わず口を挟んだ。
「河本は魔女の存在を恐れていました。この町で魔女の存在を恐れるとしたら、サバトではなく魔女の呪いに苦しめられたという町の人たちなのではないかと」
 小野瀬が続ける。
「更に、僕らが河本に襲われた時、彼を後ろから殴った人物は誰か。その人物はマントと仮面を着けていました。河本がサバトでないならば、その人物こそが本当のサバトの信者だった。それも静江さん、あなただったのではないですか」

 静江がサバトの信者? 楓の頭は混乱するばかりだった。
「なぜそう思ったの?」
 静江が試すように訊く。
「僕と月島さんをあの場から助けてくれたのなら、倒れていた警官に気付かないはずがありません。あなたはその事には一切触れなかった。つまり、静江さんは警官が僕らを襲っていたことを知っていた。
 だから、あの場に殴ったまま置き去りにしたんです。それに、そもそも特別な理由がなければ、警察へ連絡して僕らを病院に連れて行きますよね。静江さんはあえてそうしなかった。僕らを匿ってくれたということですか」
 小野瀬の言葉を受けて、静江は笑い始めた。

「ずっと崇彦のことを幼い弟みたいに思ってたけど、あなたも成長したんだね。そうよ、私はサバトのメンバーの一人、いやサバトの代表、アルダよ」
 静江は楓たちに笑顔を向けた。
 静江がサバト、しかも代表?
 それまでも小野瀬の言葉に混乱していたのに、楓の頭はいよいよ飽和して破裂しそうになった。
 小野瀬もまさか代表だったとは思っていないようで、静江の言葉に戸惑っているようだ。

「なぜ、僕にメールを?」
「うちの団体にはイリスとノックスっていうメンバーがいるの。二人は本業が忙しくて手が離せない状態で不在だった。動けたのは私だけ、けど女一人じゃ複数人の相手にできることは限られてしまう。まだ夜明けまで時間があったから、崇彦を呼ぶことにしたの。私には、信頼できる人が、それくらいいなかった」
「なぜ夜明けだと判ったんですか」
「彼らが、先代と同じ生贄の儀式をしていたから。彼らにとって先代の行いは成功体験なの。だから、なるべく時間や場所を同じになるように意識していた。だから、夜明けのあの場所とわかった。尤も、彼らが混乱して時間を早めてしまったけど」

「隠されてきた儀式なのに、なぜそれを知ってたんですか?」
 楓も小野瀬と同じ疑問を抱いた。
「ある人から聞いたの。その人からの情報で、滝とあの魔女の家の場所、儀式の内容だけは知っていた」
 儀式の内容を知っていた人物がいるのか?
「あなたたちを巻き込んでしまった責任が、私たちにはある。だから、話しておくよ。サバトと、華月町の裏の顔を。私たちが華月町の住人たちへ復讐するために生まれた団体だってことを。但し、記事にはせず、オフレコにしてね」

       *

 華月町の、ある一軒家に五人の男女が集まっていた。
 雨は嵐のようになり、風に吹きつけられた雨粒が容赦なく窓を叩いている。
「失敗したって本当か」
 橋本まなぶが声を荒げた。
「さっき見てきたが、女の死体はないし、近くには河本さんが倒れていた。誰かに殴られてたんだ。とりあえず車に乗せて連れてきて、隣の部屋に寝かせているが、病院に連れて行かないと危ない」
「くそっ。勝俣かつまた が生きていれば」
 と、橋本が吐き捨てるように言った。
「女は、どこへ行ったんだ」
「警察に行かれたら、私たちのことが気付かれてしまうかもしれないじゃない。そうなったら、私たち」
 三武夫妻が声を震わせながら言った。

 浅井は四十二歳だが、この中では一番若手だ。東條大学の件といい、口だけ出して何かとこき使ってくる老人たちへ、正直鼻持ちならないところもあるが、年齢こそが絶対、それが田舎の農家が持つ掟なのだ。
「大丈夫だ。万一のために、橋本さんとこのせがれが見た、奴らと同じマントと仮面を用意したんだ。女が警察へ行ったとしても、疑われるのはサバトだ。それと、これを見つけた」

 老人たちをなだめている内に、SDカードの存在を思い出した。
「これは?」
「月島楓を助けに来た奴の車のドライヴレコーダーの映像だ」
 浅井はノートパソコンを取り出し、カードリーダーを接続してSDカードを挿入した。
 記録された動画を確認してみる。
 そこには一連の出来事が映されていた。駐在所に立ち寄ってから、煙の上がった場所を発見し、そこに駆け付ける。小屋をのぞき込んだ後、壁を壊そうとする男が映っていた。この男が小野瀬だ。

 車に戻ってきた小野瀬は、そのまま車を発進させ、小屋の壁にフロントから突っ込んだ。衝撃で、レコーダーのカメラも傾いたが、記録は続いていた。車をバックさせ、できた壁の穴から潜り込む姿、月島楓を救出し小屋から脱出する姿が、端に映っていた。
 小屋から脱出した後は地面に倒れ込んだらしく、小野瀬の足だけが見えた。

 暗くて見えづらいが、画面の向こうから、制服姿の河本が姿を現した。河本は角材を手に、喚き散らしながら小野瀬たちに迫っていく。それが振り下ろされそうになった瞬間、後ろにもう一人、謎の人物が現れ、河本を背後から殴り倒した。その人物は、黒いマントと白い仮面を着けていた。

 河本は地面に倒れたが、仮面の人物は容赦ない一撃を、もう一度河本の頭へ振り下ろした。その後、仮面の人物は画面の外へ小野瀬たちを引きずっていった。そこで浅井は動画を停止した。
「あ……あれは……サバト? 二人はサバトに連れて行かれたって、ことか?」
 橋本が恐る恐る口を開いた。
「有り得るな」
 浅井は頭を抱えた。どうする。
人通りの少ない田舎町で、姿を目撃されればたちまち知れ渡ってしまう。

 諸星日向を滝へ突き落とした時には、誰かに見られているという感覚がずっと付き纏っていた。
 だからこそ、今回は火をつけた後は、現場に近づかないようにしようと話していた。それが裏目に出てしまったのだ。

 ついていないことばかりだ。そもそも、誰も来ないはずの山道の先に吊るした高澤美沙の死体が見つかってしまったことから、全てが狂ってしまった。

 儀式は町の一部の住人の間で受け継がれてきた。この老人たちは先代から儀式の内容は言い聞かされてきたが、実際に執り行うのは全員が初めてのことだった。劣化コピーを繰り返してきた儀式は、形式だけが受け継がれ、その信念などはとっくに廃れている。

 所詮は田舎の農家の集まりだ。知恵を絞り出したところで、計画は行き当たりばったりになり、いくつもの綻びが生じた。それを警官である河本と、医者であった勝俣の協力で、なんとか誤魔化してきたのだ。
 その二人がいない今、どうすれば良いというのだろうか。

「それと河本によれば、警察は華月町の事件についてサバトの関与の可能性があるとして、警視庁の公安が動き出すらしい」
 三武夫妻は寄り添いながら震えたままだ。
「公安、か……」
 橋本学は何かを考えているようだ。
 すると、それまで黙っていた鈴木が口を開いた。
「捜査が始まってしまえば、面倒になってしまう。ただでさえ、河本さんが余計な事を言ってしまったし、サバトはあの二人をどうしているか。ならば、その前に手を打つしかない」
「手を打つって……どうやって」
「みんな燃えてもらうのさ。全てを背負って」
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