じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

文字の大きさ
100 / 118

100.星の瞬き

しおりを挟む
レッドロライン国、商業区の宇宙港に停泊する一隻の戦艦、『Black Princess』。
そこにレッドロライン王の臣下たちが、最敬礼をもってその主を出迎えた。

兵士以下、その乗組員たちがそれに準じる。
総指揮を執るのは、レッドロライン国第一皇子、ウォルフ・レッドロラインだ。

黒の軍服はそのままに、しかし今、ウォルフはその真の姿を皆の前に晒す。
驚きの静寂が歓喜の叫びへと変わる。

やがてその熱量は、レッドロライン軍の士気を煽って、
そんな熱気の中を悠々と歩み、ウォルフは艦長席に着いた。

「よっ! ウォルフ!
 結婚式の招待状届いたよ」

ただ一人、何食わぬ顔で副艦長席に座る者がいた。

「しっかし、いつもながらに派手な登場の仕方だよね」

少し呆れたような表情を見せて、軽口をきく。

「ちっ! ルーク・レイランド」

ウォルフもルークに憎たらし気に、鼻の頭にしわを寄せて見せる。
しかしその行動とは裏腹に、ウォルフはルークの顔を見て心底ほっとした。

そんなウォルフの様子をルークが注視する。

「何? もしかして緊張してるの? ウォルフのくせに」

そう言ってルークが目を瞬かせる。

「あほ、そんなんじゃねぇよ」

そういって口ごもるが、
先ほどとは打って変わって真剣な表情をルークに向けた。

(この戦いはおそらく一筋縄ではいかない)

ウォルフはそんな予感を抱き、そしてすでにそれは確信へと変わっている。

商業区への攻撃が陽動であり、
その混乱に乗じてカルシアが逃がされた。

なぜ陽動としての攻撃対象に商業区が選ばれたのか。
そう考えたときに、おそらくそれも計算づくだったのではないかとウォルフは思う。

カルシアを近衛府にとらえたことに油断してしまったことと、
コロニーのセキュリティーを過信し過ぎたこと、

それは確かにウォルフの痛恨のミスであった。

しかしそれ以上にウォルフを不安させるのが、
その状況下でユウラとはぐれてしまったことだ。

ウォルフの脳裏に、
雨の中庭でカルシアに打ち据えられるユウラの姿が過った。

(ひょっとすると、俺の予定がカルシア側に漏れていたのではないか?)

ウォルフはそんな一抹の不安を拭えない。

(だとしたら、ユウラは……)

ウォルフはきつく拳を握りしめて、唇を噛み締める。

「ルーク、先に言っておく。もし俺がこの戦いでほんの少しでも取り乱すことがあったら、
 迷わず俺を退けてお前が総指揮を執れ! いいな」

きつい口調でそういったウォルフに、ルークが目を丸くした。

「は……はあ? 何が一体どうしちゃったのさ? 
 変なものでも食べたの?」

ただならぬウォルフの様子に、
さすがにルークもそこはかとない危機感を覚えた。

「総員第一戦闘配備! 
 本艦はこれより逃亡を図った謀反人、カルシア・ハイデンバーク、
 及び、彼女が率いる親衛隊の征伐に向かう」

ウォルフの声とともにブリッジが遮蔽される。

「カルシア・ハイデンバーグは王族専用船『クレア』に乗船し、
 現在セイラン宙域を通過中」

オペレーターによって読み上げられた情報とともに、
ウォルフのモニターに映像が送られてくる。

ルークがウォルフの隣に立ち、その映像に目を通す。

「王族専用船『クレア』は戦艦としての武力は持っていないけど、
 その分シェバリエ等の武装兵力がこの船の警護にあたっているんだろうね。
 油断は禁物だよ」

ルークの表情に緊張の色が走る。

「某君の乗るシェバリエに傷をつけた敵さん、とか……ね」

ルークが言葉を切る。

「まあ、もっとも彼女がお出ましの暁には、僕が出るよ」

きつい眼差しとともにそう言ったルークの手を、ウォルフが強く握った。

「ウォルフ?」

ルークが訝し気に、ウォルフを見つめた。

「お前は俺のそばを離れるな!」

ウォルフが吐き捨てるようにそう言った。

◇◇◇

「さすがは銀河一と噂に高い、レッドロライン軍の主力艦だな。
 まもなく追いつかれるぞ?」

セレーネ・ウォーリアが、王族専用船『クレア』の操縦席のモニターを見つめて、
何でもないことのように言う。

「だったら早く貴様のシェバリエ部隊を出せ! 貴様が盾となりこの船を護れ!」

横に立つハイネスが、青い顔をしてセレーネに怒鳴り声を上げた。

そんなハイネスを鼻で笑い、
少し肩をそびやかしてセレーネが操縦室を後にした。

セレーネの軍靴の音が、その部屋の前で止まる。
モニターに暗唱番号が撃ち込まれると、部屋の鍵が開錠された。

ベッドに座る赤髪の少女が虚ろな眼差しを、セレーネに向ける。
セレーネが少女の顎に手をかけて、その顔を覗き込む。

「薬がよく効いているようだな。
 そのほうがいい。
 研ぎ澄まされた神経のままに死に赴くのは、耐えがたい苦痛だからな」

セレーネの脳裏に、一瞬過る光景があった。

宇宙そらの戦域で、ビームライフルによって自身が乗るシェバリエが打ち抜かれ、
大破する場面だ。

視界が血の色に染まって、そこで記憶は途切れるのだ。

赤髪の少女は、セレーネに答えない。
ただ、虚ろな眼差しをセレーネに向けるばかりだ。

「なあに、恐怖を感じることがなければ、一瞬で終わるさ。
 命なんてものは、そんなもんだ」

セレーネはそういって、窓の外に燦然と輝く星々を見つめた。

「ほら、星が瞬いているだろう? それと同じだ。
 命の終わる瞬間なんてものは」

セレーネの言葉に、赤髪の少女は光のない眼差しを向け続ける。
そこに表情はない。

しかし、その頬に一筋の涙が伝った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...