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MI作戦
反撃
第一航空艦隊の幕僚らは皆、大和の飛行甲板に釘付けとなった。
激しく炎上する飛行甲板は”大和が深刻な損傷を受けた”と思わせるのに十分だった。
だが、消火が進み飛行甲板が見えるようになると状況は変わってくる。
「無傷だ…」
誰かが言ったその言葉がまさに表していた。
大和はその95㎜の装甲板によって1000ポンド爆弾を全て防いで見せたのである。
考えてみれば、これは何ら不自然なことではない。
95㎜の装甲板となれば弩級戦艦の水平装甲よりも重装甲である。
弩級戦艦の水平装甲を突破するには800㎏爆弾以上による急降下爆撃が必要になるが、そんな爆撃機はドイツのJu87位の物だった。
大和型を本気で撃沈するのはやはり雷撃が必要なのである。
だが、その雷撃もかなり難しい。
大和型自体が対空火器でその身を纏っており、また水雷防御は世界一である。
だが、これは結局は理屈であり、やはり実戦経験がないため、誰もが大和型の防御力を少なからず疑っていた。
そのため、しっかり期待通りの防御力を発揮したことに対して、大和艦橋でも歓声が上がった。
だが、流石に無傷というわけではなく、制動策がほとんど断ち切られてしまっていた。
これを張り直すのには時間が掛かる。
だが、大和は空襲を小破の損害で乗り切ったのである。
武蔵、信濃、そして紀伊も被弾こそしていたものの、戦闘行動に支障は無かった。
赤城と加賀についてはそもそも狙われなかったため無傷である。
そして南雲は反撃を決意する。
既に第一航空戦隊は兵装転換の作業を終えており、4隻の大和型もあと10分もあれば兵装転換が完了する。
その間に迎撃に上がっていた零戦の補給を行う。
来襲した敵機の多さから、敵はほぼ全力を挙げて攻撃をしてきたに違いなく、再度空襲を受ける可能性は少ない。
そこで、南雲は攻撃隊に出来るだけ零戦を直掩に付けてやることにした。
流石に、ミッドウェーからの攻撃隊が飛来する可能性もあるため、全機とまでは行かなかったが108機に及ぶ零戦が攻撃隊の直掩として出撃する。
先の迎撃戦で零戦は23機を失っており、残るは43機となる。
これでは少し心もとない気がしたが、大和型の装甲を信じる形で南雲は腹を括ったのである。
攻撃隊は艦戦108機、艦爆162機、艦攻162機の計432機。
これを江草が率いる。
第二波攻撃隊についてはミッドウェー攻撃隊の帰還を待つことになる。
432機の大編隊はそのまま艦攻の報告があった海域へ飛んでいった。
激しく炎上する飛行甲板は”大和が深刻な損傷を受けた”と思わせるのに十分だった。
だが、消火が進み飛行甲板が見えるようになると状況は変わってくる。
「無傷だ…」
誰かが言ったその言葉がまさに表していた。
大和はその95㎜の装甲板によって1000ポンド爆弾を全て防いで見せたのである。
考えてみれば、これは何ら不自然なことではない。
95㎜の装甲板となれば弩級戦艦の水平装甲よりも重装甲である。
弩級戦艦の水平装甲を突破するには800㎏爆弾以上による急降下爆撃が必要になるが、そんな爆撃機はドイツのJu87位の物だった。
大和型を本気で撃沈するのはやはり雷撃が必要なのである。
だが、その雷撃もかなり難しい。
大和型自体が対空火器でその身を纏っており、また水雷防御は世界一である。
だが、これは結局は理屈であり、やはり実戦経験がないため、誰もが大和型の防御力を少なからず疑っていた。
そのため、しっかり期待通りの防御力を発揮したことに対して、大和艦橋でも歓声が上がった。
だが、流石に無傷というわけではなく、制動策がほとんど断ち切られてしまっていた。
これを張り直すのには時間が掛かる。
だが、大和は空襲を小破の損害で乗り切ったのである。
武蔵、信濃、そして紀伊も被弾こそしていたものの、戦闘行動に支障は無かった。
赤城と加賀についてはそもそも狙われなかったため無傷である。
そして南雲は反撃を決意する。
既に第一航空戦隊は兵装転換の作業を終えており、4隻の大和型もあと10分もあれば兵装転換が完了する。
その間に迎撃に上がっていた零戦の補給を行う。
来襲した敵機の多さから、敵はほぼ全力を挙げて攻撃をしてきたに違いなく、再度空襲を受ける可能性は少ない。
そこで、南雲は攻撃隊に出来るだけ零戦を直掩に付けてやることにした。
流石に、ミッドウェーからの攻撃隊が飛来する可能性もあるため、全機とまでは行かなかったが108機に及ぶ零戦が攻撃隊の直掩として出撃する。
先の迎撃戦で零戦は23機を失っており、残るは43機となる。
これでは少し心もとない気がしたが、大和型の装甲を信じる形で南雲は腹を括ったのである。
攻撃隊は艦戦108機、艦爆162機、艦攻162機の計432機。
これを江草が率いる。
第二波攻撃隊についてはミッドウェー攻撃隊の帰還を待つことになる。
432機の大編隊はそのまま艦攻の報告があった海域へ飛んでいった。
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