信濃の大空

回避運動

「面舵ー！」
操舵員が小沢の声に連動して必死に舵を回す。
『瑞鶴』の横を魚雷が通り過ぎていく。
これで3本目だ。
直掩隊は奮戦してくれた。
だが、４分の１近い攻撃隊が突入してきた。
「他の艦はどうなっている！」
「現在までに、『千歳』が飛行甲板に２発食らっています！また、『飛鷹』に魚雷が命中し部分的に浸水が始まっています！」
『千歳』は元が水上機母艦だ。
曲がりなりにも強度がある。
だが、『飛鷹』は民間船だ。
まずいかもしれない。
そんな時に草鹿が大声で叫んだ。
「敵機直上！急降下してきます！」
「取り舵！」
小沢はとっさに命令した。
対空砲火も激しくなっているが当たる気配がない。
既に距離は1000を切った。
誰もが諦めかけたその時、直掩隊の2機が急降下していた爆撃機を落とした。
その残骸は『瑞鶴』に駐機していた零戦１機を道ずれに海に落ちた。


「中隊長。敵機撃墜を確認しました。」
「危なかったな。まだまだ行くぞ。」
坂井はそういうと雷撃姿勢をとっていた攻撃機3機めがけて降下していく。
柳谷もそれに続いていく。
味方の対空砲火が掠めていく中、先頭機に狙いを定め引き金を引いた。
翼が折れ、すぐに海面に激突した。
柳谷もそれに続き、コックピットに命中。
急速に失速していき、こちらも海面に激突した。
「もう大丈夫そうか。」
坂井はあたりを見回す。
先ほどまでかなりの数がいた米軍機が、今や撤退していく十数機のみとなっていた。
結局、奴を仕留めれなかった。
だが、いつか必ず！
坂井は決意を胸に秘め母艦に帰投した。


「何とか生き残った…。」
カールは撤退してきた数少ない攻撃隊を護衛しながら、母艦を目指していた。
あの後、戦闘機隊は結局最後まで攻撃隊を援護できなかった。
敵の戦闘機が多すぎる。
昨日と同じだ。
今度はなぜかわからない。
ただそんなことより無事に帰らなければ、折角拾った命が持ったいない。
今日ほど、死を間近に感じたことはなかった。
あの機体。
あいつだけは他の奴から頭一つ抜けてる。
まるで、笹井ともう1度戦ったような感触だ。
いや、それ以上だった。
できれば2度と戦いたくない。
ただ、あいつとはまた戦うことになるとカールは心のどこかで思っていた。


「損害は？」
小沢は少し低い声で草鹿に問うた。
「『飛鷹』は浸水が広がり、傾斜がきつくなったので最低限の人員を残して退艦させました。『千歳』の方は合計４発の爆弾を食らってすでに廃艦同然です。」
小沢は内心、ほっとした。
あれだけの攻撃機をこれだけの損害で切り抜けた。
直掩隊には感謝しきれない。
「後は、待つだけですね。そろそろ到達したころでしょうか。」
草鹿は時計を見ながら言った。
「あぁ。あとは吉報が舞い込んでくるのを待つだけだ。」
彼らはどこか祈るように空を見上げていた。