超量産艦隊

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三一六計画

済南航空戦

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1940年も暮れになると日米関係は少しづつではあるものの着実に悪化していた。
その原因は中華大陸にある。
長らく、中華大陸では奉天政府と国民党政府が戦闘を継続していた。
日本は奉天を、アメリカは国民党をそれぞれ支援している。
数年間は双方決定的な打撃を相手に与えることが出来ず膠着状態が続いていたが、1939年から派遣され始めた九九式襲撃機の影響が少しづつ出始めていた。
最初は30機だった九九式単座襲撃機もすでに112機となっており、現地の制空権を奪取していた。
そして、この好機を奉天政府が逃すはずもなく112機の九九式単座襲撃機の対地支援もありながら北京の奪還に成功した。
これを機に、華北戦線の趨勢は奉天側に傾いていく。
危機感を覚えたアメリカ政府は”義勇軍”の体裁を持たせたフライング・タイガースと呼ばれる航空隊を国民党に派遣。
機体は新型のP40であり数は128機。
日本軍のそれをはるかに超えていたのである。
これに危機感を覚えた陸軍は海軍に支援を要請。
海軍も断る理由は無く、空母雲鷹の艦載機を陸揚げすることとした。
空母雲鷹は48機の艦単爆を艦載していた。
九八式艦偵もあるが陸上戦闘においては必要ない。
ともかく、48機の艦単爆を陸揚げすることによって迅速に奉天派遣航空隊は160機とすることが出来たのである。


果たして、航空戦は要所済南の上空で行われた。
参加した機体数は日本軍側が九九式艦単爆27機、アメリカ側が36機である。
機体数で9機もの差を付けられていたが日本軍は奮戦することになる。
この27機は済南を爆撃するために爆装していたが、敵戦闘機を見つけるや否やすぐに爆弾を投棄。
身軽となった九九式艦単爆は大馬力エンジンに任せて上昇する。
P40も負けじと上昇するがもともとの高度優位は九九式艦単爆側が握っており、上昇力で勝る九九式艦単爆の上空に陣取ることは不可能であった。
味方が優位な位置に着いたことを確認した九九式艦単爆の隊長は、敵戦闘機に対して一撃離脱を仕掛ける様に全機に命令した。
P40側もこの動きに気付いたものの、双発機ならいざ知らず九九式艦単爆は単発機であり回避は難しかった。
結局、初撃で9機のP40が叩き落とされてしまう。
これで彼我の戦力差は無くなった。
P40は反撃を試みて格闘戦に九九式艦単爆を引きこもうとしたが、九九式艦単爆はタイドブレーキと空戦フラップを併用しており、格闘性能においてもP40に大きく劣ることは無かった。
P40のパイロットは予想以上に軽快な日本軍機に度肝を抜かれた。
その間に、九九式艦単爆は追撃を重ねていく。
結果的に、九九式艦単爆は2機が損傷の為基地に引き返したが被撃墜機は皆無。
翻って22機のP40を撃墜しその機体の優秀性をまざまざと見せつけたのだ。
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