舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
170 / 238
番外編

番外編4、1、マッサージ

しおりを挟む
 ユーディアは、見るからに退屈していた。
 サニジンが教師になっていた勉強も、文官たちとの交流も、口うるさい女官たちとの軽口も、ベルゼラに来て夢中に順応しようとして忙しく過ごした日々が、時折かつかつとキツツキがつつく音に驚くぐらいの、刺激の少ない平和な日々となって過ぎていく。

 平和は退屈である。
 ルーリクとの勝負も、人を差別する態度に腹が立つということもあったが、ユーディアは退屈過ぎて、あえて波風をたて掻き回したのだということに気が付かないジプサムではない。

 その結果は、サニジンが関心したように、貴族と庶民の分断の解消に役にたったのである。だが、ジプサムが思うに、ユーディアには、騎士見習いたちの仲間としての意識を持たせようとか、身分を超えて互いに理解を深め、絆を深めるためにひと肌脱ごう、などという高尚な思惑などない。
 だから、ユーディアは勝負に、互角に戦えるはずのないものも加えたし、得意なものも加えた。
 勝つのも負けるのも、ユーディアにとって大したことはない。
 ただの、退屈しのぎで、たまったうっぷんを晴らすため、狩りに行くことができなかった悔しさを晴らすための、ただの遊びであり刺激になるものなら何でもよかったのだと、ジプサムは見ている。

 夕食後は自由時間で、みんな好き勝手なことをしていた。
 仲間と鍛錬をするものもいれば、武器の手入れにいそしむ者もいるし、読書をするものもいる。
 じっくり温泉で体を温めるものもいる。
 この場所に離宮を建てたのも裏手の山から清水が湧き、同時に岩場の洞窟には天然の温泉が湧くからだろう。
 温泉は、王都の宮のように建物内部を通るようになっていて、建物内部に大小の大浴場を備えていて、蒸気風呂、塩風呂、寝風呂、岩盤浴など、いろいろ風呂を楽しめるようになっていて、父王の風呂好きがこの離宮からひしひしと伝わってくる。
 
 ユーディアは今まではジプサムの部屋の風呂を利用していたが、離宮の部屋には風呂がなかったので、ブルースに見張らせてどこかの風呂に入っているようである。 

「食事をして落ち着いたら俺の部屋に来てほしいんだが」
 ジプサムが同じテーブルで食事をしていたユーディアにいう。
「はい。わかりました」
 特になんの感情もあるわけでもない返事である。
 ジプサムはふと食堂中の視線を感じる。
 なぜかわからないままに、先に食堂をでた。
 サニジンも後についた。

「ようやく彼をお呼びいただき、安心しました。もうジプサムさまが小姓に特別の関心を失ったのではないかと一部の者が言い始めていたので、どうしたものかと思っていたところです。イロコイ沙汰でせっかくまとまりつつある騎士たちがまたばらばらになるのは避けたいところですから」
「イロコイ沙汰だって?それはどういう……」
「ジプサムさまが、ユーディアを自分のものだと示しておけば、何の問題もないでしょう」
「自分のものとは、星の宮の時のようにか?」

 ジプサムの色小姓。
 それを公に否定したことはない。
 そもそも直接、確認されたこともない。
 だが、色小姓とみなされることにより、ユーディアが一目も二目も置かれるようになり、多少無礼な態度や発言があっても、余計なトラブルを引き起こさなくなったのは確かである。
 つまりサニジンが言いたいのは、急に夜に呼ばなくなったら、男を受け入れることもできる小ぎれいな色小姓を、自分のものにしようとする男がでてきてもおかしくないということのようである。
 奴隷という身分が、どうしても軽く扱われることもあるのだ。

「気持ちが離れたわけではないのでしたら、彼のためにも積極的に呼んだ方がいいでしょう」

 サニジンがそう言って、扉の前で別れた。
 そういわれても、毎晩呼びつける理由があるわけでもない。
 呼ばなければ、誰かに組み伏せられるかもしれない。
 それは想像したくない絵柄だった。
 ジプサムは部屋の中でうろうろと歩き回った。
 ユーディアが今夜だけでなく、この離宮にいる間中、部屋にこなければならない理由をひねりださねばならなかった。

 部屋にきたユーディアは、明日のジプサムが着る服を用意している。
 離宮では自分のことはできるだけ自分でするのがルールだが、自分は例外にして、身の回りの世話を完全にまかせてもいいかもしれない。
 やることがあれば、ユーディアの退屈も少しはましになるだろう。
 今夜は、体が重い。
 すっきりとしたかった。 
 マッサージもいいかもしれないと思いついた。

「はあ?マッサージをしてほしい?僕はマッサージ要員ではないんだけど」
 ユーディアは肩越しに振り返り、ジプサムの思いつきは即座に断られてしまった。
 断られると、どうしてもしてほしくなる。

「ユーディア、ここではいろんなものが足りていない。専門の医者もマッサージ師もだ。美都から来てもらおうと思えば2日は待たなくてはならなくなる。俺の小姓なら、マッサージをするのも仕事の内ともいえるし、できないのならば、この機会にできるようになったらいんじゃないか?」
 
 ユーディアはジプサムの真意を図りかねた。
 服を手にしたまま、ベッドに腰を下ろしていたジプサムを探るように見た。

「疲れているのはどちらかというと、昨日4番勝負をした僕の方。ジプサムは見ていただけでしょう」
「俺は狩りで、味方に誤射しないかと神経を使い、慣れない山を登ったり下ったりして全身筋肉痛がひどくてしんどいんだ」


 ジプサムはすかさずいう。
 ユーディアの目は自分から離れない。
 肩に胸に腰に足に、視線が撫でるように体を見ていく。

 ユーディアにマッサージをしてもらうというのは、とんでもなくよい思いつきだったと思った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

処理中です...