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番外編
番外編4、1、マッサージ
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ユーディアは、見るからに退屈していた。
サニジンが教師になっていた勉強も、文官たちとの交流も、口うるさい女官たちとの軽口も、ベルゼラに来て夢中に順応しようとして忙しく過ごした日々が、時折かつかつとキツツキがつつく音に驚くぐらいの、刺激の少ない平和な日々となって過ぎていく。
平和は退屈である。
ルーリクとの勝負も、人を差別する態度に腹が立つということもあったが、ユーディアは退屈過ぎて、あえて波風をたて掻き回したのだということに気が付かないジプサムではない。
その結果は、サニジンが関心したように、貴族と庶民の分断の解消に役にたったのである。だが、ジプサムが思うに、ユーディアには、騎士見習いたちの仲間としての意識を持たせようとか、身分を超えて互いに理解を深め、絆を深めるためにひと肌脱ごう、などという高尚な思惑などない。
だから、ユーディアは勝負に、互角に戦えるはずのないものも加えたし、得意なものも加えた。
勝つのも負けるのも、ユーディアにとって大したことはない。
ただの、退屈しのぎで、たまったうっぷんを晴らすため、狩りに行くことができなかった悔しさを晴らすための、ただの遊びであり刺激になるものなら何でもよかったのだと、ジプサムは見ている。
夕食後は自由時間で、みんな好き勝手なことをしていた。
仲間と鍛錬をするものもいれば、武器の手入れにいそしむ者もいるし、読書をするものもいる。
じっくり温泉で体を温めるものもいる。
この場所に離宮を建てたのも裏手の山から清水が湧き、同時に岩場の洞窟には天然の温泉が湧くからだろう。
温泉は、王都の宮のように建物内部を通るようになっていて、建物内部に大小の大浴場を備えていて、蒸気風呂、塩風呂、寝風呂、岩盤浴など、いろいろ風呂を楽しめるようになっていて、父王の風呂好きがこの離宮からひしひしと伝わってくる。
ユーディアは今まではジプサムの部屋の風呂を利用していたが、離宮の部屋には風呂がなかったので、ブルースに見張らせてどこかの風呂に入っているようである。
「食事をして落ち着いたら俺の部屋に来てほしいんだが」
ジプサムが同じテーブルで食事をしていたユーディアにいう。
「はい。わかりました」
特になんの感情もあるわけでもない返事である。
ジプサムはふと食堂中の視線を感じる。
なぜかわからないままに、先に食堂をでた。
サニジンも後についた。
「ようやく彼をお呼びいただき、安心しました。もうジプサムさまが小姓に特別の関心を失ったのではないかと一部の者が言い始めていたので、どうしたものかと思っていたところです。イロコイ沙汰でせっかくまとまりつつある騎士たちがまたばらばらになるのは避けたいところですから」
「イロコイ沙汰だって?それはどういう……」
「ジプサムさまが、ユーディアを自分のものだと示しておけば、何の問題もないでしょう」
「自分のものとは、星の宮の時のようにか?」
ジプサムの色小姓。
それを公に否定したことはない。
そもそも直接、確認されたこともない。
だが、色小姓とみなされることにより、ユーディアが一目も二目も置かれるようになり、多少無礼な態度や発言があっても、余計なトラブルを引き起こさなくなったのは確かである。
つまりサニジンが言いたいのは、急に夜に呼ばなくなったら、男を受け入れることもできる小ぎれいな色小姓を、自分のものにしようとする男がでてきてもおかしくないということのようである。
奴隷という身分が、どうしても軽く扱われることもあるのだ。
「気持ちが離れたわけではないのでしたら、彼のためにも積極的に呼んだ方がいいでしょう」
サニジンがそう言って、扉の前で別れた。
そういわれても、毎晩呼びつける理由があるわけでもない。
呼ばなければ、誰かに組み伏せられるかもしれない。
それは想像したくない絵柄だった。
ジプサムは部屋の中でうろうろと歩き回った。
ユーディアが今夜だけでなく、この離宮にいる間中、部屋にこなければならない理由をひねりださねばならなかった。
部屋にきたユーディアは、明日のジプサムが着る服を用意している。
離宮では自分のことはできるだけ自分でするのがルールだが、自分は例外にして、身の回りの世話を完全にまかせてもいいかもしれない。
やることがあれば、ユーディアの退屈も少しはましになるだろう。
今夜は、体が重い。
すっきりとしたかった。
マッサージもいいかもしれないと思いついた。
「はあ?マッサージをしてほしい?僕はマッサージ要員ではないんだけど」
ユーディアは肩越しに振り返り、ジプサムの思いつきは即座に断られてしまった。
断られると、どうしてもしてほしくなる。
「ユーディア、ここではいろんなものが足りていない。専門の医者もマッサージ師もだ。美都から来てもらおうと思えば2日は待たなくてはならなくなる。俺の小姓なら、マッサージをするのも仕事の内ともいえるし、できないのならば、この機会にできるようになったらいんじゃないか?」
ユーディアはジプサムの真意を図りかねた。
服を手にしたまま、ベッドに腰を下ろしていたジプサムを探るように見た。
「疲れているのはどちらかというと、昨日4番勝負をした僕の方。ジプサムは見ていただけでしょう」
「俺は狩りで、味方に誤射しないかと神経を使い、慣れない山を登ったり下ったりして全身筋肉痛がひどくてしんどいんだ」
ジプサムはすかさずいう。
ユーディアの目は自分から離れない。
肩に胸に腰に足に、視線が撫でるように体を見ていく。
ユーディアにマッサージをしてもらうというのは、とんでもなくよい思いつきだったと思った。
サニジンが教師になっていた勉強も、文官たちとの交流も、口うるさい女官たちとの軽口も、ベルゼラに来て夢中に順応しようとして忙しく過ごした日々が、時折かつかつとキツツキがつつく音に驚くぐらいの、刺激の少ない平和な日々となって過ぎていく。
平和は退屈である。
ルーリクとの勝負も、人を差別する態度に腹が立つということもあったが、ユーディアは退屈過ぎて、あえて波風をたて掻き回したのだということに気が付かないジプサムではない。
その結果は、サニジンが関心したように、貴族と庶民の分断の解消に役にたったのである。だが、ジプサムが思うに、ユーディアには、騎士見習いたちの仲間としての意識を持たせようとか、身分を超えて互いに理解を深め、絆を深めるためにひと肌脱ごう、などという高尚な思惑などない。
だから、ユーディアは勝負に、互角に戦えるはずのないものも加えたし、得意なものも加えた。
勝つのも負けるのも、ユーディアにとって大したことはない。
ただの、退屈しのぎで、たまったうっぷんを晴らすため、狩りに行くことができなかった悔しさを晴らすための、ただの遊びであり刺激になるものなら何でもよかったのだと、ジプサムは見ている。
夕食後は自由時間で、みんな好き勝手なことをしていた。
仲間と鍛錬をするものもいれば、武器の手入れにいそしむ者もいるし、読書をするものもいる。
じっくり温泉で体を温めるものもいる。
この場所に離宮を建てたのも裏手の山から清水が湧き、同時に岩場の洞窟には天然の温泉が湧くからだろう。
温泉は、王都の宮のように建物内部を通るようになっていて、建物内部に大小の大浴場を備えていて、蒸気風呂、塩風呂、寝風呂、岩盤浴など、いろいろ風呂を楽しめるようになっていて、父王の風呂好きがこの離宮からひしひしと伝わってくる。
ユーディアは今まではジプサムの部屋の風呂を利用していたが、離宮の部屋には風呂がなかったので、ブルースに見張らせてどこかの風呂に入っているようである。
「食事をして落ち着いたら俺の部屋に来てほしいんだが」
ジプサムが同じテーブルで食事をしていたユーディアにいう。
「はい。わかりました」
特になんの感情もあるわけでもない返事である。
ジプサムはふと食堂中の視線を感じる。
なぜかわからないままに、先に食堂をでた。
サニジンも後についた。
「ようやく彼をお呼びいただき、安心しました。もうジプサムさまが小姓に特別の関心を失ったのではないかと一部の者が言い始めていたので、どうしたものかと思っていたところです。イロコイ沙汰でせっかくまとまりつつある騎士たちがまたばらばらになるのは避けたいところですから」
「イロコイ沙汰だって?それはどういう……」
「ジプサムさまが、ユーディアを自分のものだと示しておけば、何の問題もないでしょう」
「自分のものとは、星の宮の時のようにか?」
ジプサムの色小姓。
それを公に否定したことはない。
そもそも直接、確認されたこともない。
だが、色小姓とみなされることにより、ユーディアが一目も二目も置かれるようになり、多少無礼な態度や発言があっても、余計なトラブルを引き起こさなくなったのは確かである。
つまりサニジンが言いたいのは、急に夜に呼ばなくなったら、男を受け入れることもできる小ぎれいな色小姓を、自分のものにしようとする男がでてきてもおかしくないということのようである。
奴隷という身分が、どうしても軽く扱われることもあるのだ。
「気持ちが離れたわけではないのでしたら、彼のためにも積極的に呼んだ方がいいでしょう」
サニジンがそう言って、扉の前で別れた。
そういわれても、毎晩呼びつける理由があるわけでもない。
呼ばなければ、誰かに組み伏せられるかもしれない。
それは想像したくない絵柄だった。
ジプサムは部屋の中でうろうろと歩き回った。
ユーディアが今夜だけでなく、この離宮にいる間中、部屋にこなければならない理由をひねりださねばならなかった。
部屋にきたユーディアは、明日のジプサムが着る服を用意している。
離宮では自分のことはできるだけ自分でするのがルールだが、自分は例外にして、身の回りの世話を完全にまかせてもいいかもしれない。
やることがあれば、ユーディアの退屈も少しはましになるだろう。
今夜は、体が重い。
すっきりとしたかった。
マッサージもいいかもしれないと思いついた。
「はあ?マッサージをしてほしい?僕はマッサージ要員ではないんだけど」
ユーディアは肩越しに振り返り、ジプサムの思いつきは即座に断られてしまった。
断られると、どうしてもしてほしくなる。
「ユーディア、ここではいろんなものが足りていない。専門の医者もマッサージ師もだ。美都から来てもらおうと思えば2日は待たなくてはならなくなる。俺の小姓なら、マッサージをするのも仕事の内ともいえるし、できないのならば、この機会にできるようになったらいんじゃないか?」
ユーディアはジプサムの真意を図りかねた。
服を手にしたまま、ベッドに腰を下ろしていたジプサムを探るように見た。
「疲れているのはどちらかというと、昨日4番勝負をした僕の方。ジプサムは見ていただけでしょう」
「俺は狩りで、味方に誤射しないかと神経を使い、慣れない山を登ったり下ったりして全身筋肉痛がひどくてしんどいんだ」
ジプサムはすかさずいう。
ユーディアの目は自分から離れない。
肩に胸に腰に足に、視線が撫でるように体を見ていく。
ユーディアにマッサージをしてもらうというのは、とんでもなくよい思いつきだったと思った。
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