薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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明日になれば

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 カランカラン

「いらっしゃいませ。」

 ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。今日のお客様は女子高生。制服をきっちり着こなし、髪も爪も清潔。真面目で落ち着いた雰囲気の女の子です。

「こちらのお席へどうぞ。」

薔薇紳士はお客様をカウンター席に座らせます。

「あ、あの、私、いちごちゃんに...」

「いちご君のお友達ですか?すみません、今は学校がテスト期間だから、とバイトはお休みしているんです。」

「あ、そう、なんですか...。」

「いちご君に何か用事だったんですか?」

「い、いえ、ちょっと話聞いてもらいたいなと思って。いちごちゃんとは友達なんですけど、今はクラスが違うのであんまり会う機会がなくて。LINEも返信がないからバイト先に行ってみようかなって。それだけなんですけど。」

「ふむ。何かいちご君に聞いてもらいたい話、悩みがあるのですね。では、この私めに話してみてはどうでしょう?私はあなたのお友達というわけではないので、いちご君のような対応は出来ないかもしれませんが、話してみるだけ、気が楽になるかもしれませんよ。」

薔薇紳士の口ぶりは決して強要するものではなく、優しく提案するもので、女の子も思わず悩みを打ち明けてしまいたくなります。

「え...いいんですか?」

「えぇもちろん。...お名前、お聞きしても?」

「あ、私は木下杏きのしたあんずです。その、話っていうのは友達とケンカしちゃったってものなんですけど...些細なものなんですけど、今日テストが返却されたんです。その点数を、私あんまり見られたくなくて。でも友達は「見せて」って。それでちょっと口論になっちゃって。いつも一緒に帰ってるのにギクシャクしたものだから帰りも別で、仲直りの機会もなくて。こんなことになるならテストの点数くらい見せてあげればよかったって...!」

杏はそう言うと下を向いてぽろぽろと泣き出してしまいました。薔薇紳士は何も言わず、ただすっと紅茶を出しました。

「あ...ありがとうございます。仲直り、したいんです。でも明日になってもまだずっとギクシャクしてたら?明日になっても話せなかったら?明日になる前に、今日の内にLINEでもなんでも謝っても応じてくれなかったら?怖くて、明日が怖いんです。」

杏はそこまで一気に話すと、こくりと一口紅茶を飲みました。薔薇紳士は杏が紅茶を飲んで落ち着いたのを見て、ゆっくりと口を開きました。

「木下様、私にあなたとお友達を仲直りさせることはできません。私に出来るのはあなたが仲直りするために一歩踏み出す背中を押すことだけです。木下様?明日が怖いと仰っていましたが、明日になれば、必ず翌日になっているのです。怖がっても、逃げ出したくても、明日は必ず翌日なんですよ。」

薔薇紳士は杏の目をまっすぐに見つめます。杏はそんな薔薇紳士の目を見つめ返し、何か決心した顔をしました。それを見た薔薇紳士はニコッと笑い、

「お電話、してきますか?」

と杏に聞きました。杏は「はい」と笑い返すとお店の外に出ていきました。

薔薇紳士は、少し震えながらも一生懸命スマホに向かって話す杏の後ろ姿を見ながら、紅茶のお替りを淹れました。


 どんなに明日が怖くても、明日は必ず来ます。明日が必ず来るのなら、明日に感じたくない不安や心配は、今日の内に清算しませんか?そうすれば、明日はきっと、笑顔で過ごせるのではないでしょうか。
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