薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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いっそのこと喧嘩して

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 カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ~。」

「だから!私はアンタのそう言うところが気に入らないって言ってんの!」

 ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は喧嘩をしながら来店された20代前半位のカップルです。それはそれは口げんかがヒートアップしており、いちごもご案内していいものか少し戸惑いました。

「お客様、ご案内してよろしいですか?」

「あ、すんません...俺ら喧嘩してて、落ち着かなきゃなって思って喫茶店に入ろうと...。」

「そうでしたか。では奥のテーブル席へどうぞ。そこでしたら多少大きな声を出してもらっても構いませんよ。」

「ありがとうございます、あ、私ら紅茶を一つずつお願いします。落ち着けるやつ。」

「かしこまりました。」

戸惑ういちごの代わりに薔薇紳士が席へご案内しました。いちごはこそっと謝りましたが、薔薇紳士は優しく「大丈夫ですよ。」と答えました。薔薇紳士の言葉に気を持ち直したいちごは、もしヒートアップしそうなら止めないと、とカップルの方へ近づきます。

「だからね、私はあんま金もないし、親族で細々とでいいと思うんだよ。」

「そうはいっても建前とかもあんじゃん。上司とか呼ばなきゃじゃね?」

「だから諸々全部話して親族だけでやるんですって言えばいいじゃん。」

「言えるわけねぇだろ。金がねぇからお前ら呼ばねぇって?」

「誰もそんなこと言ってないじゃん!」

「言ってるようなもんだろ!」

2人は初めこそ落ち着いて話をしていましたが、段々声が大きくなっていきます。止めに入ろうと思っていたいちごですが、2人の会話を聞いて聞かずにはいられなかったことを口に出して聞きます。

「お2人結婚されるんですか!?」

「「え?」」

さっきまで喧嘩がヒートアップしていた2人はいちごの声に言い争いをやめ、目線をいちごに向けます。

「あ、すみません。話の内容聞こえちゃって...。」

「あーいいよ。結構なボリュームだったし...。えっとー、そう。私たち結婚するの。私は鬼塚真凛。こっちは上条剛人ね。結構付き合い長くてね、めでたくゴールだったんだけど現実を目にすると色々気が重いよ...。」

「まず金周り。それに伴って仕事とか子供とか。もう色々考え方があわねーの。んで今は結婚式問題が目下の問題。全然意見会わねーとイライラするし、イライラすると向き合いたくもなくなるし。」

現在の状況をいちごに伝えるだけでも不機嫌そうにする剛人です。2人がどんな今どんな雰囲気なのかそれだけでいちごも理解します。

「もー本当に信じらんない。好きだと思って付き合って結婚だって決めたのにこんなとこでこいつがこんなやつだと思うとは思わなかった!」

「んだと!それは俺も同じだろうが!あーあーあ!いっそここでケンカして別れれば喧嘩別れ出来たのにな!」

剛人がそう言った瞬間、いままで剛人とぶつかっても食って掛かっていた真凛が表情を固めました。それを見た孝友不味いと思いますが時はすでに遅いです。

「何だよ...今までどんだけ嫌になってもその選択肢だけは出さないようにしてきたのに、お前は簡単に言うんだな...!剛人がそう思ってるなら私だって...!」

売り言葉に買い言葉、真凛がその選択を口に出そうとした瞬間、2人の目の前にガタン!と音を立てて紅茶が置かれました。2人の形相にオロオロしていたいちごが顔を上げると、そこには薔薇紳士がいました。

「失礼しました。手元がずれて音を立ててしまいました。ですがまずこの紅茶を飲んではいただけませんか?」

薔薇紳士のその不思議な声色に圧倒された2人は黙って紅茶を口に運びました。そして二人がこくりと飲むのを確認すると、薔薇紳士がゆっくり話し出しました。

「別れたいなんて、思っていませんよね。2人ともそのようなこと。」

「「...。」」

「上条様は感情が高ぶってしまったからつい口に出してしまっただけですよね。」

剛人はゆっくり黙って頷きます。

「鬼塚様もそれをしっかり分かっておられますよね。」

真凛は泣きそうになるのをこらえながら頷きます。

「上条様、たとえ本当は思っていなかったとしても、口に出してしまった言葉は消えないのです。どんな理由があっても、どんなに謝っても、口に出してしまえば一生消えないのですよ。でもね、感情が高ぶってしまえば、想ってもいない言葉を口に出してしまうものです。口に出さないようにしていても。だから喧嘩をしていないときに、しっかり伝えておかなければいけないんですよ。お2人はこれからも絶対にぶつかることがあります。その度に口に出してしまう言葉があるでしょう。それでも相手に自分を信じてもらうために、普段から気持ちを伝えておかなければいけませんよ。本当に離れてしまって後悔したくないのなら。」

薔薇紳士の言葉に2人はお互いを見つめると、ゆっくり抱きしめ合いました。そして

「真凛、ごめん。ごめんな。別れたいとか思ってないから。」

「うん。うん。私もごめん...!」

お互いが口に出して謝りました。それを見ていたいちごは、何故かポロポロと泣いていました。


 口に出した言葉は消えません。なら出さないようにするしかない?いいえ、出しても相手が自分を信じてくれるように、普段からいっぱいい気持ちを伝えておくのです。
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