上 下
23 / 130
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【第二十一章】 救出

しおりを挟む

「康ちゃん」
 ……
 …………
 ………………
「ん……」
 自分の名前を呼ぶ声が微かに聞こえる。
 同時に、身体を揺すられていることに気付いたところで目を覚ました。
 ん? 目を覚ました?
 どうして僕は寝ていたのだろうか。
「みのり……」
 目を開くと、目の前で心配そうに僕の顔を覗き込んでいるみのりと目が合う。
 辺りは薄暗く、少なくとも室内ではないことを把握した。
「康ちゃん、大丈夫?」
「僕は大丈夫だけど……ていうかなんで僕は……」
 身体を起こしつつ辺りを見回してみるとセミリアさん、春乃さん、高瀬さん、虎の人がそれぞれ僕を囲むようにして立っている。
 その光景と自分の居る場所を把握したことで全てを理解し、思い出した。
 そうか、あの男に攻撃されて頭を打って……。
「あ、あの男はどうなったんですか?」
「心配するな康平たん。俺がしっかり追い払ってやったぜ」
「黙れおっさん。セミリアがちゃんとやっつけてくれたんだよ康平っち」
 セミリアが、という部分を強調しつつ補足するなり春乃さんは高瀬さんを睨み付ける。
 例によって『誰がおっさんだあぁぁ!』というツッコミが響いた。
「コウヘイ、問題ないようで何よりだ。なんとしても仇を取るつもりだったのだが、不覚にも取り逃がしてしまった……すまない」
「僕は皆が無事ならそれで満足ですよ。一人で怪我してる僕が言うのもなんですけど」
 紛れもない本心のつもりであったが、途端にみのりの表情が心配そうなものから申し訳なさそうなものへと変わった。
 それは言い換えれば泣きそうな顔といってもいい。
「ごめんね……わたしのせいで」
「そんな顔しないでよ。僕は大丈夫だし、結果的に無事に帰れるならそれでいいじゃない」
 咄嗟のフォローを返し、後頭部に手を当ててみる。
 触れると打ち付けた箇所に若干の痛みがあるが、それも大した痛さでもない。気になるのは少し髪が湿っていることぐらいだ。
 そういえば血も出ていたんだっけかと今になって思い出した。気を失う前にジャックが傷を塞いでくれたと言っていたっけ。
 治癒とか回復の魔法というのはゲームじゃお約束ではあるが、やっぱり実際に体感してみると理屈も原理も一切理解出来ない。
 もうこの世界でそんなものを求める気はないけどさ。
「ジャックも、ありがとね」
『気にすることじゃねえさ。今の俺にゃそのぐれえしか出来ないからな』
 なんだかんだで頼もしいジャックだった。
「さ、話も纏まったところであたし達も帰ろうよ。ゆっくりシャワーでも浴びたいわ」
 話を区切る様にパンと手を合わせ、春乃さんは僕に手を差し伸べてくれる。
 その手を掴んで立ち上がると、なまじ身体が大きいせいで座ったままだと気付かなかったが虎の人の背中に見知った人物の姿があることに気が付いた。
「王様……ちゃんと見つかったんですね」
「何個か向こうの檻ん中で普通に寝てたぜ、このおっさん」
 答えてくれたのは高瀬さんだ。
 寝てた。という言葉の通り、虎の人に負ぶられた王様は意識が無い。
 過去に二度見た偽物の様ないかにも王様らしい格好などしておらず、ただ布きれを縫い合わせただけにすら見える衣服を身に纏っている。
 それにしたって全くと言っていいほど動く気配がないけど……本当に寝ているだけなのだろうか?
 ということを口にすると、
『心配ねえさ。ただ薬で眠らされているだけだろう。息もしているし、身体に異常もなさそうだしな』
「そっか」
 ジャックの言葉に頷いてはみたものの、現代社会に生きる身としてはそれだけの理由で心配無いと言えることに驚きである。
 ふと、そこでもう一つの疑念が浮かんだ。
「この人も偽物だという可能性は?」
『その心配も不要だ』
 ジャックが即答する。
 さすがにこればかりはジャックやセミリアさんの言葉だけで納得するわけにもいかないので食い下がってみるとしよう。
「その根拠は?」
『直接確かめたからだ。聖水でな』
「聖水?」
『やっぱり相棒もご存じねえか。聖水ってのは魔を浄化する効力を持つ特殊な湧き水のことだ。本来自分に振り掛けて魔物避けに使ったり、直接浴びせてダメージを与える用途のアイテムだから国王が偽物ならコイツを使えば見分ける事が出来る。と言っても浴びせる程度じゃそれなりに強い魔力を持つ者には効果がほとんどねえから直接口に流し込んだって寸法さ。こうすりゃいくら強い奴でもタダでは済まねえからな』
「直接口に流し込んだって……大丈夫なのそれ」
『元々人間にダメージがあるような物じゃねえが、飲む物じゃないだけにもしかしたら多少なり身体に影響があるかもしれねえが、大事には至らねえだろう。寝てたから楽なもんだったぜ』
「……そんな憶測と希望的観測で得体の知れない液体を寝ている人の口に流し込んだの?」
 恐ろしい話過ぎる。
 まさか僕も寝ている間に流し込まれたりしていないだろうな……。
『こんな状況じゃ方法を選んでもいられねえし、仕方あるまいよ』
「まあ王様が無事で、かつ偽物じゃないって分かったのならいいけどさ……ていうかそんな方法で調べられるのなら最初からそうすればよかったんじゃないの?」
『それが出来りゃ多少苦労も減ったんだろうがな、まさかクルイードが聖水を持ち歩いているなんざ思いも寄らねえ』
「それに関しては私もすまないと思っているのだジャック。私にしてみれば聖水をその様な使い方をすることなど夢にも思わない。元々私は聖水と毒消し、退避煙果アクラス・ベリーはは常に持ち歩いているのだが、それも伝えておくべきだった」
 申し訳なさそうにセミリアさんが言ったところで、それが責めている様に映ったのか春乃さんが割って入った。
 髑髏のネックレスとして僕の胸元にぶら下がっているジャックにやや顔を近づけ、指を突き付ける。
「もう終わった話なんだからいいでしょ。つまんないことでセミリアに文句言うんじゃないわよガイコツ」
『おめえには今後のために傾向を知り対策を立てようって気がねえのか?』
「あたしはそんなの分かんないからいいのよ。その場のノリで」
『……なんだそりゃ』
 無茶を言う春乃さんにジャックも呆れ声だ。
 勿論その言い分には僕も大いに同意したいのだが、春乃さんは分からない事を分かろうとする努力をするのが嫌いであろう事は考えるまでもないので必要性を説いたところで話が長くなるだけだと判断し口にはしない。
 そんな配慮を汲み取ってくれるはずもなく平気で口にする人が居るのもまた悩みの種である。
「ジャッキー、その脳金に先を見据えた戦術なんて期待するだけ無駄だ。ロクに考えもせずに突っ走って後悔するタイプの典型みたいな奴だからな。ホラー映画とかで真っ先に死ぬタイプだぜプププ」
「気持ち悪い笑い方してんじゃないわよ! ホラーが具現化したようなナリしてさ。大体あんただって後先考えるタイプには見えないけど? 考えてたらニートになんかなってないわよねぇ」
「馬鹿め、ニートだからこそ傾向と対策と攻略サイトは常に網羅してるんだよ。後々楽をする努力は惜しまない俺は惰性型ニートとは違うからな」
「どうでもいいからそんなニート内のカテゴライズなんか。格好付けて格好悪い事言ってんじゃないわよ」
 目の前で繰り広げられる、なぜか早々にジャックが蚊帳の外となった不毛な言い争いは放置することにした。
 気になる事があった僕は『やれやれ』と呆れているセミリアさんに声を掛ける。
「どうしたのだコウヘイ?」
「僕が寝ている間に王様を見つけたということでしたけど、この檻の中って全て調べたんですか?」
「む? いや、そのようなことはしていない。順々に探していくつもりだったのだが思いの外すぐに見つかったのでな。なぜそのようなことを聞くのだ?」
「もしかしたら、なんですけど……サミュエルさんもどこかに居るかもしれないと思いまして」
「サミュエルが?」
「城に居た偽物が言ってたじゃないですか、昨日サミュエルさんも城に来たって。その言葉が嘘か本当かは分かりませんけど、少なくとも僕達をここに誘導したということはエスクロという男が言っていた様に僕達全員をここで捕まえるつもりでいたことは間違いないでしょう。そのエスクロがこう言っていたのを覚えていませんか?」

『予定では追加するのは二人の勇者だけだったが、まあいいだろう。お前ら全員ここで生け捕りにする』

「ふむ、確かに言っていたな」
「ということはサミュエルさんも彼らが監禁する対象にはなっていたということですよね。もし本当に昨日城に行っていたとして、後から行った僕達が偽物と遭遇するぐらいですからサミュエルさんは恐らくあの老人の正体を見抜いてはいない。となれば気付いていないサミュエルさんをそのまま帰すとは思えないんですよ」
 僕なりの推測を説明すると、セミリアさんは顎に手を当て考える素振りを見せる。
 昨日の出来事を思い返しているのだろう。やがて納得がいったように頷いた。
「なるほど、もしも奴等の罠に嵌まり捕まったのだとしたら……必然監禁するのはリュドヴィック王が居たこの場所になる、というわけか」
「はい」
『確かに理屈は通っているな。そのサミュエルってのが誰かは知らねえが、探してみる価値はあると思うぜ相棒』
 そんなジャックの言葉にセミリアさんも同意し、改めてずらりと並ぶ鉄格子の中を見て回ることになった。
 その旨を全員に説明すると、パタリと口論を止めた春乃さんは首を傾げる。どうやらサミュエルさんを覚えていないらしい。
「サミュエル? 誰それ?」
「あのおじいさんの小屋で会った人じゃないですか? 確か」
 幸いにもみのりは覚えていたらしく、記憶を辿りながら自信なさげに答えを口にする。
 言われてみると皆はあの一度きりしか会っていないんだっけか。
 僕は街でも会ったからハッキリと声も顔も思い浮かべることが出来るだけなのかもしれない。
 だからといって完全に忘れているのもどうかとは思うけど……。
「ああ、あの生意気な女ね」
「いやどの口が言うんだお前。だけど、確かに可愛い女だったよなぁ……勇者たん二号も。ちょっとロリ入ってるけど服装とか超絶萌えだったし」
「キモい分析すんなおっさん。何が勇者たん二号よ、パーマン二号みたいな顔して」
「誰がサル顔だ。お前の女子内ランキングが下がる一方だからって僻むなよ」
「はぁ!? もう一回言ってみな……」
「春乃さん、高瀬さん、虎の人が指を鳴らしてますよ」
「ばっか、ゲレゲレ。喧嘩じゃねえっての。勘違いしないでよね!?」
「そ、そうよ。全然揉めてなんかないんだから!?」
 僕は便利な呪文を覚えた。
 なんて冗談はさておき、ようやく二人が黙ってくれたのでその隙に話を進め、三組に分かれて拾いこのフロアの檻を一つ一つ探すことに。
 セミリアさん&春乃さん組。
 虎の人&高瀬さん組。
 僕&みのり組。
 戦闘力という意味では僕達二人だけ絶望的に劣っているが、もう僕達を襲おうとする者もいないだろうし、怖い危ないという言い訳が成り立つ状況はとうに過ぎている。
 何もしないか、危険を承知で進むか。極端ではあるが選択肢は二つだ。
 いざとなったら逃げる。
「じゃ、僕達は奥から行こうか」
「うん」
 二つ返事で頷くみのりの様子を見るに大分落ち着いたみたいだ。
 左側から奥へと探す班、右側から以下同文、そして有事の際に備えてこの場で待機する班の三つのうち僕達は右側担当ということになった。
 左側は虎の人班が担当で待機班はセミリアさんと春乃さんだ。
 何かあれば取り敢えず叫べ、というルールを決め、それぞれが担当ルートを探索に出ると僕達も何も無い、誰も居ない薄暗い牢の中を一つ一つ覗きながら壁際を歩いていく。
 当初はこの半ホラーな雰囲気に臆していたみのりも今は僕の服の裾を掴みながらでこそあれど、特におどおどした様子もなく後ろを付いてきていた。
 内部を照らし中を覗いては次のスペースへ、ということを繰り返す事十分近く。
 僕達がぐったりと横たわる人影を見つけたのは、ほとんど最深部まで来てのことだった。
「康ちゃん……」
「うん。調べにきて正解だったね」
 倒れる様に地面に寝ているその人影は、確かにサミュエルさんだった。
 短めの赤茶色い髪に露出の多い服。
 二度会っただけだが間違いない。あくまで見掛けは、だけど。
「みのり、鍵を開けてみてくれる? 中には僕が入るから」
「う、うん。分かった」
 不安げな顔を浮かべ、恐る恐るながらもみのりが鍵に手を掛ける。
 中世期型の古びた横長の南京錠は、小さな取っ手を捻るだけですぐに解錠出来た。
 その場で待つようにみのりを手で制し、一人で牢獄の中に入るとサミュエルさんらしき人物の横に屈んだ。
 咄嗟に襲われる可能性も考慮しながら近付いてみたものの、動く様子はなく襲ってくる心配もなさそうに見える。
 勿論その程度で気を緩める事はないので予め持たされている小瓶を取り出し、やや躊躇いながらも中身の液体を口から流し込んだ。
 中身は聖水とかいう、よく原理は分からないが化け物に対して劇薬となる物らしい。
 そんなに強くない化け物には浴びせるだけで倒せるのだとか。
 ただ人間に姿を変える様な強力な者には大した効果はないという話で、だからこそ口から流し込むという暴挙に出ているわけだ。
 さすがに罪悪感を抱かざるを得ないけど……。
「う……ゲホッゲホッ」
「あ、気が付きましたか」
 薄目を開けて僕を見るその表情は、とても変身した悪者とは思えないほどに弱々しいものではあるものの、聖水の効果で苦しんでいるのか、いきなり水を流し込まれたから咽せているのかの判断が難しい。
 なので、介抱したり身を案じることよりも、ひとまず観察を続けることにする。
「あ、あんた……一体……」
「サミュエルさん、僕が分かりますか?」
「いよいよ……私を殺す気になったってわけ?」
 憎々しげに、吐き捨てる様に言葉を絞り出すサミュエルさんはそれでも僕を睨み付ける。
 辛うじて絞り出したかのような弱った声色で、しかも身体を起こそうとしないところを見ると薬でも盛られているのかもしれないとさえ思える姿だ。
 うーむ……さすがにこれが演技だとは思えないけど。
 その弱々しい視線、微かに震える体は誰が見ても弱った女性の姿にしか見えない。
 というか、偽物だったらこの距離に入った時点でグサリといくことも出来るわけだし、一応本物のサミュエルさんということを前提に動くことにしよう。
「みのり、戻ってみんなに報告してきて。見つかったから連れて行くって」
 視線はサミュエルさんに固定しつつ、外に居るみのりに指示を出す。
 みのりは不安があるのか、一瞬間を置きはしたものの、すぐに『分かった、康ちゃんも気をつけてね』と駆け足で去って行った。
 これで万が一僕が襲われたとしてもみのりに被害は及ばないのに加え、僕がサミュエルさんと思しき人と合流したことを皆に知らせることが出来る。
 それによって、この状況で僕に何かあったということが何を意味するかが明白になるというわけだ。
「サミュエルさん、僕が分かりますか?」
「……知るわけないでしょ、下劣な魔族のことなんか」
「いや、魔族じゃないです。二度ほど会ったんですけど覚えてませんかね? セミリアさんと一緒に行動している樋口康平です」
 名前も一度名乗ったんだけどなー。なんて思いつつ、ひとまず寝ているサミュエルさんの上半身を起こしてみる。
 サミュエルさんは訝しげに僕を見ていたが、やがて心当たりに行き着いたらしく目を見開いた。
「ヒグチ……コウヘイ……って、アンタもしかしてあの芸人A?」
「まあサミュエルさんの認識ではそれであっているかと。僕は決して芸人ではないんですけど」
「アンタ……こんなところで何を……」
「王様を助けに来まして、敵の言葉から察するにサミュエルさんも居るのではないかと思って探していたんですよ」
「お、王は無事なの?」
「はい。今は眠っていますが、無事保護しました。ほとんどセミリアさんのおかげですけどね」
「クルイードも……ここに……」
「王様もサミュエルさんも無事で何よりです。さあ帰りましょう」
「馬鹿言わないでよ……こっちは薬盛られて動けないってのに」
 あ、やっぱりそうだったんだ。
 どうりで自分から起き上がろうとしないはずである。
「芸人A……いえ、A」
 略された。
 なんだAって……。
「アンタ、ちょっとおぶりなさい。自力じゃ動けそうにないわ……ほら、グズグズするなノロマ」
「…………」
 罠に掛かって捕まったあげく動けもしないのにすごく偉そうだ。しかも内容がおんぶしろってこれ……。
 なんて指摘は後が怖いので、素直にサミュエルさんの手を首に回して背負っておくことにした。
 前に会った時には着けていた鉄製の防具とか剣が無いせいか、元々小さめの身体も相俟って凄く軽い。
 僕はそのまま牢を出て、仲間達の元へと歩いて向かう。
 重くはないが人一人を背負ってあれだけの道を歩く自信はないんだけど虎の人は王様背負ってるし、高瀬さんには任せられないし……どうしたものか。
「あ、そうえいば、聞きそびれましたけどサミュエルさんはどういう経緯でここに?」
「…………」
「お城に居た偽物にやられたのかとも思いましたけど、さっき王様の安否を心配していたみたいな事を言っていましたし、違うのかもしれませんね」
「……どうだっていいでしょ、そんなこと。馴れ馴れしいのよ」
「嗅がされたりだとか体内に注入されたのなら『盛られた』とは言わないですよね? となると、王様が偽物だと気付いてから薬を盛られるということは考えにくい。盛られた後に偽物だと気付いたものの、反撃する前に薬の効果で眠りに落ちてしまった、と考えるのが妥当なところでしょうか」
「……うるさいって言ってんでしょ。なんなのよアンタ、見てたわけ?」
「いや、見てはいないですけど、推察と分析で」
「何それ……」
 呆れた様な溜め息が聞こえたかと思うと、興奮した勢いで僕の頭を鷲掴みにしていたサミュエルさんの手から握力が弱まる。
 なんというか、言動といい性格といい春乃さんとそっくりな人だと思った。
「サミュエルさんがそうだったとすると不明な点が一つあるんですよね」
「何が……ていうか気安くサミュエルとか呼んでんじゃないわよ」
「あ、そうか、この世界ではファミリーネームが後に来るのか。すいません、確かに慣れ慣れしかったですね」
 そう考えるとセミリアさんのことも勝手に名前で呼んでいることになる。
 馴れ馴れしい奴だと思われてたら嫌だなぁ。 
「では呼び方を変えますけど、ファミリーネームってなんでしたっけ?」
「そんな話はどうでもいいからさっさとその不明な点ってのを説明しなさいってのよ。勿体ぶってんじゃないわよ芸人のくせに」
「そっちが言い出したのに……」
「何? 文句あんの?」
「とんでもございません」
 理不尽過ぎる……というか芸人じゃないし、そもそもなんでそんなに芸人の地位を蔑むのかも分からないし。
 なんて無駄な感想が余計に反感を買ってしまったと理解したのは脳天にチョップを見舞われてからだった。
「いてっ」
「さっさと話せって言ってんの」
「分かりましたって。ていうか、それだけ元気なら自分で歩いてくださいよ」
「無理。痺れて力入んないし、文句言うな」
 どうりで痛くないチョップだったわけだ。
 とか分析してたらまた飛んできそうなのでさっさと解説してしまおう。
「サミュエルさんは薬でそういう状態にされてここに連れてこられたということですけど、僕達も城で出された料理を食べましたが薬などは仕込まれていませんでした」
 よく考えたらジャックの言葉を理由に手を着けたわけだけど、僕達もこうなる可能性があったんだよね。
 偽物と分かってから食べるなんて今にして考えると少し安易な行動だった。そんな反省を今後の教訓にすることを肝に銘じつつ、
「そう考えると、やはりあの城に居た偽物の王様であるギアンという男と、ここにいたエスクロという男は僕達……というかセミリアさんをここにおびき寄せる目的があったと考えられます。だとすると、それは一体なんなのだろうかと思いまして。王様とセミリアさん、サミュエルさんを捉えてどこかに連れて行く予定だった、とエスクロ本人の口から聞いたんですけど、それならばなぜ僕達とサミュエルさんで方法が違うんでしょうか」
「んなこと私に聞かれても知るかっての」
「何か別の理由があるのかもしれないですよね。ちなみにサミュエルさんはどういう状況で薬を?」
「だ・か・ら、教える筋合い無いって言ってんでしょ。過去の話をいつまでもしてんじゃないわよ。張っ倒すわよアンタ」
「説明しろって言ったのに……」
 認識を改めよう。春乃さんよりもよっぽど理不尽な人だ……。
 経験上こういうタイプの人を上手く扱うにはとにかくおだてて気を良くさせるか、理詰めにして反論の余地をなくさせるかといったところか。サンプル春乃さんだけだけど……。
 果たしてどちらが有効だろうか、と考えているうちに待機しているセミリアさん達が見えてくる。
「康平っちー!」
「コウヘイ、問題は無いか?」
 すぐに向こうも僕を視認したらしく、少し離れた位置から仲間が呼び掛けてくる。
 無事を伝えるべく返事をしようとしたのだが、おぶっているサミュエルさんに耳元で声を殺して恫喝されたせいで出掛かった声は遮られた。
「ちっ、クルイードか。アンタ……余計な事喋ったら後で酷い目に合わせるからね」
「余計な事ってなんですか……大体なんで急にヒソヒソ声で」
「うるさい黙れ。とにかく肝に銘じておきなさい」
 小さい声なのにすごい迫力だ。
 なぜこの状況で脅されなければならないのか、そしてなぜこの状況で脅せるのか。
「すみません、お待たせしました」
「お主が無事ならそれでよい。しかし、本当にサミュエルもここに居たとは」
「ええ、念のために探してみてよかったです。気付かなければ大変でしたからね」
「うむ」
「ていうか随分偉そうなこと言ってたくせに敵に捕まるってどうなのよ、こいつ」
 春乃さんのその言葉に、後ろにいるサミュエルさんがピクついた。
 絶対口論になりそうな組み合わせだもんなぁ。高瀬さんも含めて三つ巴になっている絵が容易に想像出来るもの。
「ああいう相手だったので仕方がない部分もありますよ。それに城に居た王様が偽物だってことには気付いていたみたいですし」
「ふーん。ま、どっちでもいいけど。ていうかなんで康平っちがおんぶしてるわけ?」
「そうだそうだ。その役代われ康平たん」
「私もそれが気になっていた。コウヘイ、意識が無いようだがサミュエルは無事なのか? リュドヴィック王と同様ただ寝ているだけならよいのだが……」
 春乃さんの言葉をきっかけに、皆が僕の背中を覗き込む。
 意識が無い? 寝ている?
 そんな馬鹿な、さっきまで話をしていたのに。
「えぇぇ……」
 思わず視線を後ろにやると、完全に目を瞑り顔は伏せる様に腕に押し当てて寝息の様な微かな呼吸をしていた。
 なぜ急に寝た振りをしている!
「そんなはずはないんですけど、さっきまで……って、いたたたたた」
 途端に二の腕に走る激痛。
 つねられてる! 
 僕の首に回している手がこっそりと腕をつねっている!
 なんですかこれは? 余計な事言うなってことですか?
「ま、まあ……今は寝ているだけなので大丈夫だと思います。怪我などは無いようですし」
 とりあえず痛いので誤魔化しておく可哀相な僕だった。
「そうか、では我々も早く戻るとしよう。二人の容態も見て貰わなければな」
「はい」
「康平たん、距離もあるし大変だろう。その役代わってやる。ていうか代われコンニャロー」
「確かにあれだけの道のりをこのまま歩いて帰る自信はないですけどって、痛いです痛いです」
「あん? 何を急に痛がってるんだ?」
 高瀬さんに怪訝そうに見られた。
 察するに断れって事らしい。もう起きたらいいのに。
「いえ、お気になさらず。ただサミュエルさんを起こしても悪いのでお気遣いだけもらっておきます」
「そんなこと言って、女体の感触を楽しみたいだけなんじゃねえの? 康平たんも意外とムッツリスケベだなおい」
「いや、そういうのじゃないですから」
「康平っち、おっさんの変態願望に負けちゃ駄目よ。エロい事かキモい事しか考えてないんだから」
「お前失礼な奴だな。俺の善意と性意をなんだと思ってやがる」
「言ってるそばから字がおかしいから! そんな奴に寝ている女の子を預けられるわけないでしょ」
 若干軽蔑の眼差しを送りつつ、春乃さんは庇う様に僕の前に立つ。
 僕とてサミュエルさんが拒否しなくても預けるつもりはなかったけどね。さすがに。
 と、そこで。
「コウヘイ。体力面は気にせずともよいぞ」
「へ? どうしてですか?」
「先にも言ったが退避煙果アクラス・ベリーを用意している。ダンジョンに挑む時の必須アイテムだ」
「「「アクラス・ベリー?」」」
 みのり、春乃さんと声が揃った。
 確かにさっき所持品の話をした時に聞いた響きではある。それが何なのかはさっぱりだけども。
「エスクロが使った物と似たような効果がある特殊な環境によってのみ生える木の果実だ。奴が使った物はアジトへ転移する効果があるのだが、これは少し違う。一定の衝撃を加える事で実が破裂し、煙を発生させると閉鎖空間の入り口へとワープさせてくれるのだ」
「「「おぉ~!」」」
 今度は僕は混ざっていない。代わりに高瀬さんが加わっているハーモニーだ。
 要はあの何とかリングと同じで瞬間移動出来るというわけか。そりゃ便利だ。
「じゃあ一瞬で帰れるってことじゃん」
「そういうことになるな。その後はひとまず王を城に送り届けることにしよう」
「そうね。さっさと帰ってお風呂入りたいし、瞬間移動なんて便利なものがあって良かったわ」
「そうですね。わたしも凄く汗かいちゃいましたし。あ、でもその前に康ちゃんの怪我を見てもらわないと」
「僕は大丈夫だよ。傷は塞がってるし、少しコブになっているぐらいで痛みも治まってきてるし」
「ほ、本当に?」
「そんな心配しなくてもいいって。今強がる意味もないんだから」
 セミリアさんにまで心配そうな顔をされたので念を押しておく。
 いや、本当にほとんど痛みもないし。
「コウヘイがそう言うならいいのだが、念のために戻ったら回復薬を飲んでおいてくれ」
「分かりました」
 あんまり得体の知れない物は口にしたくないんだけど、とは勿論言えない。
 飲んだだけで傷の治りが早くなったり体力が回復するって薬とかより怖いよね、正直。
「あとはサミュエルをどうするかだが……」
「あ、そのことなんですけど」
 と、考える素振りを見せるセミリアさんを見て密かに練っていた作戦の実行を決意。
 意趣返しというわけではないけど、この機会を利用すればきっと上手くいく。
「サミュエルさんも僕達と一緒に来てくれるそうです」
 予想通り、言った瞬間に腕をつねられた。
 痛みが五割増しだったが意地でも耐えて痛がる素振りを見せないようにする。
「それは本当かコウヘイ」
「え、ええ。さっき本人の口から了承を得ましたので」
 そう返した瞬間。
 今度は僕の顔の真横にあるサミュエルさんの顔が少し寄ったかと思うと、耳元で極限まで声を殺したサミュエルさんの声がした。
「ちょっと、アンタ何言い出すのよ。フザけてんの!?」
 恐らく顔を伏せているので周りには分からないだろうが、それこそが僕の狙いである。
 拒否出来ない状況を作り出したのは他ならぬサミュエルさん自身だ。
 僕は知らぬ振りをして話を続けるという高度な外堀を埋める作戦を続行。その後がものすごーく怖いけど、今後の僕達にとってはきっと必要な事だろうとも思うのだ。
「問題無いですよね? 同じ志を持つ者同士、やっぱり力を合わせた方がいいと僕は思います。本当に守りたいものがあるならば」
「それは勿論その通りだ。私とてサミュエルには過去に何度か共闘を持ち掛けたことがある。その度断固として拒否されたがな」 
「今まではそうかも知れませんけど、今回は受け入れてくれましたので心配しなくても大丈夫ですよ。まさかあの誇り高き勇者の一人であるサミュエルさんともあろうお方が命を救われた借りを無かった事になんてしませんから」
 勝手に話が纏まったところで、再び耳元で声がした。
 非情に恨みがましい声である。
「あんた……性格悪いわよ」
「よく言われます」
「体が戻ったら覚えときなさいよ」
「都合良く忘れちゃったら許してくれるんですか?」
「死刑よ!」
 そんな恐ろしい宣告を受けつつ、僕達は地下迷宮を後にする。
 途中から一人で会話している(ように周りからは見える)ことを怪しまれていたけど、終わり良ければ全て良し、ということで。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貞操逆転世界かぁ…そうかぁ…♡

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:1,622

年下の夫は自分のことが嫌いらしい。

BL / 完結 24h.ポイント:576pt お気に入り:217

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

BL / 連載中 24h.ポイント:3,862pt お気に入り:2,709

女装魔法使いと嘘を探す旅

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:8

屋烏の愛

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:11

re 魂術師(ソウルテイカー)は産廃最強職(ロマン職)!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:441pt お気に入り:3

バージン・クライシス

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

【超不定期更新】アラフォー女は異世界転生したのでのんびりスローライフしたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:673

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:13,475pt お気に入り:3,860

処理中です...