暗渠 〜禁忌の廻流〜

角田智史

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 「ねえ圭ちゃん、たき火がしたい。」
 
 「たき火??」

 突拍子もない言葉に僕は驚いた。

 「そう、たき火。なんかいいじゃん。」

 「どういう事?ゆらゆら炎を眺めたいって事?」

 「そうそう、なんかいいじゃん。」

 「ああ~、なるほど…。でもそんじょそこらじゃできないでしょ。そう…ねー、キャンプ場とかだったら大丈夫かもしんないけど、その辺でやったらはた迷惑だし、なかなかできるところもないよね。」

 「うん!キャンプ場!いいよねキャンプ場でたき火しようよ!」

 「そうだね…。」

 この生返事に、どうしても今の僕の心境が表れてしまっていて、そしてありさもまたそれを敏感に感じ取って、月日の流れと、僕と彼女の距離感が遠くなっていっている事を2人はまざまざと感じぜざるを得なかった。
 以前の僕であれば当然「時間取れるの?」とか「いついく?」とか、そんな言葉を返していたはずで、半ば夢物語、実現しない事が分かっているような話であったとしても、それを2人で共有して楽しんでいけたはずだった。

 7年前。
 泥酔の僕の目の前に現れた白いドレスを着た彼女は天使のように見えた。
 華奢な体に整った顔立ち、妖艶で綺麗だった。
 酒は回っていたものの、こんないかがわしい店にこんなレベルの女の子が働いている事に僕は驚き、少しずつ仲良くなって、そして気が付けば何故か店に行っても横に座ってたくさんお喋りする事の方が多くなり、本来の店に来る殿方達の楽しみ方とはまた若干違うかたちで僕はありさに会いに行っていた。
 会話をしていく中で、彼女の一生懸命になって怒ったり、真面目な話をしている瞬間が、僕には大いに魅力的に映りまた、何故か落ち込んだような時には向こうからもこちらからも気が付けば連絡を取っていて、特に家族を感じさせるような、実家に帰省したタイミングだったり、何かに感動しただとかそんな時にLINEをする事が多かった。
 
 ありさが店を辞めた後も、暫くは返信が無かったものの、のらりくらりと時折連絡を取るようになり、今のデリバリーの仕事を始めた時は事前に聞いていた僕が初めてのお客さんの役割を担った。
 時折飲みに2人で出ていて、それから僕がこちらに越してきたが、それから一度だけ、昼間に2人でドライブした。妻以外で初めて時計をプレゼントした女性でもあった。
 さほどの頻度ではなく、向こうに用事があって行くタイミングで僕は、ありさを呼んでいた。
 部屋に入ったその時と、帰り際のその時にハグをするのが習慣のようになっていて、あとは純粋に凝ってもいない体のマッサージと、とりとめのないような会話で1時間程度を過ごすのが僕らの通常のスタイルとなっていた。

 この会話の中の一瞬で、キャンプ場でありさと2人たき火をするその事を、僕はイメージする事ができなくなっていた。女の勘が鋭いありさには、それが分かったその上で、僕に怒る事もしなかった。
 2人の中で、何かが過ぎ去ったしまった、そんな空気が流れたものの、言葉にせずとも、それは時間がそうさせたもので、致し方ない、半ば諦めのような感覚が湧き上がりつつ、言われようのない寂しさもまた一瞬こみ上げたものの、さおりを想う今の僕には不相応なもので、そういった感情の全ては、叩き潰されていった。

 
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