19 / 39
19話 ねむねむ花恋
しおりを挟む
暗くなる前に家に帰る。自宅のカギは開いていた。音楽室とは違うなと笑ってしまう。
花恋や美月は帰ってきているだろうか。花恋は、今週仕事が忙しいとは言っていなかった気がするから帰って来てると思う。美月はどうだろう。転校初日だから新しい友達とカラオケでも行ってる気がする。
そう思いながら開いた玄関には、花恋と美月の両方の靴があった。ふたりとも帰って来てるみたいだ。
「時雨だった。おかえり、しぐれーっ。ねえー、聞いてよ。あのね、特進のクラスのひとたち、授業終わったらみんなどこいくと思う?」
リビングから滑るように勢いよく美月が出てくる。真っ白なルームウェアを着ていて、ラフな格好にどきっとした。
「ただいま。図書室いって勉強」
「えーっ、なんで知ってるの。 そうなの。みんな図書室いって勉強し始めるのよ。黙々とおしゃべりもせず。ムリー。転校生って全然ちやほやされないし、話しかけても距離置かれてるの、なんでなのー」
「こわいって思われてるんじゃないか」
「こわーっ」
ショックを受けたらしい美月は玄関で固まっている。手で顔を押さえたポーズでフリーズしていた。俺はその横を通ってリビングへ入った。キッチンへ行き、グラスに牛乳を入れる。飲み干すころには落ち込んでる美月がとぼとぼとリビングに入ってきた。
「美月、花恋みた?」
「そうなの、花恋ちゃんどこー? お部屋ノックしてもいないのよ」
ころりと表情を変えた美月は、眉を下げていた。
グラスを洗い、水気を拭いてから棚に戻す。
「たぶんダンスしてるとおもう。あと、美月さ洗い物してくれた?」
ダンス? と美月はソファの上で頭をかしげている。
「したわよ。そのぐらいできるもん」
ソファーの背もたれに首をのせて、逆さまの顔を向けながら行って来る。
「ありがと。俺がやるからいいのに」
「そういうわけには、いかないわよ。持ちつ持たれつしていかないと、きっといい気持ちしないわ。だって、あなたとわたしは他人だもの。家族なら許容できることの基準でわたしを見てると、きっとしぐれが大変になっちゃうわ」
よく考えているやつだと感心する。
「それもそうだな」
まじめに美月が話していたと思ったら、携帯を見てにへーっと笑っている。明るい奴だし、きっと周りをも明るくするやつだと思う。
「夕飯どうするよ。何でもよかったら軽くつくるぞ」
「しぐれって料理できるの?」
「当然だ。俺の将来の夢に必要だからな」
「シェフ志望ってこと?」
「専業主夫志望」
「頑張るところ間違ってない……?」
美月が白い目で俺を見てきた。そっと目をそらした。
「夕飯ね、頼んじゃったわ。ピザのデリバリー。はじめて頼んだの。でも、玄関でずっと待ってるの飽きちゃった」
「それで勢いよく玄関出て来たのか」
「だって、ピザの宅配なんて初めてなんだもん」
「わかる。ピザなんて久しぶりだ。俺らのも頼んでくれたのか? お金払うぞ」
「いいわよ。お金払うのわたしのパパだし。カードの限度額までわたしのお小遣いって約束取り付けてるもん」
黒く光るICチップつきのカードを見せながら美月がそう言ってきた。
「なあ、それブラックカードじゃね。限度額いくらよ」
「家と戦車を買って、さらに飛行機が買えるぐらいかしら?」
「すげえ買い物だな。 学校の食堂でそんなカード使うつもりだったのか」
「ちなみに前の学校では持ってるクレジットカードの色、みんなに把握されてたわよ」
「貴族のカードゲームやめろ。パワー9のほう、よっぽど良心的なカードに思えてきた」
一度はブラックロータスの名前は聞いたことがあると思う。とあるカードゲームにはとんでもなく高いカードが存在する。ブラックロータスが有名なカードだ。そしてそれを4積みするプレイヤーも存在する。ルールにもよるが、その環境は魔境だった。
「花恋よんでくる」
俺はそういって玄関に向かう。
玄関の横に、両開きの重い扉があった。親がつくった自宅のダンススタジオ。防音で鏡ばりの部屋だ。花恋は幼少期からずっとここで過ごしていた。バレエ、ピアノ、ヴァイオリン、ダンス、ボイトレ、合気道もか。有名なスクールに習いに行ったり、家に先生が来たりして教え込まれていた。それを思うたびにすこし悲しくなる。けど、本人は明るく笑いながら「それがあるから、いまアイドルできてるんだよ」と言っていた。
「もしかして、そこ、ダンススタジオなの?」
ついてきた美月が言う。玄関を見るのをやめられないのは、お腹が減ってるからなのか、純粋にピザ屋さんを来るのを待ってるのかどちらなのか。どちらせにせよ、ちょっと犬っぽいとおもう。
「そんなとこ。たぶんこの中で練習してると思う」
「ダンスの? 学校帰りなのに花恋ちゃん、ストイック。ますます応援したくなるわ」
「だっろー?」
「なんでしぐれがドヤるのよ」
「我が事のようにうれしいからな」
そう言いながらスタジオに入る。綺麗な木の床と明るい照明、スマホやパソコンと接続できるスピーカー、大きな鏡の壁。
その部屋の真ん中にピンク色の髪をお団子にした花恋がいる。部屋の真ん中、照明に当てられて、横になっていた。動きやすそうなショートパンツとゆったりしたトップスしか着ていない。形の良いヘソが見えて、縦に一本の筋の入ったお腹が見えている。
「花恋の電池、切れてる」
ぴくりとも動かず寝ていた。時間が止まっているようだった。
「綺麗な寝顔ね」
「花恋ー。あれ、起きねえ。俺も一回寝たら起きないけど、花恋もなかなかだな」
「起こしてみてもいい? 花恋ちゃーん、花恋ちゃーん。ほんとだ、肩とんとんしても起きないわよ。あんまりビックリする起こし方はイヤだから、うーん」
「俺さっき音楽室で寝てたらシンバルでたたき起こされたぞ」
「うふふっ、なにそれー。ビックリしそうな起こし方ね。あしたまでに用意しておこうか?」
「起きます。自分で頑張って起きます」
「えー、起こしてあげるわよー。365通りぐらい考えてあるんだから」
「一年分考えてあんの? ネタ切れるだろ」
「毎日寝起きドッキリ1日目って動画、準備する?」
「いやだー。一年間、寝起きドッキリはいやだー」
ちかくでうるさくしたからだろうか。花恋が規則正しい呼吸をやめた。体を起こして地面にお尻を付けるように座る。下を向いたまま、手で顔をこすっているようだった。
「おはよう」
「あれー、お兄ちゃんだぁ。どしたのー?」
「ねむねむ花恋起こしに来た」
「うーん、まだ、ねむねむ花恋だよー。でも、ねむねむ花恋はね、だめだめ花恋なんだよ」
声を押さえて美月が「カワイイーッ」と叫んでいた。心の声がだだ漏れだった。
「なんかの練習?」
「ショーケースの練習。もうちょっと先の日曜日にダンスバトルがあって、お仕事で呼ばれたんだー。私なんてダンス界隈じゃあんまり知名度ないのに、ジャッジで呼ばれちゃったから、曲と振り付け準備してジャッジムーブっていうパフォーマンスしなきゃいけないの。それがうまくできなくてダメダメなんだよ~」
「振り付けとか大変そうだよな、頑張れ。あれ、でもさ、ダンスの大会で優勝したとかこの前、雑誌に書いてあったぞ」
「あれはたまたまだよー。だって、なに踊ったか覚えてないし、映像見返しても、同じムーブをもう一回やれないもん。気持ちよかったなーってぐらいの感想しかないよ。っていうか、ダンスの大会行って来るねってお兄ちゃんに言ったのに、全然覚えてないじゃん。もーう」
「思い出した。なんか花恋、ここ何日か帰ってこねーなとか思ってたダンスの大会行ってたってやつか。サボり期間だったから、時間の感覚あんまなかったんだよな。あと花恋ちょいちょいダンスの大会出てなかった?」
「出てたよ。だって、マネージャーさんが出てきたら? って言うんだもん。結果残せたら話題になるし。あと、ナナエスの2人がすごいから、負けてられないもん。よーし、元気出て来たよ。でも、お腹へったー」
右腕を上げながら、左手でお腹をさする。そんな仕草をしながら花恋はクシュンとくしゃみを2回した。
「体、冷えてるぞ。髪乾かすの手伝ってやるから、お風呂入って来いよ。あと夕飯は美月がピザ頼んでくれた」
「うん、そうするね。ピザーッ。ひさしぶりのピザだっ。今日ライチちゃんとピザ食べたいって言ってたところなんだー。えへへ、うれしいな」
そういうと花恋は急いでお風呂に入らなきゃと意気込んで、走っていった。お団子の髪をほどいて、髪を降ろしてから振り返る。
「美月さんとお兄ちゃん、良かったらダンス見に来る? アニソンのダンスバトルだよ。むかし、お兄ちゃんと一緒に出たやつ」
「俺の黒歴史ーッ」
思い出して、膝をついた。
「いくーっ。しぐれも踊れるの? なにそれ、おもしろそう」
「私がね、アニソンダンスバトル出たいって言ったけど、それが2人組じゃないと出られないイベントだったの。お兄ちゃん、ダンスなんてしたことないのに一緒に出てくれたんだー」
「何もしてないのに、予選通ってテンパってたから」
「お兄ちゃんの意味不明な動き、あとでストロング筋肉体操って言われてたよ」
「ストロング筋肉体操って名前つけたやつ誰だよ。勢いだけでなんとかなると思ってて結局なんとかならなかったから。花恋、さっさと風呂はいってこい」
「はーいっ」
花恋は扉を開けて、階段を上って行った。部屋に着替え取りに行くんだろう。
「で、美月? なんで正座してんの?」
「ストロング筋肉体操まだー?」
目を輝かせて美月がこっちを見てくる。体をゆらしながら見つめていた。こういう無邪気な目に弱いんだ、俺。どうしていいかわかんなくなる。
「笑うなよ。ちょっとだけだぞ。あとダンスみたけりゃ、花恋の見たほうが良い。ほんとうに、すごいから。俺はそれ目指して練習してる最中だから」
そういうと仕方なく、ちょっとだけ筋トレをすることにする。
まず、倒立して見せる。そこから足を開き、段々体を下げてくる。自重を利用した負荷トレーニングが行き過ぎた結果だ。肘を曲げずに、胸に力を入れて安定させる。開脚した状態で、体を地面と水平にしてぴたりと止めた。
「あーっ、ムリッムリッ。もう無理ッ」
「すごいっ、すごいわ。体操選手みたい」
「ッシー、オラッ」
手を床につくのをやめ、肘で体を支える。頭の位置が下がり、腰の位置が上がる。その反動を利用して、もう一度逆立ちの状態に体を戻した。肘をつき腕を交差した状態から、掌でもう一度、体を持ち上げる。
美月の黄色い声があがった。俺は満足した。
地に足を付けて立ち上がり、捲れたワイシャツを整える。
「ストロング筋肉体操というより、ふつうの筋トレなんだけど」
「わたしも腕立てぐらいならするけど、そんなのできないわよ。筋トレの枠を超えてるわ」
「やっぱストロング筋肉体操って呼ぶわ」
美月はいまだにこの言葉に慣れないらしく笑っていた。
調子にのった結果、いくつか筋トレとそれに派生するダンスを披露していると、呆れたように笑う花恋がいつの間にか立っていた。
花恋や美月は帰ってきているだろうか。花恋は、今週仕事が忙しいとは言っていなかった気がするから帰って来てると思う。美月はどうだろう。転校初日だから新しい友達とカラオケでも行ってる気がする。
そう思いながら開いた玄関には、花恋と美月の両方の靴があった。ふたりとも帰って来てるみたいだ。
「時雨だった。おかえり、しぐれーっ。ねえー、聞いてよ。あのね、特進のクラスのひとたち、授業終わったらみんなどこいくと思う?」
リビングから滑るように勢いよく美月が出てくる。真っ白なルームウェアを着ていて、ラフな格好にどきっとした。
「ただいま。図書室いって勉強」
「えーっ、なんで知ってるの。 そうなの。みんな図書室いって勉強し始めるのよ。黙々とおしゃべりもせず。ムリー。転校生って全然ちやほやされないし、話しかけても距離置かれてるの、なんでなのー」
「こわいって思われてるんじゃないか」
「こわーっ」
ショックを受けたらしい美月は玄関で固まっている。手で顔を押さえたポーズでフリーズしていた。俺はその横を通ってリビングへ入った。キッチンへ行き、グラスに牛乳を入れる。飲み干すころには落ち込んでる美月がとぼとぼとリビングに入ってきた。
「美月、花恋みた?」
「そうなの、花恋ちゃんどこー? お部屋ノックしてもいないのよ」
ころりと表情を変えた美月は、眉を下げていた。
グラスを洗い、水気を拭いてから棚に戻す。
「たぶんダンスしてるとおもう。あと、美月さ洗い物してくれた?」
ダンス? と美月はソファの上で頭をかしげている。
「したわよ。そのぐらいできるもん」
ソファーの背もたれに首をのせて、逆さまの顔を向けながら行って来る。
「ありがと。俺がやるからいいのに」
「そういうわけには、いかないわよ。持ちつ持たれつしていかないと、きっといい気持ちしないわ。だって、あなたとわたしは他人だもの。家族なら許容できることの基準でわたしを見てると、きっとしぐれが大変になっちゃうわ」
よく考えているやつだと感心する。
「それもそうだな」
まじめに美月が話していたと思ったら、携帯を見てにへーっと笑っている。明るい奴だし、きっと周りをも明るくするやつだと思う。
「夕飯どうするよ。何でもよかったら軽くつくるぞ」
「しぐれって料理できるの?」
「当然だ。俺の将来の夢に必要だからな」
「シェフ志望ってこと?」
「専業主夫志望」
「頑張るところ間違ってない……?」
美月が白い目で俺を見てきた。そっと目をそらした。
「夕飯ね、頼んじゃったわ。ピザのデリバリー。はじめて頼んだの。でも、玄関でずっと待ってるの飽きちゃった」
「それで勢いよく玄関出て来たのか」
「だって、ピザの宅配なんて初めてなんだもん」
「わかる。ピザなんて久しぶりだ。俺らのも頼んでくれたのか? お金払うぞ」
「いいわよ。お金払うのわたしのパパだし。カードの限度額までわたしのお小遣いって約束取り付けてるもん」
黒く光るICチップつきのカードを見せながら美月がそう言ってきた。
「なあ、それブラックカードじゃね。限度額いくらよ」
「家と戦車を買って、さらに飛行機が買えるぐらいかしら?」
「すげえ買い物だな。 学校の食堂でそんなカード使うつもりだったのか」
「ちなみに前の学校では持ってるクレジットカードの色、みんなに把握されてたわよ」
「貴族のカードゲームやめろ。パワー9のほう、よっぽど良心的なカードに思えてきた」
一度はブラックロータスの名前は聞いたことがあると思う。とあるカードゲームにはとんでもなく高いカードが存在する。ブラックロータスが有名なカードだ。そしてそれを4積みするプレイヤーも存在する。ルールにもよるが、その環境は魔境だった。
「花恋よんでくる」
俺はそういって玄関に向かう。
玄関の横に、両開きの重い扉があった。親がつくった自宅のダンススタジオ。防音で鏡ばりの部屋だ。花恋は幼少期からずっとここで過ごしていた。バレエ、ピアノ、ヴァイオリン、ダンス、ボイトレ、合気道もか。有名なスクールに習いに行ったり、家に先生が来たりして教え込まれていた。それを思うたびにすこし悲しくなる。けど、本人は明るく笑いながら「それがあるから、いまアイドルできてるんだよ」と言っていた。
「もしかして、そこ、ダンススタジオなの?」
ついてきた美月が言う。玄関を見るのをやめられないのは、お腹が減ってるからなのか、純粋にピザ屋さんを来るのを待ってるのかどちらなのか。どちらせにせよ、ちょっと犬っぽいとおもう。
「そんなとこ。たぶんこの中で練習してると思う」
「ダンスの? 学校帰りなのに花恋ちゃん、ストイック。ますます応援したくなるわ」
「だっろー?」
「なんでしぐれがドヤるのよ」
「我が事のようにうれしいからな」
そう言いながらスタジオに入る。綺麗な木の床と明るい照明、スマホやパソコンと接続できるスピーカー、大きな鏡の壁。
その部屋の真ん中にピンク色の髪をお団子にした花恋がいる。部屋の真ん中、照明に当てられて、横になっていた。動きやすそうなショートパンツとゆったりしたトップスしか着ていない。形の良いヘソが見えて、縦に一本の筋の入ったお腹が見えている。
「花恋の電池、切れてる」
ぴくりとも動かず寝ていた。時間が止まっているようだった。
「綺麗な寝顔ね」
「花恋ー。あれ、起きねえ。俺も一回寝たら起きないけど、花恋もなかなかだな」
「起こしてみてもいい? 花恋ちゃーん、花恋ちゃーん。ほんとだ、肩とんとんしても起きないわよ。あんまりビックリする起こし方はイヤだから、うーん」
「俺さっき音楽室で寝てたらシンバルでたたき起こされたぞ」
「うふふっ、なにそれー。ビックリしそうな起こし方ね。あしたまでに用意しておこうか?」
「起きます。自分で頑張って起きます」
「えー、起こしてあげるわよー。365通りぐらい考えてあるんだから」
「一年分考えてあんの? ネタ切れるだろ」
「毎日寝起きドッキリ1日目って動画、準備する?」
「いやだー。一年間、寝起きドッキリはいやだー」
ちかくでうるさくしたからだろうか。花恋が規則正しい呼吸をやめた。体を起こして地面にお尻を付けるように座る。下を向いたまま、手で顔をこすっているようだった。
「おはよう」
「あれー、お兄ちゃんだぁ。どしたのー?」
「ねむねむ花恋起こしに来た」
「うーん、まだ、ねむねむ花恋だよー。でも、ねむねむ花恋はね、だめだめ花恋なんだよ」
声を押さえて美月が「カワイイーッ」と叫んでいた。心の声がだだ漏れだった。
「なんかの練習?」
「ショーケースの練習。もうちょっと先の日曜日にダンスバトルがあって、お仕事で呼ばれたんだー。私なんてダンス界隈じゃあんまり知名度ないのに、ジャッジで呼ばれちゃったから、曲と振り付け準備してジャッジムーブっていうパフォーマンスしなきゃいけないの。それがうまくできなくてダメダメなんだよ~」
「振り付けとか大変そうだよな、頑張れ。あれ、でもさ、ダンスの大会で優勝したとかこの前、雑誌に書いてあったぞ」
「あれはたまたまだよー。だって、なに踊ったか覚えてないし、映像見返しても、同じムーブをもう一回やれないもん。気持ちよかったなーってぐらいの感想しかないよ。っていうか、ダンスの大会行って来るねってお兄ちゃんに言ったのに、全然覚えてないじゃん。もーう」
「思い出した。なんか花恋、ここ何日か帰ってこねーなとか思ってたダンスの大会行ってたってやつか。サボり期間だったから、時間の感覚あんまなかったんだよな。あと花恋ちょいちょいダンスの大会出てなかった?」
「出てたよ。だって、マネージャーさんが出てきたら? って言うんだもん。結果残せたら話題になるし。あと、ナナエスの2人がすごいから、負けてられないもん。よーし、元気出て来たよ。でも、お腹へったー」
右腕を上げながら、左手でお腹をさする。そんな仕草をしながら花恋はクシュンとくしゃみを2回した。
「体、冷えてるぞ。髪乾かすの手伝ってやるから、お風呂入って来いよ。あと夕飯は美月がピザ頼んでくれた」
「うん、そうするね。ピザーッ。ひさしぶりのピザだっ。今日ライチちゃんとピザ食べたいって言ってたところなんだー。えへへ、うれしいな」
そういうと花恋は急いでお風呂に入らなきゃと意気込んで、走っていった。お団子の髪をほどいて、髪を降ろしてから振り返る。
「美月さんとお兄ちゃん、良かったらダンス見に来る? アニソンのダンスバトルだよ。むかし、お兄ちゃんと一緒に出たやつ」
「俺の黒歴史ーッ」
思い出して、膝をついた。
「いくーっ。しぐれも踊れるの? なにそれ、おもしろそう」
「私がね、アニソンダンスバトル出たいって言ったけど、それが2人組じゃないと出られないイベントだったの。お兄ちゃん、ダンスなんてしたことないのに一緒に出てくれたんだー」
「何もしてないのに、予選通ってテンパってたから」
「お兄ちゃんの意味不明な動き、あとでストロング筋肉体操って言われてたよ」
「ストロング筋肉体操って名前つけたやつ誰だよ。勢いだけでなんとかなると思ってて結局なんとかならなかったから。花恋、さっさと風呂はいってこい」
「はーいっ」
花恋は扉を開けて、階段を上って行った。部屋に着替え取りに行くんだろう。
「で、美月? なんで正座してんの?」
「ストロング筋肉体操まだー?」
目を輝かせて美月がこっちを見てくる。体をゆらしながら見つめていた。こういう無邪気な目に弱いんだ、俺。どうしていいかわかんなくなる。
「笑うなよ。ちょっとだけだぞ。あとダンスみたけりゃ、花恋の見たほうが良い。ほんとうに、すごいから。俺はそれ目指して練習してる最中だから」
そういうと仕方なく、ちょっとだけ筋トレをすることにする。
まず、倒立して見せる。そこから足を開き、段々体を下げてくる。自重を利用した負荷トレーニングが行き過ぎた結果だ。肘を曲げずに、胸に力を入れて安定させる。開脚した状態で、体を地面と水平にしてぴたりと止めた。
「あーっ、ムリッムリッ。もう無理ッ」
「すごいっ、すごいわ。体操選手みたい」
「ッシー、オラッ」
手を床につくのをやめ、肘で体を支える。頭の位置が下がり、腰の位置が上がる。その反動を利用して、もう一度逆立ちの状態に体を戻した。肘をつき腕を交差した状態から、掌でもう一度、体を持ち上げる。
美月の黄色い声があがった。俺は満足した。
地に足を付けて立ち上がり、捲れたワイシャツを整える。
「ストロング筋肉体操というより、ふつうの筋トレなんだけど」
「わたしも腕立てぐらいならするけど、そんなのできないわよ。筋トレの枠を超えてるわ」
「やっぱストロング筋肉体操って呼ぶわ」
美月はいまだにこの言葉に慣れないらしく笑っていた。
調子にのった結果、いくつか筋トレとそれに派生するダンスを披露していると、呆れたように笑う花恋がいつの間にか立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる