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第4章の4「黒点塾って」
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甲が鏡に対してライバル心を持っている…その事に気付いた竜沢。
だが、甲が何故そのような考えを持つのか…その理由までは分かっていなかった。
いや、誰であろうと分かるはずもない理由が…北海道からこの龍青学園に来た理由が…甲にはあったのだ。
甲の実家は先祖代々由緒正しきマタギの一家。
特に祖父である『谷角万路(ばんじ)』は狩猟に銃を使わない伝説のマタギであり、熊を素手で倒すという強者。甲の父親『谷角魁(かい)』は祖父の遺志を継ぎ、素手での格闘を信条としていたが、ある日数々のマタギを葬った恐怖のヒグマ『牙王』と呼ばれる熊と戦い、その右腕と右目を失った。
次の正統後継者である甲は自分が牙王を倒すと意気込むも、父の魁に一喝される。
「無謀!お前ごとき、片腕のワシにも勝てぬ。」
自分は強いと思っていた甲は魁に勝ち、自分を認めてもらうつもりであった。しかし結果は魁の圧勝。指一本触れる事すらできなかったのだ。
「修行が足らぬ。強者が多く居る、龍青学園へ行け。」
甲は魁の一言で関西の龍青学園へ行かされる。
何も分からず、何も聞かされず、ただ一人龍青学園へ送られた甲。青葉園長の紹介でアパートの一室に入居した甲は、転校早々学園に詳しそうな七月に「強い奴を知らないか」と尋ね、竜沢達のGCSAを紹介されたのであった。
そして甲は出会った。最強の男『川波鏡』に…。
甲と流香が森林を倒した次の日。
昼休み、龍青学園生徒指導室。
「森林と黒房は来ていないか。」
竜沢が流香に聞く。
「うん。黒房はあの晩以来登校してない。森林の方は今日から来てないわね。」
部室には隆正以外のGCSAと学美がいた。
「ゴンザと鶴野は堂々と登校か。こっちにばれてないと思ってるんだな。」
「それは分かりませんよ、竜沢くん。」
「そうね、分かってて何か企んでるのかも。特にゴンザは侮れないわよ。」
「何かって、例えばどんな事だい?」
流香に聞く学美。
「うーん、さすがに分からないけど…。用心した方がいいってこと、ね。」
「でもそんな奴等なら…この部屋に盗聴器でも仕掛けてるんじゃないのぉ~?」
「大丈夫っ、もう取り除いたから。」
冗談で言った学美に、盗聴器発見マシンを見せてにこやかに言う流香。
「あ、あんたそんな物どこから…?」
「前にもあったし、用意しておいた方が無難かなって思って。」
『流香って実は一番得体の知れない人間なのでは…』と考えてしまう学美。
「ところで隆正くんはどう?」
「鶴野さんに骨抜きにされてます。今も鶴野さんと一緒に図書室にいますよ。」
「と、図書室~?隆正が図書室~?」
『図書室』を強調する竜沢。
「女の力は怖い。」
「ちょっと甲、世の中の女全てが怖い…みたいな言い方しないでくれよ。」
甲に突っ込む学美。甲はそっぽ向いて知らん顔している。
「さてゴンザ達、次はどんな風に来るかしら?ふふっ。」
もはや開き直り、完全に戦闘態勢の流香。『来るなら来い、返り討ちにするわ』という様な感じの流香の笑みを見て『やっぱり女は怖いかも…』と思う竜沢達であった。
昼休みが終わる間近の音楽室。
ここに黒崎深雪がいた。一人でピアノを弾いている。その横顔はどこか淋しそうであった。その深雪の弾くピアノのメロディーを、流香の指示通りに深雪を見張っていた甲は、静かに音楽室の扉の前で聴いていた。
「…。」
甲は曲が終わると、思い立ったかのように音楽室の扉を開けた。
「び、びっくりした~。」
深雪は一瞬驚いたが、甲だと分かって安心して笑顔を見せた。
「谷角くん、どうしたの?」
「…。」
甲は黙っている。
「あ、まさか寝に来たとか?御免ね、私お邪魔なのね。」
「…。」
「すぐに職員室に行くから。ちょっと待ってね。」
深雪は楽譜や教科書を片付け出した。
「…悲しい曲だった、な。」
「え…?」
驚いた表情の深雪。
「先生、あんた…奴等の仲間なんだろ?」
いきなりとんでもない事を言い出す甲。
「な、何?仲間…って何の事?」
「…奴等の仲間ならそれはそれで構わない。だが今の曲…泣いてるようだった。誰かの命令でやっているが、少し迷っている…違うか?」
「え、え~と…。谷角くん、何を言ってるか先生分からないけど…でも君が言ってる事は、少し違うんじゃないかな?」
深雪は意味深な言葉を吐きながら、一歩また一歩と甲に近づく。
「人に言われてやってる事だとしても、それは自分の意思。自分でそうしようと思ってるからそうなるのよ。人のせいじゃない。今ある自分は、自分で決めた自分。全て…自分の意思。」
深雪は、まるで自分に言っているようだった。そして甲を正面から見た。甲はゆっくりと目線をそらした。
「谷角くん、あなただってそうなんじゃないの?それとも…」
更に近付く深雪。
「自分のしたい事を我慢するタイプなの?そうは見えないけど。」
甲の耳元で囁く様に言う深雪。何かを見透かしているようだ。
「…黙れ。」
後ろに数歩下がり、深雪と距離を置く甲。
「試しただけだったが、これで確信した。あんたが情報屋だな。忍者どもの頭か?」
「…違うわ。」
何かを諦めた様に、ため息交じりに言う深雪。
「谷角くん、あなた優しいから一つだけ教えてあげる。私は黒点塾(こくてんじゅく)の教師。」
「こくてん塾…だと?」
眉をひそめる甲。
「そう、黒い点と書いて黒点。気を付けなさい。黒点塾塾長は、あなた達GCSAを潰すつもりよ。特に川波鏡を念入りに、ね。」
教室を出ようとする深雪。
「…何故だ?」
「さあ?ただ…塾長は恨みを持ってるみたい。」
深雪は音楽室から廊下に出た。
「どうする気だ。」
「私?正体がばれちゃったから、私はもう黒点塾に戻るわ。さよなら、谷角くん。」
「ま…」
「あ、そうそう。あなたが自分の気持ちに正直になるのであれば、ここに連絡して。」
深雪は懐から出した紙をブーメランの様に投げた。紙は鋭い音を立ててピアノの上の花瓶に挿してあった花に挟まった。それは名刺だった。連絡先が書いてある。
「このままだと川波鏡は罠にかかり…倒されるわね、誰かに。…じゃあね。」
手を振って去って行く深雪を、甲は追おうとはしなかった。
「…。」
花に挟まった名刺を取り、甲はそれを黙ってポケットにしまった。
放課後。つくしと下校する隆正を、鏡がつけていた。
「それでよぉ、竜沢の奴、俺を蹴飛ばしてやなぁ!」
「やだっ、あははっ。」
つくしと楽しいおしゃべりをしている隆正。その姿を見て鏡は、少し気が滅入っていた。
〝鶴野さんが忍者達の仲間である事は間違いない。やはり隆正くんに教えるべきなのでは…〟
心の中で悩む鏡。しかし相手の方が先に動いた!
「な、何や!この前の奴等か!」
隆正とつくしを囲む男達。
「大人しくついて来い。でないと今回は腕だけじゃすまんぞ?ボロボロにしてかまわん…という命令が出たんでな。」
「な、何言うとるんか分からんが…つくしちゃん!早ぉ逃げ……あれ?」
つくしは、もうすでにいなかった。
「おお?!お前等つくしちゃんを何処にやったんや!」
隆正の言葉に呆れた顔で男が言った。
「おめでたい奴だな。仲間から何も聞いてないのか?」
それを見ていた鏡は、すぐに出ようとした。が…
「行かせない。」
「…鶴野さん。」
鏡の前に立ちはだかるつくし。
「やっぱり気付いてたんですね。隆正くんをどうするつもりです?」
「少し目を覚まさしてあげようとしてるだけ。本当はこうなる予定じゃなかったんだけど、深雪先生の事がばれちゃったらしいから予定変更。」
つくしは鞄からベルトを出して腰に装着した。ベルトの左右部分に小物を入れるようなバッグが付いており、右側から銀色の折り鶴、左側から櫛を出した。
「君一人で僕と?」
鏡も懐からドライバーグローブを出した。
「無理でしょうね。それに川波先輩と戦ってはダメっ…て言われてるし。」
「…誰にです?」
「それはダメっ。言えないわ。ところで今日ずっと私を見てたでしょ?川波先輩に見られてると思ったら、何か嬉しかったっ。」
二コリと微笑むつくし。
「そう思ってくれるなら、そこを退いて欲しいんですが。」
「それもダメっ。」
「じゃあ、すいませんが…。」
構える鏡。
「脅してもダメっ。川波先輩が女を殴らないのは調査済み。あなた自身もそんな事はしたくないし、何と言っても…竜沢神侍が嫌がるもんね。」
「…竜沢くんが怒るのは無防備な女性に対して…だけです。戦う気満々のあなたを倒しても、竜沢くんは怒りませんよ。」
と言いつつも女性と戦う行為自体、鏡も本意ではない。竜沢が嫌がるのも間違いないだろう。
やや迷いのある鏡。だから鏡は、つくしの横をすり抜けようと考えていた。
「今、私の横をすり抜けて隆正さんを助けに行こうと考えたでしょう?でもそれもダメっ。私だってそんな隙は見せないし、それにもう遅い。」
鏡が目だけを少し動かして隆正に目線を向けた。隆正はすでに気を失っているのか、男達に担がれていた。
「何処に連れて行くんですか。」
「…黒点塾。」
「…それは何処にあるんです?そもそも黒点塾とは何ですか?」
「答えてあげたいけど、それもダメっ。じゃあ…」
話しながら徐々に離れ、その場を去ろうとするつくしだったが…
「悪いけど逃がさないよ。」
「えっ?!」
鏡の目線に気を取られすぎて、背後に学美が来ていた事に気付かなかったつくし。
「悪いね。」
学美のボディブローがつくしにヒット!
「女が女を殴っても神侍は怒らないだろ?」
「くっ…」
つくしは気を失った。
「学美さん、助かりました。でもどうしてここに?」
「いや偶然さ。通りかかったら隆正が襲われてるのを見付けてね。鏡がついてる筈なのにって思って、周りを探したってわけ。」
「そ、それって隆正くんを見捨てたのでは…。」
苦笑いの鏡。
「人聞き悪いねー。隆正は甲が追ってるよ。」
「あ、そう、ですか…。」
甲が隆正を追った…竜沢から甲の様子がおかしいと聞いていた鏡の脳裏は、嫌な予感に包まれていた。
鏡の家。竜沢達が集まっていた。甲と隆正はいない。スマホに電話してもどちらも出なかった。
「さて話してもらおうか。」
「…。」
竜沢の言葉に、部屋の隅に座っているつくしは無言であった。
「黒点塾ってのは何だよ?何処にあるんだ?」
「…。」
学美の問いにも、つくしは無言。
「鶴野さんはどうして黒点塾に入ったんです?」
「誘われたからっ。」
鏡の質問に、つくしはニコやかに答えた。『おいおい』と、その場の全員が突っ込みを入れたくなった瞬間であった。
「鏡、黒点塾の事を聞いてくれ。」
こそっと鏡に耳打ちする竜沢
「鶴野さん、黒点塾の事ですが…」
「それはダメっ。」
出ましたつくしの『ダメ』。
「ふぅ…分かりましたよ。」
鏡はつくしの手をとり、立ち上がらせた。
「え…?」
竜沢達も鏡を止めない。
「何を、するの?」
「もういいんですよ、行っても。」
ニコッと微笑み、『どうぞ』という身振りの鏡。
「い、行っちゃうよ?」
部屋を出ようとするつくしを誰も止めない。
「あ、跡をつけようと思ってもダメ…ですよぉ…」
ちょっと弱気な『ダメ』。だが、やはり誰も止めない。
「えっと…じゃ、じゃあ。」
「裏切り者はどうなるんだろうね?」
唐突に学美が流香に聞く。
「そうね、テレビなら裏切り者の忍者は…斬り捨てられるわね。」
『え?』という表情のつくし。
「そうか…まぁ時代劇じゃないから斬り捨ては無いだろうが…もしかしたらキッつい尋問くらいはあるかもねぇ。」
ニヤリとして言う学美に『え?え?』という表情のつくし。
「わ、私は別に裏切ってなんか…」
「それを信じる奴等かな?」
横目で見る竜沢に、不安になってくるつくし。そしてトドメは…
「ふぅ…悲しいですね。その綺麗な顔が苦痛に歪むなんて…。」
ちょっとこのセリフ嫌だなぁ…という感じで言う鏡。実は、例によって即行で作った流香のシナリオ通りに進めているのだ。
「わ、私はどうしたら…」
混乱して、鏡に聞いてしまうつくし。
「僕達が守りますよ。」
ニコリとしてそう言う鏡に、きょとんとするつくし。
「だな。つくしちゃんは、理由はどうあれ今は龍青の生徒だ。依頼されればGCSAとしてやらせてもらうけどな。」
竜沢もニコリとする。その背後で、この中の誰よりも口の端を上げている流香。自分の作戦がツボにハマると嬉しくてしょうがない。ただ…自分のシナリオとはいえ若干イラつく部分もあるようだが…。
「ほ、本当に?」
不安げなつくし。
「もちろんっ。」
一同うなずく。それを見て少しホッとするつくし。
「ただし、依頼をするからにはそれなりのものを払ってもらわないとな。」
「え?そ、それって…?」
「黒点塾の事を話してもらいたいんだけど。」
最高にニヤけている流香の言葉に、つくしはギョッとした。
「そ、それは…」
「話してくれませんか。」
「う…そ、それはちょっと、待って、ちょっと…」
動揺しているつくし。そして少しの沈黙後、鏡が口を開く。
「ふぅ…分かりました。急な話しで決心が付かない気持ちも分かりますからね。」
「そうだな。鏡の言う通りだ。」
竜沢の言葉に一同うなずく。それを見て、またもホッとするつくし。
「じゃあ、報酬として何を払ってもらうんだい?」
つくしにではなく、流香達に聞く学美。
「そうだなぁ…」
と、ちらっとつくしを見る竜沢。
「あ、あの…さっきの質問に詳しく答えるって言うのは、ダメ?」
いつもとちょっと違う『ダメ』であった。
「さっきの…とは?」
鏡の問い掛けに、つくしは少しうつむきながら答える。
「私が何故、黒点塾に入ったか…ってこと。」
「なるほど、誘われたって言ってたあれですか。どうします?竜沢くん。」
「ふむ…それって詳しく?」
うなずくつくしを見て、竜沢は納得した。
「いいだろう。ただし黒点塾の色々な情報…話す決心がついたら、それも徐々に話してもらうぞ。」
「わ、分かった…。」
そうしてつくしは、自分の事を話し出した。
「私は小学生の時、苛められて登校拒否になってた。ずっと学校に行かなかった。親も悩んでたと思う。そんな時あの人が現れた…
「君がつくし、か。」
突然、自分の部屋に入って来たのは、黒いマスクに上半身裸、そこにネクタイを着けた姿の男だった。その姿に変た…いや、その姿に驚いたが、すぐに黒マスクの後ろに居る両親に目が向いた。
両親はその黒マスクの後ろで、つくしと目を合わせる事を恐れているような…そんな感じであった。
「顔が綺麗だというだけで仲間外れにされる…そんな理不尽からは遠ざかるのが正解。君は何も悪くないのだから。さあ、私と一緒に来なさい。君の力に、なってあげよう。」
黒マスクはやさしく声を掛け、手を差し伸べた。
「…。」
つくしは黒マスクの方をじっと見ていた。
「大丈夫だ。この町を離れ新しい土地で再出発すれば、君は救われる。」
つくしは両親を見た。悲しい目をしていた。つくしは、そんな両親の目も嫌だった。
「…私を助けてくれるの?」
「そうだ!」
力強い黒マスクの言葉につくしは、ゆっくりと黒マスクの差し出した手を取った。
…そして私が連れて行かれた先は黒点塾だった。そこには私と同じような境遇の子たちがいっぱい居て、その中で学んだ。私は…黒点塾に救われたの。」
しばらくの沈黙の後、竜沢が口を開いた。
「…そうか。でもなつくしちゃん、それは本当に救いの手だったのか?」
「…。」
竜沢の問い掛けに、つくしは無言になった。次の言葉も予想できていた。
「それは逃げてるだけで何の解決にもなら…」
「でも!あの時の私にはそれしかなかった!私にとって黒点塾は、私を認めてくれた唯一の場所だった!学校のみんなも、先生も、親だって私を変な目で見てた!どうすれば良かったって言うの?!」
予想通りの竜沢の言葉を途中で止め、声を荒げるつくし。
「…なるほど。確かにそうかもしれませんね。」
取り乱すつくしを見て鏡は、自分に似ていると感じた。あの時竜沢に会わなければ、今自分はどうなっていただろう。鏡にとっては竜沢、そしてつくしには黒点塾だったのか。
「鶴野さん、もう一度ゆっくり考えるといいですよ。僕等に依頼するか、黒点塾に帰るかを。」
「鏡、お前なぁ!」
「すいません、竜沢くん。」
ニコニコして謝る鏡に、竜沢達はもう何も言わなかった。
「…分かったよ。」
大きくため息をつく竜沢。流香達も『仕方ないか』という表情だ。
「あ、あなた達って何なの?」
つくしの率直な意見に、竜沢達は苦笑した。そしてつくしは帰って行った…と思ったらまた戻って来た。
「どうしました?玄関が分からないんですか?」
そんな奴はいないだろう。
「い、いえ、その…と、とりあえず黒点塾に帰るの、怖いんです…ので、ここに泊めてくれませんか?」
竜沢達は固まった。が、流香だけは一気に表情を変えた。
「行く所ないなら私の家に来なさい!」
つくしの手を引いて、素早く部屋を出る流香。
「…。」
あまりに急な展開に放心する竜沢達であった。
もうすっかり日も暮れて少し冷える夜道。
流香の家に向かって歩いているつくし、流香、そして二人を送っている鏡の三人。
「流香さん、そんなに慌てて歩かなくても。」
すたすたと早足で進んでいる流香。
「別に慌ててないですよー。」
やや拗ねてるような、流香にしては珍しい言い方。数分経ってから鏡がポツリと言った。
「…いい月夜ですね。」
鏡のその言葉に、足を止めて夜空を見上げる流香。
「…うん。」
流香は、すぅっと気持ちが落ち着いていた。その二人を見ていて、つくしは思った事をそのまま言った。
「二人って付き合ってる?」
ドキッとしたのは流香。鏡は変わらず。
「だって、何か…雰囲気が…。」
口を尖らせているつくし。
「違いますよ。ねぇ流香さん。」
「え、ええ、そうよ。付き合ってませんっ。」
「ふ~ん…じゃあ、私が川波さんを好きになっても構わないですね。」
「えっ?!」
驚いてつくしを見た後、顔を見合わせる流香と鏡。
「まぁ第一、誰が誰を好きになっても構いませんもんねっ。」
そりゃそうだが…困った顔をする鏡と、それ以上に困っている流香。
「な、何でこうなるの…。」
それぞれの複雑な想いを、夜空の月は気にも留めず、ただ輝いていた。
一方竜沢は、家に帰ってから隆正の家と甲のスマホに電話を掛けた。
「いったい、どうなってるんだ。」
スマホを置き、微かに震えている竜沢。甲は案の定出なかったが、隆正の方は『泊り込みの合宿の為、五日間家を留守にする』と連絡があったということだった。
竜沢は、大きな闇に飲み込まれるような…そんな感覚に襲われていた。
だが、甲が何故そのような考えを持つのか…その理由までは分かっていなかった。
いや、誰であろうと分かるはずもない理由が…北海道からこの龍青学園に来た理由が…甲にはあったのだ。
甲の実家は先祖代々由緒正しきマタギの一家。
特に祖父である『谷角万路(ばんじ)』は狩猟に銃を使わない伝説のマタギであり、熊を素手で倒すという強者。甲の父親『谷角魁(かい)』は祖父の遺志を継ぎ、素手での格闘を信条としていたが、ある日数々のマタギを葬った恐怖のヒグマ『牙王』と呼ばれる熊と戦い、その右腕と右目を失った。
次の正統後継者である甲は自分が牙王を倒すと意気込むも、父の魁に一喝される。
「無謀!お前ごとき、片腕のワシにも勝てぬ。」
自分は強いと思っていた甲は魁に勝ち、自分を認めてもらうつもりであった。しかし結果は魁の圧勝。指一本触れる事すらできなかったのだ。
「修行が足らぬ。強者が多く居る、龍青学園へ行け。」
甲は魁の一言で関西の龍青学園へ行かされる。
何も分からず、何も聞かされず、ただ一人龍青学園へ送られた甲。青葉園長の紹介でアパートの一室に入居した甲は、転校早々学園に詳しそうな七月に「強い奴を知らないか」と尋ね、竜沢達のGCSAを紹介されたのであった。
そして甲は出会った。最強の男『川波鏡』に…。
甲と流香が森林を倒した次の日。
昼休み、龍青学園生徒指導室。
「森林と黒房は来ていないか。」
竜沢が流香に聞く。
「うん。黒房はあの晩以来登校してない。森林の方は今日から来てないわね。」
部室には隆正以外のGCSAと学美がいた。
「ゴンザと鶴野は堂々と登校か。こっちにばれてないと思ってるんだな。」
「それは分かりませんよ、竜沢くん。」
「そうね、分かってて何か企んでるのかも。特にゴンザは侮れないわよ。」
「何かって、例えばどんな事だい?」
流香に聞く学美。
「うーん、さすがに分からないけど…。用心した方がいいってこと、ね。」
「でもそんな奴等なら…この部屋に盗聴器でも仕掛けてるんじゃないのぉ~?」
「大丈夫っ、もう取り除いたから。」
冗談で言った学美に、盗聴器発見マシンを見せてにこやかに言う流香。
「あ、あんたそんな物どこから…?」
「前にもあったし、用意しておいた方が無難かなって思って。」
『流香って実は一番得体の知れない人間なのでは…』と考えてしまう学美。
「ところで隆正くんはどう?」
「鶴野さんに骨抜きにされてます。今も鶴野さんと一緒に図書室にいますよ。」
「と、図書室~?隆正が図書室~?」
『図書室』を強調する竜沢。
「女の力は怖い。」
「ちょっと甲、世の中の女全てが怖い…みたいな言い方しないでくれよ。」
甲に突っ込む学美。甲はそっぽ向いて知らん顔している。
「さてゴンザ達、次はどんな風に来るかしら?ふふっ。」
もはや開き直り、完全に戦闘態勢の流香。『来るなら来い、返り討ちにするわ』という様な感じの流香の笑みを見て『やっぱり女は怖いかも…』と思う竜沢達であった。
昼休みが終わる間近の音楽室。
ここに黒崎深雪がいた。一人でピアノを弾いている。その横顔はどこか淋しそうであった。その深雪の弾くピアノのメロディーを、流香の指示通りに深雪を見張っていた甲は、静かに音楽室の扉の前で聴いていた。
「…。」
甲は曲が終わると、思い立ったかのように音楽室の扉を開けた。
「び、びっくりした~。」
深雪は一瞬驚いたが、甲だと分かって安心して笑顔を見せた。
「谷角くん、どうしたの?」
「…。」
甲は黙っている。
「あ、まさか寝に来たとか?御免ね、私お邪魔なのね。」
「…。」
「すぐに職員室に行くから。ちょっと待ってね。」
深雪は楽譜や教科書を片付け出した。
「…悲しい曲だった、な。」
「え…?」
驚いた表情の深雪。
「先生、あんた…奴等の仲間なんだろ?」
いきなりとんでもない事を言い出す甲。
「な、何?仲間…って何の事?」
「…奴等の仲間ならそれはそれで構わない。だが今の曲…泣いてるようだった。誰かの命令でやっているが、少し迷っている…違うか?」
「え、え~と…。谷角くん、何を言ってるか先生分からないけど…でも君が言ってる事は、少し違うんじゃないかな?」
深雪は意味深な言葉を吐きながら、一歩また一歩と甲に近づく。
「人に言われてやってる事だとしても、それは自分の意思。自分でそうしようと思ってるからそうなるのよ。人のせいじゃない。今ある自分は、自分で決めた自分。全て…自分の意思。」
深雪は、まるで自分に言っているようだった。そして甲を正面から見た。甲はゆっくりと目線をそらした。
「谷角くん、あなただってそうなんじゃないの?それとも…」
更に近付く深雪。
「自分のしたい事を我慢するタイプなの?そうは見えないけど。」
甲の耳元で囁く様に言う深雪。何かを見透かしているようだ。
「…黙れ。」
後ろに数歩下がり、深雪と距離を置く甲。
「試しただけだったが、これで確信した。あんたが情報屋だな。忍者どもの頭か?」
「…違うわ。」
何かを諦めた様に、ため息交じりに言う深雪。
「谷角くん、あなた優しいから一つだけ教えてあげる。私は黒点塾(こくてんじゅく)の教師。」
「こくてん塾…だと?」
眉をひそめる甲。
「そう、黒い点と書いて黒点。気を付けなさい。黒点塾塾長は、あなた達GCSAを潰すつもりよ。特に川波鏡を念入りに、ね。」
教室を出ようとする深雪。
「…何故だ?」
「さあ?ただ…塾長は恨みを持ってるみたい。」
深雪は音楽室から廊下に出た。
「どうする気だ。」
「私?正体がばれちゃったから、私はもう黒点塾に戻るわ。さよなら、谷角くん。」
「ま…」
「あ、そうそう。あなたが自分の気持ちに正直になるのであれば、ここに連絡して。」
深雪は懐から出した紙をブーメランの様に投げた。紙は鋭い音を立ててピアノの上の花瓶に挿してあった花に挟まった。それは名刺だった。連絡先が書いてある。
「このままだと川波鏡は罠にかかり…倒されるわね、誰かに。…じゃあね。」
手を振って去って行く深雪を、甲は追おうとはしなかった。
「…。」
花に挟まった名刺を取り、甲はそれを黙ってポケットにしまった。
放課後。つくしと下校する隆正を、鏡がつけていた。
「それでよぉ、竜沢の奴、俺を蹴飛ばしてやなぁ!」
「やだっ、あははっ。」
つくしと楽しいおしゃべりをしている隆正。その姿を見て鏡は、少し気が滅入っていた。
〝鶴野さんが忍者達の仲間である事は間違いない。やはり隆正くんに教えるべきなのでは…〟
心の中で悩む鏡。しかし相手の方が先に動いた!
「な、何や!この前の奴等か!」
隆正とつくしを囲む男達。
「大人しくついて来い。でないと今回は腕だけじゃすまんぞ?ボロボロにしてかまわん…という命令が出たんでな。」
「な、何言うとるんか分からんが…つくしちゃん!早ぉ逃げ……あれ?」
つくしは、もうすでにいなかった。
「おお?!お前等つくしちゃんを何処にやったんや!」
隆正の言葉に呆れた顔で男が言った。
「おめでたい奴だな。仲間から何も聞いてないのか?」
それを見ていた鏡は、すぐに出ようとした。が…
「行かせない。」
「…鶴野さん。」
鏡の前に立ちはだかるつくし。
「やっぱり気付いてたんですね。隆正くんをどうするつもりです?」
「少し目を覚まさしてあげようとしてるだけ。本当はこうなる予定じゃなかったんだけど、深雪先生の事がばれちゃったらしいから予定変更。」
つくしは鞄からベルトを出して腰に装着した。ベルトの左右部分に小物を入れるようなバッグが付いており、右側から銀色の折り鶴、左側から櫛を出した。
「君一人で僕と?」
鏡も懐からドライバーグローブを出した。
「無理でしょうね。それに川波先輩と戦ってはダメっ…て言われてるし。」
「…誰にです?」
「それはダメっ。言えないわ。ところで今日ずっと私を見てたでしょ?川波先輩に見られてると思ったら、何か嬉しかったっ。」
二コリと微笑むつくし。
「そう思ってくれるなら、そこを退いて欲しいんですが。」
「それもダメっ。」
「じゃあ、すいませんが…。」
構える鏡。
「脅してもダメっ。川波先輩が女を殴らないのは調査済み。あなた自身もそんな事はしたくないし、何と言っても…竜沢神侍が嫌がるもんね。」
「…竜沢くんが怒るのは無防備な女性に対して…だけです。戦う気満々のあなたを倒しても、竜沢くんは怒りませんよ。」
と言いつつも女性と戦う行為自体、鏡も本意ではない。竜沢が嫌がるのも間違いないだろう。
やや迷いのある鏡。だから鏡は、つくしの横をすり抜けようと考えていた。
「今、私の横をすり抜けて隆正さんを助けに行こうと考えたでしょう?でもそれもダメっ。私だってそんな隙は見せないし、それにもう遅い。」
鏡が目だけを少し動かして隆正に目線を向けた。隆正はすでに気を失っているのか、男達に担がれていた。
「何処に連れて行くんですか。」
「…黒点塾。」
「…それは何処にあるんです?そもそも黒点塾とは何ですか?」
「答えてあげたいけど、それもダメっ。じゃあ…」
話しながら徐々に離れ、その場を去ろうとするつくしだったが…
「悪いけど逃がさないよ。」
「えっ?!」
鏡の目線に気を取られすぎて、背後に学美が来ていた事に気付かなかったつくし。
「悪いね。」
学美のボディブローがつくしにヒット!
「女が女を殴っても神侍は怒らないだろ?」
「くっ…」
つくしは気を失った。
「学美さん、助かりました。でもどうしてここに?」
「いや偶然さ。通りかかったら隆正が襲われてるのを見付けてね。鏡がついてる筈なのにって思って、周りを探したってわけ。」
「そ、それって隆正くんを見捨てたのでは…。」
苦笑いの鏡。
「人聞き悪いねー。隆正は甲が追ってるよ。」
「あ、そう、ですか…。」
甲が隆正を追った…竜沢から甲の様子がおかしいと聞いていた鏡の脳裏は、嫌な予感に包まれていた。
鏡の家。竜沢達が集まっていた。甲と隆正はいない。スマホに電話してもどちらも出なかった。
「さて話してもらおうか。」
「…。」
竜沢の言葉に、部屋の隅に座っているつくしは無言であった。
「黒点塾ってのは何だよ?何処にあるんだ?」
「…。」
学美の問いにも、つくしは無言。
「鶴野さんはどうして黒点塾に入ったんです?」
「誘われたからっ。」
鏡の質問に、つくしはニコやかに答えた。『おいおい』と、その場の全員が突っ込みを入れたくなった瞬間であった。
「鏡、黒点塾の事を聞いてくれ。」
こそっと鏡に耳打ちする竜沢
「鶴野さん、黒点塾の事ですが…」
「それはダメっ。」
出ましたつくしの『ダメ』。
「ふぅ…分かりましたよ。」
鏡はつくしの手をとり、立ち上がらせた。
「え…?」
竜沢達も鏡を止めない。
「何を、するの?」
「もういいんですよ、行っても。」
ニコッと微笑み、『どうぞ』という身振りの鏡。
「い、行っちゃうよ?」
部屋を出ようとするつくしを誰も止めない。
「あ、跡をつけようと思ってもダメ…ですよぉ…」
ちょっと弱気な『ダメ』。だが、やはり誰も止めない。
「えっと…じゃ、じゃあ。」
「裏切り者はどうなるんだろうね?」
唐突に学美が流香に聞く。
「そうね、テレビなら裏切り者の忍者は…斬り捨てられるわね。」
『え?』という表情のつくし。
「そうか…まぁ時代劇じゃないから斬り捨ては無いだろうが…もしかしたらキッつい尋問くらいはあるかもねぇ。」
ニヤリとして言う学美に『え?え?』という表情のつくし。
「わ、私は別に裏切ってなんか…」
「それを信じる奴等かな?」
横目で見る竜沢に、不安になってくるつくし。そしてトドメは…
「ふぅ…悲しいですね。その綺麗な顔が苦痛に歪むなんて…。」
ちょっとこのセリフ嫌だなぁ…という感じで言う鏡。実は、例によって即行で作った流香のシナリオ通りに進めているのだ。
「わ、私はどうしたら…」
混乱して、鏡に聞いてしまうつくし。
「僕達が守りますよ。」
ニコリとしてそう言う鏡に、きょとんとするつくし。
「だな。つくしちゃんは、理由はどうあれ今は龍青の生徒だ。依頼されればGCSAとしてやらせてもらうけどな。」
竜沢もニコリとする。その背後で、この中の誰よりも口の端を上げている流香。自分の作戦がツボにハマると嬉しくてしょうがない。ただ…自分のシナリオとはいえ若干イラつく部分もあるようだが…。
「ほ、本当に?」
不安げなつくし。
「もちろんっ。」
一同うなずく。それを見て少しホッとするつくし。
「ただし、依頼をするからにはそれなりのものを払ってもらわないとな。」
「え?そ、それって…?」
「黒点塾の事を話してもらいたいんだけど。」
最高にニヤけている流香の言葉に、つくしはギョッとした。
「そ、それは…」
「話してくれませんか。」
「う…そ、それはちょっと、待って、ちょっと…」
動揺しているつくし。そして少しの沈黙後、鏡が口を開く。
「ふぅ…分かりました。急な話しで決心が付かない気持ちも分かりますからね。」
「そうだな。鏡の言う通りだ。」
竜沢の言葉に一同うなずく。それを見て、またもホッとするつくし。
「じゃあ、報酬として何を払ってもらうんだい?」
つくしにではなく、流香達に聞く学美。
「そうだなぁ…」
と、ちらっとつくしを見る竜沢。
「あ、あの…さっきの質問に詳しく答えるって言うのは、ダメ?」
いつもとちょっと違う『ダメ』であった。
「さっきの…とは?」
鏡の問い掛けに、つくしは少しうつむきながら答える。
「私が何故、黒点塾に入ったか…ってこと。」
「なるほど、誘われたって言ってたあれですか。どうします?竜沢くん。」
「ふむ…それって詳しく?」
うなずくつくしを見て、竜沢は納得した。
「いいだろう。ただし黒点塾の色々な情報…話す決心がついたら、それも徐々に話してもらうぞ。」
「わ、分かった…。」
そうしてつくしは、自分の事を話し出した。
「私は小学生の時、苛められて登校拒否になってた。ずっと学校に行かなかった。親も悩んでたと思う。そんな時あの人が現れた…
「君がつくし、か。」
突然、自分の部屋に入って来たのは、黒いマスクに上半身裸、そこにネクタイを着けた姿の男だった。その姿に変た…いや、その姿に驚いたが、すぐに黒マスクの後ろに居る両親に目が向いた。
両親はその黒マスクの後ろで、つくしと目を合わせる事を恐れているような…そんな感じであった。
「顔が綺麗だというだけで仲間外れにされる…そんな理不尽からは遠ざかるのが正解。君は何も悪くないのだから。さあ、私と一緒に来なさい。君の力に、なってあげよう。」
黒マスクはやさしく声を掛け、手を差し伸べた。
「…。」
つくしは黒マスクの方をじっと見ていた。
「大丈夫だ。この町を離れ新しい土地で再出発すれば、君は救われる。」
つくしは両親を見た。悲しい目をしていた。つくしは、そんな両親の目も嫌だった。
「…私を助けてくれるの?」
「そうだ!」
力強い黒マスクの言葉につくしは、ゆっくりと黒マスクの差し出した手を取った。
…そして私が連れて行かれた先は黒点塾だった。そこには私と同じような境遇の子たちがいっぱい居て、その中で学んだ。私は…黒点塾に救われたの。」
しばらくの沈黙の後、竜沢が口を開いた。
「…そうか。でもなつくしちゃん、それは本当に救いの手だったのか?」
「…。」
竜沢の問い掛けに、つくしは無言になった。次の言葉も予想できていた。
「それは逃げてるだけで何の解決にもなら…」
「でも!あの時の私にはそれしかなかった!私にとって黒点塾は、私を認めてくれた唯一の場所だった!学校のみんなも、先生も、親だって私を変な目で見てた!どうすれば良かったって言うの?!」
予想通りの竜沢の言葉を途中で止め、声を荒げるつくし。
「…なるほど。確かにそうかもしれませんね。」
取り乱すつくしを見て鏡は、自分に似ていると感じた。あの時竜沢に会わなければ、今自分はどうなっていただろう。鏡にとっては竜沢、そしてつくしには黒点塾だったのか。
「鶴野さん、もう一度ゆっくり考えるといいですよ。僕等に依頼するか、黒点塾に帰るかを。」
「鏡、お前なぁ!」
「すいません、竜沢くん。」
ニコニコして謝る鏡に、竜沢達はもう何も言わなかった。
「…分かったよ。」
大きくため息をつく竜沢。流香達も『仕方ないか』という表情だ。
「あ、あなた達って何なの?」
つくしの率直な意見に、竜沢達は苦笑した。そしてつくしは帰って行った…と思ったらまた戻って来た。
「どうしました?玄関が分からないんですか?」
そんな奴はいないだろう。
「い、いえ、その…と、とりあえず黒点塾に帰るの、怖いんです…ので、ここに泊めてくれませんか?」
竜沢達は固まった。が、流香だけは一気に表情を変えた。
「行く所ないなら私の家に来なさい!」
つくしの手を引いて、素早く部屋を出る流香。
「…。」
あまりに急な展開に放心する竜沢達であった。
もうすっかり日も暮れて少し冷える夜道。
流香の家に向かって歩いているつくし、流香、そして二人を送っている鏡の三人。
「流香さん、そんなに慌てて歩かなくても。」
すたすたと早足で進んでいる流香。
「別に慌ててないですよー。」
やや拗ねてるような、流香にしては珍しい言い方。数分経ってから鏡がポツリと言った。
「…いい月夜ですね。」
鏡のその言葉に、足を止めて夜空を見上げる流香。
「…うん。」
流香は、すぅっと気持ちが落ち着いていた。その二人を見ていて、つくしは思った事をそのまま言った。
「二人って付き合ってる?」
ドキッとしたのは流香。鏡は変わらず。
「だって、何か…雰囲気が…。」
口を尖らせているつくし。
「違いますよ。ねぇ流香さん。」
「え、ええ、そうよ。付き合ってませんっ。」
「ふ~ん…じゃあ、私が川波さんを好きになっても構わないですね。」
「えっ?!」
驚いてつくしを見た後、顔を見合わせる流香と鏡。
「まぁ第一、誰が誰を好きになっても構いませんもんねっ。」
そりゃそうだが…困った顔をする鏡と、それ以上に困っている流香。
「な、何でこうなるの…。」
それぞれの複雑な想いを、夜空の月は気にも留めず、ただ輝いていた。
一方竜沢は、家に帰ってから隆正の家と甲のスマホに電話を掛けた。
「いったい、どうなってるんだ。」
スマホを置き、微かに震えている竜沢。甲は案の定出なかったが、隆正の方は『泊り込みの合宿の為、五日間家を留守にする』と連絡があったということだった。
竜沢は、大きな闇に飲み込まれるような…そんな感覚に襲われていた。
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